5-56 アミメキリン少女の事件簿
「マーゲイに声真似の方法を教えてもらえば、名探偵と呼ばれる日もそう遠くないわ!」
『ノリくん、この子本気で言ってるの?』
『十中八九、本気だと思う』
キリンは努力の方向を間違えなければいい結果を出せると思うし、何が役に立つか分からないから無駄とは言えない。ここは温かい目で見守ることにしよう。
それに、なんやかんやあって”みずべちほー”に寄る機会は今までなかった。せっかくだから観光気分で楽しむのも悪くない。
『……なるほど、確かにそうだね』
今まで通りに僕の心中を読み取っているイヅナも、テレパシーで賛成の意を示してくれた。
「でも、いつもの会話を全部テレパシーでする必要ってあるの?」
『ノリくんへの言葉は、ノリくんにだけ伝えたいの。他のみんなに聞かせる必要なんてないよ』
「……あはは、そう」
イヅナの言ったことに偽りはないと思うけど、計算高い面もある。
例えばテレパシーに対して声を出して答えれば、僕は傍から見れば一人で喋っていることになる。果たして意図しているのかどうか、でも周りに人が居る場面ではテレパシーで返す他ない。
「たまには声を出さないと、出し方忘れちゃうかもしれないよ?」
「……じゃあ、程々にしよっかな」
イヅナはわざとらしくせき込んで、そっぽを向きながらそう言った。
「キリン、あんまりあちこち歩いてると見失っちゃうよ」
「え、すみません師匠!」
僕は些細な軽口のつもりだったけど、思いのほか重く受け止められてしまった。
「でも、はしゃぐ気持ちは分かるから、気にしないで、それより……」
「はい、なんですか師匠」
キリンが傷つかないように適当なフォローを入れて質問に話を切り替える。しかし、突然に師匠と呼ばれ始めて複雑な気分だ。しばらくは慣れそうにない。
「マーゲイさんに会うって話だけど、約束を取り付けてないよね?」
すると、キリンは見ていて滑稽に思えるほど自慢げな顔になった。
「ふふふ、師匠、冗談はおやめください」
なんと、キリンは既にアポを取っていたのか? 信じがたいがだとすればキリンは僕が思っていたよりずっと手が早いということになる。
「え、じゃあいつの間に……」
「私にそんな時間があったと思いますか!」
……まあ、人間もフレンズもそう短い間に成長することはできないよね。
呆れるくらい清々しい開き直りだけど、僕もおかしな期待をしていたのは確かだし、むしろ微笑ましいくらいの気持ちだ。
「もうキリンちゃんは放っておいて、二人だけで見て回ろうよ」
イヅナはキリンの様子を見て呆れているようにも取れるけど、多分はじめから二人きりになりたくて、丁度今をチャンスと見てこう言ったんだろう。
でも何かトラブルを起こさないとも限らないから、キリンを一人にするわけにはいかない。
「見守るだけだから、ずっと縛られたりはしないよ」
『……ノリくんになら縛られたいな』
「あはは……」
キリンのことも心配だけど、イヅナもイヅナで気がかりだ。
ライブステージの近くに着くと、キリンは他の物には目もくれず舞台裏の控室に行くと言い、走って行ってしまった。しかし、キリンは控室の場所を知らない。
見失ったキリンを探しつつそうこうしているうちに、置いていかれた僕たちも舞台裏に着いた。
「ここにキリンちゃんがいるのかな?」
「あら、あなたたちは……?」
中では、PPPとおぼしき五人のフレンズがいた。踊っていたから、ダンス練習の途中だったんだろう。声を発したのはプリンセス……だと思う。かつてイヅナのせいでハチャメチャしたゆうえんちでのパーティーで見かけたときはセンターにいた記憶がある。
奥を見ると、サーバルとかと若干似たまだら模様のフレンズが立っている。多分マーゲイだ。ロッジを発つ前、彼女はPPPのマネージャーをしているとオオカミさんから聞いている。
「あ、すみません、僕はコカムイです。こっちはイヅナで……今、人探し、というかフレンズ探しの最中で……」
「コカムイ……ああ、あなたが博士の言っていた……!」
「博士?」
「ええ、表のステージの設営もやってくれたし、ちょくちょく顔も出してくれるわ。その時に聞いたの」
「そう、なんですか……」
言葉が浮かばずおざなりの返事をしていると、プリンセスは口に手を当ててクスッと笑った。
「そんなにかしこまらなくていいわ、私はプリンセス、よろしくね」
「……うん、よろしく」
「オレはイワビーだぜ、よろしくな!」
「ジェーンです、お見知りおきを……」
「……コウテイだ。よろしく」
プリンセスに続いて三人からも挨拶を受けた。でも、向こうでボーっと立っている子が残っている。
「……フルル、あなたもよ」
「んー?」
フルルと呼ばれた子は、プリンセスの声を聴いて振り向き、ようやくこちらに気づいたようで、テクテクとこちらに歩み寄ってきた。
