第1話

「滝川さん、これまとめといて」

「はい」

手渡された資料を手にすると、隣から自分の机にバサっと書類が置かれる。

「滝川さん、これもやっといて」

「え・・・、あっ・・・」

返事もする前に、立ち去ってしまう上司。

目の前の仕事の山に、やれやれとため息をつく。


(「嫌です、できません」と言えればなぁ・・・)


この目の前の書類の山、これはほぼ他人の仕事だ。

昔から、「嫌です」「できない」と言えなくて、結局、嫌なことをいつも押し付けられてしまう。

学生時代から、今現在、仕事をするようになっても状況は相も変わらずだ。


「ま、いっか」


言えないものは仕方ないし、言って嫌われたりするのも嫌だ。

ここでいろいろ考えても、どうせどうにもならない。

抗うだけ無駄というもの。

抗わず、すぐに諦める、これが一番楽なのを自分は知っていた。

だから、さっさと色々と考える思考を止める。

昔は抗った時期もあった。

だが、結局いつも理不尽な理由で私のせいにされ、私が悪いことになった。

そう、いつものだ。

だったら、『抗わない』でいること、『深く考えない』のが楽でいい。

もう考えるのは正直しんどい。


「仕方ない、始めよう」


終わらないと帰れないので、仕方なく請け負った仕事をせっせとやり始める。

気づくといつもの事だが、頼んできた張本人たちは、とっくに帰っていていない。

仕事が終わるころには、自分だけしか残っていない。

いつものように渡されていた事務所のカギで戸締りし、カギを警備員に預け外へと出る。


「ふぇ~、疲れた~、お腹すいた~」


愚痴を零しながら、ふと空に浮かぶ月が目に入る。


「今日は満月なんだ・・・何だか赤い? ってぅわっ」


足元に何か当たり、扱けそうになりながら当たった物体を見る。

そこには、黒猫が立ち止まり、こちらをじっと見、そして路地裏へと駆けていった。


「ネコかぁ・・、って黒猫に横切られた?!」


黒猫に横切られると不吉なことが起こるというけれど、すでにもう毎日の事だが、今日も仕事を押し付けられるという嫌なことが起こっている。

お陰で今、ヘトヘト状態だ。


「これ以上勘弁してよ~」


改めて、黒猫が駆けていった路地裏を見たら、そこに「古本屋」と書かれた看板に黄色く明かりが灯っていた。


(こんな所に古本屋なんてあったんだ・・、しかもこんな時間まで開いてるなんて珍しい!)


本が好きで、昔から古本屋巡りも趣味だった。

最近は、仕事帰りは、いつも残業で遅い時間だから休みの日にしか古本屋巡りは行く事が出来なくなった。

こんな遅くまで開いている古本屋で、しかも会社の帰り道にあるなんてラッキー!と、路地裏へと入っていく。


目の前に立つと、なかなかにレトロ感が漂っていて、なかなかに好みの店構えで胸が高鳴る。

こういった店だと、何かお宝本見つかったりしないかなぁ?と、店内へと興味津々に入っていった。


(結構、古い書籍も沢山あるなぁ~、これはお宝もの発見できそう!)


本を物色しながら、奥へ奥へと入っていくと、奥の隅の棚に、一際古い本を見つけた。

何の本だろう?と、かなり古い本なだけに、ページが崩れたりしたら大変だから丁寧にそっと手に取る。

表紙を見ると大分擦れて、字も薄っすらとなっていて読みづらい。


「ん~・・魔・・・魔術・・、え?魔術書?!」


目を凝らして読んだ文字が『魔術書』。

何度見ても、やっぱり『魔術書』と書かれていた。

これは面白い!!キラキラ~と目を輝かせ、中身を見るため、ページが崩れないようにそっと本を開く。


「これって、魔法陣?!」


捲った所に、魔法陣の図が載っている。

ホントに『魔術書』なんだと感動を覚えるも、ふと文字を見て固まる。

文字は英語でもない、見たことないような変わった文字をしていて、まるで読めない。


(うわぁ~何語なんだこれ?読めなかったら意味ないか~、面白そうなのになぁ)


まぁ、本物の魔術なわけではないとは思うものの、面白そうなので試してみたいと思ったが、文字が読めなくては何の魔法かも解らないから意味がない。

とはいえ、本物の魔術なわけないし、解らなくても一つぐらい試してみてもいいのかもと、誘惑が頭によぎる。


(でももし万が一、何てことがあったら怖いし・・・って、魔法なんてあるわけないけど)


何考えてんだ自分と苦笑する。

本を閉じ、何とはなしに本を裏返すと「300円」の値札が貼られていた。


「安っ」


まぁ、これだけ古くてボロボロで、何書いているか解らない本だから、そんなものかと勝手に解釈する。

そして、300円ならと、まぁ読めないけど、魔法陣見るだけでも楽しそうだしとレジへ向かった。






家に帰ると、電気がついていない。

「あれ?出かけてる?」

明かりを付けると、机に置手紙があった。



  ”お姉ちゃんと外で食べてきます。”

  ”小春は適当に食べておいてね。”



