2章 第15話 無慈悲な展開

 翌日、昼。食堂のいつもの席で昼食を取ろうと考えるルトであったが、その表情はあまり優れない。


 それは、対面に座るルティアも同じようで、何とも悲痛な面持ちをしている。


 しかし、2人がそうなってしまうのも仕方がないと言えるだろう。


 何故ならこの場に、快活に笑う1人の少年の姿がないのだから。


「アロンさん……やはり来ませんね」


「ね。アロンならもしかしたらと思ったけど、そう上手くはいかないか」


 あのアロンの事だ。案外昨日少し気まずい感じで別れた事などたいして気にした様子もなく、いつも通りにこの場へ来るのではないか。

 ルトは願望も込めてそう考えていたのだが、やはりそう簡単な問題では無かったようだ。


 しかし、だからと言って現状ルトに出来る事があるとも思えず、また何をやっても空回りしそうな雰囲気もある。


 ならば、今のルトに出来る事は──


「……とりあえず、時間もあれだし、昼食取りながら待とうか」


「はい。そう致しましょう……」


 言って、2人は普段よりも口数少なく昼食を取り始めた。


 ◇


 そんな2人の姿を、陰ながら見つめる者が居た。


 ──アロンである。


 アロンは普段の明るさは何処へやら、沈んだ空気を纏ったまま、2人の方へ一歩踏み出そうとしている。

 が、何やら心のブレーキがかかっているのか、その場を離れる事が出来ないのが現状である。


「……謝って、許してもらえるのか?」


 アロンにとって2人は、初めてできたかけがえのない友人なのだ。

 だからこそ、次の一言次第では、もしかしたら修復出来ないほどの関係にヒビが入ってしまうかもしれないと、妙な懸念が湧き上がって来るのである。


 心の奥底で、2人ならば絶対に許してくれると確信めいた思いもあるのだが、それでも心の1パーセントに芽生えた懸念が、弱ったアロンの心を覆ってしまっているのだ。


 結局、昼休みの間アロンはその場を動く事が出来なかった。

 非情にも訪れてしまった昼休み終了の時間、そしてこんな時でも身体を襲う強い空腹感にアロンは歯噛みしながらゆっくりとその場を離れるのであった。


 ──と。


「アロン……さん?」


 次の講義の場へと向かったのだろう。この場を離れて行くアロンの姿を、ルティアが偶々とらえた。

 しかし、それは一瞬の事。すぐにアロンの姿は人混みへと消えていった。


「どうした? ルティアさん」


「いえ、何でもありませんわ。それよりも──」


 ルティアはアロンを追う事はしなかった。

 代わりに、ルトの方へと向き直ると、ルティアはとある要望を口にした。


 ◇


 放課後の事。全講義を終えたルティアは、しかし未だ学園に残っていた。

 理由はただ一つ。

 自身よりも1時限多く講義を受けている少年を待っていたからである。


 と。ここで講義終了時刻となり、辺りにチャイムが鳴り響く。

 ほぼ同時に、教室からはぞろぞろと生徒が外に出て来た。

 そして皆一様に、何故か教室の前に居るルティアの姿に驚きを見せる。


 中には話しかけようとする者もいたが、それよりも早くルティアの視線に1人の少年の姿が止まった。


「…………あ」


 こちらに気づいたのか、立ち止まり小さく声を漏らす少年──アロンである。


 アロンは予想外だったのか、目を見開いていたが、すぐに表情を元に戻すと、何か言おうと口を開く。

 しかし、何と声を掛ければ良いのかわからなくなったのか、アロンは開いた口を閉じると視線を下げてしまった。


 アロンをあまり知らない人であれば、こうも元気のないアロンの姿というのは、大層珍しく思える事だろう。

 しかし、ルティアは知っている。きっとルトも知っている。


 アロンが影では人並み以上に苦悩している事を。


 ルティアが優しい笑みを浮かべる。

 そして、小さく口を開いた。


「アロンさん……この後、お時間の方よろしいですか?」


 ルトはいない。その旨も伝えると、アロンはゆっくりと頷く。


「……では場所を移しましょうか」


 言葉の後、ルティア先導の元移動を開始した。


 歩く事数分。到着したのは、食堂である。

 着いてすぐ、2人はいつもの席へとついた。


 ルトがいない事もあり、向かい合う形で座る2人。

 普段とは違う、少し重苦しい空気の中、とうとうアロンが口を開いた。


「ルティアちゃん……ルトは俺の事許してくれるかな」


 不安げな表情のまま机上の両拳を組みグッと握る。

 対しルティアは、慈愛に満ちた聖母のような優しく笑みを浮かべると、


「ルトさんの事をよく知るアロンさんならわかるでしょう?」


「ああ、そうだな。よくわかってる……ルトなら絶対に許してくれるって」


 そう、アロンもわかっているのだ。

 ルトならば、まず間違いなく許してくれると。

 しかし──


「……けどさ、俺怖いんだよ。もし対応を間違えて、今の関係が修復出来ないほど壊れたら。そんな事になったら、俺は──」


 言って、アロンはグッと口を結ぶ。


 その姿を、ルティアはじっと眺めていた。

 そして一瞬の静寂の後、小さく口を開く。


「アロンさんは──臆病なんですね」


「…………ッ!」


 ピクリと反応を示す。

 怒りか、それとも悔しさからか、机上で握られた両拳は小さく震えている。


 そんなアロンの姿を尚も目に収めながら、ルティアは言葉を続ける。


「私と……同じですわ」


 思わぬカミングアウトに、アロンは呆然とルティアの顔を見る。


「私も……毎晩のように考えてしまいますの。もし、今の関係が壊れてしまったら。そしてその原因が他の誰でもなく私だったらと……」


 言って、ルティアは自嘲気味に笑う。

 しかし、すぐにその表情は優しげなものへと変わる。


「……しかし、そう悩み続けて、ある時ふと思ったのです。それだけ必死になって頭を悩ませるのは、私が、それだけ今の関係を大切に思っているからではないかと。……きっとアロンさんも──そうでしょう?」


