5-57 『犯人』はここにいる?
私の言葉に、キリンちゃんだけでなくPPPのみんなも驚きを隠せていない様子。
「なんか、探偵が事件を起こしてるような……」
ノリくんはちょっぴり呆れ顔。そんな顔もとっても素敵。
「イヅナ、一応理由を教えて?」
ノリくんにそう言われたら、断れる訳がないじゃない。
「分かったよ、キリンちゃんが、ずっとどこにいるか分からなかったの。だから、何をしてたか分からないよね」
「それは、アリバイがないってことだね」
「あ、え……ララバイ?」
「ああ、キリンちゃんは寝ててもいいんだよ、私が
「ね、寝る訳ないじゃない!」
アリバイも知らない名探偵が、どこの世界にいるのでしょう?
冗談はさておき、事件の捜査の基本は現場を調べることと聞き込み。まずは現場がどこかを知るために聞き込みをしよう。
「マーゲイ、CDはどこにあったの?」
「そこの、音響室……という部屋です」
「そう、ありがとう」
じゃあ、一度音響室に入って中の様子を確かめよう。
「ちょっと、私を差し置いて進めないでよ!」
キリンちゃんもついてくるみたい。私の邪魔ばっかりするんだから。
中に入ると、ステージの音響設備にCDプレイヤー、それと何故かお菓子の箱がテーブルに載っている。よく見るとフルルが持って来たものと同じだね。
床にも箱がある。ただ他のものと違って乱雑だから誰かが――大方キリンちゃんが――散らかしたんだね。
「ここ、一度入ったわ、ゴチャゴチャして大変だったの」
「ゴチャゴチャ、ね……」
ゴチャゴチャして、かゴチャゴチャにして、か。どっちでもいいけど、一番怪しいことに変わりないね。
ひとまずCD探しは置いといて、もう一度マーゲイに聞き込みをしよう。
「CDが無くなったことに気づいたのは何でかな?」
「そ、それはですね……」
マーゲイはその時の状況を語り始めた。
『お願いします、練習をさせてください!』
『コカムイさんから聞いてます、いいですけど、PPPの方をどうするか……』
『今日の所は自主練でもするわ、確か「CDぷれいやー」とか言うのがあったはずよね』
『それを使えばPPPもそれぞれの練習ができる……! では、取ってきますね』
「それでプレイヤーとCDを取りに行ったら、なぜか部屋が荒れてて、CDが無くなってて……」
「なるほど、そのCDを最後に見たのは?」
「ええと……今日の朝一番に来て色々練習の準備をしていた時ですね。その準備の途中にプリンセスさんが来ました」
「ええ、私も少し手伝ったから、朝にそれを見ているわ」
つまり、無くなったのは今日の朝以降のこと。
「他のみんなは、その後にCDを見た?」
私が問いかけると、マーゲイとプリンセス以外の全員が否定した。
こんな言い方はよくないけど、犯行時刻は今日の朝、準備を終えて音響室を出てから発覚までのようだ。
「……あはは、どっちが探偵なんだろうね」
「そ、そんな! 師匠、私だってやれますよ!」
「やれる……ね。キリンちゃんがやったんじゃない?」
「そんなことしないわ、探偵だもの!」
キリンちゃんにCDを隠す動機なんてないしどうせ事故みたいなものだけど、一番大切な手掛かりを握ってるはず。これがマーゲイとかだったら聞きやすかったのにな。
「まあまあ、落ち着いて。探偵には落ち着きが大事って、昨日も話したよね」
「…………はい、覚えてます!」
「やけに間があったけど、大丈夫かな……?」
やる気だけあって物覚えが悪いのは考え物。さっきまで何をしていたかすら忘れられては困る。早めに言いくるめて聞き出そう。
「じゃあキリンちゃん、私たちと別れてここに来るまで、何をしていたか教えて?」
「……ふふ、分かったわ、そうあれは確か――」
「ついさっきのことでしょ、早く話しなよ」
「い、イヅナ……」
「ぐ、は、話すわよ……」
辛く当たる言い方にノリくんは何か言いたげで、少し凹んだキリンを見てさらに悲しげな表情をした。
ノリくんが優しいのは知ってる、だけど私以外にそこまで甘く振舞う必要はないのに。特に今日のキリンちゃんは無理やり私たちを連れだした挙句問題を起こしている。
こんな体たらくじゃ名探偵なんて夢のまた夢。ここらで身の程をわきまえるのが誰にとっても一番良いことに決まってる。
気づかぬうちにキリンを見る目が刺々しくなっていたみたい、一度こちらを見たそいつが逃げるように目をそらした。
「ええと、二人と別れて舞台裏に入った後、PPPとマーゲイを探して部屋を一つ一つ見て回ったの」
「さっき聞いたわ、もっと詳しく。部屋で何したの?」
「わわ、待ってイヅナ、そんな責めるような言い方ないよ……こほん。キリン、部屋で何か変わったことがないか、思い出してみて」
私の詰問を止めて、優しい声で、怖がらせないようゆっくりとキリンに語り掛けている。
なんで、そんなにその子に優しくするの?私は悪い子なの? 悪い子だから優しくしてくれないの?
