2-24 双尾の狐の化けの皮

「わぁ、賑やかだね!」


遊園地に着くと、数十、いや百人を越えるかもしれないフレンズたちがワイワイガヤガヤと楽しんでいた。


その中の一人がかばんが来たことに気づくと、今日の主役の一人とお話ししようと次から次へとやってきて、サーバルと共にフレンズの人ごみの中へと消えていってしまった。



「かばんの到着よ! さあみんな、盛り上がっていきましょう!」


ステージに立ったフレンズの一人が声を上げると、その近くにいた観客が沸き上がった。


「赤ボス、あの子は誰?」


「アイドルユニットPPPノメンバー、ロイヤルペンギンコト”プリンセス”ダヨ」


ああ、あの子が例のPPPってアイドルなんだ。


更にバックヤードから他のメンバーも出てきて会場のテンションはさらに急上昇。

……僕はあんまりこういったことは好きじゃないかな。

うるさくて、少し蒸し暑い。


「イヅナはどうする……って、あれ」


イヅナに声を掛けたけど、いない。


「どこ行ったんだろ……」


360度見回してみて、目を凝らして見て……いた。

……って、嘘だろ。


「……ステージのすぐ前じゃん」


イヅナは最前列でPPPのライブを聞いている。いつの間にそんなところへ。

流石にこの人数の間をかき分け進んでいくのは難しいし、ライブを楽しんでるみんなにも悪いよね。


ひとまずイヅナはほっといて、静かにお祭りを楽しむことにしよう。



そこら辺のベンチに座って、さあ何をしよう。


「せっかくだし、PPPについて調べてみよっか」


そして取り出すのはジャパリパーク全図。

『ジャパリパークで便利なものランキング(コカムイ調べ)』で堂々の2位を飾る、非常にオススメできる本だ。

ちなみに1位は言うまでもなくサンドスターである。


「PPPは確か……」 「みずべちほーニ生息シテイルヨ」


「そうそう、ありがとね赤ボス」


みずべちほーのページを開いて読む。

上から下までじっくりと、何回も繰り返して。なぜこんなに念入りに読んでいるかというと、ページの中にPPPについて書かれている項目が一切ないからである。


「あれ、なんで?」


フレンズ索引を見てみればメンバーのフレンズとしての情報は載っているし、

小話のような感じで前代のPIPのことも書いてある。だけど、今ライブをやってる5人のことはない。


「この本が出たのは……この年だけど、今から何年前か分からない」

なんせ忘れてるからね。


「大体、5年ホド前ダヨ」


「……赤ボス、さすが」


で、5年前のガイドに一切載ってないってことはそれ以降に今のPPPが結成されたって考えてもいいのかな。ま、書いてないなら仕方ないか。




「一人でいるのもなんだし、誰かとお喋りしようかなぁ……」


誰かいないかな、と見てみたら、コーヒーカップの辺りにオオカミさんがいる。

何か紙みたいなものを立ててフレンズに向けて話しているようだ。


「オオカミさん、何してるんですか」


「ん? ……ああ、コカムイか。見ての通り、漫画の読み聞かせだよ」


「読み聞かせ……?」


「わたしは、読み書きはそれなりにできるけど、読めない子は分からないからね、

 だから読み聞かせもするし、絵だけで話が分かるように工夫してるんだ」


「……本当だ、よく考えてるんですね」


絵を見るだけで大体の状況がわかるし、キャラのセリフも想像しやすい。

何日もロッジにいたり泊まったりしていたのに、今初めてこれを知ったことが情けなく思える。

まあ、ゴタゴタしてたから……


その後、それまでそこで聞いていたフレンズと一緒に聞かせてもらった。

面白かったし恐ろしかった。オオカミさんはとても語りが上手、いっそ絵本作家になって読み聞かせ専門になった方がいいんじゃないかと思うくらいだ。


冗談交じりにそう言ってみると、

「わたしは漫画が好きなんだ、博士に初めて見せてもらった本が漫画でとても

 面白くてね、それ以来夢中になっちゃったんだ」とオオカミさんは言った。


「そうなんだ……」


