第16話

「う・・・ん!やっぱ気持ちい――――!!」


太陽の日差しを久しぶりに浴び、大きく伸びをする。

もちろん、クラウスの膝の上で。


「ああ、ありがとう」


黒ふわ魔物達が、傍の机の上に冷たい飲み物を用意してくれる。


「こんな綺麗なお庭があったんですね」


広く綺麗な庭を眺める瞳に沢山の蕾を見つける。


「もうすぐ咲きそうですね、なんていう花なんですか?」

「アカサス」

「アカサス…、また咲いた時も観たいですね」

「ああ、かまわん」

「やった!ありがとうございます」


ふふんと機嫌よく鼻を鳴らす小春。


「さて、と」


用意していた本を手に取ると、当然のようにクラウスの胸元へ凭れ掛けた。





事の始まりはこうだった。


黒ふわ魔物達が、いつものように小春の怪我の包帯を巻き直していた時だった。


「太陽・・、そう、太陽だ!」

「?」


突然の発言にクラウスも黒ふわ魔物達もキョトンと小春を見た。

初めの傷が治り、更に不慮の事故で起きた傷も治り掛けたところで、またも怪我をしてしまった小春は、何かを思いついたかのように突然、声を上げた。


「こんなに怪我しちゃうのは、太陽を浴びてないからかも!」


”いえ、違います、僕達がやってます”


黒ふわ魔物達の心ではそう呟いていたが、当の本人小春には、もちろん聞こえない。


「ここに来てから、一回も外に出てないですよね?」

「街に出た」

「街は別物です!この屋敷に居る時は出てないですよね」

「ダメだ」

「え?」

「外はダメだ」


”クラウス様、ナイスです!”


