Chapter 005 帰ってきた(非)日常
5-54 その悩みは事件の予感
「なるほど、ここがPPPのライブステージなのね!」
屋敷から脱出して翌日のみずべちほー。そこにある本格的なライブステージを見て感激に浸っているのはこともあろうかアミメキリンだ。
「なんで僕たちが……?」
「元はと言えば、ノリくんがあのことを話したせいじゃない」
イヅナがたしなめるように言った。今日はロッジで僕とゆったりするつもりだったらしく、それを邪魔されてご立腹のようだ。それでも一緒にいる方がマシということで、二人でキリンの引率を務めている。
「そう、ここで私は、名探偵への第一歩を踏み出すのよ!」
「そう上手くいくのかなぁ……」
この場所で僕たちは一つの事件に巻き込まれるのだが、まずはここに来た経緯を話さなければいけないだろう。
その話は、屋敷から出た日、図書館からロッジへと向かう途中から始まる。
「――そろそろ機嫌直したら?」
「……博士がひどいんだもん」
図書館を発ち、ロッジに向かう途中の空、イヅナは今までに見たことがないほど膨れていた。
博士の説教か……イヅナだけにするから、って言って上の方の部屋でしたようだ。助手に足止めされて聞けなかったから、どんな内容だったのか気になるところではある。しかし、この様子を見るにいいものじゃなかったんだろう。
「あー、博士もなんだかんだ気にかけてくれてたんじゃないかな」
よく考えれば、イヅナがこんな風に拗ねているところを見たことはない。
「それでも、『あのしょっぱい味噌汁はお前のせいなのです』とか、八つ当たりみたいなことまで言われたんだよ」
……あの味噌汁のことか。考えようによってはそうかもしれない。
「気にするだけ無駄だと思うよ」
「うーん、それもそうだね!」
すると、イヅナが飛ぶ方向を突如こちらに変えて僕の左腕に抱きついた。
「わわ、どうしたの突然」
「だ、ダメ……かな?」
腕を抱きしめる力を強めて、潤んだ声でそう言われた。
「……別に、いいよ」
重心を大きく崩されながらのやせ我慢。飛び方の調整に神経をすり減らし、ロッジに着くころにはへとへとになっていた。
「コカムイさん! ……何事もなかったようで安心しました」
ロッジに入ると、こちらに気づいたかばんちゃんが声を掛けてくれた。
「かばんちゃんも話聞いてたんだ」
「はい。でも、ラッキーさんからの通信が入った後、『算段は付きました、お疲れなのです』って言われて、無理やりここに戻されちゃって……」
「博士も乱暴だね!」と僕の後ろからピョコっと飛び出したイヅナが一言。
「わっ! あ、イヅナさんも来たんですね」
イヅナも相手がかばんちゃんなせいか、博士の話をしていた時とは打って変わって声も表情も明るくなっている。
「えへへ、ノリくんがどうしてもっていうからついて来たの」
言い方が意地悪だけど、あながち間違ったことは言ってないから別にいいか。
さて、今日はここに泊まるつもりだけど、部屋は空いてるのかな。ロッジにお客さんが多くいるという話は聞いていないが、もし埋まっていたらどうしよう。
「アリツさん、いるー?」
「はーい、どうしました?」
呼んだらすぐに来てくれた。
「前に泊まってた部屋って空いてる?」
「はい、空いてますよ。イヅナさんはどこの部屋にしますか?」
「はいはーい! ノリくんと一緒の部屋がいい!」
「えっ、イヅナ?」
その言葉を聞くと、アリツさんはしばし考えるようなしぐさを見せて、次に見えたのは穏やかな微笑み。
「……ふふ、分かりました」
「でも、あの部屋ってベッド一つしかなかったけど……」
「それがどうかしたの~?」
わざとらしく少し間延びした声でイヅナが問いかけてきた。案の定分かってて言っているようだけど、どうしよう……まあ、ここはおどけた感じで流せたらラッキーなのかな。
「あはは、そしたら僕の寝る場所が無くなっちゃうよ」
「一緒のベッドで寝ればいいじゃん!」
「確かあの部屋のベッドは二人分の大きさがありましたよ」
「ほら、アリツカゲラさんもこう言ってるよ」
