3-26 れんあいたんてい!?
例の話し合いの後二日くらいは、僕はロッジでかばんちゃんとかオオカミさんとかと他愛のない話をしたり、外を散歩したりしてのんびりと過ごしていた。
そしてそのまた翌日、日記に記すなら『17日目』と書かれるであろう今日、オオカミさんにマンガの大まかな設定が組みあがったから意見を聞きたいと言われ、今僕は緑のジャパリまんを食べながら話を聞いているのだ。
「設定……ですか、結構早く決まりましたね」
「まだぼんやりとしているけどね。でもやる気が出ちゃってね、寝ても覚めてもアイデアが止まらないんだ!」
ラブストーリーという路線はオオカミさんにとって非常に魅力的だったようで、生き生きとしているのが嫌というほど伝わってくる。
「それはいいことですが、ホラー探偵の方は?」
「そっちは遊園地の祭りで読んだ分で一段落、しばらくこっちに本腰を入れるつもりさ」
「そうですか、それでタイトルは決まりました?」
「ああ、自信があるよ、聞いてくれ、『恋愛探偵ジロジロ』!!」
その口上だと歌いだすみたいだよ……というのは冗談で、なんだそのタイトル、冗談だろ? と言ってやりたい気持ちだ。
「恋愛探偵はまあいいとして、ジロジロって何ですか」
「ホラー探偵ギロギロに寄せてみたんだ」
「まあ、そうでしょうけどね……探偵は続けるんですね」
「ちょっとは慣れたものがあると描きやすい、それにキリンに『探偵はなくさないでください!』と頼まれてしまったからね」
読者の要望に応えすぎる作者というのも考え物だけどね……
「あれ、そういえば読み聞かせになるんですよね、大丈夫ですか?」
「問題ない、情熱的に読み上げてみせるよ」
「いや、そういう話じゃなくて……」
声に出して読むには恥ずかしいセリフがそのうちわんさかとあふれ出してくると思うんだけど、気にしないのかな。
「……はっ、そうか!」
……もしかして気づいた?
「そうだ、私一人では臨場感に欠ける、二人以上いた方が掛け合いが……いや待てよ、コカムイもいれば……ふふ、ふふふ……」
オオカミさんのあふれ出る想像力は彼女を自分の世界へと連れ去り、その後数分トランス状態で放たれる独り言を僕はジャパリまん片手に聞いていた。
「……ハッ!」
ようやく正気に戻ったか。まあそれはさておき、詳しい設定について聞きたい。もうタイトルはこれくらいインパクトがある方がいい、どうにでもなるといいさ、と考えてしまおう。
「で、主人公の設定は……?」
「文字通り探偵さ、恋を応援する……ね、呼ばれなくてもやってくる、気が付けば陰からこっちを見ている神出鬼没の探偵……」
「……迷惑ですね」
「……えっ?」
そんな困った顔でこっちを見ないでほしい。呼ばれなくてもってとんだお節介だし、気が付けばこっちを見てるって不審者やストーカーの類じゃないか。しかもそれが他人の恋のためって……たちが悪いとしか言いようがない。
タイトルは不服と言ったが、設定も、と付け加えておこう。いっそギャグマンガの方がいい扱いをしてくれるような気がしてきた。
「その主人公のモチーフが、僕なんですか?」
「いや、主人公はオリジナルで、キミは最初の依頼人、というポジションで物語に絡ませようと思う」
「……依頼したんですか?」
「いや、主人公の独断さ」
「でもまあ、最初の依頼で終わるなら……」
「いや、その後も末永く主人公と友情を結ぶキャラにしたいんだ」
分かっていたけどまあそうだよね、頼んでないのにアドバイスされてその後もしばしば事件に巻き込まれる苦労人キャラ……そのうち刺されてそうだね。
いやむしろ、頼まれてもいないお節介を野次馬根性で行い、見境なく首を突っ込むようなキャラにされなくてまだ救いはあったと思うべきか。
「その設定、文句言われません……?」
「大丈夫だ、さっきキリンとアリツカゲラにも聞いてみたが、なかなかいい反応をしてくれたよ」
「……なんて言ってたんです?」
「キリンは『斬新な設定、絶対面白くなりますよ!』、アリツカゲラは『こ、個性的で、初めて見ます……』と言ってくれたよ、悪くないと思うね」
待ってくれオオカミさん、キリンちゃんの方は確かに称賛していると思う。だけどアリツさんの方は間違いなく当たり障りのない言葉で気を遣っているだけだよ。キリンちゃんの方もオオカミさんが描くってことで色眼鏡が入ってるに違いない。キリンちゃん、立派な探偵になりたいならそういった先入観の類は取り払ってしまった方がいいよ。
