another world ~転生大戦~

TKS

第1話 始まりの物語

 異世界なんてあるはずない――

 そう頭では分かっていながら憧れずにはいられなかった。現実に嫌気が差していた訳じゃない。

 ただ何となく生きているだけの毎日に、後悔ばかりの毎日に、少し現実逃避をしていただけだ。

 なのにどうしてこんな事に……



『まだ魔力が足りないのか!』

『このままではまた失敗か…… これ以上他国に後れを取るわけにはいかないというのに……』


 何やら人の話し声が遠くから聞こえる。


 ―また変な夢でも見たのか。


 意識の奥でそんなことを思った、ような気がした。

 何故なら今現在寝ているはずの自分に声が聞こえる筈は無く、仮に聞こえていたとしたら不審者か幽霊かという最悪の現実が待っているからだ。

 それだけはごめんだ。


(〇〇、○○よ、聞こえますか?)


 

 姿は見えないが女性の声だ。


 ―やべぇ、RPGで定番の女神の声だ、これ夢確定。


 謎の安心感に浸っていると女神(仮)の声が続く。

 


(喜びなさい、○○よ。貴方は第二千百十七回世界選択会議にて該当者の一人として候補に挙がりました)

(第参拾壱世界の肉体を捨て、第壱百弐世界の救世主として人生を歩むか、人として凡そ平凡以下の現状を生き続けるか。今、貴方に選択を与えます)

(さぁ、今こそ選択の時です。あと1038秒以内に答えを出しなさい)


 ―いきなり何言ってんだこの女神(仮)は。明日後輩に話すネタになるわ。

 そんな事を思いながらも話に乗っかる事にした。


『質問いいすか?』


(許可します)


『あんた誰? 第なんたら世界って何? なんの候補? 四桁秒以内とか言われても困るし何から何まで分かり難いんですが?』


(申し訳ありません。凡夫の貴方には困惑する内容でしたね。掻い摘んで説明を致しましょう。選択時間の延長も許可します)


『凄く見下されてる感ヤバいけどお願いします』


(まず私は【選定者】。【調律者】より選ばれた世界を救う者を選び導く者の一人です)


(続いて第なんたら世界は、言葉通り何番目の世界という意味です。そして候補というのは先程申し上げましたが、世界を救う者の候補、という事です)


 夢だから、という前提のせいという事もあるが本来ゲームや漫画の設定は好きだからすんなり頭に入ってきた。

 所謂、中二病、というやつである。


『何故俺が選ばれたんですか?』


(貴方が現在の世界に絶望し、自己を否定した存在であるからです。ただ貴方である必要性はありません)

(今私が貴方の前にいる理由はただの順番です。貴方が拒否すれば私は別の候補者の元に参ります)


 この答えに何とも陰鬱な気持ちになった。

 夢であろうと、何であろうと、誰かに選ばれた存在でありたいという欲求は密かながらにあった。

 というのに、夢にですらそれを打ち砕かれたから。

 沈黙はそれなりの時間を消費し、重い空気を打ち破るように――女神(仮)はそんな事を気にしていないだろうが――淡々と言葉を発する。


(延長した時間も残り328秒となりました。そろそろ選択の答えを求めます。また、沈黙は否の答えとします)


 停止した思考が再び動き出すのを感じた。仮に夢でなら… 否、夢ですら自分は動けないのか。

 そんな苛立ちにも似た感情に突き動かされたのか、普段の自分からでは想像も出来ない発言をしていた。


『選択しました』


(残り46秒でした。聞きましょう、貴方の選択の結果を)


『新しい人生を俺に下さい!』


(その選択に後悔はありませんね?)


『ありません』


 少しも考える間もなく即答していた。


(良いでしょう。貴方を第壱百弐世界の救世主候補として登録します)


 たとえ現実ではなくても、この選択に後悔はない。


(次に目が覚めた時には新たな世界が目の前に広がっているはずです。覚悟をしておいてください)


 生きる為に思考を捨てていた。生きる為に心を殺していた。

 何の為に生きているのか疑問を持つ事もなく、何となく生きている日々だった。


(目が覚めるまでの時間は16404秒後です。それまでは新しい貴方自身の設定を行います)


 新しい自分、この言葉に少なからず高揚と愉悦を覚えていた。

 期待もあった。新しい自分は一体どのような超人なのだろうか、と。

 どのような世界を救うのか、と。


(覚醒後に説明を行い、それをもって転生作業を終了します)


 だが、思い知る事となる。

 認識の甘さは命取りになるのだと。


(尚、容姿、肉体、精神レベルは基本的に変更されないので悪しからず)


 現実というものはやっぱり嫌なものである、という事も。そして……


(それでは、素晴らしい第二の人生を歩まれる事を願っています)


 夢は夢であるからこそ素晴らしい、だが現実は過酷である、という事も。

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