フェイク&二ゲート

 一方市議が運ばれた大学病院にてジキルは回線のジャックを一つ拝借し、この院内に潜伏しているであろう犯人の割り出しを始めていた。

 しかし、その表情やふてくされている。



「ふーんだ。リーシャが危ないっぽいから助けてくる! だなんて言っちゃってさぁ。どうせ可愛いからなんだよ! ボクと違ってちゃんとした人間だし、いつから美洋はさぁ、あんなふうに色気づいちゃったんだよ」



 そう言いながらジキルは院内にいる病院関係者、入院患者、そして患者として紛れ込んでいるかもしれない第三者。日野元アリスの件もあるので子供ですら皆マーク対象だった。



「一番怪しいのは院長先生、彼は『帽子屋さん』アプリの中毒者くらい使用しているっていう情報が落ちてるし……でも院長先生は今回運ばれてきた市議の治療はしないんだな」



 今回はアリスの時とは違い電子戦をするような事はないのだが、逆に面倒な状況におかれていた。

 足で探すと言うように一件一件しらみつぶしに行わなければならない。その時、ジキルに通信が入った。それは美洋から、無事にリーシャを助けた事の事後報告。



「なんだか心なしか嬉しそうな気がする。リーシャにカッコいいところを魅せれたから満足なんだ」



 再びそうぼやきジキルはカタカタとタイプを繰り返す。そんな時、ジキルに声をかけられた。



「やっぱりテレビ出てたジキルちゃんじゃん!」



 顔を上げるとそこにはいかにも遊んでそうな男二人組、片方は頭に包帯を巻いているのでもう片方は付き添いなんだろう。



「ん?」



 そこに不機嫌そうな表情のジキル、それでもジキルが美少女と呼ぶにはふさわしい。そのジキルにお近づきになろうとした一人の男はジキルに話しかける。



「今暇かな?」

「この状況暇に見えるかな?」



 男たちに少しイラだった笑顔を見せながらもジキルは手元のタイプをやめない。それに空気を読まずに男はぱっと笑顔を見せて横に座る。



「サイバネティックスハンターなんだよね? テレビみたよ! 実物はテレビより可愛いよ! ほんとこんな可愛い子みた事ないよ」

「ありがとう」

「これからどっか遊びに行かない?」

「いかない」

「俺もこんな可愛い子とお近づきになれてチャンスを逃したくないんだ! 二度と会えないよこんな可愛い女の子」

「リーシャ・ユビキタスより?」

「うんうん! 全然ジキルちゃんの方が可愛い……あれ?」



 そういう男の体が宙に浮く。男が振り向くと無機質な金属の腕に持ち上げられている。そして明らかに怒りの表情を向けるリーシャの姿があった。



「可愛くなくて、悪かったわね」



 男たちは逃げ出すように病院から去っていくのを見てジキルはリーシャにこう言った。



「お怪我がなくて良かったよ」

「それに関しては素直にお礼を言うわ。ありがとう。ところで犯人の方は?」



 それにはジキルはまだ特定できていないというように両手を挙げてジェスチャーをしてみせた。



「手伝うわ。ピノッキオ! 四人で分担すれば効率も四倍になる」



 リーシャはピノッキオを一人として認識していた。それにジキルは少し驚き嬉しそうな顔を見せる。



「いいね! 助かるよ! 美洋、早く犯人を見つけよう!」



 やる気を出しているリーシャとジキルに美洋は面倒くさそうな表情を見せる。そして信じられない事を言ってのけた。



「多分、犯人はもう特定している。犯人はこの病院で入院している患者だよ。そしてそれを手伝った人物もまたこの病院内にいる」



 一体どこからの情報なのか、それはパートナーであるジキルですら知りえないものだった。それにジキルは調べる手を止める。



「どういう事か説明してくれるかな? 美洋」



 それに美洋はあるリーク画像を見せた。それは市議のアカウントと『マッドハッター』なるこの『帽子屋さん』アプリによる『スナークハント』の首謀者との繋がりであった。ダイレクトメールを使いどんな風に市議が事故に遭い、どんな風にこの『帽子屋さん』アプリで行われている『スナークハント』が危険なものであるかと見せかける為のでっち上げの事件だった。



「なにこれ? どうやって調べたのよ!」



 リーシャが美洋に身を乗り出してそう言うので美洋はジキルとリーシャの二人を指さして見せた。最初意味が分からなかったが、美洋の言う言葉を聞いて開いた口が塞がらない。



「テレビを見たとかいう女性の視聴者から、僕宛に話を聞いてくれれば情報をくれるというものだ。好きな食べ物や趣味なんてつまらない事を教えてあげるとこの画像が送られてきた。結局『スナークハント』という物は素人の組織だからこうやってすぐに情報が漏洩し、砂の塔のように簡単に崩れる。終わらせようか、つまらない裁判ごっこを」



