第6話 VSオーガ

「ガァァァァァァァァァ!!!!!」


「…………ッ!」


 オーガの咆哮が響き、大気が震える。


 たった一声でオーガの力の強大さを嫌という程感じ、ルトは思わず身震いをした。


 しかし、恐怖からこの場で硬直していては、あっという間に殺されてしまう。


 そう考えると、ルトはすぐにその場から移動。


 先程棍棒を投げ、他に飛び道具を所有していないだろう、オーガの攻撃が届かない位置へ行くと、すぐさま短剣を抜刀し、前に構えた。


 極めて冷静な行動。しかし、ルトの脳内はパニック状態に陥っていた。


 どうする……どうする……どうする! 相手はCランクという格上の存在! 少しでも気を抜いたら、簡単に殺られる! ……隙を見て、逃げるべきか? いや、それじゃ、草原で狩りをしている誰かが襲われるかもしれないっ! どうする……どうする!


 敵に遭遇してしまった以上、尻尾を巻いて逃げる事はできない。

 そんなんでは、術師団員になる事など夢のまた夢だ。


 心臓が早鐘のように打つ。たいして運動をしてないのに、たらりと汗が垂れた。


 早々に結論をつけなくては、行動に起こす事ができない。

 それはわかっているのに、中々考えは纏まってくれない。


 逃げたい、いや逃げられる訳ない、逃げたい、逃げられる訳ない。


 脳内を2つの感情が巡り巡る。


 と、ここでルトは、オーガが行動を起こそうとしている事に気付いた。

 そして同時に、仕方なくひとまず結論付ける事にした。


 即ち、


『どちらにせよ、現状オーガを振り切って逃げる事は恐らくできない。なら、時間をかせぐ事だけを考えて、とにかく避け続けよう。助けが来るのならば、それでよし。来ないのならば、仕方がない。多少のリスクはあるが、何とか隙を作って、助けを呼びに行こう』


