目的地
実験マニアがいるという場所に着いたのは良いのだが、俺の体調はとても褒められたものではなかった。
地面に降り立ってから多少はましになったが、それでも吐き気はするし。頭痛だけでなく、体はとても重く、筋肉痛のような激痛は相変わらずそのままだった。
その痛みのせいで体を思うようには動かせない。
それに加え、かなり体が熱い。体から火でも出ているのかと錯覚してしまう程だ。
その熱のせいで、汗が俺の着ていた服に引っ付いてしまっている。
ただ喜べる事は、目の前がかすんで見えるのが治りつつあるという点か。
けど、その点以外は何一つ変わっていない。それどころか、新たな症状である吐き気が増えてしまっている事を考えると、あまり手放しに喜べるような状況ではない。
正直な所、立っているだけでもかなり辛いような状態である。
なので俺は実験マニアがいるという、茶色に塗装された小屋の壁に勝手にもたれさせて貰っている。
というのもどうやら、実験マニアは用事でどこかに行ってしまったらしい。
それを聞いた時どうしたものかと困惑したが、心配は無用だった。
なぜなら俺と一緒に来てくれたこいつが、ちゃんと連絡を入れてくれたからだ。
その連絡方法は、機械生命体の頭部の中に通信機能を司るパーツがあるらしい。それを使って連絡をいれたのだとか。
微塵もそういう動きを見せなかったので、気になって聞いた俺が馬鹿だった。
多分人である以上は、そのような連絡の入れ方は不可能である。
・・・・・機械の身なのだから、何でもありなのだろう。
もう、そう割り切る事にする。
断じて、機械生命体って様々な機能が付いてて便利そう、とか。いっそのこと俺が機械生命体だったら、楽な生活を送れたのかもしれないとか。
決して思っていない。
ちなみに返信の内容はすぐに向かう、と。4分37秒09でそちらに到着する、だそうだ。
する事もないので黙って、何もない殺風景な荒野をボンヤリと見ていた。
さっきは色々と忙しかったが、こうやって大人しくしていると随分と体が楽に感じる。
というより実際、かなり楽だ。
やっぱり休むのって大切なんだな。
ふと、俺は目の前の風景を見ながら思った。
機械生命体は普段、どのように1日を過ごしているのだろうか。
隣にいるコイツは、一切の何かしらのアクションをとろうとはしない。ただ黙って、実験マニアが来るのを待ってくれている。
全く動こうとしないこいつは、普段何をしているのだろうか。
あとで聞いてみてもいいかもしれない。
というより本当はすぐに聞きたいが、今はそれどころじゃない。
なぜなら、隣にいるコイツとは違う機械生命体が、こちらの方向に向かってきているからだ。
って、あれ?
あの機械生命体がいる所から、ここまでって、結構な距離あると思うんだが・・・・。
・・・・・物凄い速度で走ってるぞ、あの機械生命体。
なんというか、あんなガチで走ってる人型の機械って初めてみた。めっちゃフォームが綺麗だ。
「ナンダ、君!?スゴイ顔色が悪イジャナイカ!今スグニ、診ナイト!!」
例の機械生命体は走りながら、独特の電子音を響かせた。
・・・・えっと。
「・・・・アレガ、目的ノ機械生命体ダ」
「・・・・・やっぱり。そうなんじゃないかって、思ってた」
走り来る実験マニアを見ながら、俺はそう呟いた。
俺たちがいるところに辿り着いた実験マニアは、事情も聞かず俺を小屋の中に連れていった。
中はまるで、病院のようだった。
近くにベットがあり、机があり、壁には何かの図を書いた紙をボードに貼っている。
机の上にはホログラム(空間に立体映像を写し出す装置)がある。ホログラムは今もこの空間に、小さな三角形の立体映像を映し出していた。
ホログラムは、プロジェクターのようにスクリーンに当てる必要もない。そのため注目され実験段階でありながら、あらゆるメディアに取り上げられていた。
まだ100年前は実用にまでは至っていなかったが、それでも期待されていた技術の内の一つだった。
時代も進歩したという事だろう。
というか、それより。
「おいっ!何をするつもりだ」
「何ッテ、検査ダヨ。君ノ体ノ状態ハ良クナイ。顔色ハ最悪ダ。ダカラ、早ク原因ヲ知リタインダヨ」
随分と急だな。
というか本当に検査だよな?
検査という名の実験とかしないよな?
