バトル&パズル

 治樹は警察から解放されて一番最初にした事は彼の唯一の心の支えである『姫』への連絡を取る事だった。

 自分が連絡を取れなくなって彼女を寂しがらせてないだろうか? 怖がらせてないだろうかとそれだけが心配だった。


 治樹はクレジットカードでそれなりのスペックを誇るノートパソコンを購入すると、自宅の回線につないで彼女からの連絡を待った。

 待てども待てども、『姫』からの連絡は来ない。それに治樹は胸が張り裂ける日々を繰り返していた。ジャンクフードも喉を通らず数日が経った時、治樹のノートパソコンの画面がブレた。



「やっほー、お兄ちゃん元気?」



 治樹の心に命が宿っていくようにみるみる元気が湧いてくる。それに治樹はパソコンの画面にキスするくらい迫り音声を還した。



「あぁ、姫。ごんめよぅ! 会えなくて寂しかったよね?」

「うん、寂しかったぁ」



 彼女はそう甘えたように治樹に言う。治樹は今まであった事を包み隠さず彼女に話すと『姫』は一つの提案をした。



「もう、お兄ちゃんったらドジなんだからぁ! じゃあお兄ちゃんが元気が出るように私の姿を見せちゃおうかなぁ」



 失敗した自分に彼女はご褒美をくれようというのだ。それに治樹は是非とも見たいとお願いし、モニターの画面を凝視した。



「これが私の姿だよっ!」



 そこに映っていたのは愛くるしい美少女の姿、インカムをつけて可愛らしく手を振っている。治樹は想像の中の『姫』以上の可愛いその相手に興奮する。



「姫に会いたいよ」

「う~ん、それはお兄ちゃんが成功してからかなぁ、私のお願いなんでもきいてくれるよね? 約束したもんね?」



 治樹はうんうんと頷く、そして『姫』に言われた言葉。



「お兄ちゃんはもう不要だから死んでよ! 死んでくれたら私、お兄ちゃんの事もっと、もーっと大好きになっちゃうよ」



 治樹は驚く事もなく、何かを言う事もなく、にやけた顔のまま、部屋の中にあるコードを使い首を吊った。



                  ★



「ジキル、おかしくない?」



 ジキルの運転するバイクの後ろに跨りながら美洋は彼女に質問する。信号が変わらないのである。さすがに他の運転手達もそれに気づきクラクションの嵐、美洋とジキルはあの治樹がやはり何かを知っているんじゃないかと彼に接触しようと彼の家を目指していた。

 そして今に至る。



「美洋、道を外れます」



 ジキルはどのルートで行くかを再計算しバイクを発進させるが、信号があるところでは全て止められる。最初こそ、何かのハッキング事件に巻き込まれただけかとも思えたが、完全にピンポイントで美洋達を治樹の元へと向かわせない事が伺える。



「やってくれるな、こいつが恐らく本物だな」

「そう思われるよ……何か私達に治樹さんに会わせたくない理由があるのかな? 私は早く治樹さんの元へと行かなければならないんじゃないかなって思うよ」



 美洋は周囲の監視カメラの場所を確認していく。



「青のGPS機能、他全てのネットワーク機能を切断。監視カメラの範囲外へ行くぞ」

「それは美洋……」

「ジキルができないなら僕が運転する」



 美洋に必要とされなくなる事にジキルは少し戸惑い、美洋に笑って見せた。そしてアクセルを何度か空ぶかしをする。



「私にできないわけないじゃん」



 ブンと美洋が重力に引っ張られる。視界がブレる。壁を登るバイク、どれだけのトルクがあればそれが実現するのか、ビルの屋上へと到達した二人はキョロキョロと見渡し、空中を浮遊している監視ドローンに捉えられた事に気づいた美洋はため息をつく。



「詰将棋を打っているようだね」



 全てのドローンの目と目を合わせながら、それらを突っ切って走る。ドローンの機動力は大したものではない。バイクの速度に合わせる事は不可能だと思われていた。



「何かの冗談かな?」



 監視ドローンより数倍大きなドローン、それは回転した刃を持って美洋達に襲い掛かる。さすがにあれにぶつかられると命の保証はない。



「確信をもって言えるけど、真犯人は僕等を殺すつもりだろうね。こんなおもちゃみたいなロボットに殺される僕等ではないけれど、ジキル運転を変わって」



 ゆっくりと迫りくるそのドローンの前でジキルは運転席を美洋に譲る。そしてジキルは美洋に抱き着くようにタンデムした。

 一気にフルスロットルしたバイクはロケットのように火を噴いて走る。一つ予想外だった事はゆっくりと現れたハズだったドローンが速度を上げる。



「へぇ、あの玩具、そこそこの速度が出るんだね」



 美洋の表情が笑う……ように見える。だがこれは笑っているのではない、ただの条件反射。それ相応の実力を出さざる負えない相手であると美洋は確信した。襲い来るドローンはじわじわと距離を縮めてくる。美洋はきょろきょろとあたりを見渡し、監視ドローンの真横を突っ切る。巨大ドローンの刃は監視ドローンを切り裂き迫る。この程度では刃こぼれしなさそうな強靭な刃を持ったそれ、その破壊力を見て命の保障どころから確実に死に至る事を理解した。