 と。


 結論付けただけだが、それだけで多少は気が楽になった。

 ルトはフーッと呼吸を整えるように息を吐く。


「…………ッ!」


 そして、オーガが動き出すのと同時に……ルトも動き出した。


 前傾姿勢で、オーガへと突っ込む。

 決して、自暴自棄になった訳ではない。ルトにも多少は考えがあったのだ。


 ここでオーガが拳を振り上げた。


 近づくルトを殴り飛ばそうとしているのだろう。


 成る程、ゴブリン以上の頭の良さはあるとは言え、流石魔物。


 その筋骨隆々な巨体と、それにより繰り出される拳の破壊力からランクCとして恐れられているが、行動の読みやすさは、たとえランクが高かろうとたいして変わらないようだ。


 当然ルトにはそう来る事がわかっていた為、簡単なステップでもってオーガの拳を交わした。


 肌に風を受ける。

 思いのほか衝撃力のあるそれは、いかにオーガの拳が凄まじいかを物語っていた。


 ……だが、危なげなく避ける事はできた。


 その後2度3度と、オーガの拳を躱すルト。


 そこでルトは確信した。


 回避というただそれだけに意識の重きを置けば、何とか時間稼ぎはできそうだという事を。


「……いけるッ!」


 避けて、避けて、とにかく避ける。


 と、どれ程避け続けただろうか。


 オーガに苛立ちが見え始めた。

 目が血走り、攻撃が更に荒く単調になる。


 そうなれば、最早ルトのもの。

 ルトは更に読みやすくなった攻撃をとにかく躱し続ける。


 そして経過する事およそ20分。


 しかし、それだけの時間が経過しても、助けどころか、近くを通る人の姿すら見えなかった。


 まずい、とルトは思う。


 幾ら攻撃が単調とは言え、一撃食らえば致命傷とすらなり得るものを躱しているのだ。


 精神的にも、肉体的にも、身体に蓄積するダメージは相当なものであった。


 ──離脱し、助けを呼びに行くべきか。


 そんな考えがルトの頭を過ぎる。


 実際、周囲に人が見られない現状、一度この場を離れても被害に遭う人間は生まれ難いはずだ。


 ならば、この場を離れ助けを呼びに行く事が最善の方法とも言えるのではないだろうか。


 ──ルトの考えは纏まった。


 後は隙を見て、この場を離れるだけだ。


 オーガの攻撃を避ける。

 やはり明らかに避けやすくなっており、これならば簡単に隙を作ることができそうだった。


 ひたすらに避ける。

 そしてそのまま隙が生まれる瞬間を待っていた……その時であった。


 突然オーガが咆哮した。そして同時に、目をギラリと赤く輝かせる。


「…………ッ」


 困惑するルト。しかし、ただ激昂しただけだと考え、すぐに気をとりなおした。


 そして再び単調に繰り出された拳を、躱そうと動き……そこで何故か目の前に拳が迫っている事に気がついた。


「…………ッ!?」


 理解が出来ない状況。しかし避けなければ死ぬだけだと考えると、少しでも直撃を免れようと短剣を拳にぶつけ、そこを起点に身体を捻ろうとする。


 が、ここで不測の事態に陥った。


 キンッという鋭い音がルトの耳に届く。そして同時に、根元から折れた短剣の刃が空を舞い、地に突き刺さった。


「…………なっ!?」


 予想外の事態に混乱するルト。

 それにより生まれた一瞬の隙を、オーガは見逃さなかった。


 すぐさま繰り出される巨大な拳。


 ルトは当然それを避ける事ができず……拳は腹部へと直撃した。


「…………ガハッ」


 そのまま2メートル程吹き飛ばされると、ゴロゴロと地を転がる。


「……ウッ……ウゥッ……!」


 腹部に走る強烈な痛み。


 もしかしたら、ホネの数本は折れてしまったかもしれない。

 そう思わせる程の激しい痛みに、ルトは腹部を抑え、目に涙を浮かべながら、立てず蹲っていた。


 それを目に収め、どこかニヤニヤとした表情でオーガは一歩一歩と近づいてくる。


 そしてルトの側にまで来ると、あいも変わらず嫌らしい笑みを浮かべたまま、ルトの様子を眺めた。


 大方、もはやいつでも殺せるルトが、最後にどういった行動に出るか、見ようという考えだろう。


 全く、オーガという名に相応しい残忍な行動だ。


 しかし、それに対し反撃でもって返すなんて行動は、現在のルトにはできそうになかった。


 当然だ、魔術も纏術も使えず、おまけに自身の得物である短剣すら折れてしまったのだ。


 更に言うならば、決して素の身体能力が高い訳でもなく、腹部に食らったダメージでその能力すらも大幅に低下している状況。


 ──この状態でどう、抗えというのだろうか。


 ルトの頭に、そんな諦めの気持ちが過ぎる。


 それを察したのか、オーガはつまらなそうに目を細めると、グッと拳を握った。


 同時に、ルトの脳内に死という文字が浮かび……その瞬間、走馬灯が走った。


『無能』と蔑まれ、序列戦では連敗続きの学園生活。お金がなく、ボロ屋で過ごす毎日。


 大凡、幸せとは言えない日々の記憶。


 ……そして、直後に、アルデバード学園入学以前の記憶が溢れてきた。


 にこりと浮かべる快活な笑顔。自身に溢れた眩しさすら感じさせる、1人の少女の記憶。共に笑い、泣き、喧嘩をし。生涯絶対忘れる事はない、憧れであり目標でもある1人の少女の──


 オーガが拳を振り上げる。それを目にし、


「……ごめん! ……ッ!」


 死を覚悟したルトが目を瞑り叫んだ……その時であった。


「──静閃シラーク


 ピカリと光る閃光。

 その後にルトの視線を、金色がゆらりと舞い……オーガが勢いよく吹き飛んだ。


「………………え?」


 目の前で起きた事が理解出来ず、ルトは素っ頓狂な声を上げる。

 そしてすぐに、目の前に一人の人間が立っている事に気がついた。


「あ、あれ……君は──」


 ──ルトは、その人物を知っていた。


 陽に照らされキラキラと輝く金色のロングヘアに、後姿でもわかる小さな顔。髪の毛先はくるくるとカールがかかっており、どこかお嬢様を思わせる。

 どちらかと言えばスレンダーな彼女の身体は、現在学生の象徴である制服に包まれている。

 後姿のみ。しかし、それだけでもどこか品のある彼女は、『天使』という異名に負けずとも劣らない崇高さを感じさせた。


 そう、彼女は。


 アルデバード学園、1年の部序列1位。


「……間に合って良かった。もう、大丈夫ですわ。……あのオーガは、私が倒します!」


 ──ルティア・ティフィラム、その人であった。

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