5-55 めいたんていの極意!


「私は、どうしたら名探偵になれるのかしら」


「……難しい問題だね」


 反射的にそう思ったし、よく考えても難しい話だと感じる。

 名探偵……というのが具体的にどんなものかよく分からないけど、おそらくキリンは『どんな事件でもスパッと解決する』ような探偵をイメージしているだろう。


「どうして僕に相談を?」


「……この前、ヒトの世界には先生が書くような探偵の本が沢山あると聞いたの」


 僕は静かにうなずいた。確かに探偵をテーマとした漫画や小説は多く出版されている。と言っても僕は有名どころをいくつか読んだだけで、詳しく知っているわけではない。


「外から来た貴方ならそういう本について知っているはず、だから貴方に名探偵になる方法を教えてほしいの!」


 なるほど、理由は分かった。だけどキリンは名探偵どころか探偵であるかどうかすら怪しい状況だ。まずは基礎的なところから身に付けさせるべきだと思う。



「ええと、思い出すから少し待ってて」


「……なるべく早くね」


 思い出すとは言ったけど、思い出せる訳はない。でも前に言った通り本そのものについての記憶は引き出せるから、適切なキーワードがあれば大丈夫なはず。


 それより、基礎的なところ……人の話を聞く、決めつけない、調査を怠らない、困ったら周囲に話を聞いてみる……とかかな。何だか人として必要なことが多い気がする。


「そう、思い出した」


「お、思い出したのね! 一体何かしら?」


 キリンは目を太陽のように輝かせて……は言いすぎか。少なくとも満月くらいには輝かせてこっちを見ている。


「まず、探偵に必要な五か条、これを覚えてもらうよ」


「い、五つね…ええ、覚えて見せるわ」


 若干不安な感じを見せつつもしっかりやるつもりみたいだ。やる気だけは本物だ。ともかくとっさに考え付いた五か条をキリンに伝授した。



 1 相手の話は最後まで聞く

 2 決めつけず、ありえないと思っても考えてみる

 3 捜査は隅々までやる

 4 困ったら周りに相談

 5 間違えたら素直に直す



 ……あー、まあ、実際に探偵になるのに必要ではあるから、問題ないと思うことにした。僕自身がキリンに言ったことをできているかと言われれば、それはそれで答えに悩んでしまうけど……


「な、なるほど、考えを改めないといけないわね……」


「参考になったのなら良かったよ」


 外に出てからそれなりに時間もたった。そろそろイヅナたちがしている忌々しい話も終わるころだと思うから、ロッジの中に戻ろう。少し風に当たりすぎて肌寒くなってしまった。


「待ちなさい! ……じゃなくて、待って、ください」


 急に丁寧な口調になったキリンに戸惑いながら、一度足を止めた。


「まだ、これでは名探偵への道が見えたとは言えないわ……もっと、何か無いかしら」


「そう言われても……やっぱり数をこなして経験を積む、くらいしか言えないや」


 その言葉を聞き目に見えて落ち込んだが、顔を上げて今度はこう言った。


「分かったわ、でも、貴方が知っている探偵について、少しでも教えてくれないかしら」


「……まあ、それくらいなら」


 まだ日は傾いていないから話す時間は十分にあるだろうと思い頷いた。それに、もしかしたら何かの断片だけでも思い出せるかもしれないと、この期に及んでそんな希望を持っていた。


「やっぱり、漫画のキャラがいいのかな」


「……? 漫画じゃないものもあるの?」


「小説って言ってね、漫画と違って、文字だけで物語を表現するものがあるんだ」


 「文字だけで」と聞いて、キリンの顔が少しこわばったように見えた。読めないからそういう反応になっても仕方ない。図書館に何冊かあることを期待して、知っている漫画について話そう。



「その漫画はね、高校生が薬を飲まされて小学生になっちゃうのが始まりなんだけど……」


 そんな感じで説明を始めると、すぐにキリンから待ったがかかった。


「ちょっと待って、”こうこうせい”とか”しょうがくせい”って何かしら……?」


「あ……そうだね、体が縮んじゃったって言った方がいいか」


「え、ええと……?」


 突拍子もない展開を聞いたことのない言葉で説明されれば困惑するのも当然で、これからはその辺りも考えて話すように気を付けよう。……そう考えるとなかなか表現しづらいな。


「さっきのは忘れて! 薬を飲まされて体が縮んだ! 探偵事務所に転がり込んで、薬を飲ませたやつを見つける、そして行く先々の事件を解決する! ……って物語だよ」


「な、なるほど……ね」


 如何にも分かったかのような相槌を打っているけれど、多分分かってない。これじゃあんまり興味も湧いてこないはず。もっとシンプルに分かりやすくするには……アレだ!


