Chapter 004 想いは強く、願いは脆く
4-38 げぇむぼぉい・あどばんす
「えっとこうやって……うわわっ、でもまだ……ここだっ!」
強烈な必殺技がCPUキャラに炸裂、辛くもハードモードの敵に勝利を収めることができた。これもキタキツネのご教示のおかげだ。
「やるね……でも、もう一つ上があるよ」
「アドバイスありがと、キタキツネ、でもそれはもう少し後になると思うかなぁ……あはは」
「……いつまでやっているのかしら」
「いいじゃん、たまには羽目を外したくなる時だってあるんだよ」
「……それを言い続けてもう3日目ね」
「……キタキツネ、今度は対戦しようよ」
「わかった」
「聞きなさい」
ギンギツネの言う通り、雪山にお世話になって今日で3日目だ。おそらく今日で一週間が経つ頃だから、今日か明日には博士が呼びに来てくれることだろう。
「大体、そんなにダラダラしていいと思ってるの?」
「いいじゃない、簡単な料理は作るし、朝はちゃんと起きるし布団も片づけるよ、雪かきとかもお手伝いしたでしょ?」
「それはそうだけど……で、でも! それ以外の時間はどうかしら、ゴロゴロしてるかゲームしてるか、まるでキタキツネが2人に増えたようだわ!」
「……ボクだって、最近はちゃんとしてるよ」
いつの間にやら1人プレイを始めていたキタキツネが答えた。
「ゲームをやりながら言っても説得力ないわよ」
「まあ、でもまあ、楽しいし、2人とも仲良くなれたしさ」
たった3日と言えど、ある程度まとまった時間一緒に過ごせば、なんとなく人となりとか分かりやすい癖を知ることができる。
キタキツネはものぐさな性格で、ゲームが大好き。ここにそれしかないからだけど、格闘ゲームが大得意。今まで磨かれた技術と動物由来の勘とも言える類稀なゲームセンスには舌を巻くほかない。勘にのみ言えば、普段のよくある場面でもその片鱗を垣間見ることができる。
ギンギツネはしっかり者で、しゃきっとしてて、けれどどこか抜けている感じ……かな。考えることは苦手ではないし、理性的な方ではあるのだけれど。抜けているように見えるのは、ヒトとフレンズの常識の違いというものが原因かもしれない。
……とまあ、こんな感じに、注意深く見ていればこれくらいは分かる。伊達にゴロゴロしていたわけではないのだ。
「仲良く、なったのかしら?」
「なったよ、ほら、呼び方はともかく、ギンギツネ、僕に敬語で話すことなくなったでしょ?」
「まあ、そうね……」
「それって、打ち解けられたからじゃないかな」
「――ふふ、どうかしらね」
なぜか、鼻で笑うようにそう言われてしまった。
「あそこまでダラダラしているのを見たら、なんだか敬語を使う気にならなくなったわ」
「……むむ、ひどいや」
「うん、ギンギツネ、ひどいんだよ。いっつもいい所でげぇむをやめさせようとしてくるの」
「それはあなたが夜遅くまでやってるからよ」
「……ボクたち夜行性だよ」
「ともかく、一番の盛り上がりで止めるなんて、悪魔の所業だよー!」
「……そうだ、そうだー」
微力ながらもキタキツネが加勢してくれた。ギンギツネをからかうのはささやかな楽しみになっている。
「あ、あなたたちねぇ……! はぁー……」
ギンギツネは、苦笑いをした後大きくため息をついて、心なしか穏やかな顔になったように見えた。
「……でも、元気が戻ったようで何よりね」
「え?」
「あら、覚えていないの? ここに来た時、本当にひどい顔だったわよ」
「え、そうなの、キタキツネ?」
「うん、『全クリまでやりこんだゲームのデータが消えたとき』みたいな顔だった」
「また分かりにくい例えね……」
「そ、そんなひどい顔してたんだ……」
「……通じるのね」
だけど、『セーブデータが消えた』という表現は言い得て妙なのかもしれない。僕はこの島に来る前の記憶の一切を失っている。脳内のセーブデータが丸ごと消されてしまった。あまつさえ新しい名前を付けられている。まさに『強くてニューゲーム』と表現してもいい状況だ。
