第12話
さらにあれから幾日経っただろうか。
(流石に甘え過ぎかな・・でも・・・)
自分の腕の怪我を見る。
前の怪我が治ったら、ちゃんと自活して生きていこうと思っていた。
だが、怪我が治りかけたなぁ・・・と思ったら、クラウスに怪我を負わされたわけでなく、不慮の事故でまた怪我を負ってしまっていた。
もちろん、それが黒ふわ4の策略だと小春は微塵も気づきはしていなかった。
口元に運ばれた美味しそうな肉を見る。
既に羞恥心など消え失せていたけれど、こうして甘んじて過ごしてしまっている自分に少し罪悪感を覚えた。
「どうした?」
クラウスの言葉に、肉をしばらく見つめてしまっていた事に気づく。
「いえ、何でもありません」
この至れり尽くせりの状況、このまま甘えていて、クラウスが自分に呆れたりしないだろうか?嫌われたりしないだろうか?小春の心の中に不安が過る。
そんな小春の目に真新しいフルーツが目に入る。
「ん?これが気になるのか?」
見たこともないフルーツに興味がそそられ、首を上下に振る。
すると、器用に果物を手に捥ぎ取ると、口元にそれを持ってこられた。
それが「食べてみろ」という事は既に分かっている。
ただ今まではフォークの先だった。
それが直接クラウスの手からに変わった事に少し戸惑う。
「・・・・」
鋭い爪が目の端に映る。
少し怖いなと、鋭い爪から目線を逸らす。
(まぁ、でも、そこに触れなければ、大丈夫なわけよね・・・)
お得意の「ま、いっか」精神が顔を出す。
珍しいフルーツをマジマジと見つめる。
その脳裏には、初めて見た肉を食べた瞬間を思い起こさせていた。
あの、今まで味わったことのない夢の様に美味しかったあの感覚を。
(これも、美味しいのかな・・・)
興味が恐怖を和らげる。
また、あの美味しいと身悶えするかも知れないと思うと、ゴクリと唾を飲み込む。
果汁がクラウスの指に滴る。
(美味しそう・・・)
美味なる『食欲』が、完全に恐怖を退け、その果物を食したい欲求に駆られる。
意を決し、小春はゆっくりとそのフルーツに口元を近づけた。
はぐっ
「!・・・おぃひーっっ」
想像していた通り、それはとても美味で両頬に手を添え口に広がる甘美な甘さに酔いしれる。
(ああ…、やっぱり美味しかった・・・あの爪に怖がって食べるの辞めなくてよかった・・・)
ほぉ・・・と、吐息を吐く。
(はぁ、もう一口、いや、あの果物全部食べたい!)
余りの美味に『食欲』が旺盛になる。
だが、クラウスの手がピクリとも動かず止まっている。
それがもどかしく感じる。
そんな小春の目に、今果物を手にしていたその指に、その果物の汁が垂れているのを見つけた。
(あああ、勿体ない!美味しそう・・・)
思わず、美味なる『食欲』に負けた小春は、そっとその汁を舌で舐め摂る。
「ふぁ・・やっぱ、おいひぃ・・・」
もはや、クラウスの手がビクついた事などどうでも良かった。
余りの美味しさにただただ、もっと食べたい欲に駆られた。
そう思うも、ビクリとも動かないクラウスの手に、もどかしさと、もういっその事、自分の手でむさぼり尽きたい欲望が相まって、クラウスを見上げ息を飲む。
「クラウス・・?」
完全に固まっているクラウスを目にし、戸惑う。
(あれ?私、不味い事してしまった?そういや、指舐めちゃったし、え…、それって失礼だった?!)
今まで初めてのフルーツの美味しさに酔いしれていた小春の顔がサーっと青ざめる。
「あ・・・あの・・・」
どう言い逃れしようかと必死に思考を巡らすそんな小春の目の前に、またフルーツが現れる。
「あ・・の・・・」
目の前のフルーツとクラウスの顔を目が往復する。
(怒ってない・・?食べていい・・てこと?)
戸惑いながらも、フルーツを口に含む。
「はぁ・・やっぱりおいひぃ・・・」
フルーツの美味さに、今さっきまでの不安が消え去る。
ほけっと美味しさに浸る小春の前に指が差し出される。
「?」
その指には先ほどと同じように果汁が滴り落ちていた。
(?・・・これって、舐めろってこと・・かな?)
ちらちらとクラウスの表情を伺いながら、でも、その指から滴り落ちる果汁に”あああ!勿体ない”と、小春の『食欲』が心を占拠していく。
(さっき、舐めても怒らなかったから・・いいよね?)