屋敷で掛けてくれた言葉も、私から自由になりたいだけだったのかな。
どうしてキリンばっかり、ノリくんのことを誰よりも考えてるのに、こんなバカみたいな騒ぎ、全部私に任せてノリくんは寛いでいてくれればいいのに。
なんで、なんで――
「イヅナ、イーヅナー、おーい」
気が付くと、ノリくんが目の前で手を振って私の名前を呼んでいた。
「ごめんね、考え事してて……」
「いいって、キリンから一通り聞き終わったよ」
そっか、私の代わりに聞いてくれてたんだったね。考え込みすぎて忘れかけてた。でもそんなことより、私は不安で仕方ない。
「ねえ、私、悪いことした?」
「え? ……誰も悪くないよ。強いて言えば、運が悪かった、とか? ……あはは」
「そう、だね、誰も、悪くないよね」
誰も、悪くない。だから、私も悪くない。
「そうだ、キリンは特に物をいじることはしなかったけど、一度音響室で躓いて、その時物が散らかったかもしれないってさ」
「絶対その時だよ、態々隠しちゃって……」
「あ、はは……恨みは深いね、PPPのみんなにも聞いてみる?」
「……必要ないと思う、それよりCDを探しましょ?」
「それもそっか、じゃあ僕から手伝いを頼んでくるよ、イヅナは先に探し始めてて」
ノリくんはみんなのいるところに行ってしまった。すぐ一緒に探して欲しかったけど、キリンに頼む役は任せられないから仕方ないや。今からノリくんの所に行っても、何もなさそうだし。
「ホント、物も事もややこしくしちゃって……」
CD探しの第一手は、音響室の片づけでした。足の踏みどころも分からないほど床に散らばった箱にコード。一体何が起きればここまでひどい状況になるのか想像もつかないな。
箱は重ねて机の上に、コードは束ねてカゴの中。とても時間のかかる作業で、いつの間にかノリくんも手伝いに来てくれていた。
『キリンちゃんはどうしてる?』
『聞き込み。自分でしないと納得できないってさ』
私には、少しでも探偵気分を味わいたいがための聞き込みにしか見えなかった。大人しくCDを見つけるのが最も賢いと思う。
『でもこの様子じゃ、キリンには片づけさせない方がいいかもしれないね』
『……だね、きっともっと散らかすに決まってる』
どうして探偵になんてなりたがるんだろう。事件なんて起きないのが一番なのに。
『人探しとか、失くし物とか、事件じゃなくても探偵の出番はあるはずだって』
『なるほど……って、ノリくんも私の心読んだの?』
『なんとなくだよ、無闇矢鱈に読んだりしないさ』
なんだ、残念。私みたいに隙あらばテレパシーで心を読んでたって文句ないのに。むしろうれしいのに。それでも最近ノイズがかかったりするのは「読まれたくない」という感情が関係してるのかな。
ノリくんには、いつもいつでも私のことだけを考えてほしい、私の全てを知ってほしい。でも、この想いは読み取ってもらえないんだろうな……
「……あれ?」
予想外のものが出てきて、思わず声を出しちゃった。これは何だろう、何かの包み紙みたいだ。
「何か見つかった?」
「えっと、これだよ……」
それをノリくんに渡した。ノリくんはそれを眺めて記憶と照らし合わせている。……あ、何か分かったみたい。おもむろに立ち上がって、机に乗せたお菓子の箱と包み紙を見比べている。
「やっぱり、このお菓子の殻だよ」
納得する言葉とは裏腹にノリくんの表情は訝しげだ。
「何か、おかしいの?」
「ちょっと、ね……」
すると、お菓子の箱を一つ一つ念入りに調べ始めた。上面底面を確かめて、側面も見るだけでなく触って確かめている。何故か十数個もある箱を全て調べ終え、それでも表情は曇っている。
「もう捨てちゃったのかなあ……」
「ノリくん、何か気になるの?」
「気になるけど……後でいいかな、今はCDを見つけよう」
何が気になるのかは教えてくれないみたい。いいもん、勝手に覗き見するだけだもんね。
「…………」
『…………』
あれ、またノイズがかかって分からない。ひどいや、どうしてそんなに隠したがるの? 過去に考えてたことは読み取れないのを知っての仕打ちなの?
