ポーカー&ファイブカード
美洋はもう何も返してこないリーシャとの通信を切るとジキルを優しくゆする。そして声をかけた。
「ジキルもう起動しているんだろ? 日野元アリスを止める。準備をしてほしい。リーシャ・ユビキタスの弔い合戦だ」
美洋はいつも通り、無表情でそういう。ジキルが見えている美洋のバイタルには一切の異常は見られない。
それでもジキルは美洋がこんな事を言うなんて信じられなかった。美洋はよく言えばドライな、悪く言えば超機械的な事を考え行動してしまう人間。
それは機能停止をしていたフリをして聞いていたリーシャの最後の通信。あれが美洋の心に何か変化を与えたのだろう。
それにジキルはリーシャを羨ましく思っていた。これは人間にはできて自分にはできない。絶対に埋める事のできない差なのだ。
「……リーシャ・ユビキタス。ありがと。美洋を成長させてくれてさ。君の死は絶対に無駄にしないよ」
ジキルの言葉を黙祷とし、美洋とジキルは見合わすとうなずく。塔の上にいるアリスに通信を開いた。
「日野元アリス。お前を止める。もうお前は何も言わなくていい。もう喋るな。お前を僕達は救う」
それはリーシャの言葉、美洋はあまりしっくりこないこの台詞を言うとアリスは何も言わず美洋を見下ろしていた。
「やってみなよお兄ちゃん。私はこの世界をアップデートしないといけないんだ。私の崇高な願いを邪魔できるわけないじゃない。次はそのエルデロイド、スクラップにしてあげるよ」
美洋は眼鏡をかけ、そこにジキルのケーブルを繋ぐ。それは先ほどと全く同じ戦いになる。ジキルはアリスのアプリをハッキング、無効化していく作業を始める。ジキルが持っている武器は先ほどアリスに挑み逆にクラッキングされたツールのみ、それでも美洋はジキルに全く同じ正攻法で立ち向かうように伝えた。
「美洋には悪いんだけど、リーシャのあれじゃアリスを抑える事はできないと思うよ」
美洋は答えない。ジキルはそんな美洋を信じて美洋との再接続を始める。
「ジキル。仮想ブースト」
ジキルはイメージした。仮想世界の中で両手に銃を持ち、アリスの仮面をかぶる木人達にその引き金を引いていく。
最初と同じようにジキルは効果的に『帽子屋さん』アプリを掌握していく。二十パーセント程掌握したところだがアリスから余裕の表情が変わる事はない。アリスはまた同じように数の暴力でジキルをパンクさせるつもりなんだろう。
「ジキルそのままでいい。勝負は全て掌握してからの五分間。ここをしのげば僕達の勝ちだ。アリスはポーカーでロイヤルストレートフラッシュより強い役を知らない。アリスは常にロイヤルストレートフラッシュが来るような手を用意しているのかもしれない。だが、だからこそアリスは自分が負けるという事を考えた事がないんだ。アリスのプライドは同じ方法で僕等をねじ伏せにくる」
美洋の言う事は賭けでしかない。サイバネティックスハンターとしては失格の答え。一番確率が高く、それでいて確実に勝てる方法を探るのが得策なのだ。
そう、それはただたんに格下と電子戦をする際の定石でしかない。圧倒的に自分を上回る相手との電子戦は想定されていない。
半分程ジキルがアリスの『帽子屋さん』アプリを掌握していてもアリスからの動きはない。
ほぼ全力で処理しているジキル。それは人間に追いつけるような速度ではない。『帽子屋さん』アプリの8割を掌握し、そして9割、あと少しという時にアリスは緑色の飲み物、メロンソーダだろうか? そんな物を一口飲むと目の前にあるキーボードに向かった。
「そんなに壊れたかったら、二度と復元できないようにしてあげるよ!」
人型情報端末ジキルの処理速度をゆっくりと押し上げてくるアリス。もちろんいくつか倍速化を行う為のツールを併用していはいるものの、絶対失敗しない機械のように処理を淡々と行うアリス。秒間タイピングにして三十近い速度を涼しい顔で行うアリス。瞬時に一つのアプリを奪い返す。すると二倍の速度でシステムの奪い返しが始まる。
「これでトドメだよ! お兄ちゃん、エルデロイドぉ!」
狂気に満ちたアリスは自分の勝利を信じて疑わない。アリスとアプリの処理が2から4に変わった時、美洋が動いた。
「ジキル。仮想ブート・フルドライブ。