「ジャパリまん持ってないー?」
「……え? ああ、持ってるけど……」
鞄から一つ取り出して手渡すと、「ありがと~」と言って能天気にもぐもぐとジャパリまんを頬張り始めた。
「あの、ええと……」
「ごめんなさいね、この子いつもこんな調子なの」
「あはは、大丈夫だよ」
話しているうちに、フルルはジャパリまんを食べきってしまった。すると、僕の方に手を差し出した。
「……もう一つ」
「えー!? ちょっとフルル、流石にそれは……」
「気にしないで、でもその前に、一応、……改めて、名前を聞いてもいいかな?」
「フルル……あ、フンボルトペンギンのフルル」
「ふふ、ご丁寧にどうも」
もう一つジャパリまんを渡すと、今度はそれを口にしながらさっきの立ち位置に戻っていった。
思えば、マーゲイさんはマネージャーだけどこのやり取りに何か口を出すことはしなかった。そこの所が緩くなっているのか、はたまた博士の紹介がうまく働いたのか。後者だったら後でお礼をしておこう。
『……いつまで油売ってるの?』
そんなことを考えていると、イヅナにわき腹をつつかれながらそう言われた。……言われた? テレパシーだから「言う」という表現はおかしいような気もするが……まあいい、とにかくそう言われたのだ。
「そうだった、アミメキリンを見なかった? ここに来るって言ってどっかに行っちゃったんだけど」
「いや、来てねーぜ?」
「ほら、やっぱり迷子だよ」
キリンを捜しに行くかここで待つか、どちらにしようか悩んでいると、そう、確か……ジェーンだ。ジェーンが僕に尋ねた。
「今日はどうしてここに?」
「あー、それも話さなきゃだね、マーゲイさんにも聞いておいてほしいな」
「え? 私もですか?」
「聞いてくれれば、理由は分かるから」
「はあ……」
マーゲイさんは合点がいかず、一体どんな理由なのかと色々想像している様子だ。
じゃあ、昨日キリンに出会った所からでいいかな。名探偵になりたいという相談と、外の『声を変える』探偵の話、それとマーゲイさんの『声を変える』特技が結びついて――
そして結局みんな聞きに来たから、全員にかくかくしかじか――と言っても七割方上で終わったが――、今に至るまでの色々を話した。
……いや、フルルは他のみんなが移動したから何となくそれにつられて来ただけ見えた。話している間ふとどこかにいなくなって、いつの間にか戻ってきたりした。
「――と、こんな感じでね」
「外には不思議なヒトもいるんですね」とジェーン。
「あくまで漫画の話だけどね」
「漫画……前に一度オオカミに見せてもらったことがある。たしかそれも……」
「……あ! ホラー探偵ギロギロね」コウテイが思い起こすようにそう言うと、それを聞いてプリンセスが思い出したみたいだ。
「探偵……なんかロックじゃないな……」と例の探偵について聞いた結果のイワビーの独り言。
ロックと言うなら”ハードボイルド”とかどうかなとか考えてみたものの、「感情に流されない」ハードボイルドは、どこか激しいイメージのあるロックと相性が合うのか甚だ疑問に感じ、言うのはやめておいた。
それと、これ以上時間をかけるとまたイヅナに小突かれそうだ。
「……コカムイさんの話を聞いて、『名探偵になりたい!』と思っていたキリンさんがここに来ることを決めた、という話でしたっけ?」
「そう、そこでマーゲイさんにお願いできれば、って思ってるのが――」
形だけでも、キリンに『声真似』というものを教えてほしい。本気でやってもらおうだなんて突然悪いし、無理はさせられない。だから――
「キリンさんの指導ですね! 分かりました、やらせていただきます!」
「……え」
驚いた。「お願い」を言い当てるのは話の流れから考えれば難しいことではない。それよりもマーゲイさんが何故やる気に満ち溢れているのか分からない。
「ええと、どうして二つ返事で……?」
「私、キリンさんの気持ちが分かる気がするんです。憧れるものに近づくため、その人と同じことをしようって気持ち……私はそんなことできませんから、こんな形でやってますけどね」
マーゲイの言葉に、プリンセスも賛同した。
「私もPPPに憧れて、三代目を結成するために頑張ったの。だからマーゲイの言ってること、分かると思う」
「……そんなことが」
ともあれ、やってくれるのはいいことだ。PPPの事情もあるから時間については相談が必要だけど。
「それはマネージャーである私に任せてください!」
「ありがとう、……じゃあ、キリンにもこの話をしないとだけど……」
昨日の話もしてそれなりに時間は経ったはずだけど、未だキリンは現れない。一体どこで何をやっているというのか。
「しかし、探偵が迷子とはね……探しに行こ、イヅナ」
「ううん、私はここで待ってるね」