 小さく首を傾げるルティアに、アロンは強く首を縦に振った。


 一拍置き、ルティアが話を続ける。


「私は、ルトさんが好きです。……そして同じくらい、アロンさん……貴方の事が好きです」


「…………」


「だからこそ、私はこれからもずっと3人で仲良く過ごしていきたいとそう思っていますわ」


「……ルティアちゃん」


「しかし、その為には、まず現状をどうにかしなくてはいけません。……そこでアロンさん、どうか臆病な私に協力をしてくださいませんか?」


「協……力?」


「そう、協力です。もし1人で踏み出す勇気が出ないのなら、2人で。そうすればきっと、上手く行くはずです」


「なんで、そんな……」


「……誰が欠けても嫌なんです。2人ではなく、3人。……これは絶対ですわ」


 真剣な眼差しでそう告げると、少し悪戯っ子のような笑みを浮かべ、


「私、案外わがままですの」


 その言葉に、アロンが小さく笑う。その瞳には先程までと違い決意の色が見て取れる。


「……ごめん、俺明日ルトに謝るよ」


 ニコリとルティアが笑う。


「俺も、2人が好きで、もっと一緒に居たいって思ってるから」


「ふふっ。素直な所、素敵ですよアロンさん」


「なっ……!? からかうなよな!?」


 顔を赤らめ、思わずそう返す。そこには、先程までの悲壮感は見られなかった。


 その後、軽くやりとりをした後、この日は解散となった。


 学園を出て街を歩く中、アロンはふと思う。


 もしかしたら、戦闘力の事ばかり考えていて、本当に大事な事を忘れていたのかも知れない、と。


「明日……しっかりと謝ろう」


 アロンはそう決意すると、力強い足取りで帰路についた。


 ◇


 翌日、昼。


 序列戦対戦相手の発表を間近に控える中、ルトは食堂の定位置で1人ポツンと座っていた。


 しかし、ぼっちだからと言ってルトから悲壮感は感じられない。


 というのも、昨日の昼休み終了間際に、ルティアに今日この場に来るよう言われたのだ。

 つまり、何か用があるということである。


 ルトはそう考えながら、1人ルティアの到着を待った。


 と。ここで、遠方から声が届く。


「ルトさん」


 思わず振り向くと、そこにはこちらに手を振るルティアと、その後ろで真剣な表情のアロンの姿があった。


「……ルティアさん! それにアロン……!」


 ルトはパーっと表情を明るくすると、その場に立ち上がる。


「遅くなって申し訳ありませんでした」


「いや、大丈夫。それより──」


 ルトの視線がアロンへと向く。

 何となく、この場に集められた理由がわかった為、ルトは口を開かない。


 と。アロンが顔を上げ、ルトと視線を合わせた。

 そして、何か言おうと口を開き、しかしすぐに噤む。


 決意したはずが、俯いてしまうアロン。


 と、突然そんな彼の背に、トンと軽く押される感覚が伝った。


 きっと、ルティアが押してくれたのだろう。頑張れと、応援の意を込めて。


 アロンはぐっと口を結ぶと、すぐに大きく頭を下げた。


「ルト! ごめん! せっかく楽しい雰囲気だったのに、俺の身勝手な行動で全て台無しにしちまった。本当にごめん!」


「いやいやそんな! それより……こちらこそごめんね。アロンが悩んでいる事に気付いてあげられなくて……」


 言って、ルトも頭を下げる。

 そこへ、もう一つの影が躍り出ると同様に頭を下げた。


