第3話

が、



それは夢を見ているかの光景だった。

目の前の黒い影が急に無くなり、

紅色の光が揺らめく。



「え・・・・?」



唖然としながら、状況が呑み込めず、ぼやけた景色をハッキリさせるため、涙を手の甲で拭った。


「あれ? あの狼みたいな獣は?」


さっきまで牙を剥き出し唸り声を上げていた獣の姿が一匹残らずキレイさっぱりいない。

あまりの状況の変化に、しばらくポカンとする。

そんな抜け殻のような自分の顔が陰り、見上げると・・・


「ひっ・・・」


目の前に大きく異様な姿をした獣とも人ともとれる黒い悍ましい姿のモノが立ちはだかっていた。

口元からは牙が、頭には大きな角が、身体からも刺々しいものが外側に生え、手には鋭い長い爪が、肌は黒く甲羅のような硬そうなモノで覆われ、体からは蠢き上がる黒い影。

見るからに不気味で悍ましいその姿に、恐怖に顔が強張る。

そして、恐る恐るその異様なモノを見上げると・・

「!」

自分を見つめるその怪しく輝る紅の瞳の強さに、身体がゾクゾクっと身震いした。

先ほどの獣なんて比じゃない。


(まるで、魔王・・・)


その姿は魔物のすべての頂点のような、威厳のようなモノを感じた。

一難去ってまた一難。

のに、こんなラスボスな奴が現れてしまっては、もうどうしようもない。


「?」


そこで、ふと疑問が沸く。


( 救われた? )


そういや、さっきの沢山の獣、一瞬にして消えてしまった。

それで助かったのだ。

てことは・・


「・・・もしかして、・・・助けてくれた?・・・んですか?」


恐る恐る口にすると、頭を微かに頷かせるしぐさを見せた。

それに驚く。


(まさか、この魔王のようなラスボス的な人に助けられたの?!どうして?)


自分は、理不尽な人生で、この展開はないと諦めていた。

が、本当に物語のような展開になれたことに思考がパニックを起こしていた。

混乱する中、見上げるその人物の異様な禍々しい様相に、何となく納得する。


(普通なら、ここで美男イケメンが登場!だよね~、流石私だわ、助けてくれた相手は中々に悍ましい容姿の魔獣?人?だなんて・・・ね・・・)

これなら自分を助けた展開があっても確かにおかしくはない気がしたのだ。



「なぜ、お前はここに居る?」



思考を巡らしていると、目の前の人物が口を開いた。

その質問に、なんて答えようか迷う。


「・・・気づいたら、その、ここに」


少し、驚いたように瞳が微かに見開く。

その意味が解らず、それはどういう感情なのかが読み取れず悩むものの、


(一応、助けてくれた人だから安心していい・・のよね?)


あの獣に襲われ、死を覚悟し、それが助かり、さらにラスボスのような怖い容姿の人物登場と目まぐるしい展開に我を忘れていたが、やっと少し思考が落ち着いてくる。

自分が、町や村を探しに移動しようとしていたことを思い出す。

今の自分の状況はとても危うい。

ここに居ては、またさっきのような獣に襲われるやもしれない。

何とか早く安全な場所に移動することが先決だ。


「あの・・・」


とはいえ、村など安全な場所がどっちの方向か解らない。

とりあえずは助けてくれた人物なんだから、聞けば教えてくれるかもしれない。


「・・その、安全な場所、その、村とかって、どっちにあるんですか?」


この言葉に、目の前の人物は何か伺うような眼差しで瞳をじっと見つめてくる。

そして、おずおずと腕を上げ指さす。


「街なら、ここを真っすぐ降りていけば行けるが・・・」


そこで、言葉を区切り、まじまじと見つめられる。


「?」

「・・・お前のような女の足だと、半日は掛かる」

「え?!」


(そんなに森の奥だったのかココ!)

