第8話 討伐後、草原にて

「………………」


 ぽかんと口を開き、呆気に取られているルト。


 その視線の先で、ルティアはオーガが完全に消滅したのを見届けると、一度ふぅと息を吐いた。

 そして、まといを解除し、元の制服姿へと戻ると、くるりと振り返り、ルトへと視線を向けた。


「──大丈夫でしたか? ルトさん」


 可憐な笑顔。

 対し、ルトは未だ現実感のない様な曖昧な気持ちで、


「あ、うん、大丈──イッ……!」


 言って立ち上がろうとすると、肋骨の辺りに鋭い痛みが発生した。

 そういえば、先程のオーガの攻撃により、ダメージを食らっていたのだが、どうやらルティアの衝撃の戦闘シーンを目にして、痛みの事を忘れてしまっていたようだ。


「……あら、もしかして」


 目を見開く。


「う、うんごめん。実はルティアさんが来てくれる前に結構強めの一発を貰っちゃってね。……もしかしたら、骨がやられたかもしれない」


「……! それは、大変ですわ! ……少し、じっとしていてくださいね!」


 先程の冷静さはどこへいったのか。

 ルティアは少し慌てた様子で目を瞑り、手を前に翳した。


「…………え?」


 そして、状況が把握できず、再び呆然と声を漏らしたルトの前で、ルティアは詠唱を口にした。


「──天癒へキュア


 瞬間、翳したルティアの手が輝くと、その光がルトの負傷部へと移動。そしてみるみるうちに、傷を癒していった。


「…………!?」


 ──あれだけの力を持っていて、さらに回復までできるのか。


 最早、天使を超えて神のような力を持つ少女に、ルトは驚きを通り越して苦笑してしまった。


「……これでもう大丈夫ですわ」


「あ、ありがとう」


 言って、ルトは立ち上がった。

 痛みは……ない。所々にあった切り傷や擦り傷も、跡形もなく消えている。


「…………凄いな」


 身体中を見回し、そのあまりの力に、ルトは何度目かわからない感嘆の息を漏らした。


 と、今回は先程とは違い、近くに居た為、ルティアにも聞こえていたようで、


「……? 何かおっしゃいましたか?」


 言って、コクリと首を傾げる。金色の髪がサラリと揺れた。


「……! いや、凄いなと思って。あんな凄まじい魔物を一瞬で倒して、その上回復まで使えてさ」


「いえ、そんな……! 私なんてまだまだですわ!」


 謙遜。しかし、ルトは決して嫌な気はしなかった。

 それはおそらく、彼女の姿から、嫌みな雰囲気が感じ取れないからだろう。

 純粋に、本気で自身の力がまだ大した事がないと考え、それをそのまま口にしている。


 流石学年序列1位、ルティア・ティフィラムであった。


 と、ここで。ルティアが、ところでと話を切り出した。


「……どうしてルトさんは、私の名前を知ってらっしゃるのですか?」


「それは、お互い様だよ」


 とは言うものの、こちらが知っているのは当たり前。何故君は僕の事を知っているの? と、内心で思うルトであった。

 対してルティアは、ごく当たり前といった様相で、


「あの、私の方は、同じ学び舎の者の名前は全て覚えておこうと思いまして」


「え、全員!?」


 思わず驚嘆の声を上げる。


「はい。その際に、ルトさんの事も覚えました」


「な、なるほど……」


 とりあえず納得はしてみたものの、よくよく考えてみれば、かなり突飛な行動である。

 しかし、それもルティアのなせる技なのだろう。

 ひとまずルトはそういう事にしておいた。


「ルトさんの方は……」


「僕の方は……ほらルティアさんって有名じゃん?」


 ごく当たり前といった様相で発言したルト。

 が、またしてもルトが目を開く事になる。


「え、有名……ですか? そうなのですか?」


「自覚なし!?」


「…………?」


 本気で自覚がない様で、ルティアは頭上にハテナマークを浮かべている。

 その様子は大変可愛らしいのだが、今はそれどころではなかった。


「いやいや、1年の序列1位のルティアさんが有名なのは当たり前だよ! それにほら、今日だって、朝人集りが出来ていたし!」


「た、確かにできていましたわ」


「……ね!」


「はい、あの……というよりも──」


 一拍置き、ルティアは何とも言えない表情を浮かべると、


「見ていらっしゃったのですね、ルトさん」


「あ、ごめん。人集りが出来ていたもんで、つい」


 ああいった人集りが出来ていたら、つい見てしまうのが人間の性というものである。


「いえ、謝らなくても結構ですわ。……その、お恥ずかしい所をお見せしました」


 言って、ルティアが顔を少し赤らめ、小さくはにかむ。


「恥ずかしいなんて! イグザ先輩相手に、ズバッと言う姿勢、凄くカッコ良かった」


 これは本心だ。


「本当ですか? その……告白の返答となると、真剣に答えるばかりか、ついあのようなキツイ態度を取ってしまいまして。……本当、告白して下さった皆様に申し訳ないですわ」


