キス&ティアーズ

 美洋が下りた先はこのサーバー施設の何処かの部屋であった。最初に来た時とは違いいやに入り組んだそこで美洋はあちこち金属片が転がっているのに気付いた。

 それを拾って一体何に使われてた部品かを知る。



「ピノッキオの部品だ」



 それらを拾い集めながら美洋は自分の後ろを見る。大きな歯車の一部分に何かが挟まったのか痛々しい壊れ方をしていた。

 しかしこのサーバー施設はこの程度では問題がなかったのだろう。そのまま入り組んだ道を進むと、そこに上半身だけとなったピノッキオの姿があった。

 志半ばで倒れた戦士のように手を伸ばしているが、そこには何もない。美洋はピノッキオが手を伸ばしている先を見る。


 このサーバー施設の表のメインコントロールルーム、そこで脇腹を抑えながら息絶えているリーシャの姿。美洋はリーシャの元へと向かうとリーシャの傷を見る。何かに肉をえぐり取られている目を覆いたくなるような傷。



「リーシャ、こんな状態で頑張ってくれたのか」



 何かの事故で回転する歯車にぶつかったのだろう。組織を滅茶苦茶に切り裂くそれに、医者に間に合ったとしても助かる保証がない。

 そしてあの状況でリーシャは生きる事を考えるより、勝つことを選択した。



「全く馬鹿だよリーシャ」



 美洋の中で今まで感じた事のない感情があふれる。リーシャは勝気で自信過剰であり、それでいて全うな正しい心を持った存在だった。

 それ故、自分が出来る事とできない事をわきまえ、そんな中でも最善の手を打ち努力していた。美洋は最初、共同歩調を踏めるような相手ではないとそう考えてたがそれは大きな間違いだった。


 自分やジキルですら驚くほどの仕事をこなすまさに天才。彼女はよくメディアに取り上げられスポットライトの下にいた。金属の身体を持つパートナーであるピノッキオと共に彼女の父親もまた美洋の姉のように暗殺されたという。

 美洋はリーシャが眠る席の端末にアンから渡されたディスクを入れる。そこには真希奈暗殺、及びリーシャの父親暗殺に関わった連中の写真が収められていた。

 一人はあの病院で亡くなった市議の顔もある。

 それを美洋は全世界へとリークする。そして出てきてディスクをガンとかち割った。たったこれだけ……



「たったこれだけの事の為に、なんでリーシャは死んだ?」



 美洋は怒りがこみあげている自分を感じたがその感情を抑えるような事はしない。美洋はリーシャを見る。

 それは穏やかな表情で眠っていた。なんでこんな顔が出来るのか美洋には分からない。



「僕は今程自分が壊れている事を恥じた事はない」



 リーシャは死の間際、美洋の事を好きと言った。彼女は想いを告げた。それに美洋は何も反応していない。果たして自分はこのリーシャが好きだったんだろうか?

 もちろん、一緒に仕事をする間柄、嫌いではなかったんだろう。



「そうだ……リーシャにお願いされてたな」



 美洋はコクンと俯いているリーシャの唇に自分の唇を重ねた。冷たいとただ美洋はそう思った。美洋は一度このリーシャに抱きしめられている。

 本来であればもっと暖かかった。柔らかかった。

 だが、その冷たさが、堅さが、リーシャが天に旅立ったという事を否応なしに物語っている。



「……ばかやろう。何死んでるんだ……うわあぁああああああ! 馬鹿野郎! 馬鹿野郎! なんで死んだんだ! リーシャ リーシャ!」



 美洋は頭に浮かぶ言葉を叫ぶ、これが悲しい、悔しい、腹立たしいという気持ちかと美洋は生まれてはじめて知った。姉が死んだあの日ですら、ここまでの感情があふれた事は無かった。

 そして美洋は落ち着くと小さなため息をふぅとついた。



「行くか、もうこんな犠牲を二度と出さない」



 ここまでの感情を爆発させて、いつも通りのバイタルと感情に戻ってしまう事の異常さに美洋は気づいていない。

 されど、美洋の中でリーシャの事を好きだった気持ちがあったのかもしれないと、そう考えた。そして美洋は重いピノッキオの身体をかつぐとリーシャに手が届く所まで運んだ。そして二人の手を重ねる。



「君達の活躍がもう見れない事は、悲しい。そして君達の亡骸を後で回収できるかも約束できない。だからせめて今はこれで許して欲しい。僕はまだ止まるわけにはいかないんだ。もし、死後に君達に会う事があるのなら、その時はいくらでも詫びを入れよう」