「せ、設定はもういいとして、設定そのままじゃ身も蓋もありませんから、なにかそれっぽいキャッチコピーを考えてみましょう」
疲れてきた。
「キャッチコピーか……『あなたの恋、柱の陰から勝手に応援します』」
「却下でお願いします」
柱の影からって……もはやそういう趣味の悪質な人にしか聞こえなくなってしまうよ、ああ、行く末が案じられる。顔から血の気が引いてくるような感覚が出てきた。
「ん? 何だかよく分からないけど、いい顔いただき!」
よく分からないのは僕の方だと、声を高らかに言いたい。というか青ざめた顔がいい顔と言える辺り、やっぱりホラー探偵を描いている方がいいような気もするけど……本人がやりたいならそれでいいや。
「じゃあ、完成楽しみにしてますね、僕はちょっと外の空気を吸ってきます……」
「待て」
「…………」
遊園地でのお祭りを思い出した。
「キミは物語の最初の依頼人だ」
「依頼してませんけどね」
「やっぱりそれらしさが欲しい、キミの周りで、できればキミ自身のことで、何かそういう『予感』を感じなかったか?」
「ありませんね」
さっさと切り上げて外に出よう、そういう話は得意じゃないんだ。じゃあなぜ今まで話せてたかっていうと、マンガの話だし、何よりオオカミさんの奇天烈な思考回路に困惑させられていたからだ。
「待て、いや待ってくれ、少しでいい!」
「ビーバーさんとプレーリーさんがいい感じでしたね、それじゃあ」
「ちょ、ちょっと、キミは!?」
「…………」
何故か何も話す気になれず、無視して外に出てきてしまった。でもオオカミさんは結構頭がいい、わざわざ詳しく話さなくても、それっぽく話を作って描き上げてくれるだろう……それに、あんまりそういうことは話したくないよ、だって……
…………嫌いだ。
恋の話なんて嫌いだ、色恋沙汰なんて大嫌いだ。
だってそのせいであんなひどい目に遭ったんだ。あんなことが起きてしまったんだ、絶対に忘れられ……る…もん、か…………?
「……えっ? ……なんで?」
そんな目に遭った覚えはない、何かされた覚えなんてない。ここに来てからそんなこと一切起こってない。……だったら?
ここに来る前、島の外の記憶? 思い出せる? 思い出せない。分からない、何があった、僕は逃げてきた? 何から、誰のせいで…………?
「うぅ……頭痛い……」
めまい、ぐるぐる、止まらない。
そして、まあ有り体に言えば、僕は気を失った。
「……お……コカ…イ……」
「………ん……?」
目を覚ますとベッドの上……ではなく気を失う前と同じ場所だった。博士が倒れているのを見つけて起こしてくれたみたい。
「全く、疲れているとはいえ、そんな場所で眠るとは行儀が悪いのです」
「あはは、ごめん、何か思い出したような気がして……」
しかし、思えば動物はこんな風に地べたに寝っ転がって眠るものも少なくないと思うのだが。ともあれこの時、僕にはそういうことを言う余裕はなかった。
「……記憶が戻りかけたのですか?」
「そんな気がするんだけど……」
倒れる前、倒れる前ー……あれ、また忘れちゃった。
「んー、気のせいかも」
「……そうですか、まあ気長にやるのです」
「そうするよ、で、何かあったの?」
それを聞くと博士は一層引き締まった顔をして、凛々しくなった。これでもう少し身長と威厳があればだれもが認める博士になれることだろう。
「…………」
「は、博士、睨まないで……?」
「……ふぅ、ヒグマたちから報告が入ったのです」
「……新種のセルリアンのか」
「彼女たちはそれを探していましたが、別のものを見つけたのです」
「……別のもの?」
「……ええ、我々も一度見に行きましたが」
と言って博士は一呼吸入れた。おかげで妙な緊張感が漂った。
「……な、何があったの?」
「秘密の研究所、のような建物だったのです」
「……だったら」
そこに、ジャパリパークについての研究資料がある可能性が高い、ならば、
「何か面白いこと、もしかしたらイヅナみたいな不思議なフレンズのことも分かるかもしれない」
あわよくば、僕のようにオスの特徴が強く現れたフレンズのことだって。
「……今すぐ向かう?」
「……そのつもりで来たのですよ」
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