「え~~~~、だったら食べてくるか、お弁当でも買ってきたのに!」

怒りに震え置手紙をくしゃりと握りつぶす。

昔から出来の良い姉至上主義の両親。

成績優秀、容姿端麗と、親も周りも姉を崇拝信者ばかりだった。

今ではスカウトされ、モデル業をしている。


それに比べ、成績普通、容姿普通、仕事も一般事務員。

悲しいかな物凄くごくごく平凡な妹は、親からも周りからも目に映っていないらしい。


何をしても、姉は素晴らしくて、妹は駄目。

何をしても、姉の意見は正しくて、妹が悪い。


幼いころから、そんな日常を送ってきた。

例えば、私が祖父に誕生日プレゼントで貰ったぬいぐるみ。

凄く可愛くて大喜びした。・・が、それを姉が「あんたには似合わない」という理不尽な理由を述べ姉のモノになった。

例えば、うっかり姉が母のお気に入りのコップを割ってしまった。母は姉でなく私を責めた。もちろん、姉がやったと抗議したが「姉がそんなことするはずがない!」と、完全に私が割ったと決めつけられ理不尽に怒られた。

例えば、学校で姉が自分が頼まれたクラスで集めた書類を、たまたま廊下で出会った私に職員室に持って行ってと言ってきた。だけど友達と映画行こうと約束していて、時間がかなりヤバかったから断った。そしたらなぜか姉の友達が、「お姉さんが困っているのに信じられない!」と怒り出し、私が悪いと責められた。理不尽だと思いつつも仕方なく職員室に持っていった。当然、時間が遅れ、映画も見れなくなり、これまた理不尽に友達にも「姉のせいにするなんて、信じられない!」と怒られ、それ以降、その友達と疎遠になってしまった。

例えば・・・もうやめておこう。きりがない。


姉の意見は絶対で、理不尽な思いをする毎日。

これが、幼いころからの日常。


お陰で、嫌われないように「嫌です、できません」が言えない性格となってしまった。

そのため現実がしんどくて辛いから、本の世界にのめり込んだ。

特にファンタジーモノは大好きで、かなり読みまくった。

そうすることで、辛い現実世界から離れたその世界に浸った。

本さえあれば生きていける。

本のお陰で、など捨て去れた。


「冷蔵庫の中も空じゃん!はぁ、仕方ないなぁ・・・」


ジョボボボボ・・・・


カップ麺にお湯を注ぐ。

頑張ってヘトヘトになって毎日帰ってきているにも関わらず、こういうことはしょっ中ある。メールくれればいいだけの話なのだが、それを何度言っても「はいはい」と軽くあしらわれる。言っても怒っても結果は同じ。これが姉なら、物凄く謝って好きなものを買い与え、二度と繰り返さないように気を付けるだろう。


(いつもの事だ・・・)


蓋をしたカップ麺を見つめる。

今頃、姉とご馳走を食べているだろう両親。

そう思うと、怒り暴走しそうな思考をすぐに止める。

どうせ、頑張っても無駄だ。考えれば考えるほど理不尽な現実に傷つくのは自分だ。

ぐちゃっと丸められた置手紙をゴミ箱に捨てる。


「ま、いっか」


姉と両親が美味しいもの食べているなんて、どうでもいい。

今は空腹を満たせればそれで。


(それに・・・)


出来上がったカップ麺をズズーっと啜りながら紙袋を目にやる。


(今日は、面白い本を見つけたしね♪)


早く食べて、本を読もうとカップ麺を掻っ込む。

歯も洗い、お風呂も入って、コーヒーを片手に自室へと入る。

そして持っていた、コーヒーを机に置くと、いそいそと紙袋を手にした。


「セロテープ剥がれにくいなぁ、破いちゃおうかな・・・」


早く読みたいと焦るも、袋のセロテープが、なかなか剥がれない。

セロテープとの間に指を何とか突っ込み、そのまま剥がした瞬間、


「痛っ」


袋の蓋の所で指を滑らせたために切れ痛みが走り、思わず袋を手から放してしまう。


「ヤバっ本っっ」


凄く古い本だ、落としたらヤバいと手を伸ばすも、袋から本が放り出され、何か挟まっていたのか1枚の紙が本と共に床へと落ちた。


「っ・・・ふぅ、大丈夫そう」


落ちた本を手に取ると、古くてボロいが、破けたりとかしてなさそうでホッと胸を撫でおろす。


「痛っ・・、紙で切ると痛いんだよなぁ~、あー血が出てる」


絆創膏を取り出そうと立ち上がろうとした時、本と共に落ちた紙が目に入る。


「そういえば、これなんだろ?」


徐にその紙を手に取る。

そこには魔法陣の図が描かれていた。


「あ、ヤバ、血が付いちゃった」


左手で本を持っていたので、つい切った方の右手で持ってしまった。


「あ~、仕方ないか・・・ってっえっっっ?!」


その手にしている魔法陣が光り出す。

それは瞬く間に部屋全体を光で包み込み、その光は止まらず全てを飲み込むように・・


すべてを真っ白に ――――――――――――



「まぶしっ・・・」



あまりの眩しさに、堪らず目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る