第9話 術師協会

 歩く事約40分。

 景色が移りゆく中、2人は遂に目的地へと到着した。


「ここが──」


「はい。ここが国内の最高経営意思決定機関──アルデバード術師協会ですわ」


 言って、2人はその荘厳で巨大な建物を見上げた。


「……こんな大きかったんだ」


 あまりの迫力に、若干気圧されながら、ルトはポカンと口を開ける。


「もしかしてルトさんは、こちらを訪れるのは初めてですか?」


 対して、ルティアは落ち着いた様相で、ルトの方へと目を向けた。


「うん。こんな目の前まで来たのは初めてだよ……何と言うか、凄い所だね」


「ふふっ……私も初めて来た時は、同じような感想を抱きましたわ」


 無駄な装飾のない、シンプルな造り。

 しかしだからこそ、国内最高の意思決定機関、その強大さをふつふつと感じられた。


 建物を眺めること、およそ数秒。

 このままでは、ルトがこの場を離れず眺め続けると思ったのか、ルティアは一歩歩を進めると、右手を入り口の方へと向けた。


「さて、私が案内しますので、いきましょうか」


「あ、ごめん。……じゃあ、お願いします」


「了解しましたわ」


 言葉の後、2人は建物の中へと入った。

 同時に、大きく開けた広間が目に入り──


「おお! ルティアじゃねーか!」


 建物に似合わない、雷鳴のような声が2人の耳へと届いた。


 状況が分からず、ギョッとするルト。

 対してルティアは、パッと表情を明るくすると、こちらへと早歩きで寄ってくる女性へと、小さくお辞儀をした。


「アリアさん、こんにちは。お久しぶりですわ」


「久しぶりだなー! 全く! 最近全然来ないから、めっちゃ退屈だったんだぞ!」


 アリアと呼ばれる女性は、まるで子供のようなハツラツとした様相で、ルティアへと絡む。

 黙っていれば、赤髪の美しい女性だと断言できるのだが、現在の彼女からは何とも残念美人感が拭えなかった。


「退屈なんて。アリアさんには大切なお仕事があるではありませんか」


「あー、うん、仕事はなー、うん、まぁ……そ、そんな事よりさ!」


「誤魔化しましたわ」


 言ってルティアが半目を作る。


「ウッ! ま、まぁ今はその話はいいじゃねーか! で、今日はどうしたんだ……? まさか、横の彼氏君を紹介しに来た訳じゃないんだろ〜?」


 ニマニマと笑いながら、ルトへと視線を向ける。

 ルティアは、そんなアリアの発言に、思わず目をカッと見開くと、


「彼氏……!? ルトさんは今日仲良くなった私の友人ですわ! ……友人、ですよね……? ルトさん」


 強く友人である事をアピールし、しかしすぐにいくら会話する仲になったとは言え、未だ出会って数時間の相手を、果たして友達と呼んで良いのかと考えたようで、ルトへと弱々しい子犬のような目を向けた。


 ルトは、何だかコロコロと変わる表情が、可愛らしいなと思いつつも、しかし決してそれを表に出す事なく、本心を口にした。


「う、うん。ルティアさんが僕の事を友人として見てくれるのなら、大歓迎だよ」


「──友人ですわ!」


 言って、バッとアリアの方へと視線を向ける。


 アリア相手だと調子が崩れるのだろう。

 やはり、いつものような凛とした様子の見られないルティアの姿に、ルトは思わず笑みを浮かべた。


 対するアリアは、


「……まぁ、そういう事にしといて、んじゃ、本当の要件の方へと話を戻しますか。……で、何かあったのかね?」


「はい、実は──」


 ルティアは、本日の事を掻い摘んで話した。

 話を聞いている間、真剣な表情を浮かべるアリアからは、先程までのどこかおちゃらけた雰囲気は感じられない。

 その様子にルトは、何だかんだ彼女が経験を積んだ大人の女性であるのだという事をひしひしと感じた。


 と、ルティアが話を終えると、アリアは小さく頷きながら、「なるほどね〜」と呟く。


「……てことは、ルティアの今日の目的は今回の件を会長へと伝える事って訳ね」


「ええ、そうですわ」


「うぃ……了解」


 言って、アリアは大きく伸びをすると、


「……んじゃ、いっちょ受付嬢としての役割を果たして来ますか〜!」


「……えぇ!? あ……すみません……」


 受付嬢という、先程までのアリアの様子からは程遠い名前が出て来た事で、ルトは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 アリアは、ジト目になると、どこかからかうように、


