第13話
その日は珍しく、食事の時もクラウスが傍にいなかった。
一体どうしたんだろうと、キョロキョロと館の中を見て回る。
「あ、黒ふわ君、クラウス知らない?」
通り掛かった黒ふわ魔物に尋ねると、目の前にきて止まり、そしてそのまま飛んでいく。
(ん?ついて来いって言ってるのかな?)
どちらにしても、さっきから歩き回ってもクラウスに出会えていない。
とりあえず、ついていってみようと黒ふわ魔物の後を追う。
すると、途中、館の奥の方からクラウスが歩いてくるのが見えた。
「クラウス?」
いつものクラウスの恰好ではなく、大きな布を頭から被ったような恰好をしていた。
歩きながら何やらメモを見ていたクラウスは、小春に気づき近づいてきた。
「今から街に出かけてくる、お前は決して館からは出るな」
「え、街?!」
小春の目がキラリンと輝く。
「ああ、そろそろ買い出ししておかなくてはいけないものが幾つかある」
忘れ物がないかメモを確認するクラウス。
異世界に来てから、あの森の中と、この館しか知らない小春にとって、異世界での『街』というキーワードは魅惑の響きを醸し出していた。
「あの、クラウス、私もついていってはダメですか?」
堪らず尋ねる小春。
だが容赦ない言葉が返ってきた。
「ダメだ」
「え?なぜです?」
「危険だ」
「クラウスの傍から絶対離れませんから!」
「だが―――」
「絶対絶対、離れませんから!大丈夫です、少しは本で此処の知識も得ました!」
「ダメ――――」
「少しは字も覚えたし、実際体験もした方がいいと思いますし、その、いずれこの館からも出ないといけないですから、クラウスと一緒に先に体験しておいた方が絶対いいと思うんですよね」
「‥‥」
ただただ、異世界の『街』というものを見てみたい。
珍しいモノ、食べ物、アクセサリー、動物、色々見てみたい。
売っているものだけではない、この異世界に住んでいるのはどんな人たちなのだろうという純粋な興味があった。
もしかしたら、妖精とか、猫耳やうさ耳の人とか、そういった者が住んでいるかもしれない。そして、そんな物語に出てくるような人たちが、街へ行くと会えるかもしれない。
そう思うと、堪らなく魅惑的な匂いを醸し出す『街』ワード。
あの最初に会ったあの場所から、半日も掛かるような場所。
それとは反対方向に向かったから、この館からだと、もっと遠く時間も掛かってしまうだろう。
しかもあの森にはあの魔犬も居る。自分の足では到底向かうことが出来ない。
となると、これから街に行くクラウス。
連れていってもらえれば安全だし、クラウスの早さならあっという間に街に連れてってもらえるだろう。
こんなチャンスは滅多にない。
このチャンスを絶対逃すものかと、クラウスを食い気味に睨みつける勢いで見詰める。
「はぁ…」
珍しくクラウスは、大きなため息をつく。
「…私の傍から絶対に離れない、私の指示に絶対従う、約束だ」
「ラジャー!」
ビシッと敬礼して見せる。
そんな小春を少々呆れ気味に見ると、手を翳した。
ふわっと小春の体が浮き、クラウスの腕の中にすっぽり入る。
「今回は、かなり飛ばす、顔は絶対出すな」
そう念を押すように言うと、小春を自分が羽織っている布の中に閉じ込めた。
「行くぞ」
クラウスがそう言った瞬間、体がぐらっとしたかと思うと、凄い風圧が体に襲い掛かった。
初めてこの館に来た時よりも強い風圧にクラウスの胸元にしがみ付き耐えた。
どれぐらい経っただろうか、いつの間にか風圧も収まり、クラウスが地面に降り立つ感覚があった。
「着いた」
クラウスの言葉に、ひょこっと布から顔を出す。
「!」
目の前に広がる大きな街。
沢山の人々が行き交っているのが見える。
そこには色んな人種が居るのが遠目からも見て取れる。
「おおおっっ」
夢にまで見た「The 異世界」がそこにあった。
「すごい・・すごい凄い凄い!!」
思わず興奮を抑えきれず叫んでしまう。
「クラウス、凄いよ!本当にいるよ!猫耳もうさ耳も、うわっ熊の顔の人もいる!」
街を見渡す目に次々と驚きの光景が広がっている。
「すごい!飛んでいるよ!あっ 何かあそこ光った!ねぇ、魔法かな?クラウスも魔法使うからやっぱりあれ魔法だよね?!何の魔法なんだろう?!」
そこは夢にまで見た異世界そのもので。
「ね、早く行こう!さっきの光ったところも行ってみたい!」
興奮のあまり、すっかり敬語も忘れて捲し立てる小春をやれやれというように一つため息をつく。
「約束、私の傍から絶対に離れない、私の指示に絶対従う」
念を押すように耳元で囁かれ、ハッと我に返る。
「す、すみません、あまりに凄くて興奮しちゃって…」
「約束」
「は、はい!ちゃんと守ります!」
何度も大きく頷く。
それを確認すると、小春をゆっくりと地面に下した。
「何を聞かれても、お前は喋るな」
「はい」
「絶対に離れるな」
「はい」
「絶対だ」
「はい」
更に念を押すクラウスに唯々返事を返す。
まだ心配そうに小春を見るも、ここにいても仕方ないと判断したのかクラウスがフードを深くかぶり歩き出した。
慌ててクラウスの後を追う。
「わぁあ・・・」
街に入ると更に夢にまで見た異世界ワールドが広がっていた。
見たことのない姿の人々、もちろん、普通の人の姿の人も居る。
他にも見たことのない食べ物や、品物。
全てが夢にまで見た如何にも異世界のモノという感じで小春の興奮が止まらない。
「小春」
クラウスの呼び声でハッとする。
完全に周りをキョロキョロしていた小春は、気づけばクラウスから大分距離が離れていた。急いでクラウスの傍に駆け寄る。
「す、すみません」
「手は握れん、服も持てない、だから、私から目を逸らすな」
「!」
思ってもみなかった言葉に言葉を失くす。
(そうだ・・クラウスの体は鋭い棘が沢山ある・・だから迷子にならないように手も握れないし、服を持つのも危険だった・・・だから・・・)
あれだけ念を押したのは心配していたからなのかと、やっとそこで気づく。
(だから「危険」だったんだ・・)
「はい、今度はちゃんと付いていきます」
興奮で頭が真っ白だったのが少し落ち着く。
そんな小春を見て、少し頷くと、またクラウスは歩き出した。
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