ジキルは口の端をぐっと結ぶと自身の持つ性能限界を超える。オーバークロック。そしてそれは繋がっている美洋にまで及ぶ。今までは気だるくなるというものが美洋の体温はみるみる上昇し、鼻血が流れる。そして小刻みに震える美洋。
「美洋!」
「続けろぉ! ジキル。僕の期待を裏切るな!」
完全に限界を超えたジキルと美洋。それは押し戻すには至らずとも、アリスの動きを抑える程の能力を誇っていた。
そこで、はじめてアリスが保っていた余裕がなくなる。今美洋とジキルに起きている事を冷静に考えてアリスは口元が緩んだ。
「とっておきかもしれないけどさ。それ、いつまでもつの? 私のシステムと命を捨てての相打ちなんて負けとおなじじゃない。お兄ちゃんはやっぱり、真希奈お姉様とは違う。失敗策だよ。だからさ、いいかげん眠ってよぉ!」
捨て身の暴走特攻にアリスは少し驚いたが、リミッター解除、限界超えなんていうものは機械であるジキルだからできるリミット技であり、生物である美洋が行うものは高度な自殺以外の何ものでもない。
それ故にこれは五分間以上は続かないとアリスは計算してその時間が経つを待った。そしてその瞬間と共にジキルと美洋の抵抗がなくなる。
「ほらね。奇跡なんて大きな力の前には起きないんんだから」
当然の如く、アリスの使役していたアプリ達が再びジキルに掌握されていた部分を取り戻していく。その様子に頭を抱え、ジキルに支えられながら美洋はこう言った。
「日野元アリス、僕等の勝ちだ」
アリスはそう言う美洋を見下ろしながら、自分のシステムが次々に異常な動きをしている事に気づいた。
「は? 何これ? なんでみんな馬鹿になってるの? 何これ? ふーん、私の言う事聞かないんだ」
アリスは段々と機嫌を悪くする。そしてアリスが取った行動。
「私の言う事を聞かないなら、消えちゃえ」
アリスにとっては切り札であったそのシステムを簡単に手放した。デリートした事で、アリスは次の標的である美洋とジキルを見る。
「お兄ちゃん、まんまとやってくれたね。絶対許さない。トランプ兵団がなくても私なら今の二人を叩き潰すくらいわけないんだから」
アリスは自分の端末を触ってある事に気づく、そしてジキルを睨みつけると舌打ちをした。それはアリスにとって手詰まりを意味する。
アリスが油断していた間にジキルはアリスの端末全てにロックをかけた。それもすぐに解除できないように常にパスコードを変えるようなお土産付きである。
これでアリスの翼は完全に折ったとそう美洋もジキルも思っていた。
アリスは大人びた表情をして自分の端末に向かうと、高速でタイプする。そしてそれにジキルがこう呟いた。
「そんな……全て解除されました」
もはやアリスは人間の領域を遥かに超えたところにいる。これは美洋にとっては予想外、どころか規格外の一手であった。
「僕等の、人間の手に負えるモンスターじゃないな。とんでもない子供を育ててくれたもんだよ。僕の姉さんを語る何者かはさ……本当に姉さんなのかって少し思ったくらいだよ。だからと言って参りましたと言うわけにはいかないよね」
正直気力だけで立っているような美洋に対して、体力も気力に関してもアリスはアップが終わった程度であろう。
どうやってアリスと電子戦を行うかと考えていた美洋だったが、アリスは美洋達に通信を淹れた。
「全くやってくれるよほんと。私はお兄ちゃんに圧倒的に勝たないとダメだったの……こんな状態でお兄ちゃんに勝っても意味ないんだよ……真希奈お姉様に認めてもらえなかった人間の末路を教えてあげるよ」
二十メートルはある塔からアリスは飛び降りる。それに美洋は冷静にジキルに指示を出す。
「ジキル、アリスを生きたまま捕まえる。できるか?」
「できるか、じゃなくて、やらないとダメなんでしょ?」
ジキルは落下してくるアリスを受け止めるとそのまま衝撃をアリスに与えないように衝撃を自分の体を使って殺す。金属の嫌音が聞こえる。
ジキルは床にアリスを降ろすと苦笑して美洋にこう言った。
「ててて、ちょっと運動機能に支障をきたしたかな? 通常に動くのは問題ないけど、激しいアクションはもう難しいよ」
美洋はサーバー施設の入り口を見てジキルに言う。
「この中にいる誰かが最後の敵だ。もう動く必要はないよ。終わらせよう。このつまらないワンダーランドを」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます