ヒーロー&ヒロイン
ミネラルウォーターの入った水筒を取り出すと一口喉を潤すリーシャ。勝負を持ちかけたが、リーシャとしても仕事は遊びではない。本人を前にすると素直な事は言えなかったが、リーシャは認めた。
「ピノッキオ、悔しいけど。あの二人に私達は一歩及ばない。だったら私達は私達のできる事をしっかりするだけよ」
リーシャは悔しいというものの口元は緩み、実に楽しそうだった。それを見てピノッキオが割り出した言葉はこうだった。
「……リーシャ、すまない。私がもっと優れていれば君に公然で恥をかかす事はなかったでしょう」
そう言うピノッキオにリーシャは笑う。
「ピノッキオ、あなた本当にメンテナンスがいるんじゃない? あなたはあなたが出来る最大の仕事をしたわ。それは私も同じ、あの水城美洋とあのパートナージキルが異常なだけよ。でも、ピノッキオあなた空気を読めるロボットだなんて、もしかしたら世界初じゃない?」
ピノッキオはそれには何も答えずにリーシャに仕事の話をした。
「リーシャ、事件を起こしたアカウントの特定、そしてそれらを囃し立てた複数のアカウントを確認、それらが同一のアカウントであるか照合を開始します」
リーシャ達が犯人の絞り込みをはじめた時、リーシャの車に一台のバイクが横付けする。それは黒いフルフェイスヘルメットを着用した何ものか。
「何よ?」
そうリーシャが呟いた時、バイクに乗っている人物は鉄パイプでリーシャの車を殴った。それにピノッキオが反応し車を出す。
「何これどういう状態なの?」
それにピノッキオが運転をしながら、情報を探る。そしてピノッキオが言った事はリーシャの理解の枠外の話であった。
「リーシャ、君が今『帽子屋さん』アプリにて裁く対象となったようだ。SNSですごい拡散されている」
「は? どういう事よ? なんで私が裁かれる側にいるわけ? 意味が分からないんだけど……まさか」
リーシャは一つ思い当たる節があった。それはスタジオを出る瞬間、今回被害者となっている市議に対して、視聴者達は自業自得であるとほぼ全てが述べていた。
それを助けよとするリーシャも美洋も彼らから悪として断定されていると思えば合点は行く。
「リーシャ、そのまさかです。物凄い勢いで拡散されています。我々を打倒した者に賞金という出どころ不明の情報もあるようです」
一瞬リーシャは恐怖に顔を歪めるが、すぐにいつも通りの表情に戻る。それは彼女がサイバネティックスハンターとしていくつも山場をくぐりぬけてきたから鍛えられたものでもあった。
「いいわ。受けて立つ。アイツならこう言うでしょ? 犯罪者に良いも悪いもない。それらは全て悪。私を追尾している者の情報を警察に共有。同時に私達は主犯格の居場所特定をするわ! ピノッキオ用意はいい?」
ピノッキオはこの時代において珍しいMTの自動車を人間よりもうまく動かし、バイクの追跡者から逃げる。バイクから逃げ切るという事は不可能ではあるが、相手も容易に狂気で殴れないようなスピード勝負に持ち込む。
「私達の車をハッキングしようとしている連中がいるみたいね。ホント馬鹿。この8は正真正銘、全く自動制御されていない旧時代の車。見せてあげなさい。コンピュータ制御では絶対に不可能なドライビングテクニックを!」
衝撃に備える体制をとったリーシャを見てピノッキオは「了解した」と一言指示を実行する。 自動制御された車やバイクに不可能な動き、逆走。異常反応があった時、機能が停止されるようにできている。
ピノッキオはブレーキとハンドブレーキを同時にきかせ、車を180度回転させる。そしてそのままバイクを迎え抜く。反応したバイクのドライバーは咄嗟に追いかけようとするが、当然機能停止、そして再び180度向きを変えたリーシャの車は悠々とバイクの人物を抜き、リーシャはそれに手を振った。
「この車の弁償代は高くつくわよ。ピノッキオ、SNSで拡散し煽っている連中の書込みからわかる事は?」
「全員別人です。投稿先も割り出しました」
「それってIPいじってるとかじゃなくて?」
「はい、監視カメラの情報から数人は特定しています」
リーシャは少し考え違いをしていた事に気づく、これは愉快犯が複数のアカウントを使い
起こした事件だろうと、しかし、今のピノッキオの情報が正しければただ煽りたいだけの人たちが集まってしまっただけ……そこには主犯なんて者は存在しない。
「ただし、彼らに依頼と指示をした者は特定できました」
