ヒーロー&ヴィラン

 ジキルがトランプ兵の通信座標の特定を試みる事十数回、近所のコンビニであったり、海の真ん中、はたまた美洋達の住む場所から気が遠くなる程離れた最果ての国名を指していた。ジキルの能力は恐らく今現在ではあってはならないレベルの機能。



「トランプ兵はジキル、君の同型か? まさか君がここまでてこずるとは思わなかった。でも、二人ならどうだろう?」



 美洋の提案にジキルはあからさまに嫌な顔をして見せた。何故なら、美洋の提案は美洋の体への負担が大きい。



「あのシステムはまだサンプルが少なく危険です!」

「これは僕の落ち度だ。相手を舐めすぎていた。向こうがその気ならこっちも取っておきを見せようじゃないか? 繋がろう」



 どちらが人間なのかわからないくらいお互いの感情は顕著だった。

 ジキルは自分の頭に手をやるとそこから一本のコードを取り出した。そしてそれを美洋に手渡す。美洋は表情筋ひとつ変える事なく眼鏡をかけるとそれにコードを繋いだ。



「アルターブースト起動……」



 美洋が姉、真希奈の研究から独自に編み出したシステム、人間の使用していない脳の領域を通信端末の処理速度に使用する。美洋は普段より異常とも思える処理能力を持っている。そんな彼の脳を一時的にジキルが使用。それは言わば生物で言えばセックスにも似た快感がジキルの中を駆け巡る。



「くうぅ……」



 脳に負担がかかっているはずの美洋は目を瞑り静かにしていた。眠りに落ちる前のような気だるさが美洋に広がっていく。

 短距離走の選手が目の前を走る選手にじりじりと追いつくように、並びぶち抜いた。



「捕まえた!」



 そう言ってジキルは通信を落とす。美洋の体を支えると眼鏡についたケーブル、そして眼鏡を外した。



「おはようジキル、せっかく僕は月の裏側を探索していたのに」



 真顔で言われるとそれが冗談なのかジキル程長い付き合いでなければわからないだろう。ジキルはジェル状の栄養補助食品を美洋に渡すと余裕を持って報告した。



「見つけました。新宿のネットカフェです」



 予想の一つではあったが、まさかそんなところを根城にしていたのかと美洋はジキルの報告に頷いた。



「多分、向こうももう気づいた頃だろうね。急ごう、先にネットカフェの監視カメラをハッキング、該当のブースを警戒。バイクを回して」



 本来であればジキルが提案する事をすべて美洋はジキルに指示する。ジキルはそれに対して少し嬉しそうに言った。



「青さんならここに」



 低いモーター音のなる小さい車体ながら1000CCの排気量を誇る青に跨るとジキルの腕を引いた。いつもならジキルが運転するところだが、美洋が直々に運転するという事は安全を完全に無視した走行をする。ジキルは代わりにナビとして美洋の走行の補助役となるのだ。


 アクセルを逆回転させると、バイクは後ろ向きにタイヤが回る。距離を取るとそのままフルスロットル。

 壁を駆け上がり、重力を無視した走りで夜の東京を駆ける。ジキルは大きな鏡張りのビルに月を背景に映るその姿を見て天馬のようだとうとうとしていた。



「ジキル、何処に落下すればいい? ……おい! ジキル」

「は、はい! そのまましばらく壁に沿って地上を目指してください、20メートル手前でバックスピンをかけながら速度を殺してください」



 ジキルの指示を的確にこなして美洋は地上に着地した。さもいままで道を這って走ってきたかのように、美洋が見上げたビルにはネット、まんが24時間と何処にでもある看板が見える。日雇い労働者の寝室であったり、終電を逃したサラリーマンの仮眠所であったり、トランプ兵の居場所。



「チェックメイトだ」



 そう言って美洋とジキルはエレベーターに乗る。階が上がる度にジキルの緊張が高まる。これ程までの腕がある相手。もしかしたら爆弾の類でも仕掛けられているかもしれない。それを鑑みて、ジキルは両手を広げて美洋に向いた。



「美洋、私の人口皮膜であれば、少々の熱量も衝撃も防げます」

「嗚呼、大丈夫。相手は物理で僕等を排除しようとしないよ。分かるんだ。相手も僕と同じで何か欠落した人物だ」



 両手を開いたまま、ジキルは段々と恥ずかしくなり、コホンと咳払いをすると何か物言いたげな視線を向けるが美洋はもう既にジキルの事を見ずに開かれる扉の先を見ていた。何処にでもあるネット・漫画喫茶。当たり前のように会員カードを見せて適当なブースを取ると、自分達のブースには近寄りもせず、美洋とジキルは一つの個人ブースに向かった。

