アクロニムの淑女~ジキルサイド~

御堂はなび

Lady Boost

「そうか、ボクの作った。ジキルとハイドを奪いに来たのか、そうかそうか、予想通りだよ。この子達に演算させていたのさ」


 白衣を身にまとった女性、水城真希奈みずきまきなはロボット工学、特にアンドロイドの研究の権威であった。若くして多くのプロジェクトを掛け持ち、今や人間と寸分変わらぬ人工知能、そしてアンドロイドを作り出すと、そう誰もが疑わなかった。


 敬意を表して彼女の事をロボット工学の申し子デウスエクスマキナと呼んだ。


 しかし、不思議な事に歴史上でも歴史を動かす人物は短命である。それは世界が帳尻を合わす為にイレギュラーなそういった存在を抹消するかのように……真希奈が作った自分をベースに作った人工知能、ジキルとハイド。この二つは今日、真希奈が殺害される事を予測していた。


 黒く鈍い光を放つ人を殺める為の道具。それを向けられながら真希奈は恐れる事もなくその人を殺める道具とそれを持つ人物を見つめていた。彼女から感じるのは恐怖ではなく興味、絶望ではなく羨望。



「銃は凄いよね? 単純な機構だけ、それでいて完成している。引き金を引く、それだけで人ひとりを殺す事が可能で、そうだね。人を殺すというスタンスにおいて簡略化できる良い道具だと思うよ。もし僕が丸腰で人を殺さないといけないとなると相当が骨が折れるだろうね。逆にこの成りだ返り討ちに合うかもしれない」



 今やその人を殺めるのを簡略化する道具を自分に向けて使われるハズなのに真希奈は他人事のように話し続ける。銃を向ける人物は少しばかり不快な表情を見せると初めて喋った。



「お前の研究成果を渡せ」



 真希奈を襲った人物の要求。それに真希奈は自分が主導権を持っているかのように自分のデスクにあるノートパソコンに触れた。



「動くな! エルデと、その心は何処だ?」



 エルデ、そしてその心という物を真希奈は作った。それは今の世界には早すぎる産物、そしてそれを奪いに来た者はどうであれ真希奈を殺害する仕事も請け負っている。そんなプロ相手に真希奈は突然話し出した。



「かのルイスキャロルは、不思議の国のアリスという即興の物語を作った。それは、その時々で新しい要素が付け加えられ、最終的にはそれをまとめたものを書籍としたんだってさ。ボク達が扱う、プログラムみたいだね? あれは一つ一つだとなんの意味ももたないコンピューター言語、まぁ異世界の言葉と言ってもいい」

「黙れ!」



 銃という圧倒的な暴力を持っているハズの相手は同様を隠し切れない。真希奈は異常なのだ。自分の命を奪いに来たであろう相手に、さも自分の講義を聞きに来た生徒のように受け入れ語りだす。銃身とにらめっこするようにウィンクをして続きを話す。



「まぁ、聞きなよ! 君はボクのエルデと、その心を奪いに来たんだろぅ? その時点で君は不思議の国に迷い込んだんだよ。ここはエルデの腹の中……エルデの心は何処かなぁ? 上かな? それとも下かな?」



 ズガン! それは乾いた、それでいて地味な命を奪う音。



 悪戯っぽく笑う真希奈に銃を向けた者は発泡した。この者と話しを続けていたら頭がおかしくなりそうだと……真希奈の命を奪う事を選んだ。真希奈の胸が真っ赤に染まり、スローモーションのように彼女が倒れる瞬間。



 ズガン! 再び命を奪うサウンドが響く。


 真希奈は一瞬表情を真顔にしたのち、笑い顔を作ってゆっくりと崩れ落ちた。



「……あの子……泣くかな?」



 その日、世界中の人工知能、ロボット工学、アンドロイド技師達が嘆いた。世界を急速に変えるハズだった人間が暴漢により、失われたという事実。

 そして、彼女の遺産の行方について様々な憶測がデジタルの海に広がっていった。しかし覆らない事実、水城真希奈は死んだのだ。


 彼女の肉体は葬られ、墓が立った。彼女の死から5年後、今までずっと更新が止まっていて真希奈のSNSアカウントが突然呟きだした。



「世界をワンダーランドに変えよう、僕達、マッドティーパーティーの手で」

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