「だけど、元気になってよかった」
「心配してくれてたんだ、ありがと、キタキツネ」
しかし少し落ち着いて思い起こすと、イヅナの記憶にあった『自分』の服装と、今僕が身に着けている服は異なっている。多分イヅナが着せ替えたと思うんだけど、学校の制服のような恰好から、白を基調とした和風な洋服みたいな服に変わっている。
それも相まって、今ここにいる『狐神祝明』と、かつて外にいた『自分』が同一人物に思えない。記憶を失くしているから当然ということではなく、例え記憶を全て取り戻したとしても、僕はかつての『自分』に戻ることはできないだろうとなぜか直感している。
「でも、何があってあそこまで落ち込んでたの?」
「……やっぱり、気になる?」
「え、ええ」
普通ではないほど落胆していたそうだから、並大抵のことではないと気になるのも仕方のないことだ。
「まあ、そうだよね……ふぅ」
「…………」
ギンギツネは固唾を飲んで次の言葉を待っている。
「……あ、キタキツネ、調子はいい?」
「うん、絶好調」
……あ、倒した。最高難易度というのによくやるものだ。
「教えてくれないの!?」
「え、教えてほしいの?」
「べ、別に言いたくないなら無理しなくてもいいけど……」
僕が突然キタキツネに話しかけたときのギンギツネのあのびっくりした顔! とっても面白い。
「全く、こんなことして楽しいのかしら?」
それが顔に出ていたようで、ギンギツネに呆れるようにそう言われてしまった。
「うん、キタキツネとゲームしてると楽しいよー」
「そ、そうなんだ……えへへ、うれしいな」
「……で、私はどうなの」
「ギンギツネはー、……面白いよ」
「……どういう意味なのかしら」
「あ、あははー……」
そうこう話しているうちにお昼時になった。僕は今日も簡単な料理を作った。今日作ったのは具の少ないカレーのようなもので、ジャパリまんに付けて食べられるようにしてある。この食べ方は、前にゆうえんちでやったお祭りの時に披露されたものだ。
「もぐもぐ……」
「なかなかのものね、いつものジャパリまんでもこれを付けるだけで大違いだわ」
2人ともいたく気に入ってくれたようで、こちらも嬉しい。料理に関してはまだ火を点ける動作がぎこちないけど、それ以降の作業はもうスラスラと行うことができる。
なんだろう、フレンズ化の恩恵だったりするのかな? フレンズになる前にでも、自分ひとりで料理を作る機会でもあればフレンズ化前後の違いが分かったんだけど、残念だ。
「料理も、おいしくなったね」
「そう言われても、3日しか作ってないよ?」
「……ああ、そっちも気づいてなかったのね」
「それって、どういう……?」
そっちもと言われる辺りで、うっすらと話の流れが見えてきて冷や汗が流れた。
「あなたが最初に作ったの、ひどい出来だったわよ」
「すごく、しょっぱかった」
「それでもって、作ったあなたが食べて失神したんだから、片づけが大変だったのよ」
「……そうだったんだ、ごめん」
「いいのよ、別に」
雪山に来た翌日の記憶が曖昧なのはそのせいだったのか。
その後、今日のまともなカレーを食べきってギンギツネと一緒に食器や調理器具を片づけた。
「コカムイさん、この島に来てどれくらい経ったの?」
「ええと、大体一か月だとは思うけど……」
念のため日記を確認してみたら、昨日書いた日記は23日目のものだ、とすると今日は24日目ってことになる。
「細かく言えば少し短いけど、大体一か月だね」
「ふう……色々あって大変じゃない?」
「そりゃまあ、短い間に本当にたくさんのことがあって……」
一か月も経っていない、とても短い間だ。その間しか、僕は『狐神祝明』ではなかった。なのに、『狐神祝明』としてのアイデンティティが今ここで崩れそうだ――などと言うのは滑稽だろうか?
