第4話 主人公は勉強中
【エルナミア】――第102世界の呼称。
生命体の五割が、地球で言うところの人間種で構成されている。
亜人種は多岐にわたり、エルフ、ドワーフ、リザードマン、ゴブリン、コボルト、オーク……など、どこかで聞いたような種族が殆ど。
魔物や魔族というのもやはり存在しており、中でも竜族と魔人族は滅多に見かけることは無いが、その状況になったら不幸を呪いながら死を覚悟するしかないらしい。
動物や虫なども地球とさほど変わらず、食べ物なんかもほぼ同じである。
これなら寧ろ相違点を見つけた方が早いだろう。
生活レベルは中世くらいなのかと勝手に想像していたが、ここ数年程で文明レベルが急激に上昇したらしい。
これも【転生者】の影響なのだろうか。
「まぁ実際にその目で見て頂くのが早いと思いますよ」
と、
アスレットも同意なのか、うんうん、と頷く。
「だったら案内してくださいよ」
土地勘が無い事も承知の筈なのに一人でどこも見に行けばよいのか。
「名無し殿には、お世話係をお付け致しましょう。その者と一緒なら王国領内の何処にでもいけるよう手配します」
「その前に、
***
「イゾランテ殿自ら試されるので?」
わざわざ付き合ってあげた先は、どうみても兵士の訓練場らしき場所だった。
目の前にはいかつい大神官殿。
周囲には恐らく国の偉い人とか魔法兵団の面々。
「この国を救う力、是非とも見させて頂きたいのだが、よろしいか?」
よろしいも何も、自分の能力を把握すらしてないんですがそれは。
という事を言っても事態は収まらないだろう。
それに【転生者】のスペックは常人よりも高いと聞く。
「それで納得して頂けるなら」
ちょっと余裕ぶった発言をしてしまった、と気恥ずかしくなる。
しかし以前までの自分とは違う、何か自信に満ち溢れてくるこの感じは何だろうか。非現実感のせいかもしれないが、それだけではない。
身体つきが本来のそれとは違い、体内から力が溢れてくる感覚。
まるで負ける気がしない―――
「いざ…… 参る」
大神官イゾランテが言葉を発した刹那、その姿を見失った…… と思われる。
(――え?)
拳が鳩尾に突き刺さり、
意識は既に無く、仰向けになった彼をレヴィンとイゾランテ、そしてアスレットが取り囲む。
「イゾランテ殿。いくら相手が【転生者】だからと言って本気を出すなど……」
「う、うむぅ…… しかしな、レヴィン。この国を救う存在だというからにはだな」
「よいですか。名無し殿は強くなる段階というものがあります。この世界に来たばかりですし自信の能力どころか魔法の使い方も分かっていない様子。それに……」
「多分、そこらの一兵士にすら負けますよ。彼、戦闘経験まるで無いんですから」
レヴィンが一瞬ニヤついたような表情を浮かべ、すぐまた神妙な面持ちに切り替える。
「ほう、よく分かりましたね、アスレット」
「当然でしょう。敵を前にして魔法を使用する素振りも無く、そのくせ隙だらけですし。魔力反応も無いんじゃ潜在能力にも期待薄じゃないですか?」
慌てふためく大人二人をよそにどこか冷静な彼女が放った一言。
これが計算された流れだという事を気付いた時には、既に遅かった。
「ふむ…… ならば我らがやる事が決まったな」
「おや、珍しく気が合いますね、大神官殿。私も同じ事を思いつきましたよ」
だが彼女は逃げられない。
何故なら相手は国家権力そのものだからだ。
「アスレット、名無し殿が弱いと皆が困るのは理解していますね?」
悪魔が口を開いた。
痛みはおろか戦ったという記憶すらなく、気が付いた時、目線の先にあるのは天井だった。
異世界に来れば無条件で強くなれるというのは間違いのようだ。
他の【転生者】はどうなのだろうか?
今まで戦争なんて縁のない世界だったのに、いきなり未知の世界に放り込まれ適応出来るものだろうか?
