第4話

"おいおいっ、嘘だろっ!”

”な、な、な・・・幻を見ているのでしょうか?”

”久しぶりの女!やったー!”

”どうみても、人間の女だが…何者なのか?”



目の前の大きな古い館を見上げる。

古い佇まいだが、お城を連想させるような豪華で美しい館に、思わずファンタジー小説などに出てくる館のようで、思わず目を輝かせる。

ただ、付け足すなら、悪魔の城の方だけれど。

それはそれで、綺麗なおとぎ話のようなお城の方でないのが、自分らしいなと思った。



”きっと私達がおかしいのです、100年もこの過酷な状況に陥り願望が見せているのです、きっと・・・”

”いや、しっかり人間の女を抱いているよ?はぁ・・やっとこの館にも花が舞い込んできたか・・・長かったぁ・・・ぅぅ”

”信じられん、失礼だと思うが、正直、どう見ても今のあの容姿、怪物か化け物としか見えない状態だぜ?皆恐れて逃げてくっつーのに、抱きついてるぞ?あーもー、信じられんっ!”

”うむ、危険は無さそうだな、魔力も感じない、どう見てもただの人間の女だな”




とはいえ、美しいとは思わずにはいられないその館を見渡し、そして、目の前の扉に目を止めた。

そんな目の前に4つの黒くふわふわ飛ぶ丸い物体が飛び込んでくる。


「ひゃっ」


驚き思わずまた、大男の胸にしがみつく。




”おいおいっ、抱きついたぞっ”

”願望です、幻ですっ、そんなことあり得るはずがありません!”

”うむ、抱きついているな”

”いーなーっっ、僕も抱きつかれたーい!”




わやわやと、目の前で飛ぶそれに気づいたのか、「ああ」というように大男は口にした。


「私が此処に来た時にはもう居た、何も悪さはしない、むしろ尽くしてくれている」

「・・へぇ」

「どういった魔物かは知らないが、問題はない」


そう言い切る大男の言葉にまじまじとその黒く丸い物体を見る。



”おおおっ僕を見ているよ!僕を!”

”正確には「僕」ではなく黒い丸い物体だろ”

”怖がらないな”

”本当に、本当に、これは現実・・・・”



何だか焦っているような困っているような、せわしなくソワソワしているように見えた。


「そう言えば、聞いていなかったな」

「?」


不意に大男が口にする。


「私の名はクラウス、お前の名は?」

「クラウスさん・・・ 、私は小春、滝川小春です」

「名は呼び捨てでかまわん」

「あ、はい、じゃ、クラウス・・・って呼ばせてもらいますね」

「ああ、・・・名は、小春か・・・」


考え深げに名を復唱され、少し首を傾げてみた。

そんな二人の間に割って入るように黒い丸いふわふわしたものが現れる。


「!」

「ああ・・そうだな、嵐が来る、早く館へ」


早く入るように即してくれていたのかと、なるほど、悪い魔物でもなさそうだ。



”これが現実というなら、彼女、小春を決して逃してはなりません!何としてでも、小春をこの館に押し留めるのです!”

”セシルの言うとおりだな、これを逃せば、クラウス様に近づく者など現れまい”

”あの容姿だもんなぁ~、100年、誰一人近づく変わり者なんていなかったしなぁ~。それがまさかの怖がることもなく抱っこされているわ、しかも女だわっ最っ高!”

”マーク様、嬉しいのは解りますが、一番あなたが粗相を起こしそうな確率が非常に高くございます、慎重に行動をお願いしますね”

”解ってるって!女のいる生活かぁ~♪ふふ~ん♪”

”しかし、あのクラウス様が女ね~、それもまた信じられん光景だな・・”

”エヴァ、感心している場合ではない、今大事なのは、彼女を逃さない事だ”

”はっ、レオナール様”

”いいですか、執事の私はいいとして、特にマーク様とエヴァルド様は、小春様に怖がられる行動は一切慎むようにお願いします!”

”おう”

”はーい”



ギィィ―――――――――――――



目の前の扉が勝手に開く。

これも魔法か何かなのかと感心していると、クラウスが自分を抱きかかえたまま当然のごとく中へと入っていこうとするので、慌てて止める。

流石に、目的場所までついたのだ。館の中まで抱っこされたままは恥ずかしい。

「あ、あのっ」

「?」

「ありがとうございます、その、降ろして下さい」

「‥‥」

クラウスの瞳が真っすぐに自分の瞳を見つめる。

何かを探るかのように、そして少し不安げに揺れている気がした。

「?」

何をそんなに不安がるのだろうと首を傾げると、

「やはり、嫌…か?」

「え?」

思いもしない言葉に、きょとんとしてしまう小春。

どうしてそんなことを言うのか?と思考を巡らすと、さっきの光景が脳裏を過る。


(そういえば、さっきの血が出たときも、異様に怖がられることを気にしていたっけ…)


「…嫌じゃない…ですよ?その重たいかと…」

できるだけ、傷つけない言葉を選んでみる。

「本当に?」

会った時から繰り返される、念押しのような繰り返される”本当に?”。


(まぁ、この姿じゃ普通は怖がるよね、とはいえ、どれだけ自信ないんだろ・・)


