6-82 イヅナちゃんだって!
「ふわぁ~~……ねむい……」
今日の図書館はポカポカ陽気。とっても暖かくてウトウトしちゃうな。
「すぅ、すぅ……」
眠たいのはノリくんも一緒みたいで、もう少しで本に顔を埋めてしまうところだ。
赤ボスを膝に乗せて、うつらうつらと頭を揺らしている。赤ボスも眠っているような仕草をしている。ロボットのくせに。
「でも、いいなあ……」
赤ボス、羨ましいな、ノリくんと一緒に眠れるなんて。
私もノリくんの膝の上に乗って、ノリくんに寄りかかって眠りたい。
……そうだ!
「私には妖術があるんだった! ……ずっと忘れてたけど」
テレパシーとかサンドスターとか記憶とかまどろっこしい能力ばっかり使ってたけど、私が妖狐たる所以は妖術。
そういう所をノリくんにアピールしていかないと! 最近ノリくんとキタちゃんの距離が近くなってる気がするから……
私が甘くしたのが間違いだったんだ、あくまでノリくんの一番は私なのに!
「キタちゃんなんて、ノリくんがここに来てから狙ってきた2番手じゃないの」
格の違いを見せつけてやるんだから。
そうと決まったら、早速変化の術で”狐”になっちゃおう。
――ボンッ!
白い煙が私の体を包んで、それが無くなると動物の狐になった私の姿が現れた。
「~~っ♪」
流石私、久しぶりでも妖術の腕は全然衰えてない。
1000年近く眠っていた甲斐があった……のかな?
……とにかく、早くノリくんの膝に乗らなきゃ!
「コーンッ♪」
全速力で走り出し、ノリくんの膝に飛び掛かる私。
……あ、赤ボス邪魔だよ!
ドーンッ! っと赤ボスを足で蹴っ飛ばして、無事に膝の上に座ることができた。
「アワワワワ……」
「……ん?」
ノリくんを起こしちゃった。
眠たげな目をこすりながら不思議そうな顔で私の方を見た。
「もしかして、イヅナ?」
「……!」コクコク
この姿でも私を分かってくれる。
やっぱり私とノリくんは赤い糸で結ばれているんだよ!
「どうしたの、狐に化けたりして」
私を撫でながら尋ねる。
上手に撫でてくれるからとっても気持ちいい。
「キュ~!」
「あはは……やっぱり喋れないよね」
「……あれ?」
それからしばらくの間ノリくんは私をモフモフしていたけど、何かを思い出したみたい。
「そういえば、赤ボスを乗せてたような……あ」
「……コン」
「そっか、無理やりどかしちゃったんだ……」
それでもノリくんは私を怒ったりしなかった。
ただ、”よしよし”と私の頭を撫でてくれる。
えへへ、やっぱりノリくんは優しいな。
でも、そんな私とノリくんの平穏を乱す奴が現れた。
「ノリアキ、この本読めないんだ、何て書いてあるか教えて?」
「どれどれ……えーっと、これは……」
「キュー!」
我慢できずに、つい声を上げてしまった。
「わわっ、どうしたの?」
「コン……!」
「何て言ってるのかな……?」
「それ、イヅナちゃん?」
「うん、今は化けてるみたいなんだ」
「へー……」
なんだ、キタちゃんにもバレるんだね。
でも、白い狐なんてこの島に私くらいしかいないし、ある意味当然かな。
でも、今私は優越感を覚えている。
うふふ、だってキタちゃんにはこんなこと絶対にできないもの。
ノリくんの膝の上は私だけのもの……
そもそもノリくんだって私が独り占めしようと思ってたのに、博士が変な提案をするから。
ノリくんが構わないならこんなの始末しちゃってもいいんだけど……
「~~っ♪」
”ノリくんが優しくてよかったね”と思いを込めつつもう一度鳴いた。
でもノリくん、本当に貴方は優しすぎるよ。
ノリくんに一通り本の読み方を聞いた後、キタちゃんは図書館の中に戻って行った。
それでいいの、私とノリくんの時間を邪魔しないで。
キタちゃんがいなくなったら、ノリくんは先程と同じように私に構ってくれるようになった。
勿論、ノリくんが本を読めないように私から何回もちょっかいを掛けている。
「あはは、イヅナったらもう」
そんなことを言いつつ私をあやしてくれるんだから、満更でもないのは丸わかりだよ。
ノリくんは色んな所を触ってくれるけど、やっぱり耳と顎の下が特に良い。
顎の下って言うと猫をイメージするかもしれないけど、狐だって似たようなものだよ。
イヌ科だけど。
でも同じ「食肉目」だし、まあいいよね。
研究所とかで沢山お勉強したからよく知ってるんだ。
そろそろお昼、ノリくんも再び眠気に襲われているみたい。
「……コン?」
「あはは、やっぱり分かる?」
勿論分かるけど、私が分かったことに気づくノリくんもすごいよ。
やっぱり私たちは運命の赤い糸で……うふふ!