などと、【転生者】の元の世界が平和だという根拠もなく、そんなことを床に転がったまま思った。
「弱いんだな、俺は……」
「うんうん、その通りです!」
「しかし弱ければ強くなれば良いだけの事。幸い【転生者】は基本的には魔法適正がありますし、肉体は鍛える事が出来ます。そもそも【転生者】には特有の能力があります。それが使えれば我々なんて相手になりませんよ」
慰めようとしてくれているのか、思った事をただ言っているだけなのか。
ただ、彼の言葉で気持ちが楽になった。
「アスレット。名無し殿を貴方が鍛えて差し上げなさい」
何をほざくかこの眼鏡。
「拒否権はありませんか?」
「私も良い考えだと思うのだが」
筋肉も同調してきた。
「大神官様が仰るなら……」
という流れから、アスレットに戦い方を教えてもらう事になってしまったわけで。部隊の副隊長らしいからそこに所属しなければならないのかと、少し憂鬱になる。
しかし逆に考えれば、モンスターが出るような世界なら鍛えておかないと即ゲームオーバーになりかねない。
今更になって痛みを感じてきた身体を起こし、教官になるであろう女性の方を向く。
「これからよろしくお願いします」
「話が纏まったところで、この国における名無し殿のサポートを担当する者をお呼びしましょう」
レヴィンが指をパチンッと、鳴らす。
ヴゥン、と鈍い音が一瞬聞こえ、彼の横に魔方陣が形成された。
魔方陣から眩い光が放射されたと思ったと同時に、陣の上には小学生程の背格好の男の子が立っていた。
「彼の名は、ナリク。私が創った【
「ナリクと申します。本日より
(男かぁ……)
心の何処かではアスレットがその役目につくのを期待していた。
せめて女性とかメイドさんとか。男の悲しい性である。
また、アスレット自身も世話役を任せられる思っていたのだろう。
安堵の表情を浮かべていた。
「ナリクは優秀ですよ? 国際王宮メイド・執事検定Aクラスに先月認定されたのですから!」
「そんなのあるんだ」
確かに佇まいはしっかりしている。
背筋もピンと伸び、凛とした立ち姿だ。
「ホムンクルスとはいえ基本的には人間と変わりません。あまり乱暴にされますと活動停止状態になりますのでお気をつけください」
何をすると思っているのかこの眼鏡は。
「優しく……してくださいね」
「やめろ」
想像主に似ていて意地が悪い。
一気にこれから先が不安になった。
「レヴィン、そろそろ神官会議の時間だ。私はここで失礼する」
「それでは名無し殿。またお手合わせ願いたい」
イゾランテの姿がすーっと消える。
長距離移動は魔法がメインなのだろうか。
是非とも覚えたいものである。
「さて、私も行きますね。なにかあればナリクにお申し付けください」
では、と軽く頭を下げ消えていく。
アスレットは所属する部隊の仕事があるらしく戦闘訓練は明日から行うとの事で、その場を離れた。
「二人きり……ですね」
「だからやめろ」
ニシシ、と笑うナリクを見ると、悪知恵のついた小学生にしか見えないのだが。
「精神年齢は32歳の仕様です」
意外といい年齢だった。
「これからどうします?」
多少身構えたが、さすがに悪乗り続きでは話が進まない事を理解したのだろう。
真面目な顔付きに拍子抜けすると、今度は呆れられてしまった。
「時間があれば色々案内してほしい。あとお腹空いた」
この言葉を受け、真っ先に案内されたのが都市部だった。
そもそも自分が召喚された場所すら把握していなかった為、薄々は理解していたものの、圧倒的スケールの城にテンションがあがる。
初めてテーマパークに来たような気持ちになった。
「はしゃぐなら後にしてください。此処が拠点なんでいつでも見れますよ」
何とも言えない気持ちになった。
短距移動には魔法を使う事が殆どなく、徒歩がメインらしい。
ゲームのように武器屋や道具屋などは無く、衣類や食料品店が多くすっかり観光気分だ。
「大体どこも似たようなものですね。地方には農林水産業が盛んですが。武器の類は基本的に不要ですよ、魔法がありますし」
どうやらこの世界で生まれた者は皆、魔法が使用可能らしい。
産まれて覚えるのは言語と魔力の流れです、とのこと。
「此処が一番人気のお店です。大衆食堂ではありますが価格帯も手頃で味も良いですよ」
メニューを見てもハンバーグやパスタなど、元の世界と同じ単語が使われている。
当然、出てくるものも同じだった。
「明日は朝一で女王様への謁見があるので、こちらで衣類の調達を致しましょう。こちらの服屋で普段着なども大体揃うと思われます」
さらっと凄いことを言われた。
どうやらこの国は代々女性が国のトップになるのだそうだ。
「お似合いですよ」
馴染みのない、しかし見覚えのある服装に思わず苦笑いしてしまう。
(RPGに出てくる貴族みたいな格好だな……)
「まだ早いですが戻りましょうか」
ラフな服装もあったので一通り自分好みの服を
人間の感性はある程度はどの世界も同じようなものである。
意外とこだわりあるんですね、と失礼な事を言われたような気がしたがスルーしよう。
ナリクの後を只管ついて歩く。
「僕はレヴィン様のところに戻ります。ちなみにここが名無し様のお部屋です。明日の朝お迎えに上がりますので起きていてください」
この世界、時間はどうしてるのかと気になったが
「
少年の時計を手に入れた!
時間表記もローマ数字で、見た目は普通の懐中時計のように思える。
名前から察するに原動力が魔力なのだろうか。
「それではこれで失礼します。勝手に歩き回っていても構いませんが迷子になっても知りませんよ」
生まれ持った天性の方向音痴が異世界に転生されたことで治っているとは思えないので大人しく部屋に入る。
状況を自分なりに整理しよう。
まず、【転生者】としての自分のスペックがかなり低いという点。これはレヴィンも言っていたがどうにかなるらしい。
次に世界情勢。
この国は隣国の【ガルバルク帝国】と戦争状態にある。
そこには【転生者】が二人、しかも能力は一般の兵士の30倍?とか言っていた気がする。
他国の事は教えてもらえてないけど、当面は気にする必要は無いそうだ。
(……これからどうなるんだろうか)
自分で望んだ異世界転生だったが、実際してみると想像とは違い色々と大変だ。
自主性も無く積極性も無い俺が、魔法が使えるようになり容姿が多少変わったからと言ってどうだというのだろうか。
「そういえばまだ鏡見てないな……」
急に期待してしまっている自分がいる。
名前も思い出せない状態なのだ。見た目もそれなりに…いや、もしかしたら劇的に変化している可能性がある。
そして今まで会った人達の反応を見ると、他人に不快感を与えるような容姿ではない筈だ。
「いや、むしろ……?」
俺はバスルーム目掛けて走っていた。
鏡に映った人物。それは――
「あぁ……」
骨格や鼻筋は美男子寄りだろう。目もパッチリ二重だ。
ほうれい線も無く、頬の弛みも無い。
しかし、鏡に映ったっているのは普段見慣れたはずの自分に似ている顔付きだった。
十代後半から二十代前半だろうか。実年齢(二十七)よりは若く見えるが。
「逆に考えよう、転生前のままじゃなくて良かったと!」
少なりとも整った容姿にしてくれた女神様に感謝をした。
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