1章 医者
道中
研究所の外に出た時、久しぶりの空を見た。
見上げた空は蒼くはない。
そのほとんどは、灰色の分厚い雲が覆われてしまっている。なので蒼い部分なんていうのは微塵も見えない。
雲が太陽を隠しているからか、どうしても辺りはやや暗い。けれど、それでも僅かに光は世界を照らしていた。
そういえば、俺が研究所の中に入る前の空模様もこんなだっけ。
始めて研究所に連れていかれた日。
不安で胸がいっぱいだった時に見上げた空と、今見ている空は驚くほどにそっくりだ。
・・・そういえば俺は随分の間、空を見上げていなかった。
というかこういう時くらいは、少しは晴れていてくれよ。何年振りかに見る空なんだから、ちょっと期待してたのに。
研究所はやはりと言うべきか、外から見てもボロボロだった。白色で統一されていた壁は剥がれおち、変色している。
それだけでなく、まるで爆撃でも受けたように穴が空いていて、いたる所が壊れていた。そのために色だけでなく、形すらも大きく変化している。
もう昔の面影はそこには無かった。
研究所があったこの土地には、もう何も目につくものはない。
過去、研究所と言われていた
・・・・けど、こんな砂だらけだったっだろうか。
確かに研究所以外はめぼしいものは無かっただろう。だが、多少の植物くらいは生えていたハズだ。
俺が知らない間、ここで何かあったのだろうか。
あまりに俺の知らぬ内に世界は変化してしまっている。
改めて、俺は現実を突きつけられた気がした。
俺はもう実験体では無くなり、自由を得た。自由は得たが、外は俺の知っている世界ではなくなっている。
俺はこれから、この得体の知れない世界で生きていかなければならない。
「これから、俺はどうしろって言うんだよ・・・・・」
そんな事を呟きながら俺は、相変わらず変わらない空を見上げていた。
「オーイ、準備デキタゾ !ソロソロ来テクレ!」
「分かった!」
言われて俺は、声の主がいるところに向かう。
走り出したいところだが、体がいうことを聞いてくれない。仕方ないので、ゆっくりと歩いていく。
そこには車とロケットを合わせたような乗り物が、堂々とそびえ立っていた。
皆が憧れるであろう(主に男の)ロマンが詰まった、The・近未来の雰囲気を纏っている乗り物だ。
・・・・・全体が白色で統一されている為に、やや汚れと傷が目立つのは仕方ない。
せっかく(主に男の)ロマンと夢が詰まった、素晴らしい乗り物である。そんな所は見ない方がいい。
かなり速い速度で空を飛ぶ乗り物らしく(地面も走れるんだとか)、目的地である実験マニアの所までそんな時間はかからないのだそうだ。
せいぜい15分くらいで着くらしい。
あと、この乗り物の窓から見る景色は中々のものだとか。
・・・・ふっふっふ。
なおさら、俺の期待が高まるというものだ。早く乗りたい。
「突ッ立ッテ、ナイデ早ク中ニ入ッテクレー。オーイ、聞コエルカー?」
「あっ !? ああごめん、すぐ行く !」
俺はわくわくする気分を抑えられず、ニヤけながら中に乗り込んだ。
座席の座り心地はとてもよろしくなかった。
硬い。とにかく硬いのだ、平らな岩の上に乗っているような感じ。
左には言われていた窓があったが、なんか予想と違い小さい。
乗せてもらっている身でこんな事を言うのはどうかと思うが、肩透かしを食らった気分だ。
隣の座席には、ウンともスンとも言わない機械生命体がいる。
というのも、この乗り物を操縦している間は本体を動かせないのだそうだ。
少しその理由を説明すると、
『機械生命体の頭部の中にある
正直な話、よく分かんない。いや、分かるような分からないような・・・、ビミョーな感じというか。
とりあえず、言える事はただ一つ。
その説明を聞いた時、途中で俺は考えるのをやめた。
何がどうあれ、人間が操作する事は出来ないだろう。だって接続機なんて持ってないし。
持っていても、それ以外にも壁はありそうだし・・・・。
なので、この乗り物は機械生命体にしか操作できない。確定事項だと思う。
さらに言うなら、この乗り物は人が乗ることなど想定していない。
本来は、機械生命体専用の乗り物だ。
なので当然、人である俺がこの乗り物に乗る事などハナから想定しておらず、何が起こってもおかしくない。
だから念のため、心の準備だけはしっかりできている。
というかそもそも、それ以外に出来る事が固定ベルトを締める事しかないんだが。
と。
座席が微かにブルブルと振動し始めた。
どうやら、ゆっくりとエンジンが動き始めているようだ。その証拠にこの耳には、力強いエンジン音がしっかりと聞こえている。
もう少しで俺たちは空に飛び立つのだろう。
窓から見えるという絶景が楽しみで、けど何が起こるのか分からないのが怖いような。
複雑な、2つの心情が俺の中で入り混じっている。
そんな心情を抱えながら、俺はこの乗り物と共に空に旅立った。
それからの記憶はあまり覚えていない。
いや、正しくは体感3分間ぐらいの間までは意識があった。
が、言える事はただ一つ。
あれは地獄だった。
なぜなら、とにかく揺れたのだ。
下手したら座席から飛び出しかねないくらいに。いやむしろ固定ベルトが千切れかねないくらいに、とにかくグラグラと揺れ続けた。
・・・・俺の気分が悪くなるのに、そう時間はかからない。
目眩はするわ、頭が割れそうなくらいに頭痛はするわ。冷や汗は、もはや止まる様子を見せず。
胃からせり上がってくるモノを必死に止めようと、俺はひたすら耐え続けた。
結局は俺の意識が早々に飛んだので、どうにか胃の中身はブチまけていない。
本当にぶちまけなくてよかったが、よくもあの最悪の環境で耐えれたものだ。
けどその代わりと言ってはなんだが、出発前より更に俺の体調が悪化してしまった。
・・・・・具体的には少し吐き気がする。
ともかくそんな状態だったので無論、居心地は最悪。あんな経験はした事がない。
いや、したくなかった。
本当にあれこそが、地獄と名乗るのに相応しい環境だと思う。
ちなみに機械生命体に、乗り物酔いになるという機能はない。なので、
当然の話ではある。
けどそれを聞かされた時、本気で俺は機械の体を羨ましく思ってしまった。
そんなこんなで俺は過酷な試練を乗り越え、どうにか実験マニアがいるという場所に到着した。
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