6-83 もしもカミサマがいないなら

 


「では、コレとソレと……アレを取ってきてくださいね」


 メモを指さして読みながら、助手がイヅナちゃんに野菜を入れるための袋を渡した。


「はいはい、量はどれくらい?」

「大体5人前なのです」


 ”ごにんまえ”……重くないのかな?

 でもいいや、袋はイヅナちゃんに持たせるから。


 彼女が持つメモを後ろから覗き込むと、”ネギ”や”にんじん”などと書かれている。


「それを持ってくればいいの?」

「そうね……早く行きましょ」


 素っ気ない返事と共に彼女は歩いていく。


「む……なんで冷たくするの」

「別に、気のせいじゃない?」


 イヅナちゃんったら、どうして不機嫌なのかな?

 先にノリアキに目を付けてたってだけで自分ばかり得しようとして、ずるい。



「ラッキービーストに見つからないうちに帰ってくるのですよ!」


「分かってる、静かにしないとバレちゃうよ」


 不満を抱えていると、ついついキツイ言葉で当たっちゃう。


「は、はいなのです……」


 別にいいや。早く帰ってノリアキに会いたい。

 でも、料理なんて何を作ればいいんだろう?


 これから取りに行く食べ物よりも、そっちの方がずっと不安だな。



「キタちゃんはコレをお願いね」

「……うん」


 よいしょと野菜を引っこ抜き、イヅナちゃんが持つ袋に投げ込んだ。


「おっとっと、もう……」


 その後も、イヅナちゃんの指図するまま野菜をかき集めていった。




「……よし、これで全部かな」

「じゃあ、早く帰ろうよ」


「ううん、待って?」

「……なに?」


「折角2人きりになれたんだよ、何かお話しましょ?」

「……いいけど」

「うふふ……」


 イヅナちゃんは袋を放り投げ、空を見上げながらフラフラと歩き回った。





「ねぇ、お話はしないの?」


「焦らないでよ、時間はたっぷりあるんだから」


 ……でも、やっぱりじれったい。

 イヅナちゃんから持ちかけてきた話なのに。


 だけど一度イヅナちゃんの想いを聞きたかったから、多分いいチャンスだよね。



「イヅナちゃん……イヅナちゃんにとって、ノリアキは何なの?」


「何って? ……勿論大好きだけど、一言で言うならやっぱり、”カミサマ”……かな」


 やっぱり、その答えなんだ。

 ボクには意味が分からない。



「カミサマ……? ノリアキは神様じゃないよ、ボク達と同じフレンズだもん」



「どうして? 私は、どうしようもなくノリくんを信じてるの」


「どうしようもない私を、ノリくんが救ってくれたの」


「カミサマと呼ばずして、何て呼べばいいの?」



「でも! ノリアキは、神様じゃない、なんでもできる訳じゃないよ……」


 おかしいよ、イヅナちゃんは絶対におかしい。



「それでもね、私には、にはそんな存在が必要なんだよ」


「どういう、意味? 一緒にしないでよ……」



「ううん、同じ。じゃあ、もしもカミサマがいないなら…誰が私たちを救ってくれるの?」

「……救、う?」


「そう、キタちゃんだって、ノリくんに救われたんでしょ」


 ボクは、救われたのかな……?


