イヅナの一人旅
3-27 白い狐の一人旅 前編
私は逃げた。あの森から。
怖かったから、拒絶が、恐れられることが。でなければ、今こんなに顔を歪ませている理由が説明できない。
なんとかあの3人の前では平静を装えていた……はずだ。
でももうここには、誰も見ている人はいない。
「……うぅ……ゃ、やだよ……ノリくん……」
ならば、ここで泣き出したとしても、誰も咎めやしないはず。
ノリくんだって、許してくれるはず。
……どれだけストレスを抱えたとしても、寝て覚めれば少しはマシになるというもので、森の中で一夜を過ごした私は、これから何をしようかと思案していた。無意識に、『彼』とお揃いの赤い勾玉の輪郭を指でなぞっていた。
「うふふ……」
かばんちゃんには旅に出ると言ったから、本当に旅をするというのも悪くない。1人で行動していたとしても別段気に留めたりはしないと思う。
だったら、どこがいいかな?サバンナ、見る物なさそう、遊園地、フレンズすらいないね、それに博士たちがうろついてるかも。ジャングル……私は蒸し暑いところはあんまり好きになれない。こうざん、カフェしかない。
さばく……暑いところだけど、遺跡は私ももう一度自由に見て回りたいと思っていた所だ、それに、ツチノコちゃんにも意外と興味がある。
決めた、さばくに行ってみよう。
遊園地近くの森から、空路で約1時間、ゆったりと空の旅を楽しんだ頃に、さばくとジャングルとの境界が見えてくる。サンドスターのおかげってことは知ってるけど、とっても不思議な景色だよね。陸上でも特に湿っているジャングルのすぐ隣に乾いた土地の代名詞ともいえる砂漠があるんだもの。
ジャングル上空から砂漠上空に入ると、今までと違ったカラカラとした暑さ、むしろ熱さというべき熱線が空から降り注ぐ。少し前の記憶をたどって、遺跡へとつながるスナネコの家へと入っていった。
「お邪魔しまーす……」
「……ん? だれですか?」
入ってきた音に気づいたのかスナネコが起き上がった。
「イヅナだよ、起こしちゃった?」
「大丈夫ですよ……」
長居しても迷惑になるだけだろうし、さっさと失礼して遺跡に行こう。
「あ、遺跡に行く通り道だから、またね」
「……もう行ってしまうのですか?」
「……ダメ?」
呼び止められてもうどうしようかと迷っているとスナネコは地面の中からジャパリまんを掘り出して渡してくれた。
「せっかくだから、食べてください」
「え、くれるの?」
スナネコはコクコクとうなずいた。
くれるっていうのなら、いただいておこうかな。
「イヅナは、ツチノコに会いに行くのですか?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、その、用が終わったら……」
とそこまで言って少しソワソワし始めた。
「その……ボクとも、お話してくれませんか」
「……いいよ!」
「じゃあまたね」
「……はい」
スナネコもやっぱり、なんだかんだ言って仲良くしたいって思ってくれてるんだね。初めて見たときは飽きっぽい子って印象だけだったけど、案外あてにならないものだな。
そして、目的地の遺跡にとうちゃーく!
ツチノコはいるかな? いなくても勝手に観光してるけどね。
重い扉を通って入る。つっかえを外すと怒られるし、はたまた外さないと明かりが点かない。だけど私には狐火がある。前にノリくんたちと一緒に来た時には使えなかったけど、今なら思う存分使える。この遺跡を呑み込むくらいの大きさだってなんのそのだよ!
「ツチノコちゃーん、いるー?」
呼びかけてみたけど、遺跡の中に私の声が木霊するだけだった。近くにはいないみたいだから、適当にフラフラ歩き回ってみよう。
「この壁、とっても意味深な模様だけど、結局最近の人が作った施設なんだよね……」
そもそもの話、このジャパリパーク自体が少し前の海底噴火でできた島だから、そんな過去の文明なんてありやしない。……ってこんな夢のない話はやめにして、別のところに行ってみよう。
「海底噴火か……案外使えるかも」
一応それだけは頭の片隅にとどめておこうかな。
もっと奥まで進んでみると、迷路に入った。
「飛んじゃえば一気に進めるけど……」
流石にそんなことをするほど無粋じゃない。でも迷路の壁、というか仕切りは木製か……焼き払えないことも……だめだめ! 私はそんな危ないことはしないもん!
とはいっても、ただ歩き回ってるだけだとだんだん飽きてきちゃうよね、そろそろツチノコちゃんに会いたいな……どこにいるのかな? 多分そこら辺にいるとは思うんだけど……とりあえず、迷路を抜けてみよう。
迷路を抜けたら、長い一本道の奥の方に人の影が見えた。あれがツチノコちゃんかな? と様子をうかがっていたら、その影が角を曲がって見えなくなっちゃった。私はちょっぴり不気味な感じがして、狐火を増やして大きくしてそろりそろりと曲がり角に近づいた。
「……い、いるのかな?」
怖がってても始まらないよね、一思いに行ってみよう、そう思って一気に飛び出した。
「ねえ! きみは……」
「うわァー!? きゅ、急に飛び出すんじゃねぇ!」
「うわわ、ごめんなさい!」
でもツチノコちゃんだってこっちの様子を窺うように隠れてたじゃない!