「その小さな探偵はね、とある博士が作った発明品を使って事件を解決してるんだ」


「……博士! 博士はそんなものを作っていたの!?」


「あはは、図書館にいる博士のことじゃないよ」


「と、図書館以外にも博士がいるの……?」


 思わぬ方向から勘違いが現れた。この島では『博士』というと図書館にいる”アフリカオオコノハズク”の博士を示す固有名詞のことになるようだ。


「気にしないで、とにかくそういうすごい人が居るってことだから」


「なら、一度会ってみたいわね」


「いや、現実にはいないよ、その……ギロギロみたいに」


「そう……残念ね」


 キリンの様子が普通ではないほど落ち込んで見えたのは、キリンが敬愛するオオカミ先生の『ホラー探偵ギロギロ』が現実にいないと再確認させられたから……かもしれない。ひょっとしたらそんな発明品がないことを悲観しているのかも。



「……で、その”はつめいひん”とやらはどんなものなのかしら」


「キックが強くなる靴、針を飛ばして眠らせる腕時計、声を変える蝶ネクタイ、ボスのように通信できるバッジ、いつでもどこでもサッカーボールを出せるベルト……とかとか」


「よく分からないけど、すごいのね」


 ……よく分からないんだね。



「そうだ、小説とやらに出てくる探偵のことも聞きたいわ」


「そうだな……シャーロック・ホームズでいいかな、詳しくは分からないけど」


 シャーロック・ホームズについての本なら、何冊か読んだことがある。そう、例えば『そして誰も』……これは別の作者だったし、探偵も出てこない。少々記憶が混乱している。ともかく思い出したから今この本についての知識はいらなくなった。


「しかし、何から話せばいいか」


「何でもいいわ、普段からそのしゃ、何だったかしら」

「シャーロック・ホームズ」


「そう! その……普段からその名探偵のように過ごして、少しでも近づきたいの!」


 そう言いつつも、その名探偵の名前を覚えることはすでに放棄してしまったようだ。


 ……あれ、確かシャーロック・ホームズって、暇なときは麻薬をやって退屈を紛らわせていたような。キリンの熱意は本物だ。それを知ったら本当に真似しかねないとも思ってしまう。

 まあ、ジャパリパークに麻薬はないから大丈夫だろう。……大丈夫、だよね?


 僕はその探偵についてあることないこと教えてひとまずキリンの追及を逃れた。他の探偵の特徴も混ざっている気がするけど気にしていたら日が暮れる。




「……ありがとう、貴方のおかげで一歩名探偵に近づけた気がするわ」


「よかった、これからどうするの?」


「今日も先生の漫画を見せてもらうわ」


 なるほど、別におかしなことではない……って何故か探偵のような思考回路に切り替わっている。長く話をしたせいかな。あれ、待てよ。


「でもオオカミさん、まだ次の話は描き上がってないって言ってたような……」


 キリンの体がビクッと大きく飛び跳ねた。


「お、おととい完成した話を見せてもらうの」


「へぇ、それってどんな話だったの?」


「……なぜそれを聞くのかしら」


「キリンって、ずっとロッジにいるよね、だったら一昨日できた時点で見せてもらってるんじゃないかなー、って」


 一体何故かどうしてか、キリンはびくびくと震えている。それはさながら真相を言い当てられようとしている犯人のように。そこで、僕の頭に一つの可能性が浮かんだ。取るに足らない考えだけど、尋ねていけない話ではなかった。