 ノリアキに出会って――



「……」

「ね? 私の言う通りでしょ」

「それでも、”カミサマ”なんて呼び方変だよ」


「あはは、それまたどうして?」

「た、確かにノリアキは私たちに必要、だけど神様みたいなことは出来ないもん」



「うふふ、”神様みたいなこと”って何?」


「それは……」


 上手く言えないけど、ボクたちにはどうにもできない奇跡とか、そういう凄いことだと思う。

 なんとか言葉にして、イヅナちゃんに伝えた方が良いのかな。


 でも、イヅナちゃんは話し出した。

 ボクの考えを全部台無しにする言葉を紡ぎ始めた。



「私が思うに、カミサマって言うのは


「そこにだけでいい、存在するだけでいい、私たちが信じるだけでいい――」


「それが、カミサマノリくんなの」




「……訳、分かんない」


 すると、イヅナちゃんは後ろから僕を抱き締めて、耳元で甘く囁く。


「なら、キタちゃんも信じようよ、ね?」

「信じる?」


「そう、私達も仲良くしましょ? ノリくんも博士も、そうして欲しいみたいだし」

「ボクは、ノリアキとゲームがしたいだけ……」

「それなら尚更、私と喧嘩してる暇なんてないじゃない」



 正論、なんだろうな。

 もう反論することがない。


 せめてもの思いで出来た抵抗は、思考停止して座り込むことだけだ。



「もう、キタちゃんったら…ってあれ? 何か足りない。ええと、あそこの畑にあるはずだね」


 袋を持ち上げ、イヅナちゃんはまた野菜を取りに行ってしまった。



「アレ? 何シテルノ?」


 しばらく何もせずにいると、ボスがやってきた。


「あっち行ってよ、青狸、今はおしゃべりしたくない」


「? ボクハ”狸”ジャナクテ――」

「うるさい!」


 掴んで乱暴に投げ捨てると、ボスはよく飛ぶ。


「アワワワワ…」


 ボスの声は茂みに消えた。


「あらら、騒ぎを起こしちゃダメだよ?」

「…もう帰ってきたんだ」


「うん、私の勘違いだった!」


 イヅナちゃんの朗らかな笑顔を、どうにか崩したくて仕方ない。

 ノリアキを完全にボクの物にしたら、できるのかな。


 ……そんな未来が全然見えないけど。


「そんな暗い顔してないで、もう帰ろ?」


 立ち上がり、脚に付いた土を払って助手のいる畑の入り口まで歩いて行った。

 そして来た時と同じように、ボクは助手に体を運んでもらった。





「じゃあ、料理の時間だよ、キタちゃん!」

「ボクも作るの?」


「あれ、ノリくんにお料理食べさせてあげたくないの?」


「…ボクも作る」

「うふふ、素直ね」



 イヅナちゃんは慣れた手つきで食材や道具を揃えていく。


 どうやら今日も”きつねうどん”を作るみたい。

 ……火は、怖いな。


「キタちゃんは料理の仕方って知ってる?」

「……ううん」


「やっぱりね……包丁の使い方、教えてあげるよ」

「うん、ありがと」



 ――トントントン。


 ネギを細切れにする音が響く。

 ボクは野菜を綺麗に切り分けて、イヅナちゃんは麺を茹でている。


 あとは、時間を待つだけだ。



「それで、ここからがだよ」


「本番? もっと何か作るの?」

「そうじゃなくて、料理に欠かせないもの」


「……ボク、料理のこと分からない」

「ああ、そう言えばそうだったね」



、だよ」

「……何それ?」

「大丈夫、キタちゃんのために詳しく教えてあげるね」


 そうして、隠し味について要らないことまで事細かに教えてもらった。話を聞いて、1ついい案を思い付いた。最高の隠し味を。

 それを、今から用意する。


「……キタ、ちゃん?」


 ナイフ。


 に、最近は持ち歩くようにしている。

 ちょっと痛いけど、ノリアキのためなら全然惜しくない。手首を切れば、十分な量が出てくるはず。



「……あ、ダメダメダメー!」

「わっ……」


 慌てて動き出したイヅナちゃんによって、手からナイフが弾かれた。


「はぁ…そんなもの入れちゃいけないよ!」

「何ならいいの?」


「コレだよ!」


 胸元に当てた手から、虹色の星が現れた。


「これは、私のサンドスター…けものプラズム、って呼んだ方がいいかな?」

「…どっちでもいい」


「そうね、キタちゃんのサンドスターも、ほら」


 私の額にかざされた手に、同じような星が握られた。


「これならお料理に入れても大丈夫!」

「でも、イヅナちゃんにしかできないよ、それ」


「でしょ? だから、私と仲良くしようよ」

「……へんなの」


 やがてうどんが茹で上がった。

 そこにボク達2人のサンドスターを混ぜ込んで、野菜と油揚げを入れて、”特製きつねうどん”の完成だ。



「できた……!」

「これも私のお陰、いいことあるでしょ?」


「何が言いたいの?」

「……打算でもいいから、まずは仲直りしよ?」


 ボクに向かって伸ばされたイヅナちゃんの手。

 とりあえず、掴んでみることにした。



「仲直りって言うほど、仲良くなかったけど」


「キタちゃん、そんなこと言っちゃダメ……」


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