というか外に、あいつ放置したまま入ってきちゃったけど大丈夫か?
「その前に、外にここまで連れて来てくれた奴がいるんだ。出来れば、いれてあげて欲しいんだが・・・・」
「大丈夫ダ。トイウカ既二後ロニ、イル」
言われて振り返ったら、確かにいる。言われるまで全く気づかなかった。
何というか、もう少し存在感があってもいいと思う。
「そ、そうか」
「ソンナ目デ、私ヲ見ナイデクレ。反応ニ困ルジャナイカ」
「あ、うん、ごめん・・・・・」
なんか、すみません。
「話ハ終ワッタカ?」
「・・・・・イヤ私カラ、オマエニ一ツ渡シタイモノガアル」
あてがあるって言ってたな。それを今ここで渡すつもりか。
マジで頼むぞ。場合によっては、俺の命がかかっている。
「・・・・・ム。コレハ」
「お前ガ頼ンデイタモノダ。コレヲ送信スル代ワリニ、人間ヲ殺ス真似ダケハスルナ。アクマデ、コノ人間を治療サセル為に来タカラナ。」
こうは言ってるが2人共、両手が一切空だったりする。
というかそもそも、渡す側自体がハナから何も持ってきていない。更に言うなら、貰ってすらないのに何か分かった風になっている実験マニアも妙ではある。
けど、送信って言ってるあたり『あて』とやらは、何かのデータだったりするのかもしれない。それなら、両手が空である事にも納得できるし。
「オ代ハ貰ウガ、ソノヨウナ事ヲシナクテモ殺ス事は絶対ニシナイ。医者ノ名折れモ、イイ所ナ話ダロウ?コノ人間ハ、救エナイ命トイウ訳デモナイノダカラ。」
「え・・・・・?」
ん?
・・・・まさか今、医者って言ったのか?聞き間違えでないなら。
「医者?医者トハ一体ナンダ?聞キ覚エ自体はアルガ・・・・・」
聞き間違えではなかったか。というか聞き覚えあるんだな、こいつ。
「アア、ソウカ。モウ余リ使ワレテイナイノカ。人ノ命ヲ救ウ職業サ。ソレダケダ」
「・・・・一体どうなってるんだ。」
医者という単語は、あまり使われていないらしい。
当たり前だ。人類が絶滅したと言われる時代に、人の命を救う仕事など需要があるはずもない。当然、需要のないモノはいずれ消えていく。
それは言葉とて、例外ではないだろう。使われないモノはいずれ、時代の流れに埋もれていく。
だから、医者という言葉は死語となってしまった。
それはどうという事もない当たり前の話であり、驚くべきなのはそこじゃあない。
この機械生命体はその死んだ言葉を名乗ったんだ。
ここに俺は違和感を感じた。
それにだ。
おかしいのはそこだけではない。
俺を始めて見た時の反応も、不自然ではなかったか。
もし人を見た事が無いのなら、まず驚くはずだ。なにせ、滅んだとされていたはずの存在が突然目の前に現れたのだ。驚くのが普通の反応だろう。
けど、この機械生命体は始めて俺を見た時、驚くどころか俺の体の調子を気にしたのだ。
だから、この機械生命体は他の機械生命体とは決定的に何かが違う。
俺は一つ、ある事を確信した。
とても大切な重要事項に関わる事だ。それが分かっただけでも、気持ちがとても楽になる。未だかつてないほどだ。
「ジャア始メルゾ。・・・・・ト言ッテモマトモナ道具ハ、アマリ無インダケドネ。」
そんな俺の気持ちも知らず、実験マニアは検査を始めるつもりであるらしい。
実験マニアはガチャガチャと、近くにある机の中から道具を取り出している。
取り出された道具は、どれもこれも馴染みがあった。
本人が言うに、全て古い道具ばかりであるらしい。もっと揃っていれば隅から隅まで調べられるのに、と俺を戦慄させる気満々の言葉も発していた。
それを聞いて、思わず身構えたのは言うまでもない。
それから始まったモノはどうと言うこともない、確かにただの検査だった。
新しい未知の技術とか、そういうのは全くなく。
文字通り、ただの検査を終えた。
そしてその検査のあと、今までの経緯を聞かれ。
「フムフム、ナルホド」
やっと、俺の体調が優れていない理由が分かったらしい。
そして今、それを説明してくれるのだそうだ。
「君ハドウヤラ、コールドスリープ症候群ノヨウダナ。」
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