4-39 ラボラトリー


 ロッジの南の海岸近く、ツタを出すセルリアンの出没が記憶に新しい森の中。木々の合間を縫って目を凝らせば、そこから港を見ることもできるだろう。その森の中に隠されるように建てられた研究所に到着した。


 そこにはすでにかばんちゃんと助手がいた。かばんちゃんの方は眠そうな顔をしているから、助手に無理やり起こされてしまったのだろう。


「……ぁ、おはようございます、コカムイさん」


「おはよう、かばんちゃん。……眠そうだね」


「はい、でも大丈夫です」


「無理はしないでね」


 かばんちゃんにそう言うと、助手が一言、

「無理をするという意味では、お前の方が心配なのですよ、コカムイ」

と言った。


「え?」


「そ、そうですよ、大丈夫なんですか?」


「か、かばんちゃんも……?」


「コカムイ、あの味噌汁のこと、まだ忘れていないのですよ」


「博士までぇ!?」


 そんなにしょっぱかったのかなぁ……?


「まあ、元気に反応できるならマシになったのでしょうね」





「じゃ、早く入ろうよ」


「もう開いているのですよ」


「え、そう?」


 扉に近づくと勝手に開いた。自動ドアのようだ。


「でも、ロックはどうなったの?」


「ボクが解除して、いつでも開けられるようにしておきました」


「そうなんだ……かばんちゃんも見ていく?」


「はい、ボクも気になりますから」


 入り口をくぐって、ようやく研究所に入った。


 研究所の中は壁も床も天井も真っ白だった。規則的に黒い線が入っているけど、反射で眩しくてかなわない。


 少しして、ようやく目が慣れ建物の様子を見ることができた。


 博士と助手も続いて中に入ってきた。


「なるほど、これが研究所というやつですか」

「面白いものがありそうですね、博士」



 まず最初に目についたのは、奥にある大きなモニターだった。その下には、キーボードのような操作盤がついている。視線を動かすと、いくつかの扉が見えた。おそらく分けられた部屋があるのだろう。さらに階段や印刷機なども見ることができる。


 大きな机が置いてあって、その近くを一体のラッキービーストがあっちこっちと忙しなく動いている。机は綺麗になっているけど所々ホコリを被った棚もあり、掃除は行き届いていないみたい。



「コノラッキービーストハ、ソーラーパネルヲ起動シタ時ニ再稼働ヲハジメタンダ」


「じゃあ、一週間前からここの掃除をしてたんだ」


 たった一週間、一体でこの建物のすべてを綺麗にしろ、というのは酷というものだ。むしろよく一週間もの間ひとりぼっちで頑張ったものだ。しかし、ラッキービーストに独りを寂しがる心はあるのだろうか。



――愚問か。






「ジャア、ヲ起動スルヨ」


 赤ボスがモニターに近づき、なにやら通信を始めた。そしてすぐにモニターに電源が入って、文字が表示された。


『Japari Park Central Research Institute :Kyoshu Area Section』


「ジャパリパーク中央研究所キョウシュウエリア支部」と書いてあるようだ、多分。


 その文字が消えて、次に『JPCRI』というロゴが現れた。それもまもなく消えて、真っ白な画面に変化した。


 するとスピーカーらしき機械から、ラッキービーストによく似た声が聞こえてきた。



『こちらは、ジャパリパーク中央研究所キョウシュウエリア支部です、アクセス権の認証をしてください』


「認証……?」


「あ、多分ボクのラッキーさんにお願いすればできると思います」


「まかせて」


 かばんちゃんのボスが光って、それに連動してモニターにもウィンドウが表示された。そこにゲージが表示されて、処理が進むのと共にパーセンテージが上昇していく。



『通信中、通信中……「暫定パークガイド かばん」を認証しました、データベースへのアクセスを許可します』


 画面が目次に遷移した。『マップ』『フレンズ』『施設』『製造』『研究』などの項目が箇条書きになって並んでいる。



「どうやって操作するの?」


『そちらのタッチパッドで、カーソルの操作を行えます』


 言われた通りにタッチパッドに触れると、本当にカーソルを動かせた。どうやら、ノートパソコンにあるようなものと同じ要領で動かすことができるみたいだ。


 何を調べようか悩んでいると、博士がコンピューターに質問をした。

 

