第2話 勇者、設定中

 何の変哲も無い現実、変わることの無い現状、変えようと動かない自分。

 全てが嫌で、全てを見ない振りし、流されて生きてきた。

 楽観的で卑屈で刹那的な生き方しか出来ない男、これが今作の主人公なのである……




『―――!!』


(煩いなぁ…… PC付けっ放しだったっけ)


 ざわざわと、人の…… いや、人々の話し声が聞こえてくる。

 それは寝起きのあまりにも五月蠅く、寝起きの悪い彼には大きな不快感だった。

 しかし二度寝はお手の物、これで何度仕事に遅刻したのか分からない程である。


『この寝惚けている青年がそうか?』

『なんとも締まらない顔つきをしていますが、間違いなく』

『起きて貰わねば話にならんのだがな』

『無下に扱う訳にはいかず…… 如何致しましょう』

『私が起こしましょうか?雷の魔法の一つでも浴びせれば目が覚めますよ』

『やれやれ、失礼な発言は控えなさい。そのような事を聞かれでもしたら……』


「うるせ…… PC消してから二度寝しよ」


『『『―――!!!』』』


『おぉ、お目覚めになられましたか、我らが勇者よ!』

『お初にお目にかかる。私はこの国の大神官で……』

『あ、あらら…… あの…… 雷の魔法は例えばの話で決して本気で撃とうとは……』


「は?…………………え、何、誰??ここ何処???」


 真っ先に視界に入るのは中世っぽい建物とファンタジーRPGを彷彿とさせる衣装を纏った人々。

 床には魔法陣。まさにTHE・魔法使い!といった格好のモブっぽい人が五人ほど。

 眼鏡をかけたインテリジェンスなイケメンと、赤みを帯びたボブっぽい髪形の可愛いらしい女性。

 そしていかにもな、いかつい顔で威厳が溢れるおじさんがそれぞれ一人。

 男は何を言っているのかさっぱりわからず呆けていると、どこからともなく聞き覚えのある声が部屋中に響いた。


(説明しましょう)


 凛とした女性の声が聞こえたと思えば、部屋中の人々が膝をつき、一定の場所を向き頭を垂れた。


(まずは召喚の儀、ご苦労様でした)


『ハッ! 勿体なきお言葉!』


 イケメン眼鏡が嬉しそうに声を張る。


(彼の者は転生してまだ状況を把握しておらず、またスキルの継承も終わっておりません)

(よって1800秒程、時間を頂きたく思います。よろしいですね?)


 秒換算が好きな女神(仮)である。


『では部屋を用意させます! アスレット、勇者様を案内しなさい』

『あ、はい。では勇者様、私についてきて下さい』


(あの女性が部屋に案内してくださいます。そこで説明をします)


 何と言っているか分からず呆然としているのを察してか、女神(仮)が声をかけてきた。


「あのー、これって……」


(説明をする、と言っています)


 声のトーンは変わっていない筈だが、威圧感を感じてしまった。夢の中で調子乗って大きい態度を取ってしまった自分を恥じたい――男はそう思い赤面した。


『勇者様?』


 魔法使いの一員らしき女性が、一向に動く様子の無いおどおどした彼を心配したのか顔を覗き込んでくる。


「うわっ! すみません、今行きます!」


 突然の事で顔を背けて謝ってしまった。

 それがまた恥ずかしく感じ再び赤面してしまう。


『……? えっと、こちらですよ。分かりますか?』


 言葉が通じていない事を理解したのだろう。

 ジェスチャーを交えて何か語り掛けてきた。

 どこかへ案内してくれるのだろう、という事が伝わってくる。


「あ、すぐ行きます、すみません」


 愛想笑いをすると、にこり、と彼女が微笑む。

 その笑顔の眩しさを感じ思わず溜め息をついてしまう。


(超絶帰りてぇ……)