「お昼寝しよ、おやすみ」
「コーン……」
ノリくんの膝の上で丸くなって眠る。
この世に、これ以上の幸せがあるのかな。
あるとしても、必ずノリくんが関わっているに違いない――
「……ねぇ、ねぇ、ノリアキ?」
忌々しい声が聞こえる。
何、また本を読んでほしいの?
そんなの博士か助手に頼めばいいじゃない、私たちのお昼寝を邪魔しないでよ。
「ん……うわっ!?」
ノリくんが驚いている。
どうしたのかな。私も目を開けてみて、その理由を知った。
「こーん……で、いいの?」
き、キタちゃんが三つ指座りで狐の鳴き真似をしている。
……首輪をつけて!
「き、キタキツネ? どうして首輪なんか付けてるのかな……?」
「……こんこん」
「えっと、”こんこん”じゃなくて……」
「ボクはノリアキのペット」
「ち、違うって!」
止めるノリくんの声も聞かず、キタちゃんは続ける。
「ご主人様、好きにしていいよ?」
「え、いや、えーと、その……」
「こん……こーん」
ノリくんの足に擦り寄るキタちゃん。
拙い鳴き真似が却ってあざといと言うかいやらしいと言うか……
「うぅ……」
ノリくんもキタちゃんの予想外の行動にたじたじ。
私だって、ここまで大胆な手段に出るとは思わなかったよ。
「キタキツネ、こんなことしなくていいから」
そうだよ、代わりに私がやるから!
「じゃ、じゃなくて……あ、えーと、もうやめて、キタキツネ!」
ノリくん、今私の心の声に反応してくれた!
私の心を読んでくれたってことだよね、ついにノリくんからも……嬉しい……!
「ま、全く……」
困り果てるノリくんを他所に、キタちゃんは満足げに狐の真似を続ける。
し、しまいには……
「コン♡」
お腹を見せるような格好になって、いやらしい鳴き真似をした。
「き、キタキツネ、それは……」
「こらー!」
もう見ていられない。
私は変化の術を解き、キタちゃんに覆いかぶさった。
そしてこれ以上可笑しなことをしないよう、首から首輪をはぎ取った。
「あ、そんな……」
「そんな、じゃないよ! なんでこんなことしたの!?」
「だってイヅナちゃん、ノリアキと仲良くしてて……」
羨ましかった、ねぇ。
でも前にキタちゃんが失踪した時、2人きりになる時間をあげたじゃない。
博士のアイデアを叶えるために仕方なく。なのに……
「自分のことばっかり、何なのよこの女狐!」
「め、ぎつね……?」
「それって、イヅナもなんじゃ……」
「ねぇイヅナちゃん、どいてよ」
「……やだよ」
腕に力を込めて振りほどこうとするキタちゃんを私も力づくで抑え込む。
「んー! 離してよ! 何がしたいの?」
「な、何って……」
……そういえば、反射的に飛び出しただけだったな。
気付いた途端力が抜けて、その隙をつかれて脱出を許しちゃった。
「はぁ、はぁ……
「いいけど、この首輪どこにあったの?」
「どうして聞くの?」
「ど、どうだっていいでしょ」
別に、何かに使う訳じゃないよ、本当だよ?
「……図書館の物置」
「そう、まあありがと」
首輪は投げてキタちゃんに返した。ちょっと強めに投げて渡した。
案の定掴むのに手間取っていた。
……首輪かぁ。
狐に化けて首輪を付けたら、ノリくん喜んでくれるかな?
