0-37 イヅナの思い出 終編




――『カミサマって、なに? カミサマは、私たちを守ってくれるの?』


『何かと思えば、中々難しい質問じゃな。……そうじゃな、守るというよりかは救う、カミサマとは、我々を救う存在じゃ』


『救うのと守るのって違うの?』


『その通り、似ているかもしれないが、儂は別物だと考えている』


『……よくわかんない』


『簡単じゃ、「救う」ということは理解できるか?』


『う、うん……そっちは、なんとか』


『……難しいかもしれんが、神を守るのは我々の方なのじゃ』


『どうして?』


『いくら神と言えど、その神を信じる者なしには存在できない。神を信じ、その心の中で「守り続ける」。それが、我々にできることなのじゃ』


『……むずかしい』


『はは、別に「神」というのは物の例えじゃ。それはある人にとっては偉人や格言かもしれないし恩師かも知れない、はたまた神そのものかもしれない』


『カミサマを信じなくてもいいの?』


『お前が信じ、心の中で守っているもの、それがお前の「カミサマ」じゃ。それが宗教上の「神様」である必要はない』


 私はその意味が分からなくて、首を傾げた。


『――「カミサマ」というのは人それぞれが心の中に持つ一つの絶対的な存在じゃ。「神様の教えに従って生きる」「この言葉にふさわしくなれるように生きる」といったな……大事な人やものとは少し異なった、ある種の憧れの対象……それは自分と対等ではなく、自分の上にある存在なのじゃ』


『……んー?』


『ふ、まだ寝惚けておるのか?』


『ち、違うよ! もうわかったもん!』


『ははは、それはよかった』――







私が見つけた可能性。それはこんな資料の中に隠されていた。


『双頭の動物のフレンズ化における現象についての報告』


 この中にあった記述について一部を引用して紹介することにしよう。


『xxxx年01月27日 ジャパリパークキョウシュウエリア内で双頭のヤギが保護された。健康状態は悪くなく、より注意していれば直ちに問題はない状態だったため、研究所近くで保護観察を行うことに決定した。』


中略


『xxxx年02月25日 キョウシュウエリアにて火山の噴火が発生、大量のサンドスターが放出された。これによりフレンズが増えることが予測されるため、当エリアの職員はしばらくの間フレンズの数や種類、珍しい行動に特に配慮する。』



『xxxx年02月26日 ジャパリパーク中央研究所キョウシュウ支部の付近で保護観察を行っていた双頭のヤギにフレンズ化の反応が見られた。それだけでなく、他のフレンズに見られない極めて稀有な現象も確認されたので、それらについて整理し、追って報告する。』



『xxxx年03月02日 双頭のヤギのフレンズ化についての報告 

 件のヤギは、フレンズ化に際して2人のフレンズに分裂した。互いに同種のヤギのフレンズであり、持つ身体的特徴に一切の違いは見られない、双子のような状態である。また件の個体は2つの頭でそれぞれ異なる食べ物の好みを持ち、分裂した2人のフレンズも同様の違いを有していた。』



『xxxx年03月03日 双頭のヤギのフレンズ化についての簡素な考察

 まず双頭の動物が双子のフレンズに分裂したことについて、これはサンドスターとの反応の際、動物がもつ「意識」もしくは「自我」の数を「動物の数」と認識しフレンズと変化したと推測できる。よってこの現象は、動物に複数の自我もしくは意識がある場合、つまりヒトの多重人格に近い現象が起きている場合、同様にフレンズ化に際して同じ現象が起きる可能性を示唆している。

 そして異なる草の好み、これは前より考えられてきたフレンズ化以前の記憶、これを持っている可能性の根拠になりうる。ただしすべてのフレンズに同様の傾向がみられるわけではないので、これについては熟考の必要がある』



『xxxx年03月13日 双頭のヤギについて、さらなる研究のためにゴコクエリア研究所へと移送することが決定した。よってこの報告はこれにて完結し、以降の研究についてはゴコクエリア研究所にて報告書を新たに作成することになっている。』



 ここまで読んだ上で、特に注目してほしい部分はこれだ。


『多重人格に近い現象が起きている場合に同じ現象が起きる可能性』



 同じ現象というのは、2人のフレンズになったことだ。もし私がただの動物や妖怪の類だったならば、流し読みするか感心するかで終わっていた所だろう。しかし、私はそんな存在ではなかった。


 私は化け狐、とりわけ管狐と呼ばれる種族だ。管狐を従える者を飯綱使いとも言うが、彼らは使役する狐を他人に取り憑かせることができる。人にとり憑いている状態、すなわちそれは1人の体の中に複数の意識がある状態であり、この双頭のヤギと同様の状態である。


 ともすれば私がすべきことは、外の世界でとり憑く人間を探し、その体でジャパリパークへと舞い戻り輝きをその身に浴びることなのだ。


 しかし、誰でもいいというわけではない。幽体と違い、人の体は空を長く飛ぶことは難しい、精々連続で2時間程度が限界だ。ならば船で向かうことになるが、化け狐は連続して人にとり憑き続けるということができない。正確に言えば、とりついた状態でその人間の意識を乗っ取るにも限度があるということだ。