 人と接する事を極力減らしてきた俺からしたら、今の状況はとてつもなく居心地の悪いものである。

 どうしてこんな事になってしまったのか、面倒くさい、このような事ばかり考えながら彼女の後について行く。


『こちらが客室の一つになります。あ、えーっと…… どうぞ』


 途中まで何か喋っていたが喋る意味が無いと気づくと、彼女は部屋のドアを開けた。

 ドアの先は有名ホテルの一室かと思う位の広さのある部屋があった。


『お話が終わる頃に、またお部屋に伺います。それでは失礼します』


 深々と頭を下げ彼女が去っていった。

 呆けた様子でいると、再び聞き覚えのある声が聞こえてきた。


(さて、時間もありますし私も暇ではありません。今から必要事項を全てお伝えします)


「いや、ていうかこれ何! ここ何処!?」


(そういう反応になることは予想していましたが時間が無いのでスルーします)


「なんで!?」


(まずこれは現実だという事を受け入れなさい。そして貴方がした私との会話を思い出すのです)


 ここで男は黙ってしまった。

 心のどこかでは分かっていた筈なのだ。

 あの出来事はもしかしたら現実ではないか、と。


(続けます。ここは、【ルシフェリア王国】。この世界は第壱百弐世界…… ここの言語で言い表すなら【エルナミア】と呼ばれています。貴方の住んでいる【地球】と同義になりますね)


 悪い夢だ、と思えなかった。

 思いたいのに思えなかった。

 これは、深く考えもせず望んでしまったから。

 彼自身が、この選択をしたのだから。


(さて、貴方の存在理由の話をしましょう。まず貴方はこの国では【勇者】として召喚されています)

(貴方が成すべきことは一つ、他国からの侵略を防ぎこの国を守る事です。方法は問わず、結果も問いません)


 結果を問わない、という言葉に疑問符が浮かぶ。

 が、声に出せない。

 口を開けばこの現実を受け入れなくてはならないからだ。


(それをする為には貴方に幾つかの能力を継承します。過去の【転生者】が使っていたものから未知の能力まで、どのような能力が開花するかは人次第ですが、大体は数年で世界を統一出来る程の能力が付与されるでしょう)

(ただこの世界は少し異質でして……)


「異質って……何?」


 思わず聞いてしまった。いや、聞かずにはいられなかった。

 異質の真っ只中に居て、異質な存在から異質なんて単語が出るとは思っていなかったからだ。


(この世界は多くの【転生者】が存在します)


「え、それって俺と同じような人が他にもいるってこと?」


(えぇ、まぁ、そうですね。同世界の人間が選択されるケースも少なくないですし、似たような世界の住人もいるかと)


 何故だか心のモヤが少し晴れた気分になった。

 同じ境遇の人間が、同じ世界に存在している事で安心したのだろう。

 もしかしたら協力して生き残る事も出来るかもしれない。


(ちなみに他の【転生者】は先程の者の言葉を借りれば、敵国の【勇者】に相当します。この世界にはかなりの【転生者】が存在していますね)


 どうやら考えが甘かったようだ。

 晴れた筈の心のモヤが以前よりも濃度を増して再び心にかかってきてしまった。


(能力の継承を済ませましょう。次の話はそれからです)


 すーっと、目の前に、女性らしき人の形が浮かんできた。

 それはハッキリとした存在ではなく、人の形をした白い影のような何かだった。

 その何かが手を伸ばしてくる。

 未知の恐怖からか、はたまた"それ"から感じる不思議な圧力からか動けず竦んでいた。


(そうそう、じっとしていて下さいね。すぐに終わりますから)


 手の先がぼぅっと鈍く輝き始めた。

 声から察するに、恐らくそうだろうと思ってはいたが、やはり女神(仮)だった。

 だったらちゃんと姿を現してほしいものだ。

 白い影のような人型が手を伸ばして来たら恐怖を覚えるというものである。


 《基本能力ベーシックアビリティを取得中………【共通言語】、【魔力Lv1】を獲得》


 女神(仮)とは別の声が頭に響く。


 《応用能力プラクティカルスキルを取得中………【本来の姿オリジナル・フォーム】、【理想の姿イデアル・フォーム】を獲得………error!!! 【理想の姿イデアル・フォーム】の獲得に失敗しました》