アリツさんからイヅナへの流れるような援護射撃で、着々と逃げ道が塞がれてゆく。アリツさんは静かに微笑んでいる。和んでいるのかどうかは定かじゃないけど、
面白がっている節はあると思う。
「でも……」
「どうして~? うふふ、もしかして――」
そこでイヅナは一度言葉を止め、僕の耳元に顔を寄せて、小さく息を吹きかけるように囁いた。
「一緒に寝ちゃったらいけない理由でもあるの?」
「……何のこと?」
「え……ふん、別に、気にしないで」
無反応が過ぎたのか、イヅナも今回は諦めたようで引き下がった。
「でも、何もないなら大丈夫だね、同じ部屋でお願いね」
「はい、分かりました、と言っても何か用意するようなものはないんですけどね」
私も料理が出来たらなぁ、と言いながら、アリツさんはどこかに行ってしまった。もしかしたら、部屋の掃除でもするのかもしれない。
それよりというかやっぱりと言うべきか、イヅナは最後まで同じ部屋で寝ることを諦めていなかった。この執念深さは一体どこから湧いて出てくるのやら。
「でも、夜まで結構時間あるね」
「今はー、2時くらいかな?」
窓を開けて身を乗り出し、目の上に手をかざして遠くを眺めながらイヅナがそう答えた。
そうか、まだ2時なんだ。結構あるどころか真昼だった。
「だったら、今までなにがあったのか聞かせてよ!」
ロッジに来たことを聞きつけたサーバルがやってきた。
「な、長くなるよ……?」
正直に言って話したい出来事じゃない。情けなかったり色々ときわどかったりと危ない話も混ざっているから、なんとか話を短くして切り抜けたい。
「だいじょうぶ、まだまだお昼だし、時間はいっぱいだからたくさん聞けるよ!」
「時間はいっぱいでも、サーバルはいいの……?」
「? ……あー、だいじょうぶ、ジャパリまんもたくさんあるから!」
僕の苦し紛れに放った言い逃れ紛いの心配をサーバルは”空腹の心配”と解釈したみたいで、カゴ一杯のジャパリまんをテーブルに乗せて一切の邪心のない顔で『準備OK』のハンドサインをした。
「いいじゃん、サーバルちゃんにも聞かせてあげなよ」
「……イヅナは、聞かせてもいいと思うの?」
「ほぇ、どうして? 何かまずいことでもあった?」
「イヅナは屋敷での自分の言動を振り返って、サーバルに聞かせちゃまずいことがあると思わないの……?」
そう尋ねても、イヅナは戸惑うように、首を左右にまるでメトロノームのように傾げ、肩をすくめて「分かんないや」と言った。
イヅナの無自覚な様子と話してもいいのかという葛藤に悩まされていると、サーバルから追撃が入った。
「教えてよー、気になるよー!」
「そうだぞ、面白いことはみんなに話さないと」
「そんなこと言われたって…………え、誰?」
「だ、誰とは失礼だな、忘れてしまったのか?」
突然別の方向から聞こえて来た声の方を振り返って、僕は更なる災難を予見した。
「お、オオカミさん……!?」
何気ない話の最中であれば、別段ここまで驚くようなことはなかった。しかし、今サーバルが僕から聞き出そうとしている話の内容が内容なだけに、余計に反応してしまった。
そして、オオカミさんもその過剰な反応を見逃すことはなかった。
「その様子、随分面白そうな話をしてるね、私にも聞かせておくれよ」
「お、オオカミさんにもですか?」
「ああ、もしかしたら、漫画のネタにできるかもしれないだろ?」
「……っ!?」
ここでも僕は多大なる余計な反応を見せてしまった。冷静に考えれば、『面白い話は漫画のネタになるから聞きたい』という至極真っ当な話だけど、余計な方向に神経を張り詰めていたせいで痛いところを突かれたようなしぐさをしてしまった。
二連続でそんな妙な反応を見せれば、獲物探しのごとくネタを手に入れようとしているオオカミさんの興味をこれ以上ないほど引くことは火を見るより明らかだった。
「……ふふ、ますます聞きたくなったよ、まだ何も言っていないのになかなかいい顔をしてくれるじゃないか」
「んんー? ……ああ、そういうこと」
オオカミさんの追及をどうかわそうかと考えていると、イヅナが納得の声を上げた。
