第7話 天統者(セラフィム)
「……ルティア……さん……」
呆然と、その名を口にする。
先程まで、どこか遠い存在のように感じていた、話題の少女。
そんな彼女が、今目の前に悠然と立っている。
助けが来た、助かった! という感情も勿論あるが、どちらかと言えば、あの自身とは違う次元に存在しているのではないかと感じる程、遠い存在であった筈の彼女が、今ルトを認識し、守る様に目の前に立っているという事実に、どこか信じられないといった感情を抱いているという方が強かった。
そして同時に、幾ら彼女でも、術師団3人がかりでやっと討伐できると言われているあのオーガを、避けるだけならまだしも、1人で討伐をするなんて、不可能に近いのではないかと、ルトはそんな焦燥感を覚えた。
「……幾らルティアさんでも、1人でオーガを倒すなんて無理だよ! それに──」
直撃した最後の攻撃。咆哮、そして目が輝いた後に放たれた拳は、明らかにおかしな軌道でもってルトに迫ってきた。
「──そいつは少し様子がおかしい! さっきも、あり得ない軌道で攻撃が飛んできたんだ!」
腹の痛みの事など、どこかへ消えていた。
明らかに普通とは違うオーガ。そんな特異な魔物の情報を少しでも、彼女に伝え、1人で倒すなんて考えをどうか改めて欲しかった。
しかし、それを耳にしながらも、ルティアは尚も悠然とした態度でいた。
そこには、恐怖も、焦燥も、驚きすらも感じられない。
あの、凛とした美しい《天使》のままであった。
その状態で、ルティアは振り向きルトと視線を合わせる。
そして、目が合った事でこんな状況ながらに胸が高鳴ったルトへと、一度ニッコリと柔らかい笑みを浮かべると、
「……大丈夫ですわ、ルトさん……私は決して負けません!」
そう口にし、キッとオーガへと視線を向けた。
恐らく虚勢ではない。
彼女の発言は、自身の力に強い自信を持った、強者の余裕を感じさせた。
そして同時に、その姿が自信に満ちた笑みを浮かべる憧れの少女と重なり、
──あぁ、この人は強い。
ルトはそう強く確信をした。
先程まで感じていた焦燥感は、綺麗さっぱりと消え去っていた。
ルティアが一歩、また一歩とオーガに近づく。
悠然と、上品に、ゆっくりゆっくりと。
しかし、それなのに、ルトはどこか妙な圧を感じた。
更に歩を進めていく。その様子に魔物であるオーガまでもどこか見惚れているようであった。
遂に、ルティアが歩みを止める。
そして同時に、彼女の周囲に淡い煌めきが浮かび上がった。
星なんか目でもない程に美しい情景。
その中心で、ルティアは鈴の音にすらも勝る程に美しい声音でもって、高らかにその詠唱を唱えた。
「
瞬間、呼応するかのように紋章が輝き浮き上がると、ルティアを中心に、煌びやかな光が渦を巻き始める。
その光はどんどんとその光量を増していき、遂にはルティアの姿を覆った。
「…………」
その様は、美しいという言葉では形容できないような、美という美が詰め込まれているかのようであった。
次第に光量が収まっていく。
そして遂にその光がパッと霧散すると、中から純白のドレスの様な衣装を纏ったルティアが現れた。
そして同時に、彼女の背に、この世の全てを飲み込んでしまいそうな程、白く美しい翼がバッと広がった。
「…………綺麗」
ルティアには聞こえない程に小さく、ポツリと漏らす。
あまりにも、神々しかった。目の前で見た姿は異名の通り、『天使』の様であった。
ルティアが左手を前に翳す。
すると、周囲に輝いていた光が集まってきて、一つの形を作り出し、実体化させた。
錫杖を思わせるそれは、ルティアの手に収まると、シャンという音を鳴らす。
同時に、まるで我に返ったように、オーガが咆哮すると、先程のルトの時には見せなかったどこか狼狽した様子で、ルティアへと突っ込んで行った。
そして、あの時の様に、目を赤く輝かせると、明らかに離れた位置で拳を振った。
瞬間、その手が謎の闇に包まれる。そしてルティアの後方に同じ闇が現れたかと思うと、そこからオーガの拳が出てきた。
完全に不意をついた攻撃。
「…………! 危ない!」
思わずルトが叫ぶ。
しかし、
「──
その攻撃は、詠唱の後に凝縮した光により、完全に防がれた。
オーガの瞳に、動揺の色が伺える。
しかし、曲がりなりにもCランクの魔物。すぐに気を取り直すと、ルティアへと向かっていく。
だが、それも彼女が口を発すると同時に無意味なものとなる。
「……終わりにしましょう。──
言って、シャクッと錫杖を鳴らす。
その瞬間、ルティアの周囲の光が霧散したかと思うと、すぐにオーガの周辺へと現れた。
そして、その光量は増していき、遂にはオーガを覆うと、光は天へと昇って行き──そこには、先程まで存在していた筈のオーガの姿が無かった。
「………………え?」
時間にしておよそ2分。
Cランクの魔物、オーガ。通常では持ち得ない特異な力を有した更に強力なソレを、ルティアは1人で、未だ底の見えない圧倒的な力でもってねじ伏せた。
そのあまりにも呆気ない幕引きに、ルトはただただ呆然とするしかなかった。
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