 だが、こちらはとり憑かれる人間との相性によって、乗っ取る時間を際限なく伸ばすことができる。相性が最高に抜群な相手の場合、理論上その体がもつ限り半永久的に乗っ取り続けることが可能になる。



 だから私は魂の相性が良い人間を探すのを目標にした。でも、長く神社に戻ってきていない。生半可な状態で戻ってくるなと言われたけど、長い間誰とも話せず、とても寂しかった。いくら叱られても構わない、神主様と、ポン吉とお話がしたい。私は懐かしの神社にようやく戻ってきた。



 私が神社に着いたとき、ポン吉が箒を持って境内を掃除していた。


「……っ! い、イヅナか?」


「うん……えへへ、帰ってきちゃった。神主様に、叱られるかな?」


「え、ああ……神主様が見たら、怒られちまう、かもな」


 ポン吉はちょっぴり挙動不審というか、そわそわしている。


「ねえポン吉、神主様はどこ?」


「っ、あ……いない」


「え、そう……買い物?」


「…………」


「ふふ、なんというか久しぶりだね、元気にしてた?」


「まあ、な……」


「神主様ったら、私が帰ってきたってのにどこ行っちゃったんだろ? 戻ってくるまで待ってよーっと」


 そう言って私は賽銭箱の前にある階段に腰掛けた。


「…………ぇよ」


「……? 何か言った?」


 ポン吉の顔を覗き込んでみると、その両目から涙が頬に一本の線を描き、地面の石畳に小さなシミを作った。


「神主様はもう、帰って、来ねぇよ」


「……どういう、こと?」


「……死んじまった、2ヶ月前に、急死した。……年だったのかもな」


「……やな冗談、ポン吉、神主様はどこ? 元気なんでしょ?」


「冗談なわけ、ねぇだろ……神主様は、土の中だよ」


 人差し指を地面に向けて、やるせないようにポン吉は吐き捨てた。今になって神社の様子を見ると、掃除自体はされているけど、人が来たような形跡が一切見られない。


「周りの人達は悲しんだし、亡くなってすぐのうちは来てくれたりもしたよ。だが、神主のいない神社に継続して来るような奴なんて、よほどの物好きだけだ」


「……妖怪とか、幽霊の子もいないね」


「まあな……普通の神社ならいないんだ、元に戻ったんだろ」


「…………」



 私が持っていた淡い希望も、神主様の衝撃的な死去の報せにその小さな光は霞むように消えてしまった。丸3日間、何をするというわけでもなくただ呆然と縁側に寝転がって、太陽と月が出て沈むのを眺めていた。



 そしてそのまた次の日のことだった。


「イヅナ、お前はどうして戻ってきたんだ? お前の方で何かあったんだろ」


「……もう、どうでもいいの」


 恩返しもできないまま、神主様はいなくなってしまった。きっと、何かしなければけないんだ、だけど、そんな気力は潰えてしまった。数か月もの間誰かと話すことさえできなかった孤独と、彼女たちの役に立てなかったという無力感。それによってすり減らされた心に、あの訃報がとどめを刺した。


「何も、したくないや」


「そんな訳にはいかないだろ、帰ってきた時のお前は、確かに疲れていた。だけど、ほんの少しだけど目は輝いていたし、何か強い望みがあったように見えたんだ」


「気にしないで。私、ここで過ごすことにしたから」


「や、やめてくれ、いいんだ、縛られるのはオレ1人で。オレは神主様の使い、というか式神、みたいなのに成っちまったから、最期までここを守んなきゃいけねえ」


「だったら私だって、神主様に恩が――」


「神主様は、お前が一人前になることを望んでた、俺も同じだ、考えなおせ、強いショックで落ち込んでるだけだ……落ち着けば、立ち直れる」



 一人前……なりたいと思ったものにはなれず、守りたいと思ったにものすら力を貸すことができなかった……こんなに未熟なのに……


「……あー、お前が何を考えてるかは知らんが、力が足りないなら強くなればいいし、半人前なら一人前になれるよう努力すりゃいい、だから、そのー、思い詰めるな、それと、前を向いてくれ、お前だけでもな」


 そっか、そうだよね、そう思うことにしよう。



「ありがと、ポン吉にしては、いいこと言うじゃん」


「な、どういう意味だ!?」


「ふふ、大人になったんだね」


「ったりめーだ! これでも目覚めてから30年だからな!」

 

「え、私の15倍生きてそれくらいなの?」


「う、うるせえ、お前は長く眠ってた分成長してたんだよ……多分」 


「……ふふ、あはは!」


「わ、笑うな!」


 よし、気を取り直して、とり憑く人間を探そう。初めの計画通り、私と相性のいい人間がターゲットになる。霊感が強くて、稲荷神と親和性の高い人がそれにあたると推測している。