「わ、私も! 申し訳ございませんでした! アロンさんが悩んでいるのを知っていながら、あの時私は何もできませんでした」


「いや! ルティアちゃんは声を掛けてくれた。それなのに、俺が拒絶するような態度をとって。……だから、ごめん!」


「「「…………」」」


 一瞬の沈黙。


 しかしすぐに、誰とは無しにプッと吹き出すと、3人は笑った。

 あれ程までに悩んでいたのが嘘のように、楽しげに。




 その後、3人はいつもの席に座ると、いつものように談笑を交えつつ昼食を取った。


 そして数十分後。昼食を終えた3人が席で会話をしていると、ここで突然校内にアナウンスが響き渡った。


『ただいまより、王立アルデバード学園序列戦対戦カードの発表を行います。各学年所定の位置に集まって下さい』


 そう、本日の大イベントである対戦カードの発表である。


「……っと、いよいよか」


 アナウンスを聞き、ルトが声を漏らす。


「だな。……さて、誰になる事やら」


「誰が来ようとも、お2人ならば大丈夫ですわ!」


「……そうだね。今の僕達ならきっと勝ち残れる」


「何か俺もそんな気がしてきたわ。よっしゃ! ルト! 絶対生き残ろうな!」


「うん! 残ろう!」


「んじゃ見に行きますか!」


「「おー!」」


 妙なテンションになりながら、掛け声の後、3人は談笑を交え指定場所へと向かう。

 1学年の指定場所は正門前という事で向かうと、そこには既に吊るされた大型の掲示板を囲うように群がる学生の姿があった。


 3人はその集まりの後方に着くと、そこから掲示板を見上げる。

 十分に見える位置であった為、発表までここで待つ事に。


 会話をしつつ、その時を待つ。


 どれ程時間が経ったのか、遂にその時は訪れた。


『──お待たせ致しました。こちらが、1学年の部対戦カードとなります』


 アナウンスと同時に、掲示板に何百もの対戦カードが表示される。


 群がった学生は、血眼になって自身の名を探す。


 同様に、3人も掲示板へと目をやった。


 ルティアの名は簡単に見つかった。

 当然だ。彼女は1学年のNO.1。その名は掲示板左上の第1戦目という、何ともわかりやすい位置に記されているのである。


 3人はひとまずそこを確認すると、次いでルトとアロンの名を探し始めた。


 真剣な面持ちで目線を動かし──3人の視線はピタリとある一点で止まった。

 同時に、その表情がゆっくりと変わっていく。


「──────は?」


 呆然とアロンが呟く。


「い、いやッ────」


 その隣では、ルティアが口元に手を当て、目を見開く。


「…………ッ」


 そしてその隣で、ルトはでかでかと表示された自身の対戦相手の名前を目にしながら、グッと歯噛みをした。


 しかしそれも仕方がないだろう。


 何故なら、序列戦1年の部第247試合。ルトの対戦相手として表示されていたのは、共に戦うと誓い合った親友──アロンの名だったのだから。


「…………」


 アロンは唇をグッと噛むと、無言でその場を離れる。


 ルティアはその場で崩れ落ち、人目も憚らずに泣いた。


「…………」


 そんな2人の反応を目にしながら、ルトはただその場に立ち尽くす事しか出来なかった。

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