と、愕然とする。


「そんな・・どうしよう・・」


野宿何て到底無理だ。危険すぎる。

なんとか町に辿り着ければ、宿に泊まれるし、衣食住も確保できるが、あまりにも遠い。

だが、どうにかしてでも、何とか宿と衣食住を手に入れなくては・・


「・・・あ」

「どうした?」


そこでハタと思い出す。


「・・・お金」

「?」

「私、お金も持ってない・・」

「!」


(これでは宿どころか衣食住全てダメじゃん!)


「あ、あの、す、住み込みで働ける場所って・・ありますかねぇ?」

「・・・・」


この言葉に、瞳が少し呆れた眼差しへと変わる。


(仕方ないじゃん!どんな目で見られようと今現実、死活問題なんだから!)


縋る思いで目の前の人物を見つめる。

見つめたら、驚いたように見つめ返された。


「?」


(さっきもそうだけど、何を驚いているんだろう?)


思わず首を傾げると、戸惑ったように瞳が揺れた。


「お前は、怖くないのか?」


「え?」


そう聞く目の前の人物は、さっきの魔王のような威厳は感じられず、容姿は禍々しく異様なくせに、ひどく弱弱しく怯えているように何故か見えた。

いや、普通なら、どう見ても怖く恐ろしい人物にしか見えないし、普段なら怖くて直視も出来ないだろう。

だけど、助けてもらって、さらに今置かれている状況からなのか、容姿云々を気にしている状態ではない。だからそんな風に何故か見えてしまっただけかもしれない。


じっと答えを待つ、目の前の大きな異様な姿をした男?魔獣?を見上げる。


「えと、・・確かに最初見た時は怖かったですが、助けてくれたし・・あ・・」


そこでまた、ふと気づく。

(そう言えば、肝心なこと言ってなかった!)


「?」


「あの、助けてくれてありがとうございました!助かりました!!」


満面の笑みでお辞儀をし、礼を言う。

とにかく、助かったのだ。

あっけない、あまりにも理不尽で悲しい終わり方をしなくて済んだのだ。

容姿はどうあれ、街の場所や掛かる時間まで教えてくれた悪い人ではない人に助けられただけでラッキーだったのだ。

そう思うと、これから多難であると予想されるも、この大惨劇を乗り越えられたんだ、何とかなるかもしれないと思えて自然と笑みが零れた。


「!」


今度はハッキリと解るぐらいに驚く様子を見せた。

そして明らかに混乱している様子に首を傾げる。


「あの・・?」

「本当に、怖くないのか?」

「あ・・・はい」


そう言えば、さっきの質問にはっきり答えていなかったと、改めてはっきりと肯定する。

それを信じられないというように、狼狽える表情を見せる目の前の禍々しい容姿の魔獣のような大男。


「本当に・・本当に?怖くないのか?」

「っ・・!は、はい」


ガシッと肩を掴まれる。

鋭い爪が食い込む。


「本当か?本当に?」

「い、・・痛いですっ」

「!、すまないっ」


ハッと我に返るように手が離される。

掴まれた肩の辺りから、血が滲み出る。

まぁ、あんな爪していたら、傷もつくよねと、苦笑いを零す。

(そんなに深くないし、すぐ治るから、ま、いっか・・・)

