−1-69 寸劇


 キーンコーンカーンコーン……


『起立、礼!』


 終業のチャイムが鳴り、今日も放課後が訪れた。

 両手を組んで腕を大きく伸ばすと、凝り固まった体が少しはほぐれてきた。


 もう4時頃になるが太陽は高く日射しは強く、もうすぐ真夏になることをひしひしと感じさせられる天気だ。


「ふう……今日の授業も終わったか」

「あ、あのー……」


 声のする方を向くと、隣の席の女子が申し訳なさそうにこちらを見ている。


「はぁ、いつものか?」

「う、うん、いつもごめんね」


「気にすんな、北城の解けない問題はいつも分かりやすいからな」

「ど、どういう意味……!?」

「ハハハ、で、今日はどこだ?」

「ええと、ここの計算なんだけど……」


 普段のように解き方を解説していると、これまた普段のようにアイツがこちらにやって来た。


「おー、神依は今日も北城の専属教師か、大変だな」

「そう思うんなら代わってくれよ、俺より頭いいだろ、?」

「それはそれは、非常に魅力的な提案だけど、お断りさせてもらうよ」

「ちぇ、そうかよ」


 何が『魅力的な提案』だ、そもそもこの専属教師のような付き合いが始まったのはコイツが『神依が教えてやればいい』とか言い出したせいなのにな。


「それに神依、”木葉博士”ってあだ名で呼ぶのは高校生になってもキミだけだね」

「別に広めようとしてるわけじゃねぇよ」



 その後も適当な雑談をして時間を浪費していると、今度は隣のクラスからよく知る人物がやって来た。


「カム君、一緒に帰ろ! ……って、今日も子守りなの?」

「ぼ……わたしは子供じゃない!」

「はいはーい雪那ちゃん可愛いでしゅねー!」

「や、やめてよ!」


 コイツが隣のクラスからやってきて北城を子ども扱いしてからかう。

 高校に入ってから何十回と見せられたいつもの光景だ。



 ”……さて、ここで登場人物を整理しておこう、ちゃんと聞けよ?”


 まずは俺、天都神依、まあさっき言ったから別にいいよな。


 んで次は……”木葉博士”にするか。


 俺が記憶の中で木葉博士と呼んでいたのが「木葉 遥都キバ ハルト」、小学生の頃からの付き合いだな。

 簡単に説明すると、すごく頭が良い、知識も豊富。

 そんな訳でいつの間にか博士って俺が勝手に呼ぶようになった。

 いつもそう呼んでる訳じゃないし、まちまちだけどな。


 次に、俺の隣に座ってた女子。


 彼女の名前は「北城 雪那キタキ セツナ」。

 遥都と違って中学からの知り合いだな。

 どんな人間かはこれから説明できるから省くが、なんというかゲーマー気質な奴だな。


 最後、隣のクラスからやって来た女子。


 名前は「神無岐 真夜カンナギ マヤ」。

 幼稚園くらいからの付き合いで、今あげた三人の中では一番長く時を過ごしている、所謂幼馴染という奴だ。

 ま、お前ももしかしたらピンと来たかもしれないが、コイツは気を付けて見とけよ。


 ”じゃあ、気を取り直して記憶を辿るとするか。”



