2-23 定期充電


「トイウワケデ、充電ニ行ッテホシインダ」


「……どういう訳で?」


早朝、日の出からまだ1時間も経っていないような時間に、僕は赤ボスによって叩き起こされたのだ。


「充電って、まだ電池切れてないじゃん」


「電池ガ切レナイヨウ定期的ニ充電ヲスルンダ」


「……一理ある」

というかそれが常識だ。


ただそんなことを言っても……

「充電設備って、こうざんにしかないって言ってなかった?」


「ウン、ダカラ少シ長丁場ニナルカナ」


「なるかな、じゃなくて! 無責任だよ……赤ボス」


ともあれ二度寝するわけにもいかず、渋々ロッジのロビーに行った。


「おはようございます、コカムイさん、今日は早いですね」


アリツカゲラさんはいつも通りの雑務をこなしている。


「おはよう、アリツさん。赤ボスに起こされちゃってね」


まだ辺りは少し薄暗くて、とんでもなく早い時間に起こされたと改めて感じるのだった。


「ボスに……、何かありました?」


「バスの電池を早めに充電しろ、だってさ」


むしろよく考えれば、一回一時間ほどの充電で十日近くも無充電で動ける方がいい意味でおかしいのかもしれない。


「充電ですか……どこでできるんでしたっけ」


「こうざんの頂上辺りの……ジャパリカフェ? とかいう場所だったよね」


「ソウダヨ」


「観光しながらとはいえ、二日近くかかってるから、まっすぐ行っても、半日かそこらは掛かるかもね」


「あーあ、鳥のフレンズだったらひょいって飛んでいけるのになー!」


「そうそう……ん?」


声をした方を見ると、イヅナが立っていた。


「おはよう! の……コカムイさん!」


「おはよう……なんでこんな早くに?」


「んー、別に? なんか早起きしちゃった」


それなら、まあいいや。それよりも充電の件だ。

せっかくゆっくりとできるかと思ったのに来た道を逆戻り?

しばらくは旅行気分を大事にしたいな……



「アリツさん、ひょいって飛んでいけない?」


「わ、わたしですか!? そう言われましても……」


「あれ、何かあったの?」


「それが、ボスがバスの充電を…………」

叩き起こされたことからイヅナが来るまでの会話をざっと話した。



「……だったら、いい考えがあるよ」


話を聞いたイヅナは、得意げな顔をして頷いた。


「いい考えって……何するの」


「いいから、行こっ!」


「え?」


腕を強く引っ張られた、痛い。


「ちょっとイヅナ、痛い、痛いって!」


「赤ラッキーさん、電池は引っ張ったら取れるよね?」


「ウン、丁寧ニ扱ッテネ」


「おっけー! じゃあ私とコカムイさんの二人で行ってくるね!午前中には戻ってくるから!」


そして、ジャパリバスの電池とは対照的に、僕は乱暴に連れ出されてしまったのであった。



イヅナは胸を張って歩いている。

僕は意外と重い電池を抱えて歩く。

まさか徒歩で向かう気ではあるまいな。


「……この辺りまで来たら、もう大丈夫……だね」


ロッジが見えなくなってきたころ、イヅナが突然立ち止まった。


「そろそろ何するか教えてくれたっていいんじゃない?」


「そうだね、でも、その……驚かないでね?」


「何するの……?」


「わ、私……空が飛べるの」


「…………」 「…………」


しばらくの沈黙。

辺りは静まり返り、風の音が聞こえる。

もう辺りも明るくなってきたからだろうか、小鳥のさえずりも耳に届くようになっていた。

まるでここには誰もいないかのように思える静寂が、その場を包んでいた。


「えと、コカムイさん?」


「……イヅナ、バスに乗れば、早く着くんじゃないかな」


「……し、信じてっ……く、くださいよっ!」


「イヅナ、君には博士たちのような羽はないんだよ」


「で、でも私、狐だから」 「……イヅナ」


「ホントだって! ほ、ほら!」


そう言ってイヅナは、本当に飛んだ。いや、飛んだというよりは浮いた、と言った方が正しいだろう。


「ほ、ホントに飛んだ……」


狐の霊とすると……まさか何かの妖術とか……?

あるいは幽霊だから浮けるとかかな?

