ブレイク&モンスターボックス

「どうして私を助けたの?」



 日野元アリスは美洋とジキルを見ずに地面を背にして空を仰ぎながら聞いた。それに美洋はあたりまえの如くこう言った。



「犯罪者にも人権があるからだ。あの中にお前達を先導したテロリストのボスがいるという事で間違いないんだな?」



 アリスはこくんと頷く。そして美洋は頭をかいた。今は都市機能どころか人々の機能まで停止している。こんな状態でアリスを一人にしておくと恐らく何処かへ逃げるだろう。美洋としても日野元アリスを次捕まえられる自信は無い。その為苦肉の策として美洋はアリスに言う。



「おい、服を全部脱げ」



 その突然の美洋の発言にジキルは「なっ!」とそしてアリスは艶かしい表情をしてこういった。



「お兄ちゃんも私の魅力に気づいちゃったんだね? いいよ歯医者敗者商社勝者の言う事を聞くものだもんね?」



 そう言って服をぬぐアリスをじっと見つめる美洋にジキルは泣きそうな顔をしてこういった。



「せめて女の子にしてよぅ!」



 一糸まとわぬ姿となったアリスは恥らうように大事なところを隠して美洋を見つめる。そして美洋を上目遣いで見ると言った。



「いいよ」



 それに美洋はアリスの方へ向かい手を伸ばす。熱い息を零すアリスだったが、美洋が触れた物はアリスが来ていた服。それをぶんぶんと振って何もないかを確認。服には不審な物は隠し持っていない事が分かると次はアリスを見るとジキルに言った。



「ジキル、アリスをスキャン。金属探知をしてみて」



 この美洋の一連の動作にジキルはポンと手を叩いた。美洋はアリスに欲情して手籠めにするわけではなく、身体検査をしていたという事だ。

 普通に考えれば間違いないのだが、ジキルは男の子同士を想像して赤面していた。美洋も可愛い顔はしているが男のそれだが、アリスに至っては女の子より女の子らしい。それがまた禁忌的な美しさを醸し出しているからそう考えるのもやむ無しかもしれない。

 いずれにせよ美洋が間違った方向にいない事にジキルは安堵した。



「ふぅ、ボクは美洋が遠くに行ってしまったかと思って心底焦ったよ。大丈夫、日野元アリスは何も持ってないよ!」



 そのジキルの言葉を聞くと美洋はアリスに服を返す。そして「はやく着ろ」と淡々と言うとそれにアリスは口をとがらせる。



「ざーんねん。私はお兄ちゃんだったらいーっぱサービスしちゃうのになぁ。でもお兄ちゃんみたいに私に興味ないって人を振り向かせるのも悪くないかもね」



 アリスがそう言うので、ジキルはアリスの前に立つと威嚇するような表情を見せてからアリスにびしっと指を指す。



「ダメだからね! 男の子同士なんてさ!」



 そんなジキルにアリスはほほ笑む。



「私はエルデロイドの貴女も一緒でも全然いいよ? なんなら三人でする?」



 それにはジキルは回答する答えを持ち合わせてはいなかった。自分が美洋とそういった事をするという想像。

 その思考ループを遮ったのは他でもない美洋だった。



「僕は興味がない。するなら二人ですればいいよ。サーバー施設に入る。アリス、せめてもの罪滅ぼしに道案内しろ」



 美洋がそう言うので大きなショックを受けているジキルに対して、アリスはたたたたと美洋の隣を歩くと腕を組む。ショックを受けていたジキルだがそれにはさすがに見過ごせず、美洋の余っている腕に自分の腕を絡めた。



