サイバネティクスハンター
マスター&スレイブ
「ジキル、ここも無駄足だった」
今では珍しい黒髪、黒目の少年がそう不機嫌そうに言った。少年の頬っぺたにミネラルウォーターをぴたりとつけて少年がジキルと呼ぶ少女……もといこの時代ではまだ人類には早すぎ人型情報端末、エルデロイド。所謂ロボット、アンドロイドと呼ばれる存在である。ジキルの姿は金髪に金色の瞳、そして青いエプロンドレスを来た誰が見ても人間、それも美少女と呼べる姿であった。
「はい、
美洋はジキルから受け取ったミネラルウォーターをぐびぐびと飲むとジキルに向かって指示を出した。
「次の怪しい場所は?」
「少しは休んだら? ボクと違って美洋は人間じゃない。人間はご飯を食べて、寝て、女の子のお尻を追いかけないと生きてはいけないんでしょ?」
「あぁ、最後だけ違と思うけどね」
ニコニコしているジキルに対して美洋は表情を全く変えない。美洋は五年前に自分の姉、水城真希奈を殺害した人物とその組織の手がかりを追っていた。唯一の肉親であった真希奈、美洋は出来損ないの天才である自分とは違い、正真正銘本物の天才である真希奈を尊敬し、誇りでもあった。
「僕の全ての時間を使い切っても見つけ出してやる。ジキル、まだ次の場所は分からない?」
美洋はジキルに調べさせながら、さらに自分でもスマホを取り出して調べる。姉、真希奈の死因は銃による失血死、通り魔的犯行として処理された。自分の姉が自分の研究室で物盗り等に偶然殺されるわけがない。姉がセキュリティを解いて中に招き入れたのであれば、それは知り合いの犯行ではないかと美洋は警察に質問したが、警察は動いてはくれなかった。
その時、美洋は自分が相手にする敵の強大さに手を失った。
そんな時、姉の遺品を整理していて気が付いた。自分にメッセージが残されていた事、メッセージの解読に二年を要し、メッセージの示す場所で美洋はジキルに出会った。
「おーい、美洋大丈夫かい?」
美洋は考え事をしていた最中に眠りについていた。三日ほどまともに寝ていなかっただろうかと美洋は思うとジキルにこう言った。
「タブレットを……」
睡魔を一時的に止める薬をジキルに所望するが、ジキルは手でバツを作った。
「だーめ! 美洋の体、あらゆる数値が異常値だからちゃんと寝よ? 大事の前の小事だよ? 今のやり方を続けていたら組織の尻尾をつかむ前に美洋が倒れちゃう。ミイラ取りがミイラになっちゃうなんて馬鹿らしくない?」
美洋は素直に頷いた。
「部屋に戻ろう。しばらく眠るよ」
「うん! 偉いよ美洋」
ジキルが手を動かすと、青い自動二輪が無人のまま二人の前に走ってくる。それにジキルはまたがり、後ろに美洋が乗った。
「しっかり掴まっててね? 途中で寝ちゃダメだよ」
あぁと気だるそうに美洋は答える。バイクにまたがりながら美洋は小さい頃を思い出す。姉、真希奈は忙しい中時間を作って自分を色んな所に連れて行ってくれた。その時、真希奈はベスパという排気量の小さいバイクに美洋を乗せてくれていたなと思い出す。
ジキルの体は人間と間違えるくらい暖かく、柔らかい。美洋は眠らないように景色を眺めていたが、意識の半分は夢の世界に行っていたようだった。
「美洋ついたよ!」
美洋のアジトであり家、真希奈が残してくれた保険金は多額の物だった。それでも最低限の生活ができる家を買い、美洋は保険金の多くを真希奈殺害の情報を調べる為に使っていた。姉程ではないが、美洋も天才という領域に片足を突っ込んでいる。まだ姉真希奈が世間にだしていない論文を読み込みいくつか発明も行っていた。今回ジキルが運転していたバイクもまた真希奈のロボット理論に基づき作られた物である。
「三時間寝る。三時間経ったら起こして」
「五時間ね!」
「いや、三時間」
「ご・じ・か・ん」
ジキルは人間でないのに妙に強情だった。しかたがないのでため息をついて美洋はジキルの提案に乗った。ただ寝る為だけの部屋に入ると美洋はゴーグルのような眼鏡が視界に入ってきた。
「これも、はやく完成させないと」
そう呟いて、ベットに潜り込む。太陽の匂いがする掛布団、多分ジキルが時間を作って干していたのだろう。美洋はゆっくりと目を瞑り、睡魔に身をゆだねる。
美洋は『夢』という物を見た事がない。故に眠るという行為は気が付くと時間が随分経っていて勿体ない事だなと思っていた。
「五時間」
ジキルに起こすように伝えていたが、ジャスト五時間になってもジキルが起こしにくる気配はないので美洋はむくりと起き上がる。
「確かに、睡眠は大事だな」
明らかに身体が軽い。ジキルが気を遣って自分を起こさなかったのかと思っていたが、ジキルは何やら処理を行っていた。