「もしかして、途中の話を覗き見するの?」


「な、なな、なななな、なんてことを言いだすのっ!?」


 その動揺ぶり、図星に違いない。


「ダメだよ、ちゃんと完成してから見せてもらわなきゃ」


「……」


 キリンは俯いて返事をしなかった。もしかして、いじけちゃったのかな。どうしようかと迷い、結局声を掛けずにロッジに戻った。


 僕が戻ると例の話はずっと前に終わっていたらしく、世間話や聞くに話をイヅナとオオカミさんはしていた。かばんちゃんとサーバルはいなかった。アリツさんに聞くと『みはらし』の部屋にいるらしい。


 声を掛けるとオオカミさんが獲物を狙うような輝かしい目でこちらを見た。


「やぁ、遅かったね。全く、こんなに面白い話は君自身から聞きたかったよ」


 その顔はまさに「いいネタ頂きました」と言わんばかりのもので、漫画家魂たくましいものだ、と一種の感心さえ覚えた。


「外でキリンとばったり出会って、探偵の話をしてたんだた」


「その話、詳しくいいかな? 最近キリンの様子が少し変わっていてね。詳しく言えば、落ち込んでいるんだ」


「どうすれば名探偵になれるのか、って悩んでたよ。……僕なりに、アドバイスみたいなことを言ったけど、どうなるかな」




「――へー、キリンちゃんと楽しく長話してたんだ」


 後ろから聞こえる不満気な声。その主は言うまでもなくイヅナだ。


「遅くなってごめんね。でも……」


「ふぅん……無理やり連れだしておいて、他の女の子と楽しくおしゃべりするんだ……」


「え、イヅナ、待ってよ、僕はただ……」


 なんとか弁明しようとイヅナに近づくと、突然腕を大きく広げて僕に抱きつき、がっちりとホールドした。


「分かってるよ、ほっとけなかったこと。ノリくん優しいものね……分かってるから、別に怒ったりしないよ?」


 イヅナはそう言いながら、僕を抱きしめる腕の力をどんどんと強めていく。だんだんと体に痛みが現れる。


「い、イヅナ、痛い……」

「ふふ、怒ってないよ?」


 怒っていることを隠そうともしない態度でそう言われても、どう信じればいいのやら。


 イヅナの力はとどまることを知らず、同様に体の痛みも比例して強くなる。いっそ力づくで振りほどいてしまいたくても、イヅナが傷ついてしまうかも、とそうすることもできず……しかし、心の中では叫んでいた。


『痛い、離してイヅナ!』


 普通であればこんな心の叫びは誰にも届かずに終わるのがオチだ。でも、この場合そうはならなかった。


「っ!」


 イヅナが何かに驚くように僕を離し、一歩下がった。何か予想外の事態が起きたのかと辺りを見回してみても、何も変わったことはなかった。そこで僕は、もしかしたら心の叫びが届いたのか? などと馬鹿げた推測を始めた。


 そして何ということだろう。その馬鹿げた推測は当たっていたのだ。



『もしかして、ノリくんもテレパシーを使えるようになったの!?』


 頭の中に、イヅナの声が響いた。


『て、テレパシー……?』


 試しに頭の中でそう呟くと、イヅナが僕を見て頷いた。


『やっと、使えるようになったのね! きっかけはどうあれ、よかった!』


 その言葉を皮切りに、イヅナからたくさんのテレパシーについての情報が頭に流れ込んだ。


 要約するとこうだ。


 このテレパシーの能力は妖の類が妖力の流れを利用して交信に使うもので、僕たちが、というか僕が使えるのはイヅナの影響らしい。

 

 しかしそこにはしっかり狐の幽霊と人間との差があり、イヅナは僕より早く使えるようになったけど僕は今までからっきし……。

 だからイヅナは妖力の流れを悪用し、僕の考えていることを読み取る目的で利用してきたみたいだ。

 度々イヅナが僕の心を見透かすような言動をしていたのはこれのせいみたいだ。しかし、僕が使えないからといって勝手に心を読むのはいかがなものか。



『えへへ! これでいつでもどこでもお話しできるね』

『……便利だね』


 寝ても覚めても四六時中イヅナの声が頭に響き渡るというのは考えてみれば恐ろしいことなんだけど……今はイヅナの機嫌を損ねないようにしよう。


 それと、眷属という言葉を聞いて一つ気になることが出来た。


『イヅナがテレパシーを使えるようになったのって、いつ?』

『ええと、ノリくんに私の記憶を見せてからだよ』


 ……イヅナの記憶を見てから。それはつまり、僕がイヅナの体内にあったサンドスターを摂取してから、と言い換えることが出来る。


 僕がキツネの姿になったのも、もしかすると……



 バタンッ!