確か、イヅナは僕の記憶を覗いたと言っていた。するとオオカミさんの『恋愛探偵』の話も知っているはずだ。今の話の流れとそれを合わせて考えると……
とにかく、例の『嫌悪感』のような何かがまだ僕の中に巣くっている以上、精神衛生上悪い状態になることは間違いない。その証拠に、イヅナの顔に”しめた”と言いたげな表情が張り付いている。
「話してあげよう? オオカミさんにとって『役に立つ』話のはず……だよ」
「ほう、それは楽しみだ」
二人は顔を見合わせ笑っている。
「じゃあ、どこから説明しようか」
最終的に僕の方が折れて、予定よりも詳しく説明をすることになった。
「私がノリくんをお屋敷に連れて行ったところから――」
どこから話そう。研究所の発見の下りからでもいいけど、そうなると『恋愛探偵』の話をした直後から説明が必要になって、結果としてほぼ全部話すことになってしまう。
「そうだね、雪山と湖畔にセルリアンが出たところからにしようか」
「えぇ!?」
不都合な部分を抜き取って話そうとするなんて、そんなことはさせない。これはささやかな仕返しみたいなものだ。
「詳しく話さないといけないから、そこはどうしても抜かせないんだ」
「う、その通りだね……」
言葉では同意してくれてるけど、渋々といった様子だ。
「セルリアンが出たのかい?」
「うん、しかも普通のセルリアンじゃなくて、両腕が鎌になった紫のセルリアンなんだ」
「紫の……ね。でも、それだけじゃないんだろ?」
「そう、二つの場所に出たセルリアンは全く一緒の形で、しかも石の中に――」
「え、え? かばんちゃん、話についていけないよー!」
初めに話を聞かせてと言ったサーバルを置いてけぼりにしてしまいながら、僕はキツネの姿や勾玉の実験、イヅナとの対決について話した。
「それで、残念ながらイヅナに眠らされちゃって、屋敷までー、って感じ」
「ふむふむ、屋敷に行った後はどうなったんだい?」
色々と重いイヅナについて話したくはない。丸投げして逃げてしまおう。
「あー、いや、それからはイヅナに聞いて」
「わ、私が!?」
「私は引き続き君から聞きたいけどね」
「と、とにかく、ここからはイヅナ! じゃ、僕はちょっと外に行くから」
「の、ノリくん! 待って!?」
イヅナが縋るような声で引き留めるけど、そんなものは気にしない。ここから先の出来事を理由も込めて詳しく話したりしてみろ、例の症状が出てくること請け合いだ。
そんな理由でロッジの建物から緊急離脱したはいいものの、緊急離脱らしくその後の行き先は決めていなかった。そんな訳で、どこに行こうにも行けず、部屋と部屋をつなぐ橋の上で何となく風を浴びていた。
「あら、貴方は……」
声を掛けられ、そちらを見ると網目模様のマフラーをしたフレンズがいた。どこかで見たことがある、何か衝撃的なことを言われたような……
「たしか君は……ええと、ヤギだっけ?」
「失礼ね、私はアミメキリンよ! それより貴方、誰だったかしら、誰かに似ているのだけど」
ここまで聞いて、キツネの姿のままだったことを思い出し、それを解いた。
「これで分かるかな」
「あ! 貴方コカムイね! ……待ちなさい、さっきの白い姿、もしかしてヤギの姿を隠していたの!?」
「ヤギじゃなくてキツネだよ」
白かったらヤギなのか……? それよりも、キリンはヤギに対して並々ならぬこだわりがあるように思える。
「そうなのね……」
キリンはどこかしょんぼりした沈んだ表情を浮かべている。少ない記憶の中にあるバカみたいに明るい様子は見られない。
「どうかしたの、落ち込んでいるようだけど」
「……そうね、一人で考えててもしょうがないわ」
数秒の間目をつむり、覚悟を決めたようにカッと目を見開き、僕をじっと見据えてこう言った。
「島の外から来た貴方を見込んで相談があるの」
その鬼気迫る言葉に、僕は息を呑み静かに次の言葉を待った。
「私は、どうしたら名探偵になれるのかしら」
どんな難事件よりも難しい謎が、そこに誕生した。
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