その辺りの考察は後回し。地形を無視してこうざんに向かえるなら確かにバスなんかよりも早く着く。


「でも、僕はどうするの?」


「それは私が、持ち上げてあげる」


「……落とさないでね」 「……うん」




「じゃあ、行くよ」


イヅナのその言葉で、心の準備をした。

空を飛ぶなんて初めて、こ、怖くないかな。

背中にイヅナの手が触れて、いよいよかと思ったそのとき、世界が下に動いた。


……のではなく、僕が上を向いただけだった。

何事かと思っていると、膝の裏にもイヅナの腕が触れる感覚がした。

これってもしかして……


「お、お姫様抱っこ……!?」


ああ、なんてことだ。

普通は逆であるはずなのだが。


「イヅナ、なんで!?」


「こっちの方が落としにくいから」


「そ、そっか……」


そう即答されてしまうと反論もできず、

はたまたここで体勢を変えるわけにもいかず、

そのまま空中を進んでいくより他ならなかった。


まあ、地面が見えないのと、背中を支えられているってことで、あんまり怖くはなかったけど。



しばらく飛んで、視界の中に山頂が現れ始めたころ、イヅナは少しずつ降下していき、ジャングルにあるロープウェイ乗り場に降り立った。


イヅナが地面に降りた後、ようやくお姫様抱っこから解放された。



「イヅナ、なんでここに降りたの?」


「ロープウェイを使うからだよ」


イヅナが指さす先には、ペダルを足で漕いで進む仕組みのロープウェイがあった。


「飛んで行っちゃダメなの?」


「ダメだよ、ここにロープウェイは一つしかないから、帰る時に見送りをされて、その時山頂にロープウェイが無かったら、『どうやって登ってきたんだろう?』って思われちゃうじゃん」


「……なるほど」


「というわけで、漕ぐよ!」



じゃんけんをして、登りは僕が漕ぐことになった。


「これ、地味にきついね……」


これを漕いでいると昨日の『ばすてき』を思い出す。

こっちは一人だけで漕ぐように作られているけど。





「はあ、はあ……」


「とうちゃーく!」


登りは何もせず呑気に鼻歌を歌っていたイヅナ。

そりゃ元気にジャンプする体力も残っているだろう。


「は、早く休みたい……」


九割ほど棒になっている足を引きずって、やっとの思いでジャパリカフェにたどりついた。



ドアを開けると、カランカランと音が鳴り、おしゃれなレンガ造りの内装が目に入ってきた。


「わぁ、いらっしゃぁい! ようこそジャパリカフェへ!