「ジキル、何処にもっていけばあいつを自壊させられる?」

「一度壁に激突させてみようか」



 正直な話サンプルが足りないという事なんだろう。鉈のような強靭な刃物にカミソリのような切れ味、強度も申し分なさそうだ。美洋は近くのビルに飛び移ろうとしてフェイントをかけ壁伝いに降りる。面白いくらいにフェイントに引っ掛かりドローンの刃は壁に刺さった。このまま身動きが取れなくなればそれでいいが、ドローンは逆回転と正回転を繰り返し刃を壁から外した。ここまでは予想通りの動き、美洋はジキルをチラりと見るとジキルはほほ笑む。



「美洋、もう一度壁にぶつけて。それであの玩具はジ・エンドだよ!」



 ドローンが正常な動きを取り戻そうとしている間に美洋は再び壁を登った。ドローンは美洋達を捉えると高速回転を始める。



「美洋、お願いがあるんだ。先ほどとは違いギリギリで回避してくれるかい?」



 それは危険な申し出、しかし、それに美洋は頷く。ジキルの事を完全に信じている美洋、彼女がそう言うならそれをしなければこのドローンを撒けないのだろう。わざと速度を落として再び壁に向かって飛ぶ。ドローンが壁にぶつかり、ジキルはバイクから飛び降り、ドローンへと飛び乗った。刃の部分を抑えつける。



「あなたに罪はありませんが、美洋を狙うのであれば壊れてもらいます」



 ジキルが力を入れると刃部分が引き抜かれる。その刃部分を破壊できない事からその強度たるや、すさまじい物だとジキル、美洋共にそれを感じ、ジキルは抜き取った刃でドローンを叩きつけた。



「……ごめんね」



 バラバラと動かなくなったドローンは墜落していき、ジキルは抜き取った刃を持って、地上で待っている美洋の元へと戻ってきた。



「これ、何かに使えるかもしれませんから頂いておきました」

「その部品から犯人につながるかもしれないしね。さて、青はここで待っててもらおう。治樹の家はこの近くだし、歩いて向かおうか」



 彼の家に行くにはこれで二度目だった。またあの臭い家で臭い人物を訪ねる事になるのも予想の内だったが、彼の住むワンルームマンションにパトカーが集まってきていた。遅かったかと美洋は思い、ずけずけと警察が仕切っている現場に入った。



「ちょっと君」

「サイバネティックハントだ」



 その権限では入れないという警察の言葉を無視して美洋は治樹の部屋に入る。彼が首を吊ったであろう形跡と見るも無残な彼の姿。



「パソコン……新しく買ったのか」



 指紋がつくことも気にせず美洋はパソコンに触れるとそのモニターに美洋とジキルの画像が現れた。



「やはり、こいつの裏にもう一人いたか」



 さすがに警察官も美洋達の勝手な振る舞いに退出をお願いしようとしたところ、治樹のパソコンから音声が聞こえる。



「優秀な警察諸君、それにサイバネティックハンターの二人、彼は私、トランプ兵の指示に従い犯行を繰り返した。だが彼は死んだ。何故か? 君達が追い詰めたのだ。私達はデウスエクスマキナの為に集う者。マッドティーパーティー」



 野太い合成音声。

 それに警官たちはふざけるなと叫ぶが、美洋は顔色一つ変えない。そしてジキルに指示を出す。



「治樹はただの犯罪者だ。だから自らの罪を償ったにすぎない。ジキル、こいつを逆探知しろ!」



 ジキルは耳の後ろからコードを取り出してパソコンに繋げるが、パソコンのデータが消去され触れるに至らなかった。



「踏み台をしていた奴を踏み台にすると、面倒な話だな。いくぞジキル、奴を見つけ出す。今宵がトランプ兵の……いやただのテロリストの最期の夜だ」



 警察の制止を振り切って治樹の家を後にする。トランプ兵を名乗る人物は素人同然の治樹とは違い正真正銘のサイバー犯罪者。

 恐らくは美洋の姉の何かを知っている可能性が高いとも思われる。美洋はこうも呟いた。



「無駄足じゃなかったかもな」



 今しがた人間の惨い死体を見ていた美洋だったが、それはもう過ぎた事として認識している。それにジキルは少し悲しい表情を浮かべた。

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