 成る程、確かにあの時ルトもキツイ少女だと心の片隅で考えてはいたが、まさか誠実が裏目に出てしまった結果だとは。


 現在の、強者でありながら、決して驕らず、ルトの様な弱者とも分け隔てなく接してくれる姿を見れば、あの時の少々きつい物言いがいつも通りという訳ではない事ははっきりとわかるが。


「ただ、告白するのならば、力ではなく人柄を示してほしいとは、毎度思いますが」


 そこは譲れない様である。


 と、そんなこんなで会話をしていると、突然ルトがハッとした。


「……どうかなさいましたか?」


 思いの外話が盛り上がってからのコレだったので、ルティアが少々困惑した表情を浮かべる。

 対し、ルトはこちらもどこか困惑した様相で、頭を掻いた。


「いや、初対面なのに、凄くスムーズに会話してるな……って思って」


「…………! 確かに、言われてみればそうですわ」


 ルティアも今の今まで気づいてなかった様で、手のひらを口元へ持っていくと、大きく目を見開いた。


「何でだろ」


「何故でしょうか」


 言って、2人は考える。

 しかし、ルトの方は、既に答えはでていた。


 目が合った時、感じたこと。

 美しいとか、神々しいとか、色々と感じはしたが、その中でも何よりも強く感じた事があった。


 それは──


「──きっと、ルティアさんの瞳が僕の憧れの人に似ていたからだと思う」


「……似ていた……ですか?」


「うん。意思が強くて、自分の力に自信を持っていて。だけど、誰よりも優しくて、決して驕らない。そんな憧れの人の瞳にそっくりだったんだ」


「……そう、でしたか」


 ルティアはどこか反応に困っているようにも見えた。

 しかし、当然だろう。

 ルトの憧れの人。その人について、ルティアは何も知らないのだから。


 だから、ルトは小さく苦笑いを浮かべると、すぐに笑顔へと変えた。


「ささ! この話は終わりにしてさ。……一つルティアさんに聞きたい事があったんだ」


「…………?」


「あのオーガについて」


「…………!」


「ルティアさんは、どう思った?」


「──はっきり言って、異常……ですわね」


「やっぱりそうだよね」


 オーガには基本特殊な力はない。

 唯一あるのは、その恵まれた体格と、そこから生み出される強大なパワーのみである。

 またゴブリンよりマシであるとは言え、頭もそれ程よくはない。


 だからこそ、棍棒を振り回したり、殴ったりと、筋肉頼りの攻撃しかできない筈なのだ。


 しかし、今回のオーガは違った。

 黒い何かを通して、繰り出した拳が通常とは違う方向から出てくるようにしたのだ。あんな芸当、魔法か纏術でも使わない限り、無理な話である。


「──となるとあのオーガは」


「はい。突然変異種か……もしくは外部の干渉か。少なくとも、何かしら良くない事が起きているのは確かですわ」


「…………」


 ゴクリと唾を飲む。


「とは言え、オーガは基本的に単独行動が主なので、ひとまずは草原を後にしても被害が出る事は無いと思います」


 一拍置いて、


「ただ、だからといって放置していては、もしもの事があった時に対処できません。……ここは、術師協会の方へこの事を伝えるのが、得策でしょう」


 ──術師協会。

 国王を除き、ここアルデバード王国において、最も発言力の強い団体である。

 その構成員は、纏術師と魔術師のエリートがそれぞれ10名ずつと、1人の会長から成る。


「うん、そうだね」


 ルトも同様の考えであった為、うんと頷く。


「……ルトさんは、この後お時間の方は大丈夫でしょうか?」


 斡旋所で受けた依頼がまだ終わってない。しかし、どの道この感じでは、ゴブリンに遭遇するのも中々難しいだろう。


「うん、大丈夫だよ」


「……でしたら、これから術師協会に向かうので、ついてきてもらっても宜しいですか?」


 言って、ルティアが首を傾げる。

 しかしルトにとってみれば、これに対する返事など一つしか思いつかなかった。

 だから、ルトは力強く言った。


「もちろん」


 と。


 その言葉の後、2人は術師協会のある学園方面へと向かった。

 今回の件について、放置していては危険だが、決して緊急性はないと判断した為、走る事はせず、歩いてだ。


 その間も、2人は多少のぎこちなさはあれど、しかし止まる事なく会話を続けた。


 道中。辺りが夕焼け色に染まる中、並び草原を歩くルティアは、先程のルトの言葉を思い出していた。


 ──憧れの人に似た瞳をしている。だから、話やすいんだと思う。


 といった旨の言葉を。


 そして同時に、心の内でふと、思った。


 ──そういえば何故私もルトさんと自然に会話出来たのでしょうか。


 と。

 考えて、考えて、ハッと思いつく。


 ──そうだ、瞳だ。他の方とは瞳が違ったんだ。


 と。


「ふふっ……」


 思いついた途端、どうしてか少し面白くなって、ルティアは小さく笑った。


「…………どうしたの?」


 ルトが振り向く。

 瞬間、ルトの瞳がルティアの目に映った。

 その瞳に、自身の思いつきは間違っていなかったのだと確信をすると、ルティアは、


「いえ、何でもありませんわ!」


 と言って、どこか楽しそうに笑った。

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