「覗き見は感心しないね」
「気づくってことはノリくんも覗いてたでしょ」
「あはは、まさか。イヅナが分かりやすいだけだよ」
「そ、そうなの?」
私って分かりやすかったのかな。だったら今日考えたこととか昨日考えてたあんなことやこんなことが筒抜けだったり……? は、恥ずかしい、もうお嫁にいけない! こうなったらノリくんに責任取ってもらうしか……!
「分かりやすいなぁ……」
その後も音響室の中をノリくんの記憶を探る時のように念入りにねちっこく調べたけど、どこからもCDは現れなかった。
「誰か、少しでも気になることがあったら言って! 何が重要な手掛かりになるか分からないもの」
「じゃあ、私が――」「僕から少し――」
キリンちゃんとノリくんの声が被った。羨ましい。
「じゃあ、ノリくんから」
「ちょっと、なんで私が後なの?」
「キリンちゃんの方が後だったから」
「そうだったかしら……?」
嘘はついてない。実際にキリンちゃんの方が優先順位は後だったもの。ノリくんがキリンちゃんから反発が出る前に話し始めた。
「音響室からお菓子の殻が出たけど、あのお菓子っていつから置いてあった?」
「昨日です、昨日ボスがいっぱい来て置いていったんですよ」
「赤ボス、本当のこと?」
「ウン、事情ガアッテ、”お菓子”ハ始メニ”みずべちほー”ニ持ッテ行クコトニナッタンダ」
事情はこの際いいや、その殻は多分昨日に出たんだね。だけど、それとCDに何の関係があるのかな?
「それが、何か?」
「食べたくなったんじゃない? わたしもお腹すいたー」
「ダメよフルル、それどころじゃないわ」
「とにかく、音響室になかったということは! 誰かがその部屋から持ち去った。それができたのはマーゲイとプリンセスの二人だけです!」
「キリンにも可能だよ」
「はうっ!? しかし、私は犯人じゃありません、なので犯人は二人のどちらかです!」
始まっちゃったよ。これじゃあ話が進まないうえに余計に混乱してしまう。
「そ、そんなことしません!」「犯人なんていないわよ!」
「だ、だったらどうして……二人以外に、誰が持ち出せたのかしら……」
キリンちゃんは誰かがCDを持ち去ったという考え方に固執してる。この視野の狭さじゃ、何も見えてなさそう……
そこに、ノリくんが再び声を上げた。お願い、このにっちもさっちもいかない状況をなんとかして!
