シスター&ブラザー

「美洋、君は全く笑わない子だな、まぁヘラヘラ笑ってつまらない事をしゃべくる子供よりは全然いいんだけれど、楽しい時は笑えばいいし、悲しい時は泣けばいい……と簡単には言うが、君は特別そう言った感情が乏しいんだ。笑えなければ笑わなくていい、泣けなければ泣かなくていいただし、君が正しいと思った事だけは貫くんだ。それがボクの弟である美洋だよ」



 水城真希奈は自分の弟である美洋を可愛がった。彼が学校になじめずに学校に行かなくなった時も責めるわけでもなく、真希奈は独自の宿題を美洋に与えた。



「そろそろお昼だね。ごはんにしようか? 何が食べたい?」



 研究室と家の往復生活、美洋が知る限りでは真希奈が眠っている姿は見た事がない。それだけ苦労しているという事を幼い美洋は理解していた。それ故、何も彼女に求めず、聞き分けの良い子でいる事が美洋の中で大きくなっていく。



「……なんでもいい。簡単にできる物」



 美洋が天才になれなかった存在であれば、真希奈は完成した天才、というよりは我慢している弟の考えや気持ちくらいは簡単に理解できるのだ。



「ふむ、では簡単にできるオムライスとしようじゃないか!」



 真希奈がエプロンをつけて卵を器用にいくつか割ると器でシェイクする。それをフライパンに片面だけ焼き半熟のオムレツを作る。



「……お姉ちゃん」

「なんだい? もしかして手が込んでいると言いたいのかい? 料理なんてボクからすれば全部簡単にできる物だよ。分量と料理法を間違えなければ全く同じ物が出来上がる。ふふっ、君が言ったんだろう? 簡単な物」



 レストランで出てきそうな半熟のオムレツが乗ったオムライスが美洋の前に出される。味も申し分ない。



「……おいしい」

「そうかそうか、美味しいか、それを食べたらボクの研究室に遊びに行かないか? 君も楽しめる物や、話が合う連中がいると思うよ」



 美洋は美味しいオムライスを食べながら、この日の予定が特に何もない事もあり、その提案に乗る事にした。

 気が合う連中がいるかどうかは分からないが、自分も興味を持てそうな面白い物はありそうだと思った。

 食事を取ってゆっくりした後に真希奈はベスパのエンジンをかける。ガソリンで動く旧式のタイプの物だ。



「お姉ちゃんはどうしてこれに乗るの?」



 電動バイクも今は自動運転で良い物がある。わざわざこんな物に乗るのは酔狂以外の何者でもなかった。



「しいて言うなら酔狂だな」



 美洋の思考を読んだかのような回答。但し、真希奈はそれに続けた。



「人という物は機械や便利なツールに頼り、神々の玉座の前にまでやってきているのかもしれない。だけど、それは同時に人間の退化を促しているんじゃないかなって思うのさ。両手両足を使って何かができる人間が段々少なくなっているんだよ。だからボクも体がなまらないようにそれなりにはこういう努力をしているのさ! まぁオートマだけどね」



 言いたい事は何となくわからなくはないが、やはり便利な方がいいのではないかと美洋は合理的に考える。



「自動制御じゃこんな事できないしね」



 そう言って段差に乗り上げると壁に沿って飛んだ。



「わっ!」



 驚く美洋に笑いながら、真希奈はバイクを着地させる。



「久々に驚いた美洋に会えたな」



 その時の真希奈の表情に美洋は少し見とれてしまった。可愛いという姉に向ける感情ではない何か……



「ほら着いたよ……どうした? さっきので酔ったかい?」

「ううん、大丈夫」



 真希奈の働く研究室、そこは私服でラフな格好の者達が忙しく行き来していた。そんな中、真希奈は白衣を羽織り、社員タグを首からぶら下げる。



「こっちだ!」



 姉が世界的に有名なロボット工学の第一人者であるという事は美洋も知っていたが、彼女がとてつもない環境でそれを研究している事を初めて知った。野球のスタジアムくらいの広さを誇る検証室。

 そこでは大勢の科学者達が何やら試作品の実験を行っている。真希奈のプライベートルームに招かれると二人が住んでいる家の数倍の広さの研究室を真希奈は与えられているらしく、そこにはオートバイの姿があった。