そう軽く考えていたのだが、目の前のこの大男はさっきよりも更に狼狽え出した。


「な・・あ・・、どうすれば・・、こ、怖がらせてすまない、悪気は・・・」

「えと、あの、大丈夫です・・よ?」

「血が・・、こんなに簡単に血が流れるなど、人間はこんなにも弱いのか?!」

「あ、いやまぁ、その爪キレッキレな感じだし、触れれば切れて血がでるかと・・」

「あぁ、血がこんなに・・・、怖がらないでくれ!」

「いや、その、逆にそんなに狼狽えられると怖さどころか心配になります」

「血を、血を、止めないと!死んでしまうっっ」

「いや、その、これぐらいじゃ死にません」

「死ぬのは許さん!」

「聞いてます?」

「血を止めなくてはっっ」

「えっっ!?」


目の前の大男の顔がぐいっと近づく。

驚いたけれど、間近に迫るその真紅の瞳があまりに綺麗で思わず魅入り動けなかった。

首元に大男の髪がふわりと当たる。

禍々しい容姿なのに髪は柔らかいんだと、呑気に考える。


「ぁっ」


服がずらされ、肩に生暖かい息が掛かる。

湧き出る血を大男の舌が舐め上げる。

何とも言えないゾクゾクとした感覚が体を巡る。


「人の血は、甘いな・・・」


美味さに満足するように唇にも付いた血を舐め摂るしぐさを見せ、普通なら怖いはずなのに満足する真紅の瞳に魅了されていた。

あまりにも、色々なことがあり過ぎて、自分の感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。


(でも、ま、いっか・・)


本で読むようなファンタジーなら、ここは良いシーンで萌えまくる所だ。

だが、本のような美男イケメンでなく、禍々しい容姿の男なのが自分らしいと、心の中で突っ込みを入れる。

本来ならこんな容姿の男にされたら、不気味だし、怖いし、気持ち悪いだけだけど、その真紅の瞳は妖艶に美しくて、何故だか許せてしまえていた。


(怖い容姿なのに、紅い瞳は綺麗だし、なんだか憎めないなぁ・・)


のんびり思考を巡らしていると、目の前の大男が空を見上げた。


「・・嵐がくる」

「え?」


不意に体を抱き上げられる。


「え、あのっ?」

「屋敷に戻るぞ」

「へ?」


(それって、もしかして泊まらせてくれるってこと?)


そうであれば、願ったり叶ったりだ。

こんな所に置き去りにされたら確実に死ぬ。

とはいえ、街までも半日も掛かるなら、その道中で確実に死ぬ。

どのコース辿ってもThe ENDの未来しか見えない。

しかも嵐が来るって無理ゲー以外の何物でもない。


「あの、それって、泊らせてくれるの?」


大男が頷く。

「あの、ありがとうございます!」

また、驚く表情を見せるが、戸惑いつつも少し口元に笑みを浮かべてくれた。

容姿が怖くて、そんな笑みも普通なら恐怖に震えるだろう。

だが、もう既に感覚が狂っているのかもしれない。

その笑みが、何だか嬉しく思えた。


そして、自分の棘が体を傷つけないように、壊れやすい宝物を大事に抱くように、身体を抱きしめられ大男のマントで覆わされる、と、同時。

スゴイ風圧が体に当たり驚いて大男の胸にしがみつく。

すると、”怖くない”というように、身体を軽く抱きしめられた。


(何でだろう・・初めて会ったのに・・しかも怖そうな人なのに・・安心する・・・)


安心からか、冷静を取り戻し、何が起こっているのか確認するために顔を上げた。

「!」

マントの隙間から見える風景は、まるで線だ。

あまりの高速移動に風景が線に見え、驚きに言葉を失う。


「あ、崖っ!」


急に目の前に物凄く高い崖が迫る。

思わずぶつかる!と目を瞑ると、ふわっと浮いた感覚があった。

恐る恐る目を開けると、目の前には壁があった。

だが、ぶつかっていない。

方向が違うのだ。

物凄いスピードで上へと上昇している。


「・・と、飛んでる?」


何も問題ないかのように高く聳えていた崖の頂上に辿り着く。


「もう少しだ、これなら嵐に間に合う」


大男の言葉に、そこでやっと空を見た。

確かに黒い雲が押し寄せて来ていた。


「行くぞ」


その言葉を合図の様にまた物凄いスピードで草木の間を通り抜けていく。

風景が線となっていく。不思議な光景だ。

やはり、現実世界ではないんだと実感する。

その不思議な光景が止むと、目の前に大きな館が現れた。

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