幕間 『天都神依』は物語る
−1-68 話劇
――ここは、夢の中だ。
体がフワフワと浮いているような感覚を覚える。
……ええと、そうだ。
あの後ロッジに戻り、イヅナに記憶を戻すように頼んだ。
案の定説得が必要だったけど、その過程は重要じゃない。
とにかく説得には成功し、記憶を戻してもらうことになった。
しかし、ただ記憶を戻すだけでは思い出した記憶を辿るのに時間がかかってしまう。
それに、思い出した記憶とそうでない記憶がごちゃ混ぜになってしまう。
だから、”夢を見る”という形で『僕』の記憶を追体験できるよう、眠る前にイヅナに頭の中を弄りまわしてもらった。
その結果が、今のこの状態だ。
所謂”明晰夢”、というやつだ。
でも自由には動けず、意識もぼんやりしたままだ。
これから何か変化が起きるのだろうか。
ゆっくりとなら、頭を回して周りを見ることができる。
夢の世界に果てはない。
果てしないほど遠くの”空”に、虹色だったり白黒だったり訳の分からない物影が見える。
それの形を形容することはできない。
そんな摩訶不思議な空間の中にポツリと一人、まるで僕のように佇む人影が見えた。
その人影は向こうを向いていて顔は見えない。
だけど彼だけは、この世界の他のものと違って鮮明に見ることができる。
あれは、学校の制服かな? ズボンを履いているから、間違いなく男子だ。
記憶の中にいるからか、僕は彼に対して強烈な既視感を覚えていた。
それも、『前に見た』と言う感じではなく、もっと重要な、僕にとって大きな存在。
誰だろう、知りたい。
そう思うと自然に体が彼に近づいていくようだ。
しかし、その動きは遅い、じれったい、ゆっくり、ゆっくり……
ついに後1メートルほどまで近づいたとき、それ以上近づけなくなった。
手を伸ばしても届かない、叫ぼうとしても声は出ない。
それでも必死にもがいていると何の因果か、彼は僕に気づいたようだ。
彼がこちらに振り向く、僕は絶対に彼の顔を見逃さぬよう、しっかりと目を見開いた。
――彼は、僕だった。
「……え?」
『僕』の顔を認識した途端、世界が明るくなった。
体が自由に動かせる、声も出せる、足も地に着いた。
「君、は……?」
僕がこんな服装をしたことはない。
間違いなく外の世界にいた時の僕だ。
僕が『僕』の答えをじっと待つと、『僕』はゆっくりと口を開いた。
「……やっぱり、こうなっちまったか」
「やっぱり……?」
まるで、今の状況を予見していたかのような物言いだ。
「ああ、大方自分とそっくりな顔が目の前にあって混乱してんだろ? 心配すんな、俺も一緒だよ」
「え、え……?」
「しかし、まさか神社の神主みたいな服を着るようになるとは夢にも思ってなかったけどな」
僕と顔はそっくりだ、声もほとんど同じだ、だけど、この短い、やり取りともいえない会話でも僕は確信した。
彼は、僕じゃない。
でも彼は悪くない、僕が変わってしまったんだ。
僕に変わってしまったんだ、イヅナに名前を付けられて。
「だが思い出しに来たってことはつまり、俺の記憶が悪さしてるんだな?」
「わ、悪さとかそんなんじゃ……」
「いいんだ、お前がここにいるのも俺がかつて向き合えなかったせいだからな」
「……どうして」
「どうして忘れたいと思ったのか、か? そうだな、折角こんな形で会えたんだ、しっかり全部説明してやるさ」
「えっと、でもこっちの事情とかも話さないと……」
彼は手をヒラヒラと振り、顔も横に振った。
「ここはお前の頭の中、俺はお前の事情を大体分かってるよ」
「ああ……そうなんだ」
テレパシーで無理やり覗かれているみたいで少しモヤっとするけど、細かな説明が必要ないならそれはそれでいいか。
「じゃ、さっさと話し始めるとするか、結構衝撃的な記憶もあるから気を付けろよ?」
「う、うん……」
「……いや、少し待て、話す前に、いくつか聞いてもいいか?」
「……いいよ」
彼は軽く咳ばらいをして、問いかけをしてきた。
「お前は外の世界に帰りたいと思うか?」
「……ううん、記憶を見たなら分かると思うけど、僕の居場所は外にはないよ」
「そうか、じゃあそんな状況にしたイヅナを恨んでるか?」
「……いいや、不思議と、そういう気持ちはないよ」
「……あの二人が怖いか?」
「怖いから、思い出そうとしてるんだよ」
「ああ、ああ……色々聞いて悪かったな、最後に一つだけいいか?」
「……うん、最後だよ?」
「分かってる」、と彼は軽く笑って一変、真剣な顔になった。
「……覚悟はできてるか?」
「できてるよ」
「それは良かった……ああ、自己紹介がまだだったな」
「そう言えば、そうだったね」
そっか、彼の名前が、外の世界での僕の名前だったんだ。
「改めて初めまして、狐神君」
もう、僕と彼は別人だ。
「俺の名前は、
かくして、天都神依は物語る。
外の世界で彼を巡って起きた、たった一つの惨劇を。
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