 どうぞどうぞ、ゆっくりしてってぇ!」


入ると、白い毛のモフモフのフレンズがいた。

多分このカフェのオーナー、といったところだろう。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」


椅子に座ってテーブルに腕を伸ばして伏せた。


「そうだぁ、何飲む?」


「何があるんですか?」


「いろいろあるよぉ、紅茶に……最近はコーヒー……?ってのも

 教えてもらったんだぁ」


「じゃあ、アップルティーってあります?」


「アップルティー……りんごのだねぇ、今淹れるからちょっとまっててねぇ、

 そうだ、そこの……」


「あ、イヅナっていいます」


「そうなの、よろしくねぇ、イヅナちゃんは何にする?」


「じゃ、じゃあ私も、アップルティーで」


「分かったよぉ、じゃあ少しまっててねぇ」


そう言うとモフモフのフレンズは紅茶を淹れ始めた。

……ってあれ、名前を聞いていなかった。


「僕はコカムイっていいます、その……あなたは?」


「ありゃ、あいさつが遅れちゃったね、わたしはアルパカだよぉ、

 よろしくねぇ」


「よろしくお願いします」


アルパカ、か。

すぐにアップルティーは入ったようで、お盆にカップを二つ乗せて持ってきてくれた。


「はい、どうぞ!」


「ありがとうございます」


「そんなにかしこまらなくてもいいんだよぉ、ゆっくりしてってねぇ」


「いただきまーす!」


紅茶をいただいた。りんごの香りが程よく鼻腔をくすぐる。

味もとてもいい。いいカフェなのに客が少ないのは、やっぱり立地のせいかな。

あるいは……そうだ、今はまだ朝だ。




おいしい紅茶と十分な休憩を取ったおかげで、ようやくまともに活動できるようになった。


「僕たち、この電池を充電しに来たんです」

と言ってジャパリバスの電池を見せた。


「ああ、それなら上だよぉ、ついてきてね、ぇ」


アルパカさんについていき、屋上の充電装置に電池をセットした。


「でも、少し前にハカセたちが来たばっかりな気がするけどねぇ」


「切れる前に前もって充電しろって、赤ボスに言われちゃって」




やっぱり充電には一時間かかるみたいだから、それまでカフェの中でゆったりさせてもらうことになった。


「アルパカさんは、いつからここに?」


「んん……いつだったかなぁ~、あんまり覚えてないんだぁ」


「そうなんですか」


時間の流れにルーズ、気にしていないみたい。

一日一日しっかり日記をつけている僕の方が神経質に思えてきた。

やっぱりそういうところを細かく気にするのはヒトくらいのものかもしれない。


「いやぁ~最近はお客さんがちょっとずつ来るようになってうれしいなぁ」


「最近は、ってことは前は少なかったんですね」


「そうなんだよねぇ、なんせつい最近初めてのお客さんが来たんだもの」


「え……!? その初めてのお客さんっていうのは……」


「かばんちゃんと、トキと、サーバルだよぉ、その三人が来てからぼちぼちお客さが来るようになったんだぁ」


「……今日はまだトキさんは来てないんですね」


「まだ早いからねぇ、こんな早いのは私も初めてだよぉ」


やっぱり赤ボス、いくら何でも起こすの早すぎだよ。

なんだか今になってだんだん眠くなってきた。


「寝ても、大丈夫ですか?」


「だいじょうぶだよぉ、ゆっくりおやすみ」


「充電終わったら、起こしてあげるね」


「よろしく、イヅナ……」


そして机に突っ伏したまま、眠りに落ちてしまった。









「コカムイさん、コカムイさん!」


体を起こすと、イヅナがこっちを覗き込んでいる。


「……あー、終わったー?」


「うん、もう終わったよ」


「そっかー、じゃあ帰ろっか―」


「……大丈夫? まだ眠そうだけど」


「大丈夫、電池はー?」


「あ……はい、どうぞ」


イヅナから電池を受け取った。


「よし、アルパカさん、お世話になりましたー」


「また来てねぇ、まってるよぉ!」


「また来ます!」


目元をこすりながら、ジャパリカフェを後にした。


外に出ると、日はそれなりに昇っていた。

芝生が生えている方を見ると、来た時には暗くて見えなかった模様のようなものが芝生に浮かび上がって見えていた。


「あれ、草が所々……」


何か描かれているのかな、と考えられるけど、広く描かれてるからどんな絵なのかさっぱり見当がつかない。


「ちょっと飛んでみたら見えるかもだよ!」


「……下が見えるように飛んでね」


「任せて! ……ほら、こっち」


手招きされたので、イヅナの方に向かった。

イヅナは僕の腰のあたりに手を回して飛び上がった。


「これって、コーヒーカップだね」


地面の芝生は、コーヒーカップの絵が見えるように刈り取られていた。


「私にも見せて!」

とイヅナは顔を僕の左肩に乗せた。

そうすると僕の背中にイヅナの体がぴったりとくっつくのだ。


「い、イヅナ、そ、そんなに……」


「えー、どうしたのー?」


横目に見えるイヅナの顔はにやついていた。

悪い狐だ。


「も、もう十分だから降りよう?」


「……はーい」







「……コカムイさん」



地面に降りて、ロープウェイに向かおうとしたとき、後ろから呼び止められた。


「あれ、忘れ物でもした?」

と軽く茶化してはみたけれど、イヅナの表情は真剣そのもの。

何か悪いことでもしたかな、と起きてから今までやったことが

次から次へと脳裏に浮かんでは消えた。


「ねえ、コカムイさんは、外に帰りたいって思う?

 もし、何も思い出せなくても」


「と、突然どうしたの?」


「…………聞かせてほしいな」


イヅナの表情はよく見ると、真剣そのものだけどその中に悲しみのような、恐れのようなものが見て取れた。


「……まだ、分かんないけど、もし誰かが待ってるなら、帰らなきゃいけないと思う……かな」


「……だよね!」


そう答えたイヅナは明るい声を出していたけれど、イヅナから放たれる雰囲気は、暗いままだ。


「その、ロッジにか……戻ろっか」


なんとなく、『帰ろう』とは言えなかった。



その後ロッジに戻るまで、一言も言葉を交わすことはなかった。




ロッジには、アライさんとフェネックが訪れていた。


「フェネック、久しぶり」


「久しぶりだねー、コカムイさん」


僕に挨拶をしてから、イヅナを一瞥した。

イヅナはフェネックを意にも介していないようだ。


「ちょうどいいところに来たのだ! 『パーティー』のお誘いなのだ!」


「パーティー?」


「遊園地の方で、フレンズさんが集まってるみたいです。この前の大きいセルリアンを倒したお祝いと、新しいフレンズさんの歓迎、みたいな感じらしいですよ」


「ちょうどいいっていうのは、バスの電池のことかな」


「その通りなのだ、さあ、早く行くのだ!」


「行こう、かばんちゃん!」


ロッジにいたのは四人だけだったらしく、ぞろぞろとバスに乗り込んでいった。






みんなパーティのお話で盛り上がっている。

だけど、私の頭の中には、さっきのノリくんの言葉しかなかった。



…………ああ、やっぱり、ノリくんは外に帰ろうとするかもしれない。

だってノリくんはとっても優しいから、

自分が覚えてなくても、誰かが待ってるかもって思ってる。

だから、ちゃんと対策しておいてよかった。


……ノリくんを待っている人なんて、ここ以外のどこにもいない。

でも、ノリくんは知らないんだよね。


だから、教えてあげなきゃ、理解らせてあげなきゃ。


「さあ、僕たちも……ってどうしたの、楽しそうだけど」


ああ、想像してみると顔が綻ぶ、触れる尻尾が止まらない。


「いいこと、思いついちゃった」


「いいこと? 僕にも教えてよ」


まずは、『あれ』からだね。


「ふふ、ナイショ」




絶対に、逃がさないんだから。

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