第3話 名前のない男

「イゾランテ様、レヴィン様、勇者様をお連れしました」


「入れ」


 鈍い金属音とともに重たそうな扉が開く。

 中に入ると威厳に満ちた中年男性と、眼鏡をかけた優男風の男性が立っている。

 先程案内された部屋よりも広く、中央には低い足のテーブルが置いてある。

 応接間だろうか?

 三人くらいは座れそうなソファーが両端に設置されている。


「ご苦労様でした、アスレット。ささ、勇者様。こちらにお座り下さい」


 眼鏡の男性に促されるまま腰をかける。

 それを見届けた後、二人の男性が正面に座った。

 案内をしてくれた女性―アスレットといったか―は俺の左斜め後ろに立ったままだ。


「まずは自己紹介と参りましょうか!」


 先程まで言葉が通じない状態だったにも関わらず矢継ぎ早に口を開いてくる。


「あぁ、これは失礼。【転生者】はどのような種族とも意志疎通が可能と聞いているもので。違いましたかな?」


 顔に出ていただろうか?

 こちらの心でも読んでいるかのような発言に少し身構えてしまう。


「そんなに警戒しないで下さい。我々は貴方様に救って頂く立場なのですから」


 にこりと男性が微笑む。

 その笑顔を見て、何故か取引先の営業担当を思い出す。

 信用は出来ない。


「私の名前はレヴィン・テンフィールド。この【ルシフェリア王国】の魔術統括部隊の隊長を任せられております。」

「隊長と言っても隊は部下に任せっきりで、専ら王国内の政治に駆り出されていますが。こう見えてこの国の筆頭魔術師なんですよ。」


 はは、と苦笑気味にレヴィンと名乗る男性が笑う。

 顔立ちは整っている眼鏡の男性。どこかで見た顔である。

 髪は長く、深い緑色をしており後ろで束ねている。

 一見人の好さそうなこういうタイプこそ、裏で何かやっているのだ。うん、そうに違いない。


「そしてこちらの方が……」

「【ルシフェリア王国】大神官、イゾランテ・グランテだ」


 非常に体格が良く、身長も190cmを超えているだろう。

 恐らく銀色の髪は地毛だろう。口の周りに生えている髭も同じ色をしていた。

 眼つきも鋭く、黙っているだけで人を殺せそうだ。


「あ、どうも……」


 会話が途切れしん……とした嫌な空気になる。

 どうも初対面の人間との会話は苦手である。

 そもそも初対面でなくても人付き合いが苦手なのだが。


「アスレット・クインテル、と申します。以後お見知りおきを」


 沈黙が長引くのを察したか、後ろの女性が口を開いた。

 赤みを帯びたボブ風の髪形の女性。この女性にも見覚えがあった。

 何処か物憂げな表情をしている彼女は、悪く言えば眠そうな眼をしている。


「それで勇者様にお伺いしたいのですが」

「あ、その前に……良かったら座りません?」


 俺は後ろを振り向き、立ちっぱなしの女性に声をかけた。


 いえ…と、か細い声が聞こえてきたのだが


「アスレット、勇者様がこう仰って下さるのですよ。遠慮せず座りなさい」


「それでは失礼して。勇者様、有難う御座います」


 眼鏡の一言で彼女は俺の隣に腰をおろす。


「いやいや、勇者様はお優しいですな。素晴らしい人格者ではありませんか。ねぇ、イゾランテ殿?」

「………」


 おっさん怖い。


「それで、お話を戻しますと」


 眼鏡(レヴィン)の話はこうだ。

 俺にどれだけの知識があるか。

 どれ程の能力を有しているか。

 女神(仮)との会話はなんだったのか。


「この場の現状からお分かりになられるかとは思いますが、この国は政治力が強くなく、力も入れておりません」

「当然外交面でも他国に遅れをとっています。加えて軍事力は最低とも言えるでしょう」


 急に難しい話をされて自身の顔つきも険しくなる。

 この場の現状から分かるのは眼鏡が飴、おっさんが鞭、女性が場を和ます為のマスコット、くらいなんだが。


「その表情……失礼しました。既に分かりきっていたことでしたか」


「ごめんなさい何一つ分からないのでこんな表情なんです」


 変に勘違いされて期待されるより初めから言ってしまった方が良いだろう、と判断し女神(仮)とのやり取りを全て説明した。


「なるほど………随分放任主義なのですね、あの方は」


 くくく、とレヴィンが笑う。

 一応、あれはこの国でも立派な女神の扱いらしい。

(仮)を外してやろう。


「ならばまずはこの世界と他国の情報をお伝えしましょう。自国に関しては勇者様にお任せしますよ」


 まず自分たちの話をしないのか?と疑問に感じる。

 その空気を察してかレヴィンが続けて話す。


「我が国の内情を知るよりも敵を知って頂いた方が勇者様のお仕事に繋がるかと」