 どこかで聞いたドアの音で僕の思考は遮られた。キリンがロッジに戻ってきた。反対側から足音が聞こえそちらを見ると、かばんちゃんとサーバルも下に降りてきている。


 外はもう暗くなり始めている。そろそろ夜のジャパリまんを食べる時間ということだ。


 ワイワイと話をしながらジャパリまんを食べている。


 キリンたちは探偵の話をしているようだ。


「そうだ、コカムイくんからどんな探偵の話を?」


「小さな探偵の漫画の話です!」


「小さな探偵……悪くない」と妖しい表情のオオカミさん。


「どんな探偵なの?」とサーバルが聞く。


「聞いて驚きなさい…………あれ、ええと……」とキリンはしどろもどろ。記憶力を鍛える訓練も必要みたいだ。


「えー、覚えてないの?」


「お、覚えてるわ! 確か、声を変えられるのよ!」


「すごーい! まるでマーゲイだね!」


 サーバルの何気ないその一言が、僕たちを事件へと駆り立てる。



「……サーバル、今、なんて言ったの?」


「え? だから、声を変えられるなんてマーゲイみたいだなって」


「マーゲイ? マーゲイは声を変えられるの?」


「うん! PPPのライブの時も、プリンセスの声真似でピンチを救ってくれたもん」


 キリンは目をぎらぎらと輝かせて、少し気味が悪い笑顔を浮かべている。


「ふふ、ふふふふ……」


 たまらず僕は声を掛けた。掛けてしまった。そう、とんでもないことに声を掛けてしまったのだ。


 なんと声を掛けたのかもう覚えていない。その後のキリンの行動が記憶にベッタリと焼き付いてしまった。



 僕の肩を掴み、揺さぶり、抱きついた。先ほどのイヅナのように。しかし先に言っておくと、その行動にイヅナのような好意は籠っていない。ただ、活路を見つけたが故に感極まり、おかしな行動に出てしまっただけだ。


「やりました、やりましたよ師匠!」


「し、師匠?」


「私、これで名探偵になれるやもしれません!」


「え、えぇ?」


 何の脈絡もない抱擁。声に出さずとも聞こえる「いい顔いただき」の声。そして同じく聞こえる『……何してるのかな』という怒りの声。混乱でどうにかなりそうだが、何とかこらえてキリンを落ち着かせた。


「待って、落ち着くんだ!」


 キリンを引き離して、両の肩を叩き言った。幾分かマシになったように見える。


「探偵たるもの、いつでも落ち着かなきゃ、ハードボイルド、だよ」


「……は、はい! すみませんでした、師匠!」


「ところで、その師匠って言うのは……」


「もちろんコカムイ師匠のことです! 私に、名探偵としての道を示してくれました!」


 そう笑顔で言い放つキリンに、この状態じゃ”ハーフボイルド”どころかスクランブルエッグも厳しいかな、と思いながら、イヅナを今度はどうあやそうか思案していた。


 イヅナが僕の方に寄って、テレパシーではなく耳打ちでこう言った。


「……12.7秒」

「……何が?」


「アイツがノリくんに抱きついてた時間だよ」


 呼び名が「キリンちゃん」から「アイツ」に変わっている辺り、相当怒っていることがうかがえる。


「今日の夜だけど、最低でも10倍はお願いね?」


 10倍となると127秒……少なくとも2分はしろ、と。


 まあ、減るもんじゃないしそれくらいならいいか、とかやっぱり同じ部屋で寝るつもりなんだ、と考えながら、「明日、PPPのところに行ってきます!」とオオカミさんに言うキリンを温かい目で見ていた。



 そんな目で見ることが出来たのは、翌日、「師匠も行きましょう!」と言われることをまだ知らないからだった。

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