「そこら辺にしとけ、それにもう今日の分は終わったぞ、帰るか?」

「うん、早く行こうよ!」

「お、おい、引っ張るなよ」


 真夜が俺の手を引っ張るが、如何せん力が強すぎる。いつか手首が千切れてしまわないか心配だ。


「こっちも相変わらずだねぇ……」

「遥都、感心してないで助けろよ!」

「あわわわ、私はどうすれば……」


 慌ただしい放課後、いつの間にやら他の生徒はみんな帰っちまった。

 時計を見て、授業が終わってからもう30分も経っていることにようやく気付いた。


「おいおい、もうこんな時間か?」

「今更気づいたのかい? 君たちがじゃれあっている間に15分は過ぎたよ」

「じゃれあってねぇし、真夜が来たのはついさっきだろ」

「……ふむ、そうだったかい?」


 今更忘れたふりが通じるかよ。

 中学の時のあの神経衰弱、俺は一生忘れられないね。

 気が付いたら全部のカードをあいつに取られてたからな。


 ……ま、問い詰めてもはぐらかされるだけか。


「まあいいや、帰るぞ」

「ああ、そうしようか」


 俺たち二人が揃って教室を出ると、後ろから真夜と北城がすぐさま追いかけてきた。


「カム君、私を置いていくとはどういう了見?」

「真夜ちゃんはまだしも、わたしを置いてくのはひどいですよ」

「何よ雪那ちゃん、宣戦布告?」


 二人も視線がバチバチと音を鳴らしているが、最近になるとそれに対する驚きも無くなった。

 一番初めのこんなやり取りは中三の頃だったかな、最初はあたふたして止めに入ったけど、ここまで続けばもう慣れたものだ。


「仲良しだな、こいつら」

「心の底から言ってるのかい……!?」


 目に見えて狼狽える遥都、しかしコイツの場合は本気か冗談か分かりづらいな。


「おいおい、俺が今まで嘘ついたことあるか?」


 すると遥都は指を折って数を数え始めた。


「ええと、1、2……」

「律儀に数えなくていいんだよ!」




 なんか面倒になって言い合いを始めた二人を黙らせ、さっさと帰路に就くことにした。


「考えてみりゃ、学校で色々することはあってもこう、四人で帰るのは初めてじゃないか?」

「夏休みを前にして色々休みになったりしたからね、たまには悪くないんじゃないかい?」

「ま、それもそうだな」


「私は明日から文化祭の準備だよ……何も夏休み前から始めなくてもいいのに」

「聞く限りだと、この学校の文化祭かなり大きなことやるらしいからな」

「それにしてもなんで私が……」


「日頃の行いが……ふふふ」


 北城は落ち込む真夜を見て憐れむように笑った。


「もう……雪那ちゃんはひどいや」

「まあ、ドンマイ」



 それにしても、学校でよく絡む四人の家が揃って同じ方向にあるというのは相当の偶然、小さな奇跡みたいなものだな。

 幼馴染の真夜は当然として、遥都もそうだし果てには北城までだからな。


 ”……今考えると、ある種の運命だったんだな。”

 ”本当におぞましい運命だが。”




