第2話
身体に風を感じる。
足元の草が当たるような、サワサワした感覚を感じる。
まるで、外に居るかのような感覚。
眩しさに閉じた目を、少し開ける。
眩しい光は、なさそうだ。
逆に暗い?
ゆっくりと瞼を開けていく。
「!」
息を飲む。
辺りは暗闇。
しかも、よく見ると森のような場所。
周りに草木が生い茂っている。
「な・・・んで・・・」
さっきまで確かに部屋にいた。
それが、あの魔方陣が光り出して、目を開けたら暗い夜の森の中?
「マジで・・あれ、本物だったの?!」
嫌な映像が頭を過る。
そうあの時、あの拾った紙に描かれていた魔法陣に血がついた。
もしかしたら、その血があの魔方陣を発動させたのかもしれない。
「嘘でしょ・・・」
嫌な脂汗が体から滲み出る。
本当に本当なら、違う世界に来たということ。
本当に本当なら、帰る方法が解らないということ。
あの『魔術書』も、『発動した魔法陣』も、今、手元にはないのだから。
本の中や、物語であれば、ここから始まりである。
ワクワク感が上昇する瞬間だ。
だが、現実に起こったなら?
「怖い・・・」
真っ暗な森の中なんて、現実世界でも怖い。
しかもそれが、異世界で、右も左も解らない状態で放り出されたら・・・
「怖いに決まっているじゃん・・・」
固まった体を何とか動かし、周りを見渡す。
何度見渡しても、鬱蒼と生い茂る草木のみ。
少し肌寒い風が、その鬱蒼と生い茂った草木を揺らす。
「はぁ・・」
ため息を一つ付く。
どうせ転生するなら、もっと別の場所が良かった。
現実も理不尽ながら、夢も理不尽だなと、脱力する。
「私の人生ってつくづく理不尽・・・」
現実では、癒し場所として読んでいた本の中のファンタジーが実際体現できたというのに。
結局、こうなるわけだ。と、その『リアル』に落胆する。
ふと脳裏に、黒猫が横切ったのを思い出す。
「こういうことだったか・・・」
もう一度、大きなため息をつくと、改めて顔を上げた。
「ま、いっか」
落胆していようと今の現状は変わらない。
それに、見渡すは暗闇と鬱蒼と生い茂る草木のみ。
ここに居てても仕方がない。
とにもかくにも、まずは移動して、町や村など人が住んでいる場所を探そう。
そう考え、一歩足を出した瞬間、異様な目線を感じ、ビクッと体を震わせ止める。
「何?」
辺りを、もう一度見渡す。
やはり、暗闇と鬱蒼と生い茂る草木。
「気のせい?」
注意深く、その鬱蒼と生い茂る草木を見ると・・・
「ひっ!!」
そこに二つの蒼く光るモノを見つける。
「な、なに?」
辺りをさらに見渡すと、その蒼く光る光は、あっという間に増え、周りを取り囲む。
「だから、何?!」
恐怖に震える体で一歩後ずさる。
カサ・・・
耳に聞こえた草木を踏みにじる音の方へと目をやる。
「!!」
そこには、黒くゆらゆらと揺れる狼のような形をした獣が涎を垂らしながら獲物を見る目でこちらを見ていた。
カサカサカサ・・・
一匹現れると、一斉に鬱蒼と生い茂る草木から、その狼のような獣が現れる。
「グルル・・・」
獣がうなり声を上げる。
その唸り声は、徐々に荒々しくなり、牙を剥き出す。
更には瞳が蒼から赤へと変化していく。
(ヤバい・・かも・・、どうすれば・・・)
恐怖に体がガクガク震える。
完全に自分を狙っている獣。
それに抗うすべは何一つない。
逃げたって、狼みたいな獣にすぐに追いつかれてしまう。
目線を落とすも、小枝や小石ぐらいしかない。
こんなのでどうやったって対抗できない。
すぐに襲われ殺されてしまう。
(殺され・・え?・・・私、死ぬの?)
これが夢でないのなら、自分は、この狼のようなモノに襲われれば『死ぬ』のだ。
それを自覚した瞬間、激しい絶望感が襲ってくる。
(嘘・・嘘・・いや、でも、これ夢じゃないの?本当は?)
現実を直視できずに混乱してくる。
自分の腕をギュッと抱きしめる。
はっきりした自分の体の感覚。
体に吹き注ぐ肌寒い風の感覚。
どれもどう考えてもリアルで・・・
(か、仮に、これが現実だとしても、よ、ありえないよ・・)
本の主人公なら、異世界に飛ばされて、危険な状況迫ったら、カッコいい男性が現れて助けてくれて・・・なんて素敵でワクワクする魅惑のストーリーが始まる。
でも・・・
(私の人生って・・・理不尽・・・てことは・・・)
異世界の世界に飛ばされて、即効、”THE END” なんてことも、十分にあり得るわけで・・。
考えてみると当たり前だ。
本のように上手く物事が進むわけがない。
姉のようなタイプならもしかしたらもあり得るけれど、自分がそのタイプでないことは、もう嫌というほど理解している。
本の様に、ここで助けてくれる人が現れるなんて、現実では然う然うあり得ないことだ。
ましてや、夜の森の中。
ましてや、理不尽人生の自分にはあり得ない事。
じりっと獣の足が一歩、また一歩と近づいてくる。
「あっ・・・」
思わず一歩後退るが、足がもつれて転んでしまう。
ハッと周りを見渡すと、さらに獣は距離を縮めていた。
耳に届く獣の唸り声が、どんどん大きくなる。
迫りくる恐怖に、身体がガチガチに固まり、ガクガクと大きく震えだす。
いつもなら、「ま、いっか」と流せるものの、今回は『死』が直面している状況。
どうしようもない理不尽なこの光景に、気づくとボロボロと涙が零れ落ちていた。
(あり得ない・・死ぬ時すら安らかに死なせてくれないっていうの・・?)
かなり近づいてきている獣を見る。
それは、完全なる終わりを告げられていると悟る。
「ま、いっか」では終われない。
理不尽すぎる現実に瞳から光が消える。
「私、死ぬんだ・・・」
ポツリと呟いた言葉が合図のように、獣が一気に襲い掛かってきた。
身動きなんて出来るはずもなく、ただ、襲い掛かってくる獣を呆然と瞳に映していた。
涙が止めどなく零れ落ちる。
涙で潤む視界が真っ黒の陰で埋まっていく。
(あっけなかったな・・・)
死を覚悟した瞬間だった。
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