「ジキル、何かイレギュラー?」
「美洋、ごめんね! 起こすのが遅れちゃったよ。各方面から美洋宛にご依頼を頂いてたんだ」
「内容は?」
「複数の企業による顧客情報の流出みたいだね」
それを聞いて美洋は気絶しそうな気分になる。美洋はフリーのサイバネティックハンター、電子警察のような仕事をしている。本来の警察組織の力が犯罪者に比べ劣るという事が第一の理由で、なんと下は十四歳から登用を始めたのである。
美洋は持ち前の頭脳とジキルというチートツールのおかげでイレギュラーハンターの異名を持つ凄腕なのである。そんな美洋はくだらない依頼が自分のところに集まってきた事に頭を痛める。
「自社のセキュリティーを少しは考え直してほしいな。他を当たってもらうように連絡をお願いする」
「それが、警察からの直接の依頼、お支払いも破格の物となってるんだよ。断る?」
別にお金の為に請け負っているわけではない。姉の手がかりになる情報を得る為に怪しい仕事に首を突っ込んでいるだけ……正直断りたいが、警察の心証が悪くなるのは今後の活動に支障が出るのも閉口する。
「オーケー受けよう。破格な報酬で今夜はパーティーだ」
「……美洋、そんなに怒らないでよ。もしかしたらお姉ちゃんの情報が手に入るかもじゃん! だから機嫌なおしてよぉ」
ジキルにそう言われて美洋は何か言うのも面倒だなと天井を仰いで頷いた。「そうだな」と一言添えて。
着手に入れば何処から盗まれたのかという事を見つけるのはそこまで難しい話ではなかった。各種企業に赴き顧客情報を抜かれた端末を調べる。そのどれもがメールに添付されたウィルスによる物。美洋にとって予想通りの状況だった。
「もうサービスが切れたOSの載ったマシンを使っているからその情弱性を突かれてる。子供でも分かる間抜けな失敗だ」
企業側の対応者はそのOSでなければ動かないソフトを使っていると弁明したが、美洋はバッサリと切り捨てた。
「なら、最新OSで使えるソフトを開発させるか、別のソフトに乗り換える事だ」
ジキルを使い、このウィルスの作成配信元を調べる。それもすぐに見つける事ができたが、ジキルの報告で美洋は少し懸念そうな表情を見せる。
「犯人が捕まった?」
ジキルの話を聞きながら、美洋は調べに来た会社のテレビを勝手につけチャンネルを回す。緊急逮捕された男の様子とその報道を聞いて、ジキルに言う。
「僕らもあの犯人に会いに行こう。いくらなんでも早すぎる」
警察組織直々に依頼がきたハズの美洋達よりも早く本事件の犯人が捕まった。もちろん、警察組織が優秀で今に至るとも考えられるが、美洋は一つの回答を既に用意していた。
淡々と依頼会社から出るとタクシーを拾おうとする美洋にジキルは聞いた。
「もしかして、美洋はあの人が犯人じゃないって思ってるの?」
「逆に聞くけど、あの人が犯人だと思う?」
ジキルは質問を質問で返された事に少し考えて、首を横に振った。恐らくは世界最大レベルの演算速度を持つ自分をしてあの犯人の居場所を特定したハズだった。それよりも早く犯人が見つかったという事は……既に犯人の居場所を知っていたか、知っている者からのリークがあったかのどちらかではないか……というのは美洋の考え。
「美洋は、あの人は影武者だって言いたいんだね?」
「そういう事だよ」
タクシーで揺られる事三十分、容疑者が護送された警察署へ行くと簡単な手続きをして美洋とジキルは容疑者の面会と使用していた端末の閲覧許可を得た。
「やっぱり異次元の扉がこのマシンにはあるね」
ジキルのこくりと頷く。
「ジキルはこのトンネルの先に誰がいるのかを解析、僕は容疑者と話しをしてくるよ」
「うん! 安心させてあげて」
美洋が話した容疑者は、ハッキングスキルなんて一ミリも知らない唯のサラリーマンだった。突然犯罪者扱いされ、会社に解雇。奥さんと娘に合わせる顔がないと泣いていたところ、美洋が犯人は別にいて、現在探している事を伝えたら、頭を地面に擦り付けて感謝した。
「頭を上げて、貴方は悪くない。こんな古いマシンを従業員に使わせていた会社に問題があるよ」
人に感謝されても何とも思わず感じない美洋はジキルの作業具合を確認したところ、親指を立てるジキルの姿。
「ハァ……やっとこの事件が終わるな」
まだ、美洋にはこの後起きる戦慄を知らない。このつまらないと思っていた事件を探った時、彼女の姉の影が見えるという事を……姉、真希奈のSNSは呟く。
「まーだだよ」
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