このとても恐ろしい魔獣のような姿をした大男の『自信がない』ところに、なぜか人に嫌われることを恐れて極端に怯えている自分と何となく重なって見えた。


「・・・ぁ」


(そうか、逆だ、、だわ)


自分が人に嫌われることを極端に怖がるようになったのは、姉が原因だった。

尽く理不尽な状況に陥ったから、今、極端に怖がるようになったのだ。

ということは、このとても恐ろしい魔獣の姿をしたクラウスも、それだけのことがあったということなのだと理解する。


「全然、嫌じゃないです」


安心させるように、ハッキリと言うと、クラウスは安堵した表情を見せた。

その表情に小春自身もホッとする。


(傷つけてなくてよかった…)


「…なら、問題ない」

「え?」


そのまま、つかつかと屋敷の中に入っていく。


「あ、あの、クラウス、自分で歩けるから、その、降ろして」

「重くない、むしろ、羽のように軽い、それにお前は嫌じゃないのだろう?」

「問題はそこじゃなくて!」

「…それとも、やはり、嫌、なのか? …怖いか?」


足が止まり、また不安気に顔を覗き込むクラウスに小春は押し黙る。

ただ単に恥ずかしいだけなのだが、そういえば終わりなだけの話のはずなのに言葉に詰まる。

大事そうに抱きかかえる手が、微かに震えたのに気づいてしまったから。


「‥‥重くないなら、いい…です」

「本当に?」

「大丈夫です、嫌じゃないですから‥‥ (ボソ… 恥ずかしいけど・・・)」

「?」


まだ不安気に怪訝そうに見るクラウスに、安心させるために何か話題を振ろうと辺りを見渡す。


「っ!」


廊下を見ると、小春の目線を追うように廊下に灯が灯っていく。


「すごい!さっきの扉が自動に開くのといい、これって魔法?」

「私は使ってはいない、きっとこの魔物達が気遣ってやってくれているのだろう」


先ほどの丸い黒いふわふわした魔物が整列してお辞儀をする。

その様子が可愛くて思わずクスっと笑ってしまう。


「可愛いですね」


そう言ってクラウスを見上げると、また驚いた表情をしていた。

もう、この訳の分からない驚いた反応、何度あったことだろうか。


(聞いてみても…いいかな?)


容姿は怖い姿だけれど、姿だけで怖い人ではないと判ったのだ。

聞いても問題はないのかもしれないと、小春は口にしてみた。


「…あの、どうして驚いているんですか?」

「お前が魔物を、しかも得体の知れない魔物を『可愛い』というから驚いたのだ」


(確かに得体のしれない魔物、そう思うと怖いのかもしれない…だけど)


「クラウスが、害はないって、良くしてくれるって言ったじゃないですか?」

「ああ、確かに言った」

「それで、容姿もこんなに丸くてふわふわしていて、しかも整列してくれてお辞儀みたいなことしてくれて、『可愛い』以外の表現なんて無い気がするんですが…」


思い切って思ったことを口にしてみたら、またも驚いた表情をする。


(もう何度目…、驚かれるのにも慣れてはきたけど、そんなにこの世界じゃ私の発言て不思議ちゃんなんだろうか?)


「‥‥お前は、私の言葉を信じたから、『可愛い』と?」


クラウスの言葉に、そうではないと気づく。


(私の発言っていうより、クラウスは怖がっているってこと…かな?)


”もしそうだとしたら”、小春は思った。

『安心させたい』と。


自分と重ね合わせたのかもしれない。

人に嫌われるのを極端に怖がる自分。

そのため、「嫌」とか「できない」が言えない自分。

いつも人の目を気にして、嫌われない言葉を探していた。

だから人と話すのを怖がっていた。

『間違った答え』を口にして嫌われることに怯えたのだ。


目の前の容姿だけで皆、恐ろしくて逃げていくようなこの狂暴そうな悍ましい姿のクラウス。

それほどの容姿をしているというのに、小春の反応をいちいち気にする姿が自分と重なって見えてしまうのだ。


(どういえば、安心させられるだろう?)


怖がられることを恐れるクラウス。

言葉の選択を間違え嫌われることを怖がる小春。


間違えて傷つけてしまわないか、嫌われたり、怒ってしまったりしないか、そう思うと怖くて言葉が出てこない。


でも、不安気に揺れる瞳の奥にある少し期待に満ちたその瞳が、今言葉を発しなかったらきっと期待を裏切ってしまうと思えて、恐れる心を押しやって少し震える唇で恐る恐る口にした。


「クラウスは私に嘘を言ったんですか?」

「言っていない!断じて」

「なら、やっぱり『可愛い』で、いいですね」

「!」


本当は、怒ったらどうしよう、嫌われたら、傷つけていたらどうしようと怖くてたまらなかった。それを必死に隠して、安心させるようにニッコリと笑う。


『この態度は間違いではないだろうか?』


笑った事すら不安に思う小春。

小春の心臓は笑顔と裏腹にバクバクと脈打っていた。

するとクラウスの表情が一気に綻び、ギュッと抱きしめられた。



「ああ、問題ない」



(よかった・・・)

小春はホッと気づかれぬように息を吐いた。

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