現在

 俺は死んだハズだ。少なくともそう思っていた。思っていたのだが。


 突如、目を覚ましたと思ったら、カプセルの外にいたのだ。


「・・・・」


どうして俺はカプセルの目の前で倒れているのだろう。しかもなぜ目の前にあるカプセルが明らかに壊れているんだ?


 目の前にあるそのカプセルは、俺が入った時に見たものとは大きく違っていた。いかにも年季が入ったカプセルに変わっていたのだ。

 それだけではない。床も所々、白かったハズの場所が変色している。更に変色だけでは飽き足らず、僅かにヒビすら入っていた。


 ・・・辺りは俺が知っていたモノとは色々変わっている。

 目の前の現実はあり得ないくらいに、変化していて—————


 まるで、それは。


 未来にでも迷い込んだようだ、と根拠のない考えが頭をよぎった。


「コールドスリープが成功した・・・?」


 気づけばポツリと俺の口から、そんな言葉が漏れている。

 確かに、その可能性はなくはないだろう。

 けど、それは有り得ないのではないか。だってそれは、成功確率がかなり低かったハズだ。

 ・・・いや。

 そもそも、低いだけで可能性がないわけじゃない。可能性自体はあるにはある。

 ・・・マジで、本当に成功したのか?


 いや、それともこれは死んだ後に見る夢とかそういう系か?

 でも夢の割には結構、現実味がある。だって全身が凄い痛いし。夢の中ってこんな痛みを感じるっけ?

 というか、

 ・・・何故に今、全身激しい筋肉痛みたいな激痛に襲われてるの?俺。



 うん、多分現実だこれ。



 まず、全身筋肉痛に襲われるような夢なんてあってたまるか。

 それに俺自身、なんとなく薄々感じている。というのも、目の前に広がるこれが夢だとは思えないのだ。

 ・・・ただし何の根拠もない、ただの勘というやつなのだが。




 これからどうするか、考えては見たがイマイチ纏まらない。しばらく悩んでいたが、結局考えは纏まらなかった。

 このまま考えるのもまあ悪くは無いかもしれない。けど、ずっと寝転んでいても何も変わらないだろう。


 なら、リスクは伴うが外の様子を見に行こう。何がどうなっているのか分からない今、状況を把握するのは悪くないハズだ。


 俺はひんやりと冷たい地面に手を置いて、体を起こす。

 ・・・やはり、体は本調子ではない。

 自分の体は金属になってしまったみたいに重ったるく、動かすたびに全身に痛みが走る。本調子どころか、不調も良いところだ。

 少し俺の体の事も気にかかるが、今は後回しにしよう。








 「・・・ッ」


 今、俺は研究所の入り口に向かっている。

 ここはその入り口に繋がる廊下だ。昔は清潔感漂う、白色一色だけの場所でカラフルとはとても程遠い場所だった。この廊下を進んだ先には、外に繋がっている扉があって。

 ここを通った事は無に等しいので、正直あまり言う程の記憶はない。


 けれど、それでも何もかもが違っているのが分かる。


 白色の床だった場所は、ヒビ割れ、抉れてしまっている。抉れた所は灰色のモノが見え、更に酷い所には大きな底なしみたいな穴が空いている。砂や白色の破片がそこら辺に散らばっていた。

 天井の方に目をやっても、これもまた酷い。ほとんどが壊れ、骨組みまで丸出し状態。いくつか見える壊れたパイプ内の一つからは、汚く濁った黄色のような色をした液が下に垂れている。

 ここにはもう、微塵も清潔感など漂っていない。

 むしろここはまるで、戦場跡のようだった。



 俺はただ黙って歩き続ける。

 歩くペースはとても遅い。

 否。

 歩いているというよりは、体を引きずって進んでいるような感覚だ。

 こんな大した事のないペースなのに、体の汗が止まらない。


 ガッシャ、ガッシャ。


 ふと、重々しい機械音が耳に届いた。進むのに集中していたからか気付かなかったが、辺りに機械音が響いている。多分、ここら一帯があまりに静かだからだろう。

 俺は後ろを振り返った。すると音を撒き散らしながら、人型の形をしたロボットが二足歩行でこちらに向かってくるのを見つけた。


 ガッツリと俺を視認しているらしく、人型ロボットは俺をガン見している。さらに言うなら俺目掛け一直線に近づいてくる。

 二足歩行で進むロボットの歩き方は凄くスムーズで、人のそれと何ら違わない。


 ロボットが二足歩行をするのは別に珍しくないが、ここまでスムーズに二足歩行を行うロボットは初めて見た。



 どうするべきか。


 戦う?

 それとも逃げるか?

 もしくはダメ元で話しかけてみるか?



 戦うのはまず論外だ。体がこんななのに、自殺行為もいい所だ。逃げるのも無理だろう。歩くので精一杯なのに、出来るハズがない。

 そんな事を、近づいてくる人型ロボットを見ながら思案していた。


 俺があからさまに警戒しているのを見てなのか、その人型ロボットは首を横に振った。


「・・・コチラハ君ニ危害を加エルツモリハ、ナイ」


 人型ロボットが発する電子音声が辺りに響き渡る。

 もしかして、こいつは遠隔操作されたロボットか?自動で動くタイプのロボットは、あまり喋らないように出来てるし。

 というより正しくは、あまり喋れないからとも言う。


 少しだけなら、話してみてもいいかもしれない。こいつの操縦者は、何か重要な情報を知っているかもしれないし。


「・・・そうか。じゃあ、お前は何でここに来た?もしかして何か知ってるのか?」

「ソウ言ワレテモ。・・・ムシロ、コッチガ聞キタイ」


 不思議そうに首を傾げながら、喋る人型ロボット。

 首を傾げるような動作をするロボットは初めて見たけど・・・。

 とりあえずは通じたみたいだな。という事はやはりこのロボットは遠隔操作型か。遠隔操作型というのは文字通り、遠くで操縦者がロボットを操る事の出来るタイプだ。

 本当に、文字通りの意味でそれだけである。


 ともかく、向こうも向こうでこちらの状況を掴めてないのか。

 どうやらお互い、何がどうなっているのかがいまいち読めていないらしい。


 と、さっきからロボットはこちらを隅から隅まで観察しているようだった。

 まるでその様子は珍しいモノを見ているで、同時に何となく戸惑ってもいるようなそんな気がした。


 しばらくはそうしてこちらを観察していたのだが。そいつは恐る恐るといった風に、俺に向けて。


「・・・・・・1ツ、聞キタイ事ガアル」

「?何だ?」

「・・・・マサカ君ハ、人間ナノカ・・・・・?」

「そうだけど、それがどうした?」


 俺が答えた途端、そいつは明らかに狼狽えた。その様はまるで、信じられないものを見たような驚きようだ。

 こちらに視線を固定させたまま人型ロボットは固まった。

 けどしばらくして、やっと落ち着きを取り戻したのか。



「・・・・・人間ハ絶滅シタ。少ナクトモ、ソウ聞イテイル。私ガ人ヲ見タノハ、今回ガ始メテダ」



 そんな、ありえない事をそいつは告げた。

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