僕の頭にはあのとき博士に無理やり読まされた可愛い絵本が浮かんできたけど、

博士もちゃんと本を選ぶことができるんだね。


「そこで、だ」

とオオカミさんが話題を変えた。


「わたしはもっと多くのジャンルに挑戦する必要があると思う」


「今はホラーとミステリーのミックス、みたいな感じだね」


「うん、でも少し毛色を変えてみたいと思うんだよ」


「じゃあ、少し赤めにするのはどうでしょうかね?」


「そっちの毛色じゃなくってね……」 「あはは、冗談ですよ」


「……で、今までとは全く違うものを描いてみたい」


「違うもの……ですか」


ホラーとかミステリーの真逆、と考えると、ほのぼのしたコメディとかギャグテイストなものになるだろう。


「それにせっかくだからキミを主人公のモチーフにしてみたい」


「僕、ですか?」


別に構わないけど、あまりにかけ離れた描写をされておかしなイメージがついたりしないか心配だ。まあそこは、オオカミさんが何とか配慮してくれるだろう。


「どんなジャンルにするんですか」


「うむ、そこが悩みどころなんだけど、キミは男の子だ」


「まあ、そうですけど……?」


「キミをモチーフにするならこの島の物語にしたいんだ、そしてフレンズはみんな女の子だ」


「……そうですね」


目の前に例外がいるということは黙っておくとして、少し嫌な予感がするね。


「だとしたら、わたしが描くべきものはずばり『ラブストーリー』だ!」


予感は間髪入れずにその通りになった。

ギャグマンガとかに出されておかしな扱いを受けるよりはマシだろう。多分主人公のはずだし。


「そうですか、頑張ってくださいね!」


「待て」


立ち去ろうとするとオオカミさんに制止された。


「な、なんでしょう……」


「やはり今までキミから聞いた話だけでは、描ききれない部分もある。だから、もっと聞かせてほしい、特に恋の話を!」


「そ、そんなこと言われても、そういう話は……」

……あったっけ? 何かそれっぽいことは……ない。


「いいや、キミが気づいていないだけかもしれない。聞かせてくれ、わたしが判断する!」


「ええ……!?」


その後数十分間、いつもよりも激しく詳しく1から10まで念入りに問い質され、終わるころにはへとへとになっていた。




「はぁ、はぁ……熱が入るととんでもないな……」


気が付けばPPPのライブも終わり、フレンズたちも思い思いの相手とおしゃべりをしたり、はしゃぎまわったり、遊具で遊んだりしている。


「イヅナは、どこに行ったのかな?」


集まっているフレンズたちをそれぞれ回って声掛けしてみたけどイヅナの姿はない。


「少し離れた場所で休んでたりして……」

と思い遊園地の外側の辺りをぐるっと回って探した。

すると、森の中に入っていくイヅナが遠くに見えた。


「あっちの方向は、港、だったかな」


何をしに行くんだろう、一応見に行こう。

ただいなくなったら心配されるかもしれない。


「赤ボス、かばんちゃんに僕はイヅナを追いかけて港の方に行ったから、何か用があるならその辺りに来てって伝えてくれる?」


「ワカッタ」


赤ボスはぴょこぴょこと跳ねながらかばんちゃんを探して離れていった。


「さあ、見失わないように追いかけないと」


そう思って振り返り走り出そうとしたそのとき、背後にいた何かにぶつかって

しりもちをついてしまった。


「い、いてて……」


「ごめんなさい、踊ってたらぶつかっちゃったわ」


「いえ、大丈夫です、じゃあちょっと急いでるんで」


僕は急いでイヅナを追いかけた。




「……あら、これは?」











PPPのライブも終わり、アライさんやフェネックさんとのお話も終わって、気づけばもう夕方。

たくさんいたフレンズさんたちも少しずつ自分のいたちほーへと帰っていく。


「サーバルちゃん、そろそろボクたちも帰ろうか」


「うん……でもまずはコカムイくんを探さないと」


「そうだね、コカムイさんはイヅナさんと一緒かな?」


