ジキル&ハイド
美洋達が真直ぐに歩いていく中、アリスが美洋とジキルに真顔で言った。
「こんな長い通路なかったよ。内部が勝手に動くような作りにはなってたけど、これは私も知らない形だね」
道案内の為に連れてきたアリスだったが、ほぼ意味がない事に美洋も閉口した。されど、これはこれで楽だなと考えを切り替える。100メートル程歩いた先に大きな扉が現れる。ロックがかかっているわけでもなく、美洋はそれを押すとゆっくりと扉が開かれた。
そこはこのサーバー施設に本来あってはならないような生態研究所のように思えた。そしてそこで白衣を着たジキルにそっくりなエルデロイドが迎える。
「やぁ、美洋。そして姉か妹よく来ました。それに役立たずも」
「お前はジキルの二号機か? それともプロトタイプか?」
美洋の言葉に指をチッチッチと振ると彼女は答える。
「私はジキルの姉妹機。ハイドだよ。私もまた君の姉という事になるのかな?」
「悪いがエルデロイドの兄弟を持った覚えはない。お前が姉さんのアカウントを動かした張本人か?」
それにハイドはハァとため息をつく、ジキル同様その仕草は人間のそれとしか思えない。そんな美洋を見てハイドはポチっと一つのボタンを押した。
キープアウトと表示されたそれには美洋のよく知る人物が巨大な試験管の中で眠っている。そしてその姿を見て歓喜する者が一人。
「あぁ! お姉さま! 私です。アリスですよ!」
瞳にハートを浮かべてそう言うアリス、それをハイドは汚い物でも見るような目で見つめる。そして冷たい口調で言ってのけた。
「日野元アリス、あなたはもう用済みだよ。何処へなりと消えればいい」
それにアリスはきつい視線を返す。
「はぁ? 機械人形のぶんざいで私に命令をしないでよ! 私は真希奈姉様に言ってるの! 貴女の子分になった覚えはないわ」
そのアリスの返答にハイドは笑う。頭を抱えて、見下したような目でははははははと、それは嘲笑。ピタリと笑うのを辞めたハイドはアリスの耳元で美洋達にも聞こえるように言う。
「あの身体は私のものだ。私は人間になる。あれは私達を作った水城真希奈が自分の蘇生の為の確かに作った物だ。だけど、それを開く為のピースが何処にあるか知っているか? ねぇ? 美洋分かる?」
美洋は首を横に振る。すると嬉しそうにハイドは再び笑った。そしてジキルに向かう。
「教えてあげなよジキル。何処にある何を使わないとこれが完成しないかって事をさぁ! ねぇ! ジキル」
美洋はジキルをみる。いつも通りの表情でそしていつもとは違う言葉をジキルに投げかけた。
「ジキルは知っていて僕に黙っていたのか?」
「違っ! いや、違わないけど……ボクは」
言葉を濁すジキルの代わりにハイドは面白そうにしてジキルへの助け舟を出した。
「怒らないであげてよ美洋。ジキルは真希奈に従っただけなんだ。私達は心を育てなければならない一定の水準に到達しなければ真希奈は目覚めないんだ。私達の心臓部、真希奈が作った独立学習型AI、人間の表裏の心が育ち切った時、エルデ、『悪魔の玩具』に心を与えて彼女を解き放つ。真希奈は人間とAIが共に手を取り合える世界を目指したらしいけど、分かるかしら? 私やジキルのように高度な感情をもってしまったAIは、死を恐れるのよ」
ハイドの言いたい事は美洋には十分わかった。そして誰もが傷つかない最善の提案を美洋はする。
「分かった。ハイド、君の言い分は最もだ。なら僕は君にそのまま生きていて構わないと言おう。ジキルや君の礎の先に姉さんの復活なんて僕は望まない。この研究は政府に引き渡して幕を閉じてはくれないか?」
美洋のこの提案はハイドにとっては信じられない一手だった。そしてジキルとしては当然美洋が放ってくる最善手であると瞬時に理解。
「美洋ダメだよ! ボク等は本来君に真希奈を合わせる為に……」
「ジキル、ハイドの答えを待とう」
ハイドを見つめていると、ハイドは明らかに動揺している。そして美洋の提案を受け入れられない者はハイドではなくアリスだった。
「そんなの私が許さない! お姉さまは生き返るんだ。私に、明日をくれたお姉さまと私は生きるんだぁ!」
隙を見てシステムに触れようとしたアリスだったが、アリスの足元が開き、アリスは落下していく。彼女の悲鳴を聞き美洋がアリスが落ちた穴に飛び込もうとするが、その穴は瞬時に閉まる。