 美洋はその場所を後にする。そして近くでアリスの叫び声が聞こえた。

 日野元アリスは気が付いたら、何もない部屋、否。ヘッドギアのみが置かれた部屋にいた。アリスはその部屋の中をうろうろと見まわして構造を考える。コンコンと時折叩いてみるが、出口らしい出口はない。



「何にも道具がないから、この変なヘッドギアつけるしかないじゃない」



 アリスはそれがいかにも良くない物と分かりながらそれをつける。そしてすぐに手足の感覚がVR世界へと飛ぶ。そしてすぐにアリスは一つの場面について知っている風景であると理解した。



「昔の私の家だ」



 とても若い両親、父は何かにかけてアリスを殴った。そして母親はそんなアリスをいないものとして扱う。よく死ななかったなと呆れながらアリスはあの日を迎える事になる。

 父親の知り合いの男たちにアリスはなんの知識もないまま……



「やめろ……やめてよ! なんでこんなの見せるのよ! ねぇ! 聞いてるんだろ? なんだよこれ!」



 場面は変わる。それは初めてアリスが自由になった瞬間だった。両親と自分の家を吹き飛ばし、初めて救われた気持ちになった。そして児童養護施設へとアリスは迎えられる。黙っていれば食事が出てくるそこでもアリスは異端者として、子供達からは殴られる。大人たちからは嬲られる。

 こんなにも生まれてくる事を望まれなかったからこそ、アリスはこの世界への反逆を開始したのだ。自分は何をする事も許されない。全うに生きている事すら許されないのであれば、許し等いらない。この世界を構成する何かを絶対に壊してみせる。


 その時に出会った。水城真希奈、それは聖母のように思えた。自分を愛し、自分を許し、自分を褒めてくれる。

 最悪だった自分の人生に光が満ちた。神の子としてアリスは立ち上がり、悪を正義を名乗る者を断罪した。

 気が付けば、マッドティーパーティーと呼ばれる組織の頂点に立ち。それらのシンパであるワンダーランドを統べていた。


(そうか、また私は真希奈姉様の役に立てばいいんだ。世界は暗黒に満ちている。それを全部消さなければならないんだ)


 アリスは再び、マッドティーパーティーの赤の女王として君臨しようとしたその時、アリスの腕をつかむ誰か……



「私……」



 彼はアリスは自分に何を言いたいのか、分からなかった。アリスに一人の少年の姿が映る。それは自分と似て非ざる存在。

 自分の本来倒すべき怨敵であった。彼を倒さなければ、崇拝し尊敬し愛している水城真希奈は自分には振り向いてくれない。

 だが、アリスは彼を水城美洋の名前と顔を思い出して、涙した。自分をしかってくれて、そしてなんの代償もない食事を与えてくれて、人間として扱ってくれた。



「お兄ちゃんのところに行きたい」



 そう思う反面身体はそれを拒絶する。自分の腕をつかんでいる自分が最後の良心とでも言いたいのか? 彼は顔を真っ赤にしてそれを離そうとしない。

 そんな彼の指を自分は一本一本引きはがしていく。


(ダメ、やめて! お願いよ!)


 振り返るとアリスの両親や児童養護施設の人々がおぞましい姿となってアリスを引きはがそうとする。それは凄い力だった。そしてアリスはふと思う。

 自分はやはり生まれてきてはいけない存在だったのだと……そう思うと急に楽になった。地獄のようなところに堕ちたとしてもただ我慢していればいい、そして気に入らなければそこもろとも……

 そう思ってあきらめたハズのアリスは助けを呼んだ。喉が枯れるくらい大きな声で、自分が本当に求めている相手の名前。



「お兄ちゃん助けてぇ!」



 アリスが生まれてこの方一度も言った事のない台詞、誰かへ助けを求める心、簡単だったのだ。この言葉があれば何処かで変われたかもしれない。



「いや、変われないよ。私は、お兄ちゃんなら助けてくれるとそうやっと信じれたんだ」



 アリスは腕を誰かが掴む感触を感じていた。そしてこれがVR世界で起きている事であるという事も、何もないところに手を当てて、ヘッドギアを外す。



「起きたな。アリス」



 そこには無表情の美洋の姿、それにアリスは「えへへ」と言いながら抱き着く。美洋はしばらくするとアリスを離して言う。



「落とされた場所へ戻るエレベーターを見つけた。行くぞアリス、上がどうなってるか分からないけど、まぁジキルなら無事だろう」



 そういう美洋の顔を見てアリスは言う。



「お兄ちゃん泣いてたの?」

「あぁ、理由は恐らく知り合いの死だろう」



 そう淡々と言うとアリスの手を引いてエレベーターへと向かう。

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