「じゃあ……え? 待ってる……!?」
引き留める手をどんな手段を使っても振りほどいてついてきそうなイヅナがまさかそんなことを言うとは。
『ほら、キリンちゃんがここに来たら教えてあげるから』
『そっか、そういう使い方もあるね』
携帯電話もなく、通信機能のあるラッキービーストも使いやすいとは言えない。確かにテレパシーと呼ぶくらいだ、こうやって使うのがちょうどいいかもしれない。
「二人とも、どうしたの? いきなり静かになっちゃって」
「気にしないで、ノリくん、寂しがり屋だから。よしよし」
頭を撫でられた。
「ち、違うって……もう、探してくるね!」
突然のことにどきまぎして、逃げるように出てきてしまった。
……ふふ、頭を撫でられて照れるノリくんもよかったな。
なかなか一気に踏み込むことは難しいから、外堀から埋めていく方が手っ取り早いのかな? 逃げ場が無くなれば、諦めてくれるはず。
うーん、ノリくんが戻ってくるまで暇だなあ……
「あ、フルル! 勝手に持ってきちゃダメよ!」
「でも、お腹すいたー」
「もう、さっき二個食べたばかりじゃない」
見ると、フルルが勝手にお菓子の箱を持ってきてプリンセスが叱っているみたい。
「赤ボス、あのお菓子は何?」
「多分、昔ニ企画サレタモノダネ。コノ島カラノ撤退ト共ニ製造ガ停止サレタケド、最近ノ研究所ノ復活トカデ、『島が再建された』ッテ判断シテ、再ビ製造ヲ開始シタラシイヨ」
「勝手にまた作り始めちゃったの?」
「ウン、ソウミタイ」
この島を管理しているAI?はそこまで考えて判断できるんだ。もしかして、研究所にそのAIがあったとか……ありえない話じゃないね、後でノリくんに言ってみよう。
「これは今日の練習が終わってから」
「えー」
「そんな目で見てもダメよ」
流石、厳しくするところは厳しい。私も真似した方がいいのかな?
プリンセスは壁の隅にあるテーブルにそのお菓子の箱を置いた。
「キリンちゃん、まだ来ないね」
「時間を無駄にはできないわ。色々あって中断してたけど、練習を続けましょう」
「そうだな、次のライブまでそう遠くない」
「よーし、やるぜー!」「はい、頑張りましょう!」
「お菓子食べたかったなー」
練習を再開するらしい。フルルは名残惜しそうにしつつも、しっかり練習には参加するみたいだ。
「いいでしょ、この一人一人の個性が出てくる様子! おおー、流石PPP、練習前も美しい、マネージャーをやれて幸せですー!」
一瞬、響く足音。
「はあ、はあ……ようやくたどり着いたわ……」
何故か息が荒いキリンが奥の方から出てきた。
「キリンちゃん、どこに行ってたの?」
「え? 私は向こうから入って、PPPがいないか部屋を一つ一つ見ていたの。まさかここに全員いるなんてね……」
キリンは屋内でウロチョロしていた。外に行ったノリくんが見つけられないのは当然だ。
「私、ノリくんを呼んでくるね!」
私は部屋から飛び出した。そしてテレパシーで呼びかける。
『ノリくん、キリンちゃん見つかったよ!』
『え、どこにいたの?』
『建物の中の部屋を回ってたみたい』
『だから外にいなかったんだ……』
やり取りをしているうちに出会うことが出来た。
「キリンはみんなの所?」
「うん、急ごう!」
走って舞台裏に戻る途中、耳をつんざくような叫び声が聞こえた。
「な、無くなってるー!?」
「……今の声は?」
「マーゲイだよ、何かあったみたい!」
さらに急いで駆け付けると、マーゲイがこれ以上ないほどあたふたしていた。
「マーゲイさん、どうしたの?」
「ない、ないんです……」
「……ない?」
「音楽を流すための丸いあれが、無くなっちゃったんです!」
動揺で無くなった物の名前が出てこないみたいだ。
「……もしかして、CDが?」
「は、はい、ちょっと前まではあったのに……」
CDが無くなる、そんなことがあるのかな? 私たちが来てあたふたしたから? でも、私たちはずっとここにいたし……あ
『私は向こうから入って、PPPがいないか部屋を一つ一つ見ていたの』
まさか……?
「慌てないで! 私がこの事件、華麗に解決してあげるわ」
キリンが声を上げ、指を掲げてこういった。
「ズバリ、犯人はこの中にいるわ!」
どうしよう、このままだと碌な調べもなしに推理ショーが始まっちゃいそう。ノリくんも突然のことに反応が遅れてる。仕方ない。私が止めてあげなきゃ。
「でもね、キリンちゃん」
私が声を掛けると、手を下ろして静かに次の言葉を待っている。若干得意げだ。場の空気に呑まれているんじゃないかな。
「今一番怪しいのは、あなただよ」
「……ええー!?」
本当に、この子名探偵になれるのかな……?
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