2-22 ゆうえんちと紫の影

 錆が所々にあり、動きそうには思えない観覧車。

欠けて、隙間に雑草が生え、よりここを廃墟に見せる地面のブロック。

人っ子一人見えない寂れたパークの遊園地。

少し前まではフレンズさえもあまり近づかず、セルリアンが多くいたという。

そのセルリアンも今は数を減らし、本当に何もいなくなった。


「……流石にこんなのに乗りたくはないかな……そもそも動くの?」

「不可能デハナイヨ」

「乗ってみたい?」とイヅナに聞かれた。

「……やめとく」


 いくら何でも危なすぎると思うけどイヅナやサーバルは気にしていないみたいで、

メリーゴーランドの白馬に乗ったり回らないコーヒーカップに腰掛けたり、彼女たちなりに楽しんでいるようで何よりだ。


 遊園地……か。外の世界では……いや、やめにしよう。

島の外について考えているといつも記憶のことが付いて回る。

やっぱり、気持ちは改めるべきなのだろうか。



「コカムイさんっ! こっちこっち!」


「どうしたの、イヅナ」


 ついていった先にはお化け屋敷やそのほかの建物に入って楽しむアトラクションが集まって建てられていた。


「見て、これってお……えっと、何かな?」


「……まあ、お化け屋敷みたいなものだね」


 イヅナ、絶対お化け屋敷って言いかけてたよ。

間違いなく覚えてる、記憶なくしてなんてないよ。

そんな心の声は誰に聞かせることもなく消えてゆくのだった。


「入ってみようよ!」


「いいけど……ん?……っ!?」


 上の看板を見てびっくり仰天。

このアトラクションの名前は『霊界からの恐怖! 九尾狐の罠!』

という少し前のアニメのようなタイトル。

もしかして、狙ってるのかな……でも、イヅナの尻尾は九本もない。

とか考えている僕を置いてきぼりにして、イヅナはズンズンと歩みを進めていく。


 成り行きに流されてお化け屋敷に入ってしまったけど……

何も起こらない。当然スタッフがいないからだ。

壁や床には禍々しい模様もあるし、天井から時々一反木綿のようなヒラヒラも垂れてきている。

だけどそれらには一切変化はなく、また他に何かが飛び出してくるわけでもない。

ただちょっと不気味なだけだ。


「な、何にも起きないね……」とイヅナは少し口の端を引きつらせて言った。


「当然だと思うけどね……うわっ」


 ついに何か起きた!と思ったら人魂みたいな青いのが目の前に吊るされただけだった。驚いた声も我ながら抑揚がない。


「一体どうして……うわぁ!?」今度はイヅナが驚いた。


 その声と同時に何かが床に落ちる音とが聞こえ、イヅナの前に青い人魂とそれに糸で繋がっていた棒とボスが上から現れて下へと落ちていった。


「……ボス?」


 そのボスは青い。赤ボスとは違う個体のようだ、多分、このお化け屋敷のメンテナンスやら何やらを担当しているのだろう。


「……ボスが、これ吊るしてたの?」

イヅナは驚きすぎたのか少し涙目だ。


「お客様に楽しんでもらえるために……」


「それで落ちてきた、と」


 このボスは僕たちを怖がらせるために頑張ってくれたみたいだ。

ただ、吊るした人魂よりも落ちてきたボスの方が驚かれていたのは皮肉と言わざるを得ない。


「ぼ、ボクは管理に戻るよ……」


 そう言ってトボトボと裏方に戻っていくボスの背中はとても悲しげだった。

背中なんて、ほとんどないも同然なんだけどね。


 だけど、その後もそのボスは頑張ってくれてたみたいで、時々大きい物音がしたり、スピーカーから悲鳴が聞こえて来たり、お化け屋敷のセットがガラガラと音を立てて崩れたり。

