グッドバイ&マイラバー
リーシャは難攻不落の都市麻酔の解除ができない事に徒労を感じていたが、ミサイルアラートが鳴っている事に監視カメラの全てを確認し、何が起きているかある程度理解した。
「出てきたわね。破壊の申し子、日野元アリス、街にミサイルを撃つなんて本当頭のネジが外れてるわね。私がここに残って良かったじゃない」
このメインコントロールルームでできる事をだいたいリーシャは把握していた。このサーバー施設であるが、ここは言葉通り要塞の機能を持っている。専守防衛こそできないが、ミサイルに対してフレアを撃つ事ができる。ミサイルの街への着弾は阻止できる。
但し……
「日野元アリスがあらゆるミサイルを飛ばして来たらさすがにアウトね。美洋達は何をやってるのよ……」
ジキルの体を支えている美洋の姿。それを見て胸が締め付けられる気持ちになるが、何かがあったという事、美洋のモバイル端末に直接連絡を入れる。それに美洋はすぐに出た。
「何やってるのよ。早くその日野元アリスを止めなさい!」
リーシャからの連絡に美洋はリーシャに助力を求めた。それはアリスの使用しているシステムの掌握をしてほしいという物。
相手はリーシャを上回る力を持った美洋とジキルを今打倒した日野元アリス。それはあまりにも無茶なお願いだった。
だが……
「ふふっ、美洋にあんなに素直にお願いされたら断れるわけないじゃない」
さすがに同時にアリスの操るトランプを掌握しにいくとバレるが一つ一つであればそれは限りなく出来るかもしれないとリーシャは考えた。
「美洋の話なら千個同時に操ってるって言ってたわね。私が乗っ取るのは一つだけでいいわ。あとは乗っ取ったそれがなんとかしてくれる」
飛んでくるミサイルに対しては迎撃用のフレアの発射準備は終わった。あとは全神経をかけて日野元アリスの持つ千分の一を乗っ取るだけ、乗っ取ってしまえば、最初こそアリスのシステムとして動くようなアルゴリズムを持たせ、その実自壊用のウィルスを持たせておく。
一個が二個に、二個が四個に四個が八個に八個が十六に、十六が三十二に、三十二が六十四に六十四が百二十八に百二十八が二百五十六に、二百五十六が五百十二に、そして最後は全てが感染し自壊する。
とはいえその一つに着手するのがかなり大変だった。
電子戦の申し子である日野元アリスにばれないようにたった一つをかすめ取る事の難しさ、まだこちらには気づかれていない……とリーシャは思っていた。
まだここにはシェリーメイがいて都市麻酔の解除をただ待っているのだとそう思っているハズ。
それか分かっていて自分を泳がされているのか、だとしてもそれならそれでその罠に飛び込むしかなかった。
千個のシステムの内どれを狙うのか、美洋から聞いた事としてこれらは日野元アリスに近い動きをするシステムであるという。千個が千個全て同じプログラムというわけではないらしい。元々『帽子屋さん』アプリを使っていた所有者の使用頻度により育てられてきた機能。若干の違いがある。
そんな中で全く育っていないアプリを捕まえる事ができれば日野元アリスにバレない。それがリーシャの出した答えである。
「いいわ、スナークハントを私が狩ってあげる」
リーシャは美洋とジキルになんとかついていけるそれだけの処理能力を持っている。自分の限界を知っているから、だから人は道具を使う。
「私の今持てる全ての武器を開放する」
リーシャが作ったソフトを今操作している端末に入れる。それはウィルスソフト、これの起動はまだいつでも開始できるように準備。
次に入れたのは『帽子屋さん』アプリ。今入れたばかりのこのソフトを元に一番育っていないアプリを探す。
それは目視で……
「サーバーのウィルス駆除だって結局最後は目視で見つけるんだよ。貴方達天才に私は追いつけない。だけど、コツコツとした作業で一矢報いる事くらいはできるんだから」
千のアプリを人の処理能力とは思えない速さでリーシャは照らし合わせていく。
「違う。これも違う。違う」
リーシャはなんだか熱っぽいそんな気分に支配されていたが、なんとも心地よかった。この瞬間、リーシャの認識野、処理速度は美洋をも、アリスすらも超えていた。そして、リーシャはアリスの支配するアプリの中で一番育っていない物を見つけた。
「あった!」
そのアプリを自分のアプリと置き換え、ウィルスを感染させる。
『やった!』
