第15話

”大分と、暗くなってきたな”


レオナールの言葉に窓の外を心配そうに見る。


”クラウス様大丈夫かな?小春ちゃんも大丈夫かな?”

マークが心配そうにそわそわと窓の外を伺う。


”少し遅いな・・・、何かあったか?クラウス様の姿に気づかれた?それとも小春に何かあったのか・・・”

”こちらの世界をあまり知らなさそうな小春だ、小春が何かしでかした可能性もある”


レオナールとエヴァが、想定できる問題を次々と口にする。


”とはいえ、この姿では私たちには何もできません、ただ待つしか…”


セシルの言葉にぐっと奥歯を嚙み締める。


”あ、帰ってきた!”

マークの言葉に皆が急いで玄関へと集まる。


””””!!!””””


戻ってきたクラウスの姿を見て驚き、何度もそのクラウスの顔を見返す。

いつもと明らかに違うクラウスの表情。

興奮しているような高揚した様子で、頬は黒い肌なのに少し赤く色づいているようにさえ感じられた。


”?”


一体何が起こったのか?

街で何があったのか?

聞きたいが、クラウスには自分たちの声が届かない。

もどかしさに、うずうずと体を震わせていると、クラウスがコチラを見た。


「出迎えご苦労、すぐに何か毛布を用意してやってくれ」


””””!!!””””


驚きの余り息をするのも忘れる。

”クラウス様が… 我々に話しかけられた…?”

信じられないかのようにクラウスを見る。

クラウスは移動中に寝てしまったのか、ぐっすり眠る小春の寝顔を優しい表情で覗いていた。


”はっ、早く、も、毛布を! ああ、私はお茶の準備を、エヴァ様とマーク様、毛布を頼みます”

”私はお茶を運ぶのを手伝おう”

”レオナール様、ありがとうございます”


慌てふためきながら、それぞれに猛スピードで飛んでいく。

クラウス同様、黒ふわ魔物達も興奮に体を震わせ頬が高揚に色づいていた。

クラウスと共にこの館に住み始めての100年間。

クラウスの自分たちへの認識は、この館に居る得体のしれない喋りもしない小さな魔物でしかなかった。

だから、喋りかけてもらえる事など一度もなく、それどころか見てもらえることさえも殆どなかった。

もちろん、命令なんて喋り掛けてくれすらしないのだから、された事など一度もない。

一方的にこちらがクラウスのために動いていた。

そう、一方的にこちらが勝手にお世話をしているだけだった。

100年、クラウスは自分たちを見てくれることはなかった。


”僕たちを見てくれたよね!”

”ああ、命令もして下さった!”


ハッハッと興奮に息が上がる。

毛布が楽しそうに波打たせながら、クラウスの元へ急ぐ。


100年。

魔物達にとってはそう長い年月でもない。

だが、『何もない』100年は途方もなく長く感じられた。

『何もできない』100年は途方もなく絶望感を感じさせずにはいられなかった。

もう一生このままではないのか?

そう思っていた。


”クラウス様!毛布お持ちしました!”


聞こえるはずのない声を掛け、膝の上でぐっすり眠る小春の上に、そっと毛布を掛ける。


”クラウス様、お疲れでしょう、疲れに効くハーブティをお持ちしました”


それに続くように、聞こえるはずもない声を掛け、セシルとレオナールも持ってきたハーブティのカップを机に置く。


「すまない」


””””!!””””


ぶるるるっと体が武者震う。

”クラウス様・・・”

まるで、会話が成り立っているような返事。

それはもう夢なのかとさえ思えた遥か彼方の記憶と重なり、熱いものが込み上げる。

このクラウスの変化に「街で一体何があったのか?」

それを口にしかけたが、感激の余り口を固く閉ざすしかできなかった。

もちろん、言葉にしたところで届くはずもないのだが。


「・・・ん、・・・?」


セシルが入れたお茶を一口含むと、手を少し震わせ止めた。

そして、改めてもう一口、口へ含む。


「・・・味が解る・・・」


戸惑うように呆然と呟き、そのお茶をしばらく眺めると、一気にグイっと飲み干した。


「解る・・ 解る・・・」


飲み干したティーカップを机に置き、俯く。

その体が小刻みに揺れる。


”クラウス様?”


心配そうにセシルが一歩近づく。



「ふ、ふふ・・ははは・・・」


不意にクラウスが声を上げて笑い出した。

その様に驚き、言葉を失くして見守る自分たちを、バッと顔を上げたクラウスが真っすぐに見る。


”ク、クラウス様?”


「今日、街で何が起こったと思う?」


”?!”


一番、聞きたかった事を自ら自分たちに向かって話しかけるクラウスに驚き息を飲む。



「奇跡だ・・奇跡が起きたのだ」



””””!!!””””



「そしてまた、今も奇跡が起こった」


”奇跡?”