「コカムイ、そろそろお昼です。何か料理を作るのですよ」
「もうそんな時間? 今日は何にしよう」
食いしん坊の鳥がノリくんに食べ物をせびりに来た。
自分で作れないなら、かばんちゃんにでも頼めばいいのに。
そんなことを考えていると、奥の方から助手が何か言いながら飛んできた。
「博士、食材が無くなったのです!」
「な、何ですって!? 一体どうして?」
「分からないのです、置いていた場所から綺麗さっぱり……」
「どうしよう、食べ物が無かったら何も作れないね」
「斯くなる上は……」
「ええ、それしかありませんね」
「もしかして、何か方法があるの?」
「当然なのです、我々は賢いので」
「ええ、我々は賢いので」
オウム返しのように似たセリフを言う2人。
うふふ、フクロウなのにね。
「畑からちょいちょいと、ええ、簡単ですよ」
「じゃあ、博士たちが取って来ればいいね」
「そう、なのですが……」
ここで博士は言い淀んだ。
あーあ、嫌な予感がする。
「実は我々、過去にも何回かその、ちょろまかしたのでですね、ラッキービーストたちにマークされているのですよ」
「なので、我々が取って来るのは厳しいかと」
「分かった、じゃあ僕が――」
「待つのです!」
博士がノリくんを制止した。……もう、悪い予感が辺り一杯に漂っている。
「コカムイは料理の準備をするべきなのです」
「なので、食べ物を取って来るのは
「……そっか」
道理は通ってるけど、博士たちの言いなりになるなんて癪だな。ノリくんなら大歓迎だけど……
じゃなくて、ノリくんに負担は掛けさせないよ。
「ううん、ノリくんは準備なんてしないで休んでて? 私たちが食材もお料理も用意するから」
「ちょっとイヅナちゃん、なんで……えっ!?」
ひっそりとキタちゃんに耳打ちした。
「もう、ノリくんにいいとこ見せるチャンスだよ?」ヒソヒソ
「う、うん……」
キタちゃんにはノリくんの話をすれば説得は簡単。
扱いやすいけど、私もノリくんの話をされたら同じように乗っちゃうんだろな。
うふふ、全然嫌じゃないけどね。
「では、キタキツネは助手に運ばせるのです。取って来る野菜も、助手の指示に従うのですよ」
「はーい!」
「何なのですか、その返事は……」
「えへへ、そんなことより早く行きましょ?」
キタちゃんを抱えた助手に付き従って、私たちはジャパリパークの野菜畑へと向かった。
そして、3人が図書館を発った後の話。
「どうしたのですか、浮かない顔をして」
「……2人が、争っててさ」
「なるほど、それは心配でしょうね」
博士は妙に納得した声色だった。
2人の様子を見て察したのだろう、伊達にこの島の長はやっていない。
「ですが敢えて言わせてもらうのです、そんなことで動揺していてはこの先生きていけないのですよ……文字通り」
「軽い諍いなど広い心で受け止める……そのくらいの覚悟が必要になると、努々忘れないことですね」
「……そうだね」
コカムイの言葉に、力は籠っていなかった。
「私は先に道具を用意してくるのです、お前は待っているのですよ」
博士はその場を後にして、図書館の物置へと向かった。
「……ふぅ、ひとまず上手くいきましたね」
ブルーシートを掛けられた高い山が、物置の中でひと際大きな存在感を放っていた。
博士がその覆いをはぎ取ると、ブルーシートの下から大量の食材が姿を現した。
「バレないかヒヤヒヤしましたが、騙せてよかったのです」
博士たちは食べ物をこの中に隠していた。『無くなった』というのは大きな嘘だったのである。
キタキツネにこの食べ物が見つからなかったのは博士たちにとって実に幸運だった。
「コカムイの様子を見るに、やはり我々がやるしかないようですね」
こんな嘘をついた理由。
それはイヅナとキタキツネに関わりを持たせ、コカムイと関係のないところである程度の仲になってもらうため。
これは彼には不可能なことだし、さっきの様子を見て彼女たちの対処を彼1人に任せるのは危険だと博士は判断したようだ。
「この島の大きな2つの爆弾は、我々で対応しなければなりません」
物置を通る隙間風が博士の羽を揺らした。
「……もしくは、3つになるのでしょうか」
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