「なんか…… 獲得に失敗しましたとか言われたんですけど」


(そんなこともあります)


 あってたまるか。


 《特殊能力スペシャルアビリティを取得中………》

 《取得中……》

 《取得中…》


 《【秘密主義シークレット】を獲得》


「秘密主義って何!?」


(どうかしましたか?)


 女神が、恐らく不審者を見るような目付きをしながら首を傾げる仕草をする。

 表情は分からないが絶対、そんな目付きをしている。


「もっと分かりやすくて強そうな能力にしてもらえませんか?国を救うなら強い方が良いと思うんですが……」


(例えば?)


「えー…… 手をかざすだけで相手の生命力を奪えるとか! これ強くないです?」


(あぁ、その能力は既にこの世界に存在していて獲得者もいるので無理ですね)


「いるの!? てかそんな相手とどうやって戦うの!?」


(………仕方無いですね。望む能力に近いものを獲得しやすくなるよう継承権の拡張をしてあげます。ただ他の方と被るとダメですので一通り希望をお聞きします。)


 近いものを獲得しやすく、という発言にどこか引っ掛かりながらも、訳の分からないものよりはと思い様々な案を出す事にした。


「あらゆる機械兵器を創造、使用する能力!」

(ありますね)


「あらゆる魔法、超能力を使用する能力!!」

(ありますね)


「相手の特性、能力を吸収、コピー、使用する」

(ありますね)


「自身に不死性を付与し、無限に成長し続ける」

(ありますね)


「種の限界を超えた能力を身に付ける事が出来る」

(ありますね)


「想像が現実に」

(不可能ですね)


「不可能とかあるんだ!? てか敵対勢力強大過ぎない!?」

(一々喧しいですね、貴方は。もう終わりですか?)


 物凄く呆れられいる気がするが、俺はめげない。

 ここで妥協することは絶対に出来ないからだ。

 所謂リセマラのような感覚でこの女神(仮)に挑み続ける。


「時間操作、空間操作、次元操作、自然操作、精神操作」

(程度によるが既にある、ある、不可、ある、ある)


「他者への能力付与特化、能力を引き継ぐ自己転生、召喚能力、情報処理特化、概念作成・操作」

(ある、不可、ある、ある、ある)


「自他への超絶回復能力、事象操作、天候操作、無から有を産み出す、超絶天才イケメンになる」

(ある、不可、ある、不可、無理)


「無理!? ……他に何か無いんですかね?」


(諦めなさい。仮に継承権を獲ても貴方に適合できるかどうかは別の話ですし)


 この時間はなんだったのか。


「でも他の奴ら強すぎません? せめて渡り合えるくらいの能力が欲しいんですよね、攻撃的なやつ」


(貴方は継承できた能力に何か不満でもあるのですか?)


「説明もなく能力名が【秘密主義】とか【本来の姿】とか、不満しかないわ!!」


(名前が全てではないでしょう?)


「確かにそうですけど…… じゃあ能力の仕様を教えてくださいよ」

(それは出来ません)


 もうやだこの女神(仮)。


(そいうものは実際使ってみて理解を深め成長させるものだと思いませんか?)