クラウスは、傷つけないようにそぉっと小春の頬に自分の掌を充てる。


「本当に・・・いや、だが・・・」


さっきまでの興奮しきっていた表情に少し不安の色が現れる。


”クラウス様?・・・・っっ”


しばらく複雑な面持ちで小春の寝顔を見ていたクラウスはもう一度顔を上げた時には、高揚したあの表情ではなかった、恐ろしく威圧的なその表情。自分たちを見た真紅の瞳にゾクッと背筋を凍らす。




「命令だ、私が居ない時、一歩も彼女を館から出すな」




その真紅の瞳は絶対的で有無すら言えなくする程に威圧的でゾクゾクと体が震える。

それは黒ふわ達を更に興奮させた。

フルフルと体を喜びに震えさす。

そして、聞こえる筈もない声を張り上げ敬礼するかの如く背筋を伸ばした。

それを見届けると、小春を寝かせるためか、自分の部屋へとクラウスは居間を後にした。




クラウスと小春が部屋に入ったのを見届け、改めて、居間に黒ふわ4は興奮したまま集まっていた。


”ちょっとちょっとちょっと、どうなってんの?!”

マークがもう嬉しくて飛び跳ねながら叫ぶ。

いつもならジッとしなさいと怒るセシルも、それを注意しないで鼻歌まで歌っている。

”はぁ、本当に、私も嬉しさに舞い踊りたくてうずうずしています”

”ヤバいな、マジで”

”ああ・・・”

さっきのクラウスを思い返し嚙み締めるように4匹は目をとろんとさせた。


”だが、どうして急に?”

”街で「奇跡が起こった」とか何とか言ってたね”

”「今も」と仰られていました、きっとそれは、その前に味が解るとおっしゃっていましたから、その事かと”


クラウスはここに来て以来100年、食べ物に関心を示すことはなかった。

最初は口にしていたが、どれもこれも「まずい」と、あまり食事を口にすることもなくなった。

その事を指しているのは想像はできる。


”「街で」何かがあったんだろう事は確かだな”

”そうですね、その何かにきっと彼女が関わっている”


小春を見る表情、労わり方、頬に手を当てたあのクラウスの様に、確かな確信を持ち4匹は頷く。


”小春ちゃんが奇跡を起こした?”

”そう考えるのが、無難だろう”

”うむ、そう考えると小春は一体何者なのだ?”

”え?ただの人間でしょ?”

”そうだが、それにしてはこちらの世界をあまり知らないような・・・”

”そうですね、文字すら読めていなかったようですから、この世界の人間でない可能性が高いでしょう”

”え~でも、田舎の方に住んでて字を知らないだけかもよ?”

”ですが、彼女は「本」を知っていたようですし、以前も読んでいるそぶりでした、更には、この図書室にある本は色んな言語の本があります。そのどれも、彼女は解ったいなかった様子、いえ、この世界の字を始めてみたようなご様子でした”

”なるほど、ということは違う世界から来た「人間」というわけか”

”そか~、まぁ、でもたま~に居るよね~、違う世界から異空間飛び越えてきちゃう奴って”


珍しい例ではあるが、そういうモノの例は幾つかあったので、そう問題視する問題ではなかった。


”違う世界の人間の女・・・か”

”レオナール様?”


考え込むようにレオナールは復唱する。


”どうも、あの時のクラウス様の様子が気になってな”


高揚し興奮しきっていたクラウスの表情が一気に不安の色に染まったあの表情を思い出す。


”何か、関係があるのかもとな…”

”ん~、だが、前から知っていたってこともあり得ないし、たかが違う世界の人間ってだけで特に変わった能力があるわけでもないし、う~ん、感情論の観点から見ても、まぁ、一人ぼっち同志?とかの感情の共有的な感じも見受けられないしな・・・”

”あんまり関係なさそうだよね~”

”そうですね、今は、いくら考えたところで答えは出なさそうですね”


そこでコホンと一つ咳払いをするセシル。


”今私たちにできる事は、クラウス様の命令を守り、小春をこの館から絶対に出さないという事です”

”結局、今までとほぼ変わらないな”

”彼女がどんな事情の人間であれ、今のクラウス様には必要と感じる事は否定はできまい”

”ま~ね~、小春ちゃんが来たから、クラウス様はこうして僕たちを見てくれたわけだし、やっぱりクラウス様の傍に小春ちゃんはいて欲しいよね”


マークの言葉に、そうだったと頷く。

クラウス様の事に気を取られていたが、小春がここに来なければ、クラウスはきっと今もずっと自分たちを見ることも話しかけることもしなかっただろう。


”彼女には感謝しないといけないな”

”まぁ、人間の癖に根性あるよな~”

”少々図太くも感じますが、クラウス様に良い影響を今の所与えているようですしね、もう少し女性らしい品というものも欲しい所ですが、ま、でも、彼女が来なければ私たちも希望を見失うところだったかもしれません・・・”


重くのしかかる過去の100年間。

やっと見えた微かな希望。


”彼女が、「ここに居る理由」もまだいい案が出ていない、その理由を早く見つけ出さねばならない”


レオナールの言葉に頷く。


”今は、彼女がとにかく心地よく居られるように、注意を払うのは変わりません、エヴァルド様、マーク様、気を付けてくださいね”

”大丈夫、ちゃんといじめてないから”

”はいはい、解ってるって・・・はぁ、しっかし今日のあの威圧的なクラウス様の瞳、最高だったなぁ~”

”だよね~”


結局、振出しに戻るようにクラウス様談議はその夜を超え、朝まで続くのであった。

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