 そう言って美洋が市議の病室に向かうので皆黙ってその背中を追いかける。そんな美洋の背中を見ながらリーシャがジキルに聞いた。



「ねぇ、あなたの相方の水城美洋って本当に人間よね? あまりにも感情がないというか、私のピノッキオよりひどくない?」



 まさかジキルも考えていた事を第三者に言われるとは思わなかった。だからジキルは笑顔を見せてリーシャに言う。



「あれが美洋だよ。少し感情を表に出すのが下手なんだ」

「ふーん」



 市議の病室前にやってきた時、それは何やら様子がおかしかった。市議が病室から緊急搬送されていく姿。



「事故で打撲だけだったんじゃないの?」



 運ばれていく市議の顔は呼吸困難でどう見ても打撲ではなく、服毒あるいはそれに相当する症状であった。

 同時に美洋とリーシャのモバイル端末に通信が入る。それはSNSのアカウントからのダイレクトメッセージ。

 宛先は……『水城真希奈』



「これってあなたのお姉さんじゃ?」

「僕の姉さんは死んだよ。それを語った何者かだ。僕はコイツを捕まえる為に今サイバネティックスハンターとして仕事をしているんだ」



 淡々と感情を感じさせない美洋の言葉だが、リーシャには感情を押し殺しているように思えた。メッセージを開くとそこには『スナークハント』完了。

 そう一言書かれていた。それにリーシャは背筋が寒くなる事を感じ、美洋はモバイル端末を閉じると呟く。



「もう一人の首謀者の元へ行こうか?」



 美洋が言う、協力者の事である。それが誰なのか、病室の最上階。そしてそれは知り合いでなければ面会が出来ない特別な病棟。



「水城美洋です」

『美洋君か、どうぞ』



 それは機械音声だった。そしてその相手か誰かジキルもさすがに分かってしまった。それにジキルは美洋を止めようとする。



「美洋、東雲亮は君の姉である水城真希奈の同僚で、君の保護者的な立ち位置の方じゃないか! それに不慮の事故で動けない」



 部屋に入るのを止め、振り返ると美洋は笑った。それにリーシャはドキリと意識する。だが、これは笑ったのではない。ただの表情筋の反応。そしてその美洋の口から出た言葉。



「だから? 亮さんが犯罪に手を染めたのであればもうそれはただの犯罪者でしかないんだ」



 病室に入ると音声通信装置ともはや魂がそこにあるのかは分からない変わり果てた姿の東雲亮だった。



『やぁ、君がここに来たという事は君は僕を捕まえにきたのかな?』

「そうです。貴方が『マッドハッター』ですね?」

『うん。そうだね。見逃してくれとは言わない。だけど、俺は復讐をしたかった。真希奈を奪い、俺をこんな姿にした奴らを』

「奴ら?」



 それを答えようとした時、東雲亮の生命を維持する装置が一斉にダウンする。それに冷静に美洋は言う。



「ジキル、システムを奪え」

『無駄だよ、マッドティーパーティーは俺を不要と判断したらしい。ワンダーランドの住人はそこら中にいる……それでも俺は、美洋をまもりたかっ……』



 東雲亮の命が消えるのをしばらく見て美洋はナースコール、そして警察への連絡を入れる。身内の死に関して美洋は動じない、それどころかもう既に次の情報を集め始めていた。それに少し寂しそうな表情を見せるジキルと裏腹にリーシャは怒る。



「水城美洋!」

「何?」

「あなた悲しくないの? 亡くなった人、あなたのお姉さんの知り合いだったんでしょう? だったらいくら犯罪幇助だとしても関係ないわ! 悲しんでいいし、あんたにはその権利がある」

「なんで?」



 本気で理解していない美洋にリーシャもさすがに普通ではないと気づいた。美洋の異常性というよりは、自分は唯一美洋を分かってあげられるとそう考えた。



「あっ!」



 それにはジキルが声を上げた。何故ならリーシャは美洋を抱きしめたのだ。ぎゅっと力強く 一体何が起きたのか分からない美洋と怒りの表情を見せるジキル。その様子をカメラアイで撮影するピノッキオ。



「大丈夫、大丈夫だから」



 そう言って優しく美洋の頭を撫でるリーシャ。リーシャの甘い香りと柔らかい肌を感じながら静かに美洋は言う。



「少し苦しいよ」

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