「必要なら我々がひとっ飛びして見つけてきてやるのですよ」

「ええ、ちょいちょいと連れてきてやるのです」


博士と助手が振り向いて飛び立とうとすると、

赤いラッキーさんがやってきた。


「これは、コカムイと一緒にいたラッキービーストですね」

「なにかあったのですか?」


そう問いかける博士たちの言葉には反応しない。

横を通り過ぎてボクのところまでやってきた。


「ノリアキカラ伝言ヲ預カッテイルヨ」


「コカムイさんから……?」


わざわざボクに話しかけるということは、多分危ないことに巻き込まれているわけではない、と思う。

危険に巻き込まれていたら博士たちに対しても返事ができるはずだ。

それに、そのときは多分通信で連絡してくれると思う。


「『イヅナを追いかけて港の方に行ったから、何か用があったらその辺りに来て』」

とコカムイさんの声が赤いラッキーさんから流れた。


「港、ですね」 「では我々が」


「はい、お願いします」



「少しよろしいかしら?」


声のする方を向くと、ジャングルであったインドゾウさんがいた。


「あ、インドゾウさん! どうかしました?」


「さっき男の子にぶつかっちゃって、そのときその子がこれを落としたの」


インドゾウさんは手帳を手渡してきた。


「これ、コカムイさんの……でもどうして?」


「気づいた時には遠くに行っちゃってて……しょうがないから、その子と一緒にいたそのボスについてきたの」


「じゃあ、ボクが渡しておきます、ありがとうございます」


「いいの、ぶつかった私が悪いんだから、じゃあよろしくね」


「はい」


そして、インドゾウさんは行ってしまった。


「コカムイの手帳ですか」

「何が書いてあるか気になるのです」


「え、迎えに行かないんですか」


「これを見てからでも遅くないのです」

「さあ、早く開くのです」


2人に促されて、手帳を開いた。

コカムイさんは日記を書いていたみたいで、1ページに1日分、毎日書いていた。


「日記ですか」「それほど気にするものではないですね」


「いえ、待ってください、8日目のところ、

『詳しくは後ろにメモした』ってあります」


「メモ?」


「イヅナさんについて調べたことが書いてあるみたいです」


「イヅナについて……!? よこすのです」


イヅナさんの名前を聞くと博士は目の色を変えて僕から手帳をひったくった。

慌ててページをめくり、メモが書いてあると思われる部分を十数秒凝視して言った。


「かばん、何と書いてあるか教えるのです」


博士には読めない漢字があったみたい。


手帳を受け取り、メモの内容に目を通した。


「これ、よく調べてありますね……ん?」


『イヅナ』について調べたことをまとめていたものだったけど、その中でも一段とボクの目を引くものがあった。


「狐火……?」


メモによると、『青色の人魂のような炎』と書いてあった。

青色の炎……どこかで聞いたような気がする。


「博士、この狐火って言う青い炎が気になる……」


「あ、青い炎!?」


「っ、知ってるんですか?」


「知ってるも何も、お前たちが平原に行った前夜、様子の違うコカムイが我々を脅かすために…………まさか」


「狐、とついていますし、イヅナさんが使える可能性もありますね」


「他の項目には?」


「ええと、『飯綱』ってところには憑き物の一種とか……」


「憑き物、つまり人にとり憑くということなのです」

「すると博士、あの時のコカムイは」


「ええ、イヅナがとり憑いていた可能性が高いのです」


「……そんな、どうすれば」


「とりあえず二人を迎えに行くのです、イヅナには後でゆっくり話を聞くことにしましょう、かばん、お前も一応ついてくるのです」


「……はい」



ボクは博士に運んでもらって、助手は赤ラッキーさんを抱えて、

ボクと博士と助手でコカムイさんがいるであろう港に向かった。











「この辺り……でしょうか」


かばんが降り立ったのはあの船がある茂みの近くだった。