有無を言わせない返答に黒ふわ達がクラウスを応援する。

小春は不満そうにクラウスを見る。

あの街に出かけて以来、一歩も館から出た事がなかった。


「で、でも、怪我しやすいのは日光を浴びてないからだと思うんですよ」

「外は危険だ」


クラウスの言葉に、最初に出会った時の魔犬に襲われた事件が脳裏に浮かぶ。


「ぅぅ・・・、じゃ、じゃぁ、…外…庭…そう!お庭とかってないんですか?」

「ダメだ」

「どうしてです?」

「庭園も少しの面積ではあるが外に繋がっている所がある」

「えー、少しでもダメですか?」

「ダメだ」

「‥‥外で日光浴しながら本を読むだけですし」

「本を?」

「あ、じゃ、クラウスも一緒に、そう、クラウスも日光浴しながら本読みましょう!」

「‥‥」

「クラウスも一緒なら、危なくないでしょ?」

「だが…」

「ちょっとだけ!ちょっとだけでいいです!お願いします!」


クラウスの膝の上から絶対に離れない事を約束に、結果、今こうしてクラウスの館の庭で日光浴を浴びながら本を読んでいるという図が出来上がっていた。




そよそよと注ぐ風。

それに乗ってひらひらとしたモノが小春の持っている本の端に止まった。


「綺麗…」


羽のような2枚?いや、3枚重なった半透明なそれが太陽の光を浴びて虹色にキラキラと揺らめく。


「フィーシルか…」

「フィーシル?」

「もともと妖精界に住む虫の種族だったが、繁殖力が高く、どの世界にも生息する」

「へぇ」

「意志も持たないし、害もない、観賞用に飼うものも居るが、風がないと生きられないためすぐに死なせてしまうらしい」

「風がないと生きられない・・・」


緩やかに吹く風を心地よさそうに受け羽を揺らめかす。

その羽が揺らめくたびにキラキラと光を煌めかせる。


「あ・・・」


少し強めの風が吹くとあっという間にフィーシルは風に乗って飛んでいってしまった。


「行っちゃいましたね」

「そうだな」


綺麗だったからもう少し見たかったなと少し残念に思いながらも本に目を戻した。

最後の章に目を向ける。


「これ・・」

「ガートル、人が乗ったり荷運びに使う動物の名だ」

「あと、これ」

「それは・・」


指させば、その言葉と意味を直にクラウスが教えてくれる。

それはいつもの日常になっていた。

お陰で、大好きな本を、どんどん読めるようになっていた。


カラン・・・


コップの中の氷が音を鳴らした。


「少し休憩にするか?」

「はい」


体を起こすと、クラウスが黒ふわ達が用意してくれていた机の上の飲み物を取り、手渡してくれる。


「ありがとう」


そう言って、手に取る先にもう一つのコップが目に映る。

そのもう一つのコップを手に取るクラウス。

これは、街に行ってから変わった事だ。


この屋敷に来た頃は、いつもコップは一つしか用意されていなかった。

食べる時もそう、一人分だった。

街に出て買った栗のような味の実も、断られたのを思い出す。

クラウスが食べているところ、飲んでいるところを余り見たことがなかった。


それが、街に行ってから、クラウスの分が用意されるようになった。

クラウスが自分のコップの冷えたジュースを飲む。

それに従うように小春も自分のジュースを飲んだ。


コップから冷たい水滴が滴り散る。

そよそよと、風が髪を撫ぜる。

一緒にジュースを飲む、ただそれだけなのだが、幸せな感じがした。



自分の飲むコップを机に置こうとして腕の包帯が目に入る。


(この傷が治ったら・・・)


最初の怪我から自分のドジで2度も怪我し、これが治るまでとここに居座っている。

当たり前のようにクラウスの膝の上で寛ぐ毎日。

流石に3度目はないだろう、そう思うと、少し胸の奥が不安に揺らいだ。


(この傷が治ったら、こうした時間も終わっちゃうのか・・・)


そう思うと、何だか胸がキュッと締め付けた。

このままここに居ていいか聞こうかと何度も思った。

だけど、突然現れて、嵐だからと泊めてもらったにも拘らず、自らの負傷で更に長居させてもらっているという図々しい状況。

さらに、ここにずっと居たいなんて言える立場ではない。

クラウスも「問題ない」「傷が治るまで」と言ってはくれるが、「ずっとここに居ていい」とは言ってくれてはいない。

ということは、「期間限定」なら「問題ない」ということだと小春は思っていた。

だから「ここに居させて欲しい」という言葉が、どうしても出せずにいた。



「痛むのか?」


心配そうに顔を覗き込むクラウスに、自分が傷ついた手を持ち俯いていたことに気づく。


”おいっ、骨とかまでいってないよな?”

”やってないよ!ちゃんと、傷跡も綺麗に治る程度の事までしかしてないよ!”


会話内容はともかく、黒ふわ魔物達も心配そうに小春の顔を覗き込む。


「全然、痛くないです、大丈夫です、ちょっと考え事をしていただけで…」

「考え事?」

「大したことではないんです、あ、そうだ!この新しい巻、図書室にありましたよね」

「ああ」

「取ってきていいですか?」

「いや、お前はここに居ろ」


そう言って黒ふわ魔物を見るクラウスを慌てて止める。

いつまでもこうして甘えているわけにはいかない。そう思った小春は首を横に振った。


「図書室までの行き方覚えてます、館の中だから、自分で取ってきます」


館の中だから大丈夫でしょ?というようにクラウスを見上げる。


「…ああ、念のためこいつを連れていけ」


そう言って近くに居た黒ふわ魔物を見る。


「解りました、じゃ、行ってきますね!」


クラウスの膝から降りると、館の中へ入っていった。

中に入り廊下を歩くと、改めて広いなと感じた。

高い天井、広い廊下。

クラウス自体も大きいからかもしれないが、とにかく広い。

いつも行く、クラウスの部屋、居間、食堂、図書室の行き方は最近大体覚えてきた。

でも、館は広くたくさんの部屋がある。

少しでも道を間違えたら、きっと館の中で迷える自信すらあると小春は苦笑いを零した。


「えーと・・確か、こっち? !!」


曲がろうとしたところで目の前にぬっと黒ふわ君が現れる。


「え?黒ふわ君?・・・あ、もしかしてこっちじゃなかった?」


頷くように上下に揺れる。

そして黒ふわ魔物は小春と反対側へと飛んでいく。


「あれ?こっちだっけ?」


黒ふわ魔物がまた頷くように上下に動いた。


「ああ、そか、庭園に来たから、居間から行くのとは逆になるのね」


小春は納得すると、また廊下を歩きだした。

そんな小春の目の前に見慣れた扉が現れた。


「よかった、ちゃんと辿り着けた・・・黒ふわ君、ありがとうね」


あの時間違えていたら、館で迷子になっていたかもしれない、そう思うと、あの時クラウスが機転を利かせて黒ふわ君を連れて行かせたのはくれたのは本当に良かったと心の中でクラウスにも感謝する。


「よし、さっさと本を持って帰ろう!」


意気揚々と、扉を回した瞬間だった。


「痛ぃっ」


手に激痛が走った。

それと同時に目の前の景色がぐらつく。

訳が分からず、ぼやける目で痛みの走った手を見た。

ハッキリとは見えないが長いモノがそこに居て・・・


(・・・蛇?)


そこで意識が途絶えた。

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