第5話
(まぁ…、抱っこされているのも、疑心暗鬼なのも、嫌われているわけでもなさそうだし害があるわけでもないから…ま、いっか)
館に入っても抱っこされた状態は続いていたが、小春得意の『深く考えない』思考は気楽に捉えていた。
そう、思っていた。
思っていたが ――――――
「ま、待って!!!」
小春は叫んでいた。
今もまだクラウスの腕の中に抱き上げられた状態でいる小春。
そこは問題ない。
そこは問題ないのだが、問題は場所だ。
「どうした?」
「ああああああのぉおお、ここってお風呂ですよね?」
魔犬に襲われ、扱けたりもして泥もついていたから、”湯浴みを”と言われたのはいいのだが、
「ああ、浴室だ」
平然と言うクラウスに、流石の小春もお得意の”ま、いっか”にはなれない。
「まままま、まさかと思いますが、一緒に?」
「‥‥嫌か?」
またも怯えた眼差しで見るクラウス。
だが、流石にここは譲歩出来るわけもない。
「嫌とかいう問題じゃないんです!恥ずかしいんです!」
「恥ずかしい?すぐに慣れる」
「慣れません!!怖いとか嫌とかじゃなくて、一人で入らせてください!!」
しょぼんとするクラウス。
でも、ここは譲るわけにはいかない。
” 緊急事態です! ”
黒ふわ魔物の一匹が他の三匹に号令を掛ける。
”このままでは、小春様がクラウス様を嫌厭されかねません!!果ては、この館を出ていってしまわれるかもしれません!”
”まぁ、デリカシーないわな、クラウスの教育ちゃんとしたのかよ、セシル”
”クラウス様にはそういう必要性がなかったものですから”
”いいな、そういう境遇、僕も味わってみたい、そんな境遇”
”コホン、それより、このままでは不味いのではないのか?どうする?”
”とにもかくにも、クラウス様を外へ、小春様一人で入られる状態にしなくてはっ”
”なら、セシルは彼女に、私たちはクラウス様を外にお連れする”
”えーっっ、僕、小春の方がいいなぁ”
”お前は絶対こっちだろっ!”
「ぶはっ」
不意に黒ふわ魔物達が目の前に現れ、クラウスと小春の間に割って入ってくる。
「な、なに?!」
見ると、黒ふわ魔物3匹がクラウスを必死に引っ張ろうとしているが、もちろんビクともしてない。そんな黒ふわ魔物達に呆れつつも小さくため息をつくクラウス。
「‥‥お前たちも、反対というのか」
その様子に不満そうにクラウスが口にする。
それでも諦めきれない様子のクラウスに、
「お願い」
最後の止めだと言わんばかりに渾身の思いを込めて、その真紅の瞳に訴えかけると、もう一度小さくため息をつき、やっと床へと降ろしてくれた。
そして、クラウスが出ていったのを確認し、ホッとため息をつく。
これで、ゆっくりお風呂に入れる。
そう思ったのも束の間、黒ふわ魔物が目の前に現れると、胸元に近づく。
「残って…なっっえ?!」
思わず胸元を押さえ、後ずさる。
それでも、黒ふわ魔物が迫ってきて、それは先ほどのクラウスの言葉通りの「得体の知れない魔物」に見え、この可愛く見えた黒ふわ魔物にも魔力や力があって、それが突然と猛威を振るうかもしれないと思うと、恐怖に体が震えだす。
「や、来ないで・・・・」
迫りくる黒ふわ魔物に後ずさるその背が壁に当たり、
「いやっっ!!!」
間近に迫った黒ふわ魔物に悲鳴を上げた瞬間、
「どうした?」
出ていったはずのクラウスが、目の前に現れ、思わずしがみ付く。
「この黒ふわ魔物が残ってて、近づいてきて…」
クラウスが黒ふわ魔物と小春を見、やれやれとため息をつく。
「問題ない、服を脱がせようとしただけだ」
「え?」
「湯浴みをするのだろう?だから、脱がせようとしただけだ」
「そう‥‥なの?」