 そこには人の気配がする。美洋がノックをしようとしたが、それを制してジキルがコンコンとノックをした。



「はやいねぇ、どうぞ」



 幼い声が扉の向こうより聞こえる。ガチャリと扉を開くと、セーラー調のワンピースをした十代前半の少女の姿があった。



「二人で? 料金は二倍だよ?」



 何を言っているのかジキルには理解できなかったが、美洋はそれに答えて見せた。



「悪いが僕達は君の客じゃない。それに僕は君くらいの年には興味がないし、ましてや男とそういう行為をしようとは思わない」



 ジキルは初めてこの少女……もといそうは見えないが少年が売春をしている事を知り、それでいて美洋がブラックジョークを返したという事。



「私はアリス、君たちが探していたトランプ兵だよ。よく見つけたね? 外でよっか? 聞きたい事あるんでしょ?」



 そう言ってアリスは自然にパソコンからフラッシュメモリーを抜いた。それに美洋が反応する。



「ジキル抜かせるな!」



 このフラッシュメモリーを抜いた時、あらゆる情報を削除するようにアリスが作った物、それを美洋は読み遅かった。



「ふふふ、真希奈お姉ちゃんの言うとおりだ。君は出来損ないだね。私と違って」



 美洋は顔色一つ変えずに、足が掴めなかった事をあきらめる。そしてアリスの手を引いた。



「外に出るんだろ? アリス、君は警察に引き渡す」

「つまんない」



 料金を支払うとアリスはあちこち指差してやれ何が食べたい。あの服がほしいと美洋とジキルにねだる。それにジキルはアリスを叱ろうとするが、美洋は首を横に振った。



「犯罪者はカツ丼と相場が決まってるんだ」

「えー! カロリーオーバーじゃん」



 何処にでもある一店のチェーン店に入るとアリスが挑発的な瞳を美洋に見せる。



「へぇ、やるじゃんこんなお店まだあるんだ」



 そこは料金の支払いも全て現金、電子機器を何もおいていない店舗だった。



「カツ丼を二つ」

「え? 食べるところ見せ付けるの?」

「ジキルは食べない……分かっているだろ」



 運ばれてきたカツ丼を美洋は行儀よく、アリスはガツガツと意地汚く食べる。一息ついたところでアリスの方から話し出した。



「聞きたいんでしょ? 真希奈お姉ちゃんの事、あのSNSアカウント、使用しているのは私じゃなくてお姉ちゃん本人だよ」



 美洋の反応を楽しむようにそう言うアリスの口元を美洋は拭いてやる。そんな様子にアリスは少し戸惑い、ジキルは少し嫉妬する。

「僕の姉さんは死んだよ」

「……」



 アリスは何も言わない。

 ジキルはこの状況に割り言ってアリスに真希奈について質問した。彼女のアカウントを操作している人物について。



「だから本人だって言ってるじゃん。私は真希奈お姉ちゃんに救われた」



 恍惚の表情でそう語るアリスを美洋とジキルは警察署まで連れて行きこの連続踏み台事件は幕を下ろした。

 唯、アリスは最後に美洋達にこう意味深な事を述べる。



「ワンダーランドの住人はそこらじゅうにいるんだから……」



 その後アリスは精神鑑定を行われ、警察の保護施設で一旦の預かりとなったらしい。彼は愛のない両親の元で生まれ、物心ついた頃から持って生まれた容姿を春を売る為の道具として使われてきた。両親を出元不明の火事で失い。児童養護施設に引き取られる。そこで彼はコンピューターという力無き者に力を与える魔法の道具を知る事となった。


 だが、彼はそこでも慰み者として扱われる。

 その児童養護施設もまた、出所不明の一酸化炭素の充満により多くの職員と児童が死亡。そこからアリスの足取りは不明となり今に至る。



「壮絶な人生を歩んできたんですね」



 ジキルが哀れんでそう言う姿を見て、表情を変えずに美洋は呟いた。



「どんな人生を歩んで来ようと、踏みとどまれる者は踏みとどまれるし、越えてしまう者は一線を越えてしまう。アリスは根っからの犯罪者だったって事だよ。じゃなきゃ、こんな計画は考えない」



 警察よりリークされた情報。


『都市麻酔計画』


 人間に催眠音声をかけて瞬時に町一つの機能を停止させる何かをアリスは作ろうとしていた。使っていたパソコンの情報を破壊した為、結局その根幹を知る事はできなかった。まだ自分の姉を名乗る誰かが動かしているアカウントが存在しているという事実、まだまだ調べなければならない事は多いが、美洋はジキルにこう指示を出した。



「砂糖をたっぷり入れたコーヒーが飲みたい」



 それに満面の笑顔を向けるジキル。



「はい! ただいま!」

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