……最後は事故かもしれない。



 まあ、普通のお化け屋敷ではありえないようなタイミングで音が鳴ったりして、むしろ楽しむことができた。

怪我の功名というのだろう。あのボスには感謝しないとね。


「普通のお化け屋敷とは違うねー!」


「普通のお化け屋敷、知ってるの?」


「…………」


 あからさまにイヅナが目をそらす。

だんだんと化けの皮が剥がれてきているみたいだ。

別に今は無理に聞き出したりはしないけど。

この様子だとそこまで隠しておきたいことでもなさそうだし、しばらくしたらポロっと話してくれるんじゃないかな、と思う。



 でも見てみたら当のイヅナは問い詰められないかと慌てているらしく、


「ね、ねえ! その、今度はあのメリーゴーランド」

「動かないよ」

「こ、ここ、コーヒーカップ」

「回らないよ」

「じぇ、ジェットコースターは……」

「乗れないよ」

「か、観覧車!」

「……何を慌ててるのさ」

「う、うう……」


とジェットコースターよりも目まぐるしい話題転換。

顔を真っ赤にして両腕が忙しなく動いている。


「ほら、ゆっくり楽しもう? 何も逃げないよ」


「うん……そうだね……」


 イヅナの元になったものが狐の幽霊ってことは分かるけど、ここに来てから何をしたかが分からない。

記憶があるなら、ここに来た理由とか、目的があるかもしれない。

もしあるのなら、協力してあげたいと思う……のがイヅナについて調べたり探ったりする理由の1つ。珍しいから知ってみたいのが1つ。

後者が7割。


「こ、コカムイさん、し、自然がきれいですねー……」


「ここ遊園地だから、自然は少ないよ?」


「あ、あは、ですねー……」


 だけどなんだろう、この様子を見ていると、たとえ記憶があったとしてもただの行き当たりばったりで来たんじゃないか……と思えてくる。





「コカムイくん、楽しかった?」

「ま、ぼちぼちね。お化け屋敷に入っただけだからさ」


「私たちは『メリーゴーランド』に乗ったんだ!」


「へえ……動いたんだ」


さっきは動かないと言ってしまったが、前言撤回。


「ラッキーさんが特別に動かしてくれました」

「特別に?」


「かばんは『暫定パークガイド』だから、定期的に遊具が動くか確認する必要があるんだ」


「……で、本音は?」

「頼まれたから動かしたよ」


「……正直だね」


サバンナのことといい、ボスって結構融通が利くんだね。

実に有能なロボットである。


「さて、他に見てみたいところとかある?」


「はーい! 私『ばすてき』なもの……? があるところ見てみたい!」


「そういえば、そんなものもありましたね」


「え、ええと……『ばすてき』って何?」


「前にアライさんとフェネックが乗り回してたものだよ博士がどうとか言ってたけど、ここにあるの?」


「図書館に行ったときに聞いたんだ! 私も一回乗ってみたくて!」


「へぇ、どこにあるか詳しく知ってる?」


「うーん、わかんない!」


「だよね…………赤ボス」


「マカセテ、遊園地ノ中ニアル『ばすてき』ラシイモノヲ検索スルヨ」

そして検索を始めてから数十秒後、


「見ツケタヨ、コレカラ案内スルネ」


「ありがと、じゃあ行こうか」


赤ボスの案内に従って歩くこと数分、以前アライさんとフェネックが乗っていた例の『ばすてき』が十数台と並ぶ場所についた。


「おー! いっぱいあるー!」


「好キナモノニ乗ッテイイヨ」


「じゃあこれにする!」

と言ってサーバルが乗った乗り物は、屋根に張ってあるシートの柄がサーバルの体の模様によく似た車両だった。

車両と呼ぶには少し弱々しい気もするけれど。


「かばんちゃんも乗ろうよ!」


「あ、うん」


2人は一緒に乗ってペダルをキコキコ……

あっちに行ったりこっちに行ったりメリーゴーランドの周りを一周したり……


「……楽しいのかな」

「結構楽しいのかもしれないよ! 私たちも……」

「……やめとく」

「そ、そう……」



「…………」

「…………」



イヅナは結構残念そうだ、サーバルとかばんちゃんを見ながら時々こっちをチラ見してくる。

……仕方ない、

「……せっかくなら、乗ってみる?」


「え、いいの!? やったー!」

子供のようにはしゃぎまわるイヅナ。

なぜか腕に抱きついてきた。


「ほ、ほら、乗るなら早く!」


「わーい!」


サーバルでも乗り移ったのかな。どちらかと言えば乗り移る方だと思うけど。


イヅナは白と赤の模様が入ったものを選んだ。


まあそんなこんなで僕たちもペダルをキコキコと……別に迫力とか爽快感はないけど、

「……悪くはないかな」

「あれ、なにか言った?」

「なんでもない」


遊園地も、フレンズこそいなかったけど楽しい場所だった。






バスに乗り、ロッジに戻る道の途中、ロッジの真南にあたる森の近く、


「ゆうえんちも楽しかったね!」


「そうだね……あ、コカムイさんって、島の外にある遊園地とかは……」


「……思い出したらね」


「……そうでしたね、すみません」


「気にしなくていいよ……イヅナは知ってる?」


「わ、私!? 私もよくわかんないかなー……」


「……本当に?」 「ホントだよ!」


「……そう、まあいい…や……っ!?」


「コカムイさん、どうかしました?」


「かばんちゃん、あそこ、林の奥……」


「……っ! あれって……」


「なになに……あ、セルリアン!」


「しっ! 気づかれるかも」


林の奥、木の枝の影からわずかに零れ落ちた月明かりが、紫のセルリアンを静かに照らしていた。

大きな体、石は向こうにあるようでこちらからは見えない。

そして、そのセルリアンの最も目を引くものは……


つい「何あの腕……」と言うと、 「こ、怖い形……」とサーバルが言う。


それもそのはず、そのセルリアンの腕は大鎌を思わせるような反った刃のよう。

赤ボスに聞いてみてもデータにない、新種のセルリアンだった。


「海のに続いて……」


「大丈夫だよ、コカムイさん。あっちは気づいてないから、ゆっくり離れれば大丈夫」


「……ボス、慎重に頼むよ」 「ワカッタヨ」


幸いにも、そいつに気づかれることなくその場から立ち去ることができ、無事にロッジへと戻ってきたのだった。


戻った後、オオカミさんに色々聞かれたりしたのは言うまでもないが、それについては省くことにしよう。

まあそのあとは日課を終わらせて、眠りについたのだった。

あのセルリアンについては、ハンターたちに話して

警戒してもらうことにしよう。


『12日目

 遊園地で遊んだ。

 お化け屋敷に入った、ボスは健気だ。

 イヅナは隠す気があるのかどうか……

 帰り道、腕が鎌の形をした紫のセルリアンを見た。

 赤ボス曰く新種、海の個体といい不思議なことが多い。

 

 初めてであったフレンズ

 なし』



もうすぐ二週間か……

様々なことが次から次へとやってきてめまいがしそうだ。

なるべくなら、早く慣れてゆっくりな日常を過ごしたい。


眠い、眠るとはいいことだ、いやなことをすべて忘れられる。


自分について全部忘れてしまった僕が言うのもなんだけど、ね。

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