恐る恐る指に顔を近づけ、ペロっと果汁を舌で舐め摂る。
「はぁ・・・やっぱりおいひぃ・・・」
結果、恐怖なんか綺麗さっぱり忘れ去られ、果汁の美味さに酔い痴れた。
「・・・・」
そんな小春をじっと見つめるクラウスの眼差し。
小春は美味さに酔い痴れ気づかない。
クラウスがうずうずと体を震わす。
「!」
酔い痴れる小春の目の前にまたフルーツが運ばれる。
そして、食べた後にまた指が差し出され舐め摂る作業がフルーツが食べ終わるまで続いた。
”なぁ・・”
エヴァが脱力気味に口にする。
”俺の目には、ペットにベタ惚れなペットバカ飼い主が、ペットの欲しいままに餌をやる図にしか見えないんだが・・・”
まじまじと、二人の様子を見る4匹。
”そうですか、私の目には、野生の小動物が初めて自分の手から食べてくれて嬉しくてバカの様に餌をあげているように見えます”
セシルもまた呆れたように口にする。
”大丈夫、どっちも僕の目にもそう映るよ”
それはどう見ても、艶めかしい男女のそれには決して見えない。
”まぁ、それはある意味、好都合だろう”
力なくレオナールが続く。
”ええ、確かに、人間の女相手に恋愛感情は必要ありませんからね”
セシルの言葉に、無意識に頷く。
そう、クラウスの傍に求める者は、『ただの癒しの存在』
”だが、何というか・・・”
二人の繰り返す動作を眺める。
”ちょっと、残念のような?”
少し呆れるような、残念なような、でもそれでいいような複雑な心境で4匹は二人を見守るのだった。
「ふぅ・・お腹いっぱい・・・」
パタンと自分の胸に倒れ込む小春を眺める。
前までは、こうして眺めているだけで小春は緊張し、チラチラと自分を見たりしていた。今では、全く気にするそぶりも見せず、自分のソファにでも座っているかのように寛ぐ。
(不思議だ・・・)
初めて会った時に小春を傷つけた手。
なのに怖がるどころか、舐めたのだ。
いくらそのフルーツが美味しかったとはいえ、怖いものには触れないし近づきもしないモノだろう。
それが・・・
「・・・・」
醜い自分の手を見る。
鋭く長い爪。
このお陰でこの姿になって最初の頃は生活が困難だった。
その上醜さも相まって、幾度この腕を切り落としてしまおうかと思った事か。
(不思議だ・・・)
醜く鬱陶しかったこの手が、今は嫌ではない。
いや、たった今、嫌では無くなったのだ。
小春が美味しそうに自分の手から果汁をペロっと舐めただけ。
たったそれだけの行動で、その小春自身をも傷つけたことがあるこの手が前ほど嫌いではなくなってしまったのだ。
それどころか、小春が自分の腕の中を望んで以来、自分のこの醜い体自体すらも、そこまで忌み嫌う事もなくなってしまった。
「ふぁぁ・・・」
自分の膝の上で呑気に欠伸をする小春を、感慨深げに眺める。
(全くもって不思議だ・・・)
「あ・・・、この後また本を読みたいんですがいいですか?」
「ああ、かまわん」
「やった!」
嬉しそうに手を前で組む。
この館で居るには少々退屈させるのではと思っていたが、小春はどうも本が大好きなようだった。
暇さえあれば「本読みたい!」と言っていた。
そのためか、字がどんどん読めるようになっていた。
「あの、クラウス」
「?」
「もっと私が本を読めるようになって、ココでの日常生活も問題なく過ごせるぐらい字が読めるようになったら、しっかり働いて、この恩返しますからね、絶対」
「・・・」
「いっぱい甘えさせてもらってますし、どれぐらい働けば返せるかは解らないですけど、がんばりますね!」
それは間違いなく、もう直に問題ない所まで覚えてしまうだろう。
「・・・まだまだだな」
「え?」
「もっと覚えねば無理だ」
「な・・・ ぅぅ・・がんばりますっっ」
「・・・・」
「!」
小春が驚いたように顔を覗き込む。
「・・・笑った」
「?」
「クラウス、今、笑いましたよね?」
「え・・・」
「初めて見ました、クラウスも笑うんですね」
嬉しそうに小春が言う。
(私が、笑った?)
目の端に、黒ふわ魔物達も驚いたように固まっている。
きっと、今、間違いなく自分は『笑った』のだろう。
「クラウスは、目は表情あるのに、顔の表情自体はいつも同じだったから、そういうものかと思ってました、何だか安心しました!」
そう言った小春の笑顔がいつにも増して光り輝いているように見えた。
それはまるで、自分を救う奇跡の光の様に感じた。
あの夜、紅月のあの紅い夜、願った願いは
(叶ったのか・・・・?)
「クラウス?」
傷つけぬように小春をそっと抱きしめる。
(いや、まだだ・・・ )
自らここに居ると彼女は望んでいないのだから。
そっと、抱きしめた手を離す。
「何でもない」
「?」
いつか、彼女が自ら一緒に居ることを望む日は来るのだろうか?
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