それを聞きリーシャは口元を緩める。そう、自分達はいつもこうスタイリッシュなのだ。そしていつも通り警察と共有し犯罪者を捕まえる。
「目的の場所に行きましょう。多分、水城美洋達は既に到着しているでしょ?」
「何故そうリーシャは思うのです?」
リーシャは窓の外を見ながら少し頬を染める。
「今回は私の体調がすぐれない事と、あなたのメンテナンス不足だからよ」
そう冗談を言っている内に調べ上げた、犯人の潜伏先。そこは別荘か何かだろうか? 人間の生活感を全く感じさせない大きな家。
そこにはパトカーは止まっているものの美洋のバイクも彼の姿も見えない。それにクスクスとリーシャは笑った。
「案外、私達の勝ちみたいね」
そう言って車から出るとパトカーに近づく、そして最初に気づいたのはピノッキオだった。
「リーシャ、危険物を感じます」
「えっ?」
パトカーから降りてきたのは警察の制服を着た男と、他二人。その手には何やら物騒な物を持っている。ゴムスタンガン。
「ちょっと! あなた警察でしょ? なんのつもり?」
警察の制服を着た男は警察手帳を見せるようにスマートフォンをリーシャに見せた。その画面を見てリーシャの血の気が引く。
「『帽子屋さん』アプリ」
恐らくこの警察の男は警察組織の不甲斐なさに嫌気がさしたんだろう。この男の視線をなんども事件現場でリーシャは見てきた。
だが、もうこうなったら警察とはいえ犯罪者。
「ピノッキオ、あれはもう公僕じゃないわ。ただの犯罪者。こらしめてあげなさい。しっかり動画データを残してね」
リーシャが危険な橋を渡れる保険として、ピノッキオの戦闘力とタフネスがある。二人の男たちが放つゴムスタンガンをものともせず締め上げる。
「きゃああ!」
だが、警察の男は真っ先にリーシャを捕まえるとピストルをリーシャの頭に向ける。そしてこう言った。
「あのロボットを止めろ!」
「嫌よ! 撃つなら撃ちなさい。全部ピノッキオが記録してるんだから! ピノッキオ! 私はどうなっても構わないわ! この犯罪者をやっつけて!」
そのリーシャの叫びに警察の男は逆上し、ピストルの引き金を引こうとする。ピノッキオはリーシャの指示に従い制圧前進をはじめ、リーシャは涙を浮かべながら最期の時を待った。
(なんでこんな時にアイツの顔が浮かぶのかな?)
リーシャのすぐ横を風がかけぬける。そして警察の制服を着た男が倒れる。全てスローモーションのように見えた。
そこには青いバイクにまたがった美洋の姿。彼はバイクでこの警察の制服を来た男に体当たりをしたのだ。
「あなた、これれっきとした犯罪よ?」
「君のピノッキオが全て撮影しているんだろ? なら人命の為に体を張った英雄だ。まさかとは思ったけど、この偽の情報に引っ掛かっていたとはね」
美洋は全く表情を変えずにそういう。確かに今しがた殺されかけていたリーシャが何か言えるような事はない。
ただこれは言っておかねばとリーシャは頭を下げる。
「ありがとう。助かったわ」
「礼には及ばない。それよりも常に情報を発信し続けてくれたピノッキオに礼を言うんだな。ピノッキオは優れたAIを持っている」
それを聞いてリーシャはピノッキオに振り替える。
「あなた、なんでそんな事を?」
「同じ業務を行うチームであれば当然でしょう? リーシャに止められませんでしたので」
確かに情報を教えてはならないという指示はしていないが、教えてもいいとも言っていない。ピノッキオは何処か壊れているんじゃないかと本気で心配したリーシャだったが、よく判断したものだとリーシャはその考えを収めた。
「あなたの彼女は?」
「彼女? ジキルのことか? ジキルは既に今回の首謀者の所に向かっているよ。僕たちも行こう」
そう言う美洋にリーシャは問い返した。
「犯人の居場所ってどこなの?」
「行けば分かると言いたいけど、出し惜しみするような情報でもないしね。市議が運ばれた病院だよ。これだけ言えば優秀な君ならわかるだろ?」
成程と頷いたリーシャ。
「私も貴方も上手い事巻かれていたという事ね? 犯人は直接自分の手で裁くつもりだったと」
「一つ間違いがあるとしたら、僕は巻かれていない。巻かれたのは君だけだ。じゃあ行こう」
そう言って青いバイクにまたがる美洋の背中を見て、リーシャは小ばかにされた事よりも、胸の鼓動が早くなる事の方が気になった。
「ばか……行くわよピノッキオ」
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