「そう言えば、お菓子の箱は全部音響室に置いてあるの?」
「ああ、ボスたちが全部そこに置いていったらしい」
キリンちゃんのせいでヒートアップしてるマーゲイとプリンセスの代わりに、コウテイが答えてくれた。
すると、同じく熱くなっていたキリンちゃんが何かに気づいたように部屋の隅に視線を向けた。
「待って、あの箱は誰が持って来たの?」
「あの食べかけの箱? フルルが勝手に持って来たのよ」
「そう、ふふ、ふふふ……」
聞くにおぞましい不気味な笑い声を上げ、高らかに宣言した。
「分かったわ、CDを持ち出したのはフルルよ!」
「よりにもよってそんな訳――!」
「なら、確かめてみなさい」
キリンちゃんに言われるがまま箱の中身を見たプリンセスが「あっ」と小さく声を出した。
「どうやら、あったようね……」
「でも、どうしてフルルさんが?」と明らかに狼狽するジェーン。私もその気持ちはよく分かる。
……まさか、キリンちゃんが正しい推理をするなんて。
「それは私が説明するわ……そう、これが事件の真実よ!」
事件を締めくくる、彼女のクライマックスな推理が始まった。
Act.1
『事件は、私たちがみずべちほーに訪れることで始まった。
師匠たちとここにやってきた私は、探偵修行という言葉に浮かれていたの。
思えば、これが大きな失敗、探偵として反省すべき点だったわね。
浮かれた私は、一人で飛び出してしまったの』
Act.2
『私と逸れた師匠たちは、仕方なく舞台裏に向かったわ。
そこでPPPのみんなやマーゲイと挨拶していたのね。
だけど、そんな和やかな風景の裏で、事件は始まっていた』
Act.3
『一人になった私は、師匠たちとは違う入口から舞台裏に入った。
そして、PPPを見つけるために部屋を一つ一つ見て回ったの。
でも、そこでもう一つアクシデントが起きた。
音響室で足を滑らせ、そこにある荷物を散らかしてしまったの。
このとき、CDが食べかけのお菓子の箱の中に入り、そのまま蓋をされてしまった』
Act.4
『ここから、事件は加速するわ。
私が別の部屋を探し始めたとき、フルルが音響室を訪れた。
食べかけのお菓子の箱を持っていくためにね。
そして、その箱にはCDが入っていた。
そうとは知らず、フルルは箱を持って行ってしまったの』
Act.5
『そして、事件の発覚。
私がPPPの下にたどり着いて、それぞれの練習の話がまとまった。
そして練習のためにCDを取りに行ったマーゲイが、CDが無くなっていることに気づいたの。
こうして偶然にも、音響室にあるはずのCDが、別の場所に誰も知らないうちに持ち出されることとなった……』
『箱を持ち出したのはフルル。でも、箱にCDが入ったのは私のせい。つまりこの事件、発端は紛れもなく私だったの……!』
『Complete!!』
キリンちゃんの、クライマックスな推理は終わった。
「……話してて、悲しくならない?」
「うるさいわね! ともかくこれで解決よ!」
自分で起こした事件を自分で解決、とんだマッチポンプ探偵もいたものだね。
「でも、キリンちゃんのせいで大変だったんだよ、謝らなきゃ」
「あ、謝る?」
「そう、悪いことをしたら、すぐに謝らなきゃダメだよ」
「そ、そうね。その、迷惑を掛けたわ、ごめんなさい……」
「いいですよ、悪気があったわけじゃないですし、こうして無事に戻ってきましたし」
「しかし、お菓子の箱の中か、こんな偶然もあるものだな」
これで一件落着めでたしめでたし……かな?
「キリン、いい推理だったよ。事件の発端は別として、もう教えられることはない。免許皆伝だよ」
「そ、そんな! 師匠がヒントをくれたからです!」
「そうかもしれないけど、一つの事件を丸く収めた。キリンはもう立派な探偵だよ」
「…うぅ…あ、ありがとうございます! でも、まだ終わりじゃありません、まだまだ頑張って、いつの日か必ずや名探偵になってみせます!」
「……うん、頑張って」
二人の間に交わされた固い握手。まあ、これはこれで、いいのかな。
キリンちゃんはここに残って練習をするみたい。私たちはここらでお暇することにした。
「本当に、免許皆伝でいいの?」
「いいんだよ、元々教えられることなんてなかったから」
そうは言ってるけど、厄介払いを済ませたいだけだったり……ううん、ノリくんに限ってそんなことあるわけない。
「じゃあ、今日はもうどうする?」
「そうだね……あ、雪山に行こうよ」
「ゆ、雪山?」
予想外の場所に驚いてオウム返しになっちゃった。
「そう、二人には悪いことしちゃったでしょ、謝りにいかなきゃ」
「で、でも今日はいいんじゃ……」
恐る恐るノリくんの方を見ると、静かに微笑んで私を見ていた。ちょっぴり怖い。
「イヅナ、さっき言ったじゃん。『悪いことをしたら、すぐに謝らなきゃ』って」
「そういえば、そんなことも言ったような……」
「さ、行こ?」
ノリくんはキツネの姿に変わって、私をお姫様抱っこして無理やりに連れていく。
……こういう強気なノリくんも、大好き。
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