リーシャは自分の限界を超え、神の頂に挑戦するハズだった。だが、リーシャはこの一瞬の別の事を考えた。自分と美洋と笑って過ごす未来、そのありえない未来に最後の一タイプが遅れた。
その瞬間、サーバー施設はアリスが街に向けて放ったミサイルの迎撃のフレアを発射する。それは予想以上の反動。
リーシャは席から放り出され何かに激突して止まった。頭を打った。
それは大したダメージではなかったが、ズキンと腹部が痛む。ゆっくりとその痛むところを見ると腹部が真っ赤に染まっていた。
「ははっ……これ、もう助からないやつだな」
リーシャは救急キットから傷を止めるテープを取り出すとそれを張り付ける。そして痛みで汗が止まらないが最後の一タイプをするために体を引きずって一歩一歩席に戻る。
最後の一タイプ。
「見たか、マッドティーパーティー! この美少女サイバネティクスハンターのリーシャちゃんにかかればちょちょいのちょいよ」
段々と眠たくなる自分をなんとか抑えて、ウィルスを感染させたアプリが他のアプリに拡大感染していっているかを確認。
そして、美洋に通信を入れる。数コールの内に美洋が通信に出る。
「美洋、ジキルさんの様子はどう?」
「あと少しで起きれる。ミサイルの迎撃、正直助かった。あとはアリスの攻略だが……ジキルが起きてから僕の最後の手段を使う。それでも勝率二十パーセントくらいだけどな」
珍しく弱気な美洋にリーシャはくすくすと笑う。そして美洋にアリスへの突破口をゆっくりと語りだす。話していないと自分の魂がもうここからいなくなってしまいそうだとリーシャはそう感じていた。
「美洋、日野元アリスの鉄壁のシステムにウィルスを感染させた。多分半分感染がいきわたる前に日野元アリスには気づかれると思うけど、そこがチャンスだよ」
「いつのまに、そんな事……凄いなリーシャ」
絶対に勝てないと思っていたライバルの美洋に称賛される。なんて気持ちがいいんだろうとリーシャは思う。
「美洋、あのね? 美洋ってさ彼女とかいないの? それと好きな女の子」
「こんな時に何を」
「いいから! 答えてよ」
美洋は通信先のリーシャの様子がどうもおかしい事に気づく、呼吸が少しあらい。それに美洋はすぐに正しい判断を下す。
「おい、リーシャ。今どこでどんな状態だ? 怪我をしているのか?」
「ちょっとね……ころんじゃった。そんな事より、どうなの? 好きな人」
「そんな奴はいない。リーシャ、早く病院に……」
「もう助からないよ。自分の体だから分かるんだ」
美洋はこんな時でも自分は何とも思わないのかと自分という人間の出来に笑いがこみあげてきていた。
「今から、すぐに助けに行く。何処にいる?」
「美洋、日野元アリスを逮捕。救ってあげて、それがサイバネティクスハンターの美洋がしないといけない一番の事じゃない? それに、このチャンス絶対逃さないで、もう二度と作れないと思うから……」
美洋は少し考える。人道的な行為としてリーシャを救いに行く、それとも今ここで日野元アリスの暴走行為を止める。
当然、美洋の判断は後者である。
「分かった。リーシャ、君の賢明な仕事と判断に感謝する」
美洋はジキルの再起動と共に反撃の狼煙を上げられるよう眼鏡をかける。その間も美洋の耳にはリーシャの粗い息遣いが聞こえる。
それが時折むせはじめている事が、リーシャの時間に終わりが来ようとしている証拠。そんな時なんて声をかければいいか美洋には分からない。
代わりにリーシャが美洋に声をかける。
「……ねぇ? 美洋」
「どうした?」
「一つだけ、お願い……聞いてくれるかな? というか聞いてよ。いいよね?」
「あぁ、僕が聞けることであればなんでも言ってくれ」
それに少しだけリーシャは考えているのか黙る。その間もひゅーひゅーと辛そうな息遣い、そしてむせる音が美洋の耳に響く。
「私さ、美洋の事好きなんだ。知らなかったでしょ?」
「あぁ、嫌われていると思っていた」
それにリーシャは笑う。
「だから、もし私を見つけたらキスしてよね……」
リーシャが恥ずかしそうに、そして辛そうに言う。そのあと、ガタンと通信機の先で何かが倒れる音が聞こえ、それ以降リーシャの声が帰ってくる事はなかった。何が起きたのか美洋は確信し、それに美洋は頷く。
「あぁ、了解した」
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