「……まったく、驚かせやがって。……今日は一人なのか?」
「うん、ツチノコちゃんに会いに来たんだ」
「……そうか」
立ち話もなんだから、ってことで出口の辺りまで歩いてそこに座ってゆっくり話をすることにした。
「ねえツチノコちゃん、まだここにセルリアンはいるの?」
「さあな」
「ねえ、いつからここにいるの?」
「さあな」
「ねえ、スナネコちゃんとは仲いいの?」
「……さあな」
もう、なんで生返事しかしてくれないのかな。
「……真面目に答えてよ」
「そう言われてもな、オレはこういう世間話は苦手なんだ」
「遺跡の話だったら、日が暮れても話していられるのに?」
「そ、それは、あれだ。ここは神秘的だからな」
「……ここ遊園地のアトラクションだよ?」
「うるせえ、ヒトがいなくなっちまえばどこだって遺跡みたいなもんだ!」
「……だったらこのパークも、『遺跡』って呼べるのかもね」
「なんだ、急にしんみりとしやがって」
「私も、昔は活気があっても時が経つにつれて廃れていってしまった……そんな場所を知ってるから」
「それって、この島の外の話か?」
「うん……聞きたい?」
「あ、ああ。外のことは気になるからな」
「……やっぱり、やめた」
「フン、期待させやがって」
「期待してくれてたんだ」
「……ちょっとだけな」
「……ふふ、でもやっぱり、まだ誰にも話しちゃいけない。全部終わらせてからじゃないと」
「……マジの目だな」
「うん、私は本気だよ?」
今はまだまだ足りない、ノリくんが、絶対にこの島から出ないって、そう思うように、もっとたくさんやるべきことが残ってる。
「……なあ、一つ聞いていいか?」
「なに?」
「さっきから浮かんでるコレ、なんだ? 見たところ、青い炎みたいだけどな」
「ああ、これ。人は『狐火』って、そう呼んでるよ」
「自由に操れるんだな、それに少し暖かい、燃え移るのか?」
「うん、燃え移るよ、フレンズになってからは、出すためにサンドスターを使うようになったみたいだね」
「は? お前、フレンズになる前も……」
「ツチノコちゃん、少し知りすぎちゃったね」
そう言って少しずつツチノコちゃんににじり寄っていく。
「な、なにする気だお前!?」
「あはは、冗談だってば」
「冗談に聞こえなかったぞ……?」
その後しばらく、ツチノコちゃんと遺跡とか、お祭りとかの他愛のない話をして、少なくとも私は盛り上がったと思う。
「じゃあ、スナネコちゃんとも約束してるから」
「……最後に一ついいか」
「いいよ、何が聞きたいの?」
「……お前、コカムイのことどう思ってるんだ?」
「え、何? もしかして……」
場合によるけど、あるいは色々とやることが増えるかもしれない。
「勘違いするな! ……お前があいつの話をするときの目が、他の話をする時と違ってたように見えたんだ」
ああそっか、ツチノコちゃんってやっぱり目ざといね。で、でも、その……はっきりと言っちゃうのは少し、は、恥ずかしい……
「の、ノリくんは……だ、大好きっていうか……あわわ……」
や、やっぱり誰かにはっきり言うのはちょっとまだ……
「……そう、か」
「な、なんで聞いたの?」
「……お前、危なっかしく見えるんだよ」
「失礼な、私はサーバルちゃんみたいなトラブルメーカーじゃないよ!」
「じゃなくて、どんなことでもやりかねないって意味だ」
「そんな……ノリくんのためになることしかしないよ!」
「……やっぱり危ねえな、まあ、やりすぎるなよ?」
「大丈夫、それくらいは考えるよ、じゃあスナネコちゃんのところ行ってくるね」
「ああ、またな」
「……と、そんなことがあったんだ」
「……ツチノコらしいですね」
スナネコちゃんと、今日あったことを話している。もちろんスナネコちゃんに聞かれたらまずいことは隠してあるから、上に記したことすべてを話したわけじゃないよ。
そう、私の思いは、まだ隠しておかなきゃ……
「明日はどうしますか?」
「明日かぁ……へいげんに行ってみようかな」
湖畔は行きたくない事情があるからね……
「ふわぁ~……今日は楽しいことがたくさん聞けて満足です」
「私も楽しかったよ、おやすみスナネコちゃん」
「おやすみなさい……」
……ノリくんはどうしてるかな?
やっぱり一緒にいたいな、一時じゃなくて、ずっと。
そのために、手を抜いちゃだめ。……そうだよね?
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