「あのさ、歩きにくいんだけど」



 そう言う美洋の言葉を無視して両腕に絡める二人に美洋はため息をつく。いざ入ろうとしたサーバー施設の入り口から一人の女性が出てくるのが見えた。

 そしてそちらも美洋の存在を確認して向かってくる。



「アンさん、貴女もマッドティーパーティーだったんですね?」



 美洋の姉、真希奈の友人であり右腕的存在。アンは頷くそして美洋に一枚のディスクを渡した。



「ここに私達マッドティーパーティーが結成した全てがある。そしてあのサーバー施設。いいえ『悪魔の玩具』には貴方の姉、水城真希奈がいるわ」



 アンの言う事に美洋はジキルとアリスが掴む腕を振り切った。そしてアンの目の前でアンを上から下まで眺めた上でアンの頬を叩いた。

 パンとそれはアンの頬に赤い痕を残す程度には強く、美洋は怒りを表しているわけでもなくいつも通りの表情で言う。



「アンさん、大丈夫ですか? 洗脳とかそういうのではないようですけど」



 美洋なりの気付けの一発だった。それをアンも長い付き合いである事で十分に理解した上で頷いた。



「えぇ、ありがとう。頭が冷めたけど、私は洗脳されてもないし、至って正常よ。その私がこんな事言うのが信じられないわよね? 真希奈は生きているというと語弊になるかもしれないけど、真希奈は自分が殺される事を予見して真希奈は、あの子は自分の再生計画を考えていたの……それが」



 美洋の表情がはじめて変わる。



「……エクスマキナの最終問題か」



 その言葉にアンは頷く。人類史上恐らく答えに行きつかないと言われた水城真希奈が人生の全てをかけて成し遂げようとした偉業。

 それが今から入るサーバー施設もといアンが言う『悪魔の玩具』の中にある。そしてそこにはリーシャの亡骸、美洋は自分の愛機を呼ぶ。



「青」



 美洋のバイクを呼ぶと美洋はそれをアンに預ける。目の前の巨大サーバー施設が水城真希奈が作った物であれば侵入者や敵意を持った者を排除する仕掛けがあらゆる場所にあるだろう。それを今の戦力で抑える事は不可能。

 そして美洋の判断はサーバー施設の完全破壊、日野元アリスですら電子戦で勝てなかった美洋にとって、もはや雲の上の人物である自分の姉に勝てる可能性は皆無である。



「アンさん、貴女は犯罪者だ。それに僕がお願いするのは問題だけど、今はそれどころじゃない。その青に乗って他の街へ行ってください。そして都市麻酔の事を告発して救助を、そして救助が終わった時にこのサーバー施設への核兵器での同時攻撃をお願いします。僕の姉さんはもう死んだんです。今回の大規模サイバーテロも、そして姉さんが構想していた人間の死を超越した計画も世に出してはいけないものだ」



 アンは美洋の言う事を理解し、そして相手が真希奈である以上、美洋の判断は模範解答である。美洋のバイクにまたがるとアンはアクセルをふかした。



「美洋、この仕事が終わったら一緒にお風呂に入りましょ」



 そう言って投げキッスをするアンを見て美洋は表情を変えない。過ぎ去っていくバイクを見ながらアリスが笑う。



「何あのオバサン。超痛いんですけど? シェリー・メイは美洋じゃない誰かに負けたんだっけ? ふふん。でも私もお兄ちゃんとお風呂入りたいな。一緒に変なところ洗いっこしようよ?」



 そう言って再び美洋にくっつくアリス。それに美洋は言う。



「あぁ、だけどお前もアンさんもまずは牢屋に入ってからだ。今お前たちが自由なのはただたんにお前たちを捕まえる機能がマヒしてるからにすぎない」

「そうだよ! 日野元アリス! 君は悪い子なんだからね! ちゃんと反省しないとダメなんだよ!」



 ジキルに怒られてもアリスは笑顔を変えない。そんな様子でサーバー施設へと入ると美洋達を出迎えるように館内放送が流れた。



『やっとたどり着いたようだね。ボクの愛しい美洋! あと、ジキル君も来たのね? そして負け犬のアリス……君には用はないんだけどなぁ』



 それは美洋のよく知る姉、水城真希奈の声。美洋はそれを懐かしむわけでもなく、感動するわけでもなく、冷静に返した。



「本当に姉さんなのかい?」


『そうだよ! 君のお姉ちゃんだよー! 寂しかったかい? 今までごめんね! あと少しでボクは君の元へ戻ってこれるんだ』


 美洋はそう言う真希奈になるほどなと独り言を呟く。サーバー施設の中は真直ぐな一本道となっていた。


「今から、そっちに行くよ。姉さん」


『うん、ボクも君に早く会いたいよぉ!』


 カツカツと美洋は足音を響かせてサーバー施設の中を歩く、そしてハァとため息をつくと高らかにこう言った。



「水城真希奈、大規模サイバーテロの容疑で姉さんを逮捕する」

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