黒ふわ魔物が困ったように頷くそぶりを見せた。
「念のため言っておくが、中には体を洗う魔物も居る、お前を襲ったりはしないから安心するといい」
そう言い残すと、クラウスの姿がスッと消えた。
残された小春と、気まずそうに近寄っていいのか迷っているそぶりを見せる黒ふわ魔物。
「‥‥あの、ごめんね?」
ふるふると横に揺らす黒ふわ魔物。
「その、‥‥脱がせてもらえるかな?」
「!」
黒ふわ魔物が喜んだように少し揺れると、また胸元に、さっきの怖がられたのを気にしているのか恐る恐る近づく。
「うわぁ・・・」
近づいた場所から服がはだけていく。
これも魔力というものだろうか、ふわりと脱がされた服が浮かび、近くの机へと置かれる。
「あ・・・」
黒ふわ魔物が掌を押し上げるように掌の下に潜り込む。
まるでエスコートしているように前に即される。
「ふふ…」
(なんだか小さな紳士?・・・いや、執事さんみたい)
さっきは怖がって悪いことしたなと、少し反省しつつ浴場へ足を踏み入れ目を見開く。
「広っ」
大きな浴場に目を見張る。
外観も魔族っぽい感じではあるが芸術的で、しかも湯にはバラの花が浮かんでいる。
「うわっ」
浴場に魅入られていると、体中に小さな魔物が集まってきた。
(クラウスが言ってた魔物ってコレかな?)
ちらっと黒ふわ魔物を見ると、何を言いたいのか分かったのか、頷くように上下に揺れた。
「わわっ」
群がっていた小さな魔物達から泡が湧き出す。
一瞬んで頭の先から爪先まで泡だらけになる。
(泡だらけなのに息が出来る…不思議…)
感心していると、心地よい温度のお湯が頭から掛かってきたが、これまた頭からお湯が掛けられているのに息苦しくない。
(スゴイ!…これは楽ちんでいいな♪)
「あ‥」
お湯が流れ落ちる中、ふと肩の所が淡く光っているのが見えた。丁度、クラウスの爪で傷を負ったところだ。そこだけ水や泡が当たっていない。
その淡い光の先に、あの黒ふわ魔物が居た。
(もしかして、あの黒ふわ魔物君が?)
そんな事を考えている間に、泥と汗まみれだった体がキレイに洗われてしまった。
(ピッカピッカだ・・・すごい・・)
「!」
感心しているその手がまた持ち上がる。
「黒ふわ君」
あの黒ふわ魔物がまた湯舟へとエスコートしてくれる。
「わぁ…いい香り」
湯に入るとバラの香りがふんわりと漂う。
湯に入ると、やはり肩の傷口の所が淡く光り出し、思い切って浸かってみても濡れていなかった。お陰で、肩までゆっくり浸かれ、あまりの心地良さに「ふぅ~」と安堵のため息が出た。
異世界に飛ばされ魔犬に襲われ、クラウスに連れられと、緊張の連続だった体が、やっと少し緊張が解れた気がした。
目の前にゆらゆらと揺れるバラの花を手に取り、少し香りを嗅いでみる。
甘い香りが鼻をくすぐる。
「やっぱ、癒されるな…」
(これからどうなるんだろう・・・)
落ち着くと、忘れていた不安がまた湧き上がってくる。
(運よくクラウスが泊めてくれたけど、このままずっとってわけにはいかないよね・・・)
「住み込みの仕事探さないとな・・・、あと、この世界の事も、もっと知らないと・・・」
問題は山積みである。
はぁ・・・と、ため息をつくと黒ふわ魔物が目の前に現れ、何か訴えかけるようにゆらゆらと揺れた。
「心配してくれてるの?ありがとね」
(まぁ、考えても不安しかでてこないよね、考えるのしんどいし、ま、いっか、何とかするしかないんだから・・・)
お得意の『深く考えない』思考を発動し、不安をかき消すように、バラを湯に戻すと、もう一度、身体を深く沈め湯を楽しんだ。
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