「この”こんぴゅーたー”とかいうものでは何を調べられるのですか?」


『…………』


 コンピューターの中のラッキービーストは博士に反応しなかった。代わりに僕が聞いてみることにした。


「ここでは何を調べられますか?」


『はい、まず大きな五項目について説明いたします』


 今度は反応してくれた。博士は不満そうにしている。


「コイツもヒトにしか反応しないのですか……」


「まあまあ、とりあえず聞こうよ」


 五項目、というと恐らく箇条書きになっている五つのことを指しているはずだ。



『初めに、「マップ」――これはキョウシュウエリアの地図、もしくはジャパリパークの他のエリアの地図を表示いたします』


 地図と言えば図書館にあった「ジャパリパーク全図」がある、これと何か違う点はあるのだろうか。


「それは、この本にあるのと同じもの?」


『こちらの「マップ」は、本部のデータベースを参照し常にアップデートされており、天気予報も行うことができます』


「うわぁ、比べ物にならないほどハイスペック……」


「コカムイ、とは何なのですか?」


「ああ、それはこれからの天気を予測したもので、知ってる限りだと一週間後の天気くらいは予測できたはずだよ」


「むむ、ヒトというのは興味深いことをするのですね」



『続いて「フレンズ」、これはこの島にいるフレンズの種類や大まかな生息地、健康状態を知ることができます』


「え、どうやって?」


『各地にいるラッキービーストより、リアルタイムで情報を受信しています』


「……特定のフレンズを追跡することってできる?」


『はい、可能です』


 とんでもないことだ、この研究所は名実ともにこの島の中枢機関であることに間違いはない。



『「施設」、これはこの島にある人工、天然を問わない建物あるいは地域の状態を知ることができます。こちらもラッキービーストと情報を共有し、セルリアンの出現状況も確認できます』


「セルリアンも……」


「そんなことが可能なのですか……!?」


 助手も驚いている。しかしフレンズの状態を知れるなら、セルリアンの情報も手に入れられることに何ら違和感はない。


『「製造」、これは主に原材料の生産、ジャパリまんの製造の状況を確認できます』


『「研究」の項目では、この研究所で行われた実験や研究の報告データ、そして学会に提出された論文を閲覧することが可能です。そして必要ならば、これまでの項目全ての情報について、印刷をすることが可能です』