 正論は時に人を傷つける事を理解して頂きたい。


(………仕方無いですね。特別に継承権を追加して差し上げます)


「マジ女神!」


(確かに貴方の能力、頭脳、体力、センス、カリスマ性、人間性、顔面偏差値は他の【転生者】と比べたら劣るのも事実。この程度のサービスは許可されるでしょう…… あ、許可されました)


「辛辣過ぎない?あと許可降りるのめっちゃ早いっすね。そしてそう思うなら無敵能力の一つや二つ下さいよ」


(黙りなさい。継承を始めますよ)


 理不尽な女神(仮)とのやり取りに憔悴気味ではあるが、折角能力を貰えるというのだ。

 加えてこの流れの後である。

 否応なしに期待は高まるというものだろう。


 《追加能力エクストラスキルを取得中………》

 《取得中……》

 《取得中…》


 《【悪運の星バッドラック・スター】、【表裏一体リバーシブル】を獲得》


(良かったですね、二つも継承出来て)


 それが心の底から祝福しての発言なのか、確認する気力も無かった。


「能力名に癖ありすぎませんかね?ちなみに、もしよろしければ、分かっている範囲で他の能力名と効果を、一例で結構なので教えてもらえませんか?」


(特別ですよ?例えば【補食】という能力がありますね)

「効果は?」

(補食した対象の能力やステータス諸々取り込む可能性があります)

単純シンプルにして明快・ザ・ベスト!そういうの下さいよ……」

(私が選んでいるわけではありませんので。あと時間もないので早く終わらせましょう)


 手厳しい一言に思わず口を閉じる。


「他の能力は分かるんですね」

(既に存在し、使用されている能力ですので)


 さらっと流された。


(本来は世界情勢等々お伝えしないといけなかったのですが、無駄に時間を使ってしまったのでこちらの国の方に説明を受けて下さい)

「え、でも……」

(【転生者】は皆さん基本能力ベーシックアビリティで共通言語を持っています。もう意志疎通は可能ですよ)


 既に事務的モードの女神(仮)は早くこの件を終わらせたがっているのだろう。

 有無を言わせぬ圧力を感じる。


(では最後に貴方に決めて頂きたい項目があります)


 真剣な眼差しに射ぬかれ、こちらもつい身構えてしまう。


(それは、貴方の名前です)


「名前? 何言ってるんですか。決めるも何も……」


 今さら何を決める事があるだろうか。

 この世に生まれ落ちて二十数年、この名前で生きてきたのだ。

 決めるも何も―― その先を口にする事は出来なかった。


「何……これ……」


(貴方の名前は転生時に消失しています。言うなれば貴方の姿形もです。今後はその新たな肉体に名前を付け、この世界で生を全うするのです)


 言いようのない絶望感と、これまで感じないように塞き止めていた後悔が一気に襲ってきた。

 思わず膝から崩れ落ちる。

 その時、気づいたのだ。

 平凡な生活の心地よさを。

 自分が如何に世界から守られていたのかを。


(これが貴方の選択です。貴方が望んだ現実です。今更後悔しても……おや?)


 これを自ら望んだ?違う、こんな事を望んだ事はない。

 俺が望んだのはもっとお手軽にファンタジーを楽しめる世界であってこんな戦争真っ只中の、しかもこんな不利な状況下では決してない。

 そう、こんな絶望的な状況から抜け出したい、その気持ちがどんどん大きくなったいる筈だった。


(何ですか?その笑みは)


 だというのに、心の奥底に眠っていた高揚感を隠し切れず笑っていた。


「開き直っているのかも知れません。この感情は言葉では言い表せない……」


(まぁいいでしょう。名前は私にいう必要はありません。貴方が必要なタイミングで名乗ると良いでしょう。好きな名を付けなさい)


「では暫くは【名無しネームレス】でいくとします」


(貴方らしい名前だと思いますよ。それではすぐ死なないよう頑張ってください)


 最後に人を馬鹿にして女神(仮)らしき人影と共に気配も消えていった。

 不意にノックの音が聞こえてきた。


「勇者様?そろそろお時間かと思い、お迎えにあがりました」


 恐らく最初に案内してくれた女性だろう。

 女神(仮)のいう通り、言葉を理解出来る。


「今行きます」


 覚悟も何も決まってはいないが、この世界で生きていこう。

 そう思える程度には落ち着いていた。

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