そして、船のすぐ近くに、イヅナはいた。


「イヅナさん?」


かばんが声を掛けると、驚いたように振り向いた。


「え、かばんちゃん? は、博士たちも、どうしたの?」


「そろそろロッジに戻るから迎えに来たんです、コカムイさんはどこに?」


「わ、わかんない……」


「ふむ、コカムイはお前を追いかける、と赤いラッキービーストに伝言を

 残していましたが……」


「わ、私、会ってないよ」


先ほどのメモを見てしまった3人には疑いの気持ちがあった。

だが周りを見てもコカムイの姿はなく、コカムイはイヅナを見失ってしまったと

考えるのが妥当といったところだろう。


「あれ、イヅナさん、それ……どうしたんですか?」


「……え?」


しかし、かばんの目は『あるもの』に釘付けになっていた。


「なんで、尻尾があるんですか?」


「え、尻尾……?」


イヅナは、その質問の意味を理解できなかっただろう。

そうだ、2本で何がおかしい。

かつて火山でフレンズとして目覚めたときも、その尻尾は2本だったではないか。


「そ、それが何か……?」


「だってイヅナさん、最初にアライさんが連れてきた時からずっと……」


かばんが言葉を紡いでいくと、博士と助手もその違和感に気づく。


「ずっと、尻尾は1本だったじゃないですか、キタキツネさんやギンギツネさんと同じように」


「……あ…ぁ……」


彼女はようやくその異変に気付いたようで、息が漏れるような声を発している。

普段彼女から見えにくい場所にあることで、本人も気づかなかったのだろう。


「あーあ……」


観念したように声を上げると、彼女の周りに虹色の輝きが漏れ出した。

かばんたちの視界が一瞬光に閉ざされ、視界が開けるころには気を失ったコカムイが地面に横たわり、彼女の尻尾も1本に戻っていた。


「あ、コカムイさん!」


かばんは彼に歩み寄ろうとしたが、イヅナがかばんに近づいたため、かばんは足を止めた。


「イヅナ、やはりお前がコカムイにとり憑いて……」


「かばんちゃん、手帳を届けに来てくれたんだよね」


イヅナは博士の言葉を遮り、かばんが手に持っていたコカムイの手帳を奪い取るようにかばんの手から引き抜いた。


「あっ……」


「私がノリくんに渡しておくね」


そう言ってイヅナは手帳を開き、何かを書き始めた。


『13日目

 

 今日は赤ボスに叩き起こされてこうざんに充電に行った。

 イヅナが空を飛べるなんて驚いた。

 アルパカさんが出したアップルティーはおいしかった。

 午後は遊園地でお祭り。とても賑やか。

 オオカミさんの読み聞かせを聞いたり久々に質問攻めにあって

 ちょっぴり疲れた。

 

 初めて出会ったフレンズ

 アルパカ・スリ 』



「何を書いてるんですか……?」


「何って、日記だよ? 今日はノリくん疲れちゃって起きないだろうから、私が代わりに書いてあげようと思って!」

そう言うと日記を書き終えたであろう手帳をコカムイの懐に入れた。


「イヅナ、お前には聞きたいことが」


「ねえ、かばんちゃん」


イヅナはまたもや博士の言葉を遮り話し始めた。


「私、ちょっと旅したくなっちゃった」


「…………はぇ?」


突然の素っ頓狂な言葉に、同じくかばんも素っ頓狂な声を出した。


「私、一人でこの島を回ってみたい。 だから、しばらくの間よろしくね」


「え、何を……」 「イヅナ、話を聞くのです!」


「じゃあ、またね、


白い煙――よく忍者とかが出すあれ――が辺り一面を覆い隠す。

風がそれを振り払うと、当然ながらイヅナはいなくなっていた。

横たわるコカムイはそのままに、イヅナだけが雲散霧消してしまった。


「……コカムイさんを連れて帰りましょう。 赤ラッキーさんはボクの鞄に

 入れておきます」


「……イヅナ、お前は一体、何がしたいのですか……?」


博士の問いに答える者は、すでにここにはいなかった。

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