「ただいまー」

「おかえり神依、今日は学校どうだった?」

「どうって別に、いつも通りだよ、何もないって」

「何も無いことないでしょう、神依はいつもこうなんだから」


「……いいだろ、俺は荷物コレ片づけるから」


 いつもと変わらない母さんの質問をスルーして、二階にある自分の部屋に行った。

 夏になると二階は暑くてたまらないが、扇風機を付ければある程度しのげるし、煩い母さんのいる一階よりは過ごしやすい。


「ホントに、いつも通りだからな……まいっか、宿題するとしよう」


 考えたくもない。

 きっと、明日も今日と同じ一日になることだろう。




「……そんな訳もねぇか」


 翌日の放課後、真夜は昨日言っていた文化祭の準備、そして遥都は何かの用事で居残りとなった。

 そしてどういう風の吹き回しか俺と北城が二人で帰ることになった。


「こうも珍しい日が続くとはな」

「そんなこと言って、ホントはと二人きりで嬉しいんでしょ?」

「……嬉しいのは北城の方じゃないのか?」


「えへへー」

「はぁ……」


 御覧の通り、北城の一人称は”ボク”である。

 今まで北城のこの一人称を聞いたのは俺と二人きりの時だけだ。


 なんでも昔憧れてたゲームのキャラの一人称がそれで、真似してるうちにそれが頭に染みついちゃったらしい。

 成長するにつれ流石に恥ずかしくなり隠すようになったらしいが、驚きや怒りのあまり漏れ出てしまうことも少なくない。



 分かれ道に差し掛かると、先を行っていた北城が振り返った。


「ねぇねぇ、今日はこっちの道行こうよ、気になる場所があるんだ」

「こ、こっち側は……いや、分かった」


 実を言うと、さっき北城が指した道の方が早く帰ることができる。

 しかし、とある事情で俺はこっちの道を避けていた。


 北城の”気になる場所”がその原因の場所でないことを祈りつつ、俺は北城の後ろについて行った。



「あー、ここか」


 石造りの階段があり、その先には赤い鳥居が建っている。

 これは神社だ。

 昔に、この神社は稲荷神を祀っていると聞いたことがある。


 そして、この神社こそが俺がこの道を避けてきた理由だった。

 小さい頃、遥都と真夜には話したんだっけか。

 中学くらいから本気で避け始めたから北城に話す機会はなかった。


 ただでさえ北城はインドア派だからな、この神社に興味を持つこと自体珍しいことに感じる。


「ねえ、ここってどんな神社なのかな?」

「……帰るぞ」

「ええ!? ちょっとちょっと!」


 触らぬ神に祟りなし、向きを改め立ち去ろうとしたが、回り込まれてしまった。


「待ってよ神依、ボクのお願い聞いてくれないの?」

「早く帰らないと心配されるぞ」

「まだまだ明るいよ! ……もしかして入りたくないの?」

「もしかしなくてもその通りだ、帰るぞ」


 何でもいいからここから離れたい。

 それが俺のためになるし、そうした方が絶対に喜んでくれる。


「じゃあさ、なんで入りたくないかだけ教えて……?」

「え、どうでもいいだろ……」


「良くないよ、神依この神社のこと知ってるでしょ、さっき『ここか』って言ってたもん」

「げ……勉強はできないのに、妙な記憶力はあるんだな」

「”妙な”なんて言わないで、ゲームで鍛えたんだよ!」


「へぇ……格ゲ「わー、わー!」


 言葉を大声で遮られた。

 しかも耳元で叫ぶもんだから耳がキンキンして辛い。


「大きな声を出すな、一体どうしたんだよ?」

「しー!」


 北城は口に人差し指を当てて静かにしろとのサインを発している。


「誰かに聞かれたらどうするの……?」

「聞かれるわけねぇだろ、大体格ゲー好きだからって「わー!」


「……分かった、もう言わねぇよ」

「もう、大きな声出すのもその、恥ずかしいんだからさ」

「じゃ、帰るとするか」


「……」 「……」


「……騙されないよ、神依」


 しかし、まわりこまれてしまった。



「そんなに聞きたいのか?」

「うん、だって真夜ちゃんとか遥都君には話してるんでしょ?」

「まぁ……そう、だな」


 全く、中々痛いところを突いてくる奴だ。


「ボクだけ仲間はずれなの……?」

「そういうつもりじゃない、単に話す機会が無かっただけだ」


 中学からとはいえ、北城とは一番付き合いが短い。

 そこに引け目か何かを感じてしまっていたのかもな。


 ”ま、それだけじゃなかったんだが……”

 ”それに、今のこれもタダでは終わらなかったからな”


「神依、真夜ちゃんと遥都君は名前で呼ぶのに、私だけ苗字で呼ぶよね」

「そ、そりゃあ、成り行きと言うか、な?」


「ボクだけ、ボクだけ……!」

「お、おい、北城?」


 北城は俺の言葉を聞いていない。


「神依、ねえ」


 俯いたまま一歩……


「どうして、ボクだけ……」


 また一歩と俺に近づいてきて……


「神依、神依――」

「だー! 面倒だな、ったく、仕方ないから話してやるよ」


「……神依、ホント?」


 顔を上げた北城の目には涙が溜まっていた。


「本当だからさっさと涙拭けよ、ほら、ハンカチ」

「ん、ありがと」



 俺は石垣の壁に寄りかかって、かつての思い出を想起しながら話を始めた。


「ここの神社な、『天津神社』って名前なんだ」

「”アマツ”……ってもしかして?」


「ああ、ちょっと漢字は違うがな。で、俺の爺ちゃんがここの神主をやってる」

「なら、なんで神依はここに住んでないの?」

「爺ちゃんがな、『この神社は儂一人で十分』って言って聞かなくて、結局別居したんだ……」


「でも、それだけじゃないんでしょ?」

「……ハハ、敵わねぇな」


 それまで見通されたら、もはやお手上げだ。


「信じられないかもな、だけど本当のことだ。爺ちゃんは、妖怪とか幽霊とか、そういう類のものを家族、特に俺に近づけたくなかったかららしいんだ」

「妖怪に、幽霊……!?」


「なんでも、俺はよく引き付ける体質なんだとさ」

「そっか……あれ、でも引き付けるならどこに住んでも同じじゃない?」


 き、北城のやつ、なんでこうも重要な部分ばっかり突いてくるんだ?