「それかい? ボクが今手掛けている自動学習型バイク、こいつもロボットだよ! まぁ人型のロボットには変形できないけどね。おいで、青」



 真希奈が呼ぶと魂が込められているかのようにバイクは真希奈の元へとエンジンをかけて動き出した。



「すごい」



 表情は変わらないものの、驚いている美洋に真希奈は目をおもいっきり瞑ってから美洋を抱きしめいた。



「君はなんて憂い奴なんだ」



 真希奈がそう美洋とスキンシップを楽しんでいると、真希奈の研究室に二人の男女が入室した。どちらも真希奈より年上に見える。

 そもそも真希奈の容姿が幼く見える為、同じくらいの年齢なのかもしれないが、美洋には知る由もなかった。

 女性の方が美洋の目線に合わせて腰をかがめる。



「この子が真希奈の自慢の弟君? 真希奈が毎度自慢話をするだけあるわね。可愛いわ! どう、お姉さんと結婚しちゃう? 私は真希奈の親友のメイ、貴女のせっかちなお姉さんの助手をしているわ」



 メイと呼ばれた女性は優しそうにそう言うが、後ろで聞いていた真希奈は顔を真っ赤にして怒りちらす。



「こらぁ! メイ! ボクの美洋に欲情してるんじゃない! 離れろぉ!」



 そう言って真希奈は二人の間に立つ。



「白うさぎさんみたいに毎日弟君に欲情してるのは真希奈じゃないの?」

「全く君は毎日頭の中がピンク色だな。美洋、彼女は発言と頭の中は最低だけれど、悲しいかなボクの優秀な助手であり信頼における友人なのさ。彼女は人間の脳内分泌物質やその反応をどうやってシステムに変換するかを調べているんだ。その仮定でぐっすり眠れたりする音声何かを作ってたりするよ。試してみるか?」



 美洋が何を言う事もなく、ゆったりとしたソファーに座らされヘッドフォンを取り付けられた。そこから流れてくる音声はどうやら妖精のアナウンスで眠りに導入させるような趣向になっている。



「森? お花畑が見える」



 美洋の視線の先には姉の真希奈も、メイの姿も見えない。かわりに綺麗なお花畑が見え、そこには動物や昆虫が闊歩していた。

 脳に直接それを見せる何かを走らせているのかと美洋は理解すると、自分の認識している世界を先ほど見た真希奈の研究室を思い出す。どんな機器があり、どんな広さだったか、美洋はゆっくりと目の前のお花畑から現実の景色へと戻っていく。



「おや? メイ、美洋は眠らなかったみたいだよ」



 メイは驚き、真希奈は誇らしい表情を見せる。



「さすがは真希奈の弟君だね。この音声は脳の認識を変える物なのに、その脳の認識を自分で修正しちゃうなんて……中々できないよぉ、やっぱり欲しいなぁ! 真希奈、美洋君頂戴よ!」

「ダメだっつてんだろー!」



 二人のループする会話の中、蚊帳の外だった男性が次は美洋に話しかける。美洋は年上の男性とあまり関わった事は無かったが、感じは良く。

 真希奈とメイを見ているからだろうが、大人の人だなぁと感心した。



「やぁ、君がロボット工学の申し子デウスエクスマキナの弟君だね! 僕は烏帽子亮えぼしりょう、真希奈博士の注文通りに部品を作る技師をしているんだ。ちなみに僕にも弟がいるんだよ? 全く同じ顔をしているけど彼はロボットを操作する部門にいるんだ。そう、双子だね! ……あと僕は君の姉君に心から恋をしている」



 その言葉を聞き、メイは面白そうに笑い、真希奈は「ん?」と反応してから真希奈は亮に答える。



「こらこら、ボクの可愛い美洋にお姉さんをください的な事を言っているんじゃないよ! つまらない話をする為に君達を呼んだんじゃないんだ。ボクは、ボクが最も信用し、尊敬する科学者の二人と美洋を会わせにきたんだよ。だから、少しは美洋の踏み台になれるくらいのお話をしてあげてよ」



 我が姉ながらなんて事を言うんだと美洋は思ったが、美洋の反応とは真逆にメイと亮は感激している表情をしてそれからは美洋は二人に引っ張りだこで色んな物を見せてもらい勉強させてもらった。

 まだ十にも持たない美洋に知っていて当然のように専門用語と専門知識をベラベラと話す。しかし、美洋も当然の如くそれらを理解しており、うんうんと吸収していくのだ。二人に美洋を預けている間に真希奈は仕事をこなし、美洋と一緒に家に帰る。



「どうだい楽しかったかい?」

「うん、楽しかった」

「そうか、それは良かったよ。ほんの少しだけど美洋、笑ってたね。少し嫉妬してしまったよ! あの二人ならボクがもしいなくなっても君を安心して任せられるからね」



 ハッと目覚める美洋、仮眠のつもりが少し眠り落ちてしまったようだ。姉の真希奈が死んでから亮とメイは自分を引き取る事を申し出てくれた。保護者としていくらかお世話になったが、それを美洋はそれを断り、今に至る。



「ジキル、活動開始だ」

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