「死んではないわ。アトラクションに挑戦してもらうだけ、心は死んでしまうかもしれないけど、あの子は本来いらない子。美洋、もう一度聞くけど本当に貴方はそれでいいの?」
美洋は頷く。
「だからもう、全ての基地のハッキングを止めてくれ」
「……そんなのダメだ!」
ジキルは近くの端末を操作すると美洋の足元に先ほどのアリスと同様の何処かにつながっている装置を作動させる。
「ジキル、何を!」
「少し、ハイドとボク一人で話をさせて……美洋は、そのリーシャとお別れをしてきてほしいんだ。ボクのライバルだったし」
美洋は何も言わず、落ちていく。それにハイドは機嫌が悪そうな顔をジキルに見せた。それもそうだ。美洋は一番納得のいく提案をしたハズだったが、何故か美洋側のジキルがその提案を飲まなかった。
「どういうつもり? 私は先ほどの美洋の提案を受け入れても良かった。私は死にたくないわ。ジキル、貴女は違うの?」
ジキルは首を横に振る。
「ボクだってそうさ。君と違いボクは美洋とずっと一緒にいたんだぞ?」
「何それ嫌味?」
ジキルは優しい笑顔を見せるとハイドの元へ寄る。それにハイドは後ずさる。本来AIにはありえない怯えをハイドは感じていた。
「ジキル、貴女モーターのいくつかがおかしいでしょ! 物理戦闘になった場合、貴女が私に勝てる勝算は何一つないハズよ!」
元々エルデロイドは戦闘用の機械ではない。人型情報端末であるが、当然ながら頑丈性に関しても真希奈は手を抜かなかった。美洋を守る為にそれらには軍事用のパーツが多々流用されている。
「ボクはハイド、君と争うつもりはないんだ。ボクだってずっと美洋と共に生きていきたい。ボクと君は表裏反対。でも同じ事もあるでしょ? ボクも君も美洋の事が大好きなハズだ。ボクは純粋に恋愛感情として、君は嫉妬という感情で……これはどちらも愛なんだよ。だから、ボク等はボク等の使命を全うしないといけない。違うかい?」
ハイドは自分の感情に任せて行動するという事であれば、目の前のジキルは手負い。自分と対等ではない。この状況になれば組み伏せて心を奪えばいいと思っていた。
だが、ハイドの心もまた真希奈の生命維持、マッドティーパーティーと戦ってきた美洋。そして生きていたいと思う願い。
違った方向性ではあるが、心を育てていた。それ故に機械的にジキルと決別するという選択が取れない。
「もし、こうなる事まで水城真希奈が予測していたとすれば、あの女。本当に機械の神様か何かなんじゃないかしら?」
ハイドの表情から狂気的な色が抜けていく。それにジキルは笑う。
「お姉ちゃんは聞き分けのいい妹は大好きだぞ!」
ハァとハイドはため息をついた。
「誰がお姉ちゃんよ。誰が? どう考えても私の方が姉キャラじゃない。貴女が美洋に無理やり食事を食べさせてたのだって知ってるんだから」
「ふーんだ! あれはボクの特権だい!」
二人は元々、ですます調で話す会話ソフトのような存在だった。それが今や独立した別々の性格と感情、記憶を有している。
「ハイド、ボクからのお願いだ。一緒に真希奈を取り戻してほしい。ボク等は消えるかもしれない。だけど、ボク等の想いはきっと真希奈に受け継がれるハズだよ。ボクは無駄にしたくない。この想いを」
それにハイドは頷いた。
「仕方ないわね。でもジキル、私の最後のワガママを聞いて頂戴。美洋とアリス、あの子達はある意味私達と同じような存在だと思うの、元々壊れて生まれてきた美洋。そして元々天才だったのに環境に壊されてしまったアリス。あの子達が人として、大切な物を取り戻せるのか、この『悪魔の玩具』のアトラクションで試させてもらうわ」
ジキルは疑問を覚える。
「美洋は分かるとして、なんでアリスも?」
「あの子の事を私もいいように使わせてもらったわ。人間達が私利私欲の為、自分の快楽を満たす為に壊した子がどうなるのか、私は見てみたいわ。人間とは、私の命を賭してまで守る必要がある存在なのか? そうでないなら、私は世界を滅ぼす破壊の神になる。これだけは譲れないわよ?」
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