「あー、爺ちゃんも同じ体質で特に強いらしい、俺の体質は爺ちゃんからの遺伝って聞いたな。父さんにはそんなの無かったみたいだけどさ」


「そっか、お爺ちゃんに引き寄せられてるんだ」

「まあ、”神社”って場所に寄せられてるのも多少はあると思うけどな」


 ……まあ嘘は吐いてないし、これで納得してくれるだろ。

 ああ、さっさと帰りてぇ。


「思いやりのあるお爺ちゃんなんだね」

「まあな、小さい頃は結構遊んでくれたし」


 よしよし、このまま当たり障りのない思い出話とかに話題を変えられれば――


「そんな優しいお爺ちゃんに会いたくないなんて……もしかして、喧嘩でもした?」

「そうじゃねぇ、会いたくないわけじゃないし会いたいさ、だけど爺ちゃんのために行かねえんだ」


 俺は空を見上げ、あの日のことを思い出した。



 そう、あれは小学校に入学する直前の初詣の時の話だ。

 それまでは自由に神社に遊びに行けていたのだが、その前の夏ごろから父さんに止められて行けなくなっていた。


 小さい頃から俺は、時折そこにいる不思議な奴らと遊んでいた。

 今回の正月はしばらく遊べなかったのもあっていつもよりもはしゃいでいると、抜け出した俺を見つけた爺ちゃんにこう言われたんだ。


『神依、お前は勝手に歩き回ってはいけないのじゃ』

『どうして? がいて楽しいし、みんな優しいよ』


『それは儂も知っておる。だが、お前は人だ、彼らの持つ妖気に当てられ続ければ普通ではいられない』

『でも爺ちゃんはずっとここにいるじゃないか』

『ああ……儂はもう変わってしまった、それでもお前には普通の人として生きてほしいんじゃ』

『……爺ちゃんの言ってること、よく分かんないや』


『それでいい、お前は父さんたちと一緒に暮らすのじゃ』


 爺ちゃんの目は潤んで、しわがれた声も心なしか哀れみを帯びているように聞こえる。

 それも、今必死に思い出してそんな気がしているだけなのだが。


『オレ、爺ちゃんに会えないの?』

『そんなことはない、年に一度、正月の時はしっかりとお祓いをしてやる、とびっきりのご馳走も用意する。じゃから、寂しいかもしれんが我慢してくれぬか……?』


『……分かった、爺ちゃんがそう言うなら』

『ありがとう、すまない、神依――』


 その後、俺は約束通り正月にだけこの神社に訪れている。

 それも家に来た爺ちゃんにお祓いをしてもらってからだ。


 お祓いをしているから妖も寄ってこなし、年に一度会えるとはいえ寂しいものは寂しい。

 いつしかそんな寂しさを忘れるため、普段はこの道を通らず、神社のことも爺ちゃんのことも考えないようにしていた。


 父さんや母さんも、俺のそんな気持ちを察してくれたのか、あんまり俺の前で爺ちゃんの話題は出さなかったな。




「――い、神依!」

「……っ、お、おう」


 思い出に浸るあまり我を忘れちまってたみたいだな。


「で、結局なんで会いに行かないの?」

「……約束、したからだよ」


「約束……そっか」

「聞かねぇのか?」

「ボクはそこまで野暮じゃないよ♪」

「じゃあ、今度こそ帰るぞ」


 立ち去る前に、もう一度だけ神社を見上げた。

 俺の目には懐かしい鳥居と、その向こうの妖しい喧噪がぼんやりと映っていた。

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