「……なるほどね」


「コカムイ、お前は分かったのですか?」

「我々でも少し混乱しているのです」


「すみません、ボクもちょっと……」


「そっか……使ううちに慣れたりしない?」


「慣れることができるなら、問題はないのですが」

「如何せん、あいつ我々には反応しないのです」


 それが一番ネックになるところだね。もしかしたら博士たちじゃ操作すらできないかもしれない。


「とりあえず、操作できるか試してみてよ」


 博士がタッチパッドに触れると、ごく普通にカーソルが動いた。操作の可否という点については杞憂だったようだ。








「では、どうするのですか?」


「うーん、研究についてみる前に、やってみたいことがあるんだ」


「というと?」


「まあ、見てて」


 僕は『フレンズ』の項目を開いて、コンピューターのボスに話しかけた。


「イヅナを追跡してくれるかな」


『……「イヅナ」というフレンズはデータベースにありません』


「え、データベースにない?」


『追跡対象の分類に沿った名称、あるいは学名を指定する必要があります』


「イヅナの学名……一体どういう名前なのでしょうかね?」


 イヅナはもともと幽霊で、妖怪とかその辺りの類だから、学名とか分類とかつけようがない。そこまで細かく指定されたら事典でも引っ張ってこないと言えそうにない。


「なんとか、特徴で指定できないかな? その、「体毛が白い狐」とかさ」


『申し訳ありません、そのような追跡は不可能です』


「ええー……」


 便利だなと思ったけど、意外と融通の利かない機能だ。


「コカムイ、どうしますか?」



「仕方ないや、研究の項目を見よう」


 その項目には、様々な分類に分けられた実験記録や報告、論文が保存されていた。題名を流し見していくと、提出された日付がもっとも最近のものを見つけた。


「ねえ、この記録の日付は?」


『これは、2か月前の記録になります』


「2か月前……」


 恐らくその時点でこの島にもうヒトはいない。ならば他の場所で行われた実験の記録ということだ。


「この記録を提出した研究所はどこ?」


『ホートクエリア研究所です』


「ホートクエリア、ってことは……」


「そこに、まだヒトがいる可能性が高いって事ですね!」


 この情報に素早く反応したのはかばんちゃんだった。彼女にとって、ヒトが生存している場所があるという情報はこれ以上ない吉報だろう。


 しかし、ホートクエリアというとこのキョウシュウから遠く離れていると書いてあった気がする。


「ホートクエリア以外に、ヒトが居る地方はどこ?」


『2ヶ月前の時点で、キョウシュウエリア以外の研究所は問題なく運営されています。巨大セルリアンの脅威に関連し、現在キョウシュウエリアへの立ち入りは禁止されています』


「じゃあ、他の場所にはヒトがいるんですね」


 異常なのはむしろこの島だった、ということか。しかし、立ち入り禁止のエリアにある研究所を開放して、なにか問題などは起きないのだろうか? それに、『2ヶ月前の時点』という表現も気になる。


『現在、何らかの理由にて本部、他の研究所との通信が断線されています』


「じゃあ、通信はできない、と」


『この島の施設で完結する機能は問題なく作動していますが、新たな記録の受信、送信、他エリアの施設との通信は不可能です』


 少し前まではどこも大丈夫だったらしいけど、今の状態は分からない。この島に巨大セルリアンが現れたのも突然のことだった。何が起こっていても不思議ではない。特に、サンドスターなんて常識外れの物質が存在しているところでは。




 ――サンドスター……?


 何か、何かが引っ掛かる、大事なことを忘れているような……。



 キョウシュウエリア支部の記録の題名を一通り見ると、頭に引っ掛かっていた物の正体が分かった。


「サンドスターについての記録がない……?」


「――なるほど、確かに見当たらないのです、ですが、それが何か?」


「前に、図書館にあった『建設計画』……だったっけ? それに『サンドスターの保存』って研究項目があったんだ」


 それを思い出し、この研究所から提出された記録を『サンドスター』のキーワードで検索した。しかし――


「この通り、サンドスターに関する研究結果は出てこない……ねえ、サンドスターの研究について、閲覧することはできるかな?」


『暫定パークガイドの権限では、その資料の閲覧はできません』


 なるほど、権限が足りなかったということか。なんとかして見たいものだけど、何か方法はないだろうか。



「かばんちゃん、頑張ってもっと偉くなれない?」


「えぇ!? む、無理ですよ……」


 まあ、そりゃそうか。


 しかしなんというか、肝心なところで役に立たなかったりするのはこっちのAIみたいなやつも赤ボスたちも変わらないものだ。


「サンドスターについての資料がそんなに重要なのですか?」


「あ、ああ……まあね」


 特に気になることが一番多い分野だからね。



 ぽつりと、博士がつぶやいた。


「……カードキーはどうでしょう」


「……?」


「カードキーならあるいは、いけるかもしれないのですよ」


「じゃあ、試してみよっか」


 博士からカードキーを受け取って、少し迷った後赤ボスにカードキーを読み取らせてメインコンピューターと通信してもらった。



『カードキー読み込み中……ライセンスレベル最大、認証しました』


「え、えっと……見れる?」


『只今表示します』


 一瞬のうちに『サンドスター』のキーワードを持つ記録がずらりと画面に表示された。


「物は試し、ですね」


「……本当にいけたよ」


 ここまでくると、セルリアンの体内からこのカードキーを引っ張り出したイヅナがいよいよ何者なんだと本気で考えてしまう。


「……よし、見てみよう」



 僕は、一番上の記録にカーソルを合わせ、そのファイルを開いた。



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