「なーに、ルティアの友人君。もしかして私が受付嬢には見えないと言いたい訳ー?」


「え、あ、えっと……」


「──だれがどうみても受付嬢には見えませんわ」


「ちょっとルティア〜〜! 邪魔しないでよ〜!」


「あまりだる絡みをして私の友人を困らせないでくださいね」


「へーい。……ほんじゃ、会長に話通してくるから、ちょいと待っててねー」


 言って、アリアは若干早足で奥の方へと消えていった。


「…………」


 半ば呆然と立ち尽くしながら、ルトがアハハと苦笑をした。


「……何か嵐みたいな人だね」


「ふふっ。ですね。ただ、あれでもとても優しいお方なので、少し多めに見てやってくださいね」


「うん、わかったよ」


 と、その後談笑を交えながら、待つ事数分。


 遂にアリアが奥からでてきた。

 ──何やら、気まずそうな顔をしながら。


「アリアさん? どうかなさいましたか?」


「いやっ……! あの〜実は──」


「もしかして会長が留守……ですか?」


「…………ッ! えーっと……はい……」


 言って、アリアが俯き、しょぼんとする。

 そこには先程までの元気溌剌とした様子は全く見られない。


 しかし、そんな事御構い無しとでも言うように、ルティアはどこか普段よりも低い声色で、


「何故、受付嬢でありながらそれを把握していないのですか? 確か以前訪れた時もそうでしたよね?」


「……えっと。すみません……」


 明らかにアリアの方が年上の筈なのだが、凛と立つルティアと縮こまっているアリアを比べると、どうしてもそうは見えなかった。


 ルティアは、一度小さく溜息を吐くと、


「まぁ、ご不在なら仕方ありませんわ。この件に関しては──」


「あたしが、責任を持って、会長に伝えます!」


「では、よろしくお願いしますね」


「はいっ!」


 間違いなく今日一番の力強い返事であった。


「さて、要件を済ました事ですし、私達はここで──」


「あ、ちょっとルティア……!」


「はい?」


 と、ルティアがルトと共に立ち去ろうとすると、すぐにアリアが呼び止めた。

 そして、ルトにも聞こえる、しかし普段よりも抑えめの声量で、


「いや、実はルティアだけに話したい事があってさ……」


 ルティアはそれを受け、一度目を瞑り考えると、すぐに目を開きルトの方へと向き直った。


「……わかりました。……申し訳ございません、ルトさん。そういう事らしいので、本日の所はここで解散と致しましょう」


「うん、わかった」


「本日はお忙しい中、お付き合い下さりありがとうございました」


 言って、ルティアが小さくお辞儀をする。

 対し、ルトは頭を下げるルティアを目にし、どこか慌てた様子で、


「いやいや! 僕はルティアさんが居なかったら、間違いなく死んでいただろうからね。これしきのこと、何も問題はないよ」


 と口にし、すぐに思い立ったのか、「あ、それよりも……」と言い、更に言葉を続けた。


「ルティアさん。今日は助けて下さり、ありがとうございました。ルティアさんが居なかったら、きっと僕は──」


 グッと口を結ぶルトに、ルティアは聖母の様に優しい笑みを浮かべると、


「ふふっ。それはもう過去の事……ですわ。あまり気にしないで下さい。……それよりも、こうして偶然にも出会ったんですもの。これからは一友人としてよろしくお願いしますわ!」


「うん……。よろしく、お願いします」


 言って、ルトはニコリと笑った。


 その後ルトはルティアとアリアに見送らながら、帰路へと着いた。

 その道中。街明かりの光る通りを歩くルトは、先程のルティアの言葉を思い出していた。


「……友人、か」


 今日1日でルトを取り巻く環境は大きく変わった。

 あれ程までに欲して止まなかった友人。それが今日だけで2人もできたのだ。

 あの時、一歩を踏み出したから友人ができたのか、それとも単に偶然か。


 そんな事はどうでも良かった。

 今まで居なかった友人が、今の自分には居る。


 その事実があるのならば。


 ルトはグッと顔を上げると、晴れやかな表情で、家へと向かうのであった。

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