「よし、今から動かないと!」


「ああ、その調子だ」


 私が神社から出発しようとしたその時、神社に来客が現れた。見ると、高校の制服を着た男の子だった。背丈や雰囲気から察して、多分3年生の子だと思う。


 これは少し後にポン吉に聞いた話だが、この時期、この辺りの高校は夏休みに入るところが多いらしい。だとしても、これから寂れ行く神社に訪れる人というのは珍しい。


「あっ……」


 ここまで書き連ねた言葉だけでは、ただの物好きな参拝客としか思えないだろう。


 でも私は、彼を知っている。彼が、ただの人ではないと私のおぼろげな記憶が告げている。


 今になって、初めて『能力』を使った時のぼんやりした記憶が、文字通り霧が晴れるように鮮明に目の前に映し出された。





「みいつけた……!」


 私が、初めて力を掛けた人、私の運命の人。私の憧れ。


 なんて素敵なことだろう。まさか今会えるなんて。



 彼は、どこか疲れているように見えた。深く、絶望しているような。思えば、2年前に初めて彼を見たときもそんな様子だった。


 彼は、賽銭箱にいくつか小銭を入れて、少しの間拝んでいた。


 その後、その横に置いてあったおみくじを引いて、中身を殆ど見ることなく破り捨てた。なんと縁起の悪い。



 ――これは余談だけど、おみくじを結ぶ行為はは神様と縁を結ぶという意味を持っている。それを破り捨てるとは、何かと縁を切りたいのか、はたまた自分の運命に尋常でない不満を感じているのか。


 一体そのどちらなのかは私には計り知れないことだ。けれど、彼の痛々しい姿をこれ以上見ていたくない、心が痛い、胸が締め付けられる。


 俯いて神社を去ろうとする彼を止めようと近づいた。


 すると彼は歩みを止めて振り返って、私と目が合った。




 ――目が、合った。


 彼なら、もしかしたら。


 私は彼にとり憑こうと、額に手を伸ばした。










――――

 

 結果としては、大成功だった。


 私と彼の相性は非常によかった。理論上の最高、とまではいかなかったが、十分だ。完全ではないので永遠にとり憑けるというわけではないが、人間の寿命から言えば永遠と呼んでも差し支えない年月だ。


 絶対に彼を連れていかなきゃ、もはや形振り構っている余裕などありはしない。連れ去る形になったとしても、彼を逃がすわけにはいかない。


私がずっと憧れて、信じてきた人、神主様がかつて私に教えてくれた「カミサマ」という憧れの存在。彼は、私の、私だけの「カミサマ」だ。


 今から、彼をジャパリパークへと連れていくための準備をしよう。様々な意味で一番邪魔なのが、彼の記憶だ。初めて見たときも、さっきも彼は辛そうだった。それに行動を見ても、何か嫌なことがあったに違いない。いやな記憶は全部、忘れさせてあげたい。 


 そして記憶が残っていたら、彼はジャパリパークの外へ出ていこうとするかもしれない。これが大きな問題だ。私がフレンズ化して彼と分かれた後も彼をあの島のみんなと馴染ませなくちゃいけない、だから島に着いてからずっと私が体を操ることはできない、彼が島のみんなと仲良くなるために彼に自由に行動をさせる。


 すると彼が島の外に出ようとすることは非常に面倒だ。他にも策は打っておくけど、記憶を失わせてすぐ島の外に出ようと思わないように仕向けよう。


 ……記憶をすべて失くしてしまったら、それはもう今の彼とは別人だ。




 ――だから、彼には新しい名前をつけてあげよう。


神主様が私に名前をつけてくれたように、


サーバルがかばんちゃんにつけてあげたように。



狐神コカムイ 祝明ノリアキ


 私と、『』の『神』様カミサマの、2人のこれからが『祝』福され、『明』るいものでありますように。


 ふふ、我ながら、とっても素敵な名前だな。


 当然、ノリくんにもこの名前を教えなきゃいけないから……この手帳に書いておこう。


でも、読めなかったりしたら大変だから、ローマ字で『Kokamui Noriaki』っと。




 さて、すぐにすべきことは終わらせた、最後に、挨拶をしていかなきゃ。



「神主様、私に名前を付けてくれて、1年間お世話してくれて、たくさんのことを教えてくれて、ありがとうございました。恩返しはできなかったけど、私は、私の『カミサマ』を見つけられました。 ……さようなら、神主様」


「……行っちまうのか」


「ポン吉も、今までありがとね、いっぱいお話したり、励ましてもらったり」


「……ああ、たくさんしたな」


「きっと、もう私はここに戻ってこない、だから、言わせてもらうよ。ポン吉、本当に、ありがとう」


 ポン吉の目から涙が溢れる、その涙は、私たちを祝福する涙だ。


 私も、ついもらい泣きしちゃった。


「ああ……ああ! さよなら、イヅナ」


「……さよなら、ポン吉、元気でね」








 ジャパリパークへの移動はボートを使う。


 とり憑いた状態だと、長い間、少なくとも島に着くまで飛び続けることができないからだ。


 ボートに乗って、エンジンを掛ける。その音と共に、気持ちもだんだんと高揚する。



今、ここから始まるんだ。




イヅナとノリくん』の、




『キツネとカミサマ』の物語が。




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