 あぁ、そうか。

 彼らにとって俺は敵国に対抗する為の兵器と同じなのか。

 心が少し冷たくなるのを感じた。


「そのような不躾な言い方をするものではない」


 神官長が口を開く。


「本来は我らが対処すべき問題。外部の方に迷惑をかけるのみならず、この国の未来を背負わそうとしているのだ。」

「我らの事も、是非とも知って頂きたい」


 イゾランテはこちらを真っ直ぐ見つめてくる。

 本当に真っ直ぐ。

 心に熱が灯るのを感じ、それがまた気恥ずかしくも感じる。


「あ、いや、でも力になれるかわかりませんし……」


「それもそうですね、失礼しました。ではまたこのような場をすぐに用意致しましょう」

「ちなみに、勇者様は何とお呼びすれば?」


 レヴィンは少し不機嫌そうにしたものの、すぐ切り替えてきた。

 彼らは反りが合わないのだろうか?


「実は名前に関する記憶が一切無いので…… 暫くはネームレスとでも名乗ろうかと」


名無しネームレス、ですか…… 国を代表する【転生者】なのですから少し大層なくらいの名が好ましいのですが。よろしければこちらでお名前の候補をリストアップ致しましょうか?」


 少し驚いたようにも思えたが、皆の顔色は変わらない。

 こういった情報は伝わっていたのかもしれない。

 再び営業モードに入ったレヴィンに軽く話を合わせながら、世界情勢について聞いてみた。


「アスリット、説明して差し上げなさい」

「はい。自治権を持った小さな集団は幾つかありますが、【ルシフェリア王国】を除き大きな国は大体4か国ですね」

「この4か国には全て【転生者】が2人以上属しています。ちなみに我が国は貴方1人です」


 暗雲立ち込めるとはこのことか。


「まず直近の脅威は【ガルバルク帝国】です。領土は【ルシフェリア王国】の倍はあります」

「我が国の隣に位置しており、更なる領土拡大を狙って日々戦闘行為を仕掛けてきます」


 アグレッシブな国がお隣とは、先が思いやられる展開である。


「【ガルバルク帝国】は機械と魔術の混合技術を有しており、主な戦闘部隊は魔術砲兵団です」


 レヴィンが嫌そうに首を振る。


「当初は暴発も多く色物部隊かと思われていたんですけどねぇ。【転生者】が手を加えたのか、今では世界で最も恐ろしい砲撃隊となりましたよ」

「中でも【転生者】の二人は出会ったら死ぬが楽には死ねない、と言われるくらいとんでもない奴らです」


【ガルバルク帝国】の【転生者】―

 人呼んで【悪魔のツヴィリング・双子トイフェル】。その名の通り双子の【転生者】である。

 七年前から徐々に名前を聞くようになったらしいが、戦場で見掛ける事はなく自国の改革に専念していた。

 表舞台に出てきたのはなんと三年前らしい。

 普通の【魔法弾マジックミサイル】一発の威力が魔力Lv1の魔法使い三十倍とも言われ、また率いる兵士の質・士気共に異常なまでな高さで一気に近隣諸国に侵攻。

 結果、他大国と肩を並べる程の領土、発言力を得たという。


「詳細は伏せられていますが、どうやら他国からの支援を受けているらしいのです」

「そもそも魔法が戦の中心であったのに急にキンダイヘイキ?とかいう物が導入されてパワーバランスもここ数年で一変してましてね」


(そういえば異世界に現代の科学技術を持ち込んで~みたいな設定、よくあるなぁ……)

 素材やら元素やらよく分からないが、よく元の世界の知識が通用するものである。

 その辺は都合よく一緒なのだろうか。


「他国も戦争状態だが、【ルシフェリア王国】とは距離も離れておるし、わざわざ【ガルバルク帝国】を飛び越えて攻め込む理由がない」

「つまり我らの敵は【ガルバルク帝国】のみ、ということだ」


 とても自身に満ち溢れた神官殿の顔を見ていると逆に不安になるものである。

 そもそもその"敵"に苦戦していなければ【転生者】なぞ不要なのだから。


「その【ガルバルク帝国】については分かりました。他国の事も聞きたい気もしますが、もうちょっと広い話でもいいですか?」

「この世界の種族ってどんな感じなんです?」


「「「―――?」」」


 彼らの顔を見れば質問の意図が全て伝わっていない事が分かる。

 それも当然だろう。彼らにとっての当たり前が俺にとっては全てが未知なのだから。


「これは失礼しました!我々も事態が逼迫しており、思わず敵国の話からしてしまいました」

「そうですな、では…… 最低限知っておけば良い事だけ簡潔にお伝え致しましょうか」


 こうして俺は、異世界講習の初級編を受ける事となった。

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