「まだまだ、僕がどんな人間か自分でもよく分からなくてさ」
名前も知らない『
「何か悩んでるなら聞くわよ?」
「話せるような悩みは、ないかなぁ……」
おいそれと話せるような悩みじゃないからね。イヅナと面と向かって話をして、決着をしなきゃいけない。
「そういえば、イヅナちゃんはどうしてるの?」
「うぇ、イヅナ?」
ちょうどイヅナについて考えているところにその名前が出てきて、ちょっぴりビクッと反応してしまった。
「イヅナは今ちょっと、自由奔放に旅してる」
「へえ、そうなのね」
「だから、あの祭りの日からあんまり会えてないんだよね」
「……イヅナちゃんって何の狐なのかしら、『イヅナ』っていうのは動物の名前じゃないわよね」
口が裂けても狐の幽霊だなんて言えるわけがない。
「それは、今調べてるとこ」
「あら、そう……イヅナちゃん、今何してるのかしらね」
「さあね……」
僕が最後に見たのは3日前だけど、ヘラジカさんのところに数日いて、その後図書館に来るまで何をしていたか不明瞭なんだよね。イヅナが来たタイミングも丁度いいのが怪しい。
「――悪さしてないといいけど」
――イヅナの目的か。
記憶の中ではフレンズになりたい、って言ってた。
それだけじゃないっては分かるけど……いや、イヅナがこの島に来た最初の目的はもう達成されたと考えるべきだ。
となると、その後にしたいことがあって、そのために今動いているとしよう。
よし、手帳も使って整理しよう。
イヅナがやった大きなことといえば、ボートを壊したのと、僕に彼女の記憶を見せたことだ。
『理解してほしい』という趣旨の発言、さらに記憶の中で『自分』に執着しているような言動があった……それを顧みると、僕をこの島に引き留めようとしている……のかな。
「外に出たって、僕には何もないのに」
そんな言葉が、口をついて出てきた。
半分は自嘲の言葉、もう半分はここまで対策をしてもまだ足りないと感じているイヅナへの言葉だ。
――ホント、オーバーキルだよ。
ふと、キタキツネと目が合った。
「……なんで泣いてるの?」
「え……? ああ、今日は遅く起きたから、まだ眠いのかもね」
「ねえ、今度は対戦しよう?」
「……ごめん、気分じゃないや、後でね」
翌日の早朝、僕は足にかかる衝撃と共に乱暴に起こされた。その起こし方からして、いつも起こしてくれるギンギツネではないと、起動前の頭でも考えることができた。
目を開けると、いかにも偉そうに博士が仁王立ちしていた。博士にもっと身長があれば、威圧感も出せたことだろう。
「……うう、博士、なんで?」
「やれやれ、自分で頼んでおいてそれですか? まあ、いつかのように地べたで寝ていないだけマシというものです」
「ふあぁ……ごめんごめん、準備するね」
「呑気なものです。尤も、いつまでも落ち込んでいるのも考え物ですがね」
「……ん、なにか言った?」
「なんでもないのですよ、さあ、早くするのです」
手帳、ペン、勾玉、その他一式……問題ないね。
「えっと……よし、じゃあ、2人に一声――」
「まだ寝ているのですよ」
「来るの早すぎるよ……って、まだ太陽昇ってないじゃん!?」
やけに暗いと思えば、そこまで早かったのか。
「はぁ……あまりうるさくすると起こしてしまうのですよ?」
「……じゃ、メモでも残してくよ」
書置きを畳んだ布団の上に置いた。
「読めるのですか?」
「さあ、なんとかなるんじゃない?」
もし読めなくても、雰囲気で察してくれることを祈ろう。
「……では、行くとしましょう」
赤ボスを自分の前に抱えて、以前のように博士に僕を持ってもらいながら、空を飛んで研究所まで向かった。
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