第5話 城塞都市エヴァンス
【ガルバルク帝国】――
「姉さん、そろそろ攻め入らない?」
俯いたまま少年が言った。
黒髪のマッシュボブの少年。前髪は切り揃えられており、暗い眼つきをしている。
年相応の子供っぽさを感じさせるが、戦闘能力は計り知れない。
【
相手は【転生者】を"所持"していない弱小国という認識だ。
にも関わらず、今まで一度も戦闘に勝利出来ずにいた。
それ程までに【ルシフェリア王国】の結界術が強固なのだ。
「落ち着け、ゾンネ。前線の状況はどうか?」
少年をなだめる彼女は、【
弟は違いロングヘアーの彼女は、前髪は不揃いで表情はキリっとしている。
ゾンネとは違い、年齢に不釣り合いの大人っぽさと妖艶さを持ち合わせている。
共に12歳という若さで帝国軍を掌握、全軍の指揮を可能なほどの権限を与えられている。
「ハッ! 【城塞都市エヴァンス】に攻め込んでおりますが……」
「問題は、【ルシフェリア王国魔術部隊】の隊長か」
「人間離れしてますよ。ここ一週間ずっと戦闘活動を続けているようです」
化物か、と少女が嬉しそうに笑う。
【城塞都市エヴァンス】には熟練の結界師が配属されている。
加えて防衛ラインの一角である。
この都市を落とすことは、すなわち絶対防御と名高い【ルシフェリア王国】を陥落させるに等しい。
「たかが人間の癖に…… やっぱり僕達が行かないと終わらないと思うんだけど」
「お前は堪え性が無いのが欠点だ。我らが出てはあっさり終わってしまうだろう? それにもう少し時間が欲しい」
楽しそうに少女は笑う。
彼女にとって戦争はゲームなのだ。
だが、少年にとって勝って当たり前の相手に時間を費やす事は【転生者】としてのプライドが許さない。
「姉さんは遊びすぎなのさ。だったら僕一人でも行くよ。【転生者】が相手じゃないとフラストレーションが溜まるってもんさ。せめてこの手で直接殺りたいんだよ!」
乱暴に立ち上がり、その勢いで部屋を出ようとする少年を制する。
思わず姉の方に強めの表情を向けてしまう。
しかし、姉の顔を見た少年は、その異様な笑顔に引いてしまった。
「つまり【転生者】が居れば良いのだろう。大丈夫だ、駒は揃っている。もう少し、もう少しで最高の舞台が仕上がるんだ」
クリスマスが待ち遠しくてワクワクしている子供のような無邪気な笑顔だったろう。
しかし、内から感じる威厳と圧がそれを歪めて感じさせてしまう。
「喜べよ、ゾルデ。女神から私達に最高のプレゼントが届くんだ」
血に飢えた弟でさえ冷静にさせてしまう程の狂気を、この少女は持っていた。
だが少年は確信していた。
姉のいう通りにしていれば、自分たちにとっての素敵な未来が待っているのだと。
***
【ルシフェリア王国】――
「緊張してあまり眠れなかった……」
女王との謁見に不安と期待に胸ふくらませる。
ちらちらと
一分一秒が非常に長く感じるが、その時は着実に近づいていた。
「
ドアが三回ノックされた後に、ナリクの声が聞こえてきた。
こちらからドアを開けると、アスレットの姿も見えた。
「
彼女は同い年くらいだろうか。
昨日はあまり意識していなかったが、女性に様付けされるのに気恥ずかしさを感じる。
「その、様付けはやめてください」
「ですよねー。私もちょっと堅苦しいなって思ってたんですよ。あー良かった」
思った以上に軽い娘である。
多少押し問答的なものも期待していたのだが。
「大変申し上げにくいのですが、女王との謁見は延期となりました」
「えぇ……」
どうやら【ガルバルク帝国】に不穏な動きがあり、アスレットが前線に呼ばれたらしい。
その際、彼女の部隊に配属される予定だった俺も一緒に連れていくように通達があったそうだ。
「レヴィン様の発言力はこの国でもかなり高いので」
ナリクが申し訳なさそうに言ってくる。
何を言われても結果が覆らないのであれば意味が無い。
「とりあえず服を着替えられては如何ですか?」
「そうっすね……」
***
「ではこれから名無しさんは私と一緒に前線基地に行きますよ。戦場デビューですねー」
いまいちキャラの掴めない娘である。
「前線基地に最も近い街は【城塞都市エヴァンス】でしたね。それじゃ行きましょうか」
とりあえず彼らの後について行く。
連日、誰かの後についてばかりである。
「さ、着きましたよ」
案内された部屋の中には床に魔法陣が描かれており、それを取り囲むように機械のようなものが設置されていた。
中心部には球型の水晶らしきものが浮いている。
「これは【
「転送先にも同じ装置が必要なので何処にでも行けるというわけではありませんが」
「それでは行きましょうか。水晶に手を翳してください」
言われた通りにして待っていると、水晶が輝きだし足元に魔方陣が形成される。一瞬、目の前が真っ白になったが、すぐに視界が晴れた。
「よう、来たな」
不意に男性の声がした。
金髪でボサボサの髪形をした筋肉質の男。
年齢は三十代から四十代くらいだろうか?
顔には無精ひげがあり、身形も整っているとは言い難い。
「思ったより早かったじゃねぇか。そっちの男が【転生者】か? あまり強そうじゃねーな。試してもいいか?」
「やめてください。それに彼は大神官様と一度手合わせしてますから」
「あら…… そいつはご愁傷さま。あのおっさん手加減ってもんがねーからなぁ」
引きつりながらも豪快に笑う。
短い会話ながら何となくわかってしまった。
体育会系気質というかなんていうか、俺の苦手なタイプだ。
「あ、【転生者】の
「
「こちらの勇者様は名前の情報を消去されているようです。とりあえず、名前を付けるのが面倒だったのではないか、と。」
(そんな風に思われてたのか……)
しかし図星である。
「ふーん、まぁ別にいいか。おい、アスレット! てめーが連れてきたんだから責任持てよ!」
「声が大きい、五月蠅いです。隊長に言われなくても分かってますよ」
「名無しさん、行きましょ。この城塞都市を案内しますよ」
「おい、待てよ!」
隊長と副隊長がこんな不仲な部隊に配属なんてされたくなかった。何とも言えない緊張感が漂う。
「おい、【転生者】。俺の名前はミカルド・エルグランテ。まーよろしく頼むわ」
「あとこの国の連中はお前を勇者だなんだって祭り上げようとしてるがな、俺は特別扱いなんてしねーぞ」
「んじゃデートでもしてこいや! ちょっとナリク借りてくぞ、じゃあな!」
言いたい事言った後にガハハ、と笑ってナリクと共に部屋から出ていく。
「勝手な人でしょ。あまり気にしないでいいですよ」
まるで父娘のようだ、と言いかけて止めた。
「アスレットさん、訓練はしないんですか?」
「呼び捨てでいいですよー。訓練は前線基地に行ってからにしましょ。そんなすぐ敵に襲われる訳じゃないし」
とても軽い答えが返ってきたが、少し安堵する。
もしかしたらこたらに気を使ってくれているのかも知れない。
「名無しさん何処か行きたい場所あります?」
「あ、時計欲しいかも」
ここの近くが戦場だという事も忘れ、日常を過ごそうとしていた。
これが逃避なのかは分からない。実感が